夜明け前に、目が覚めた。
指の温もり、温かな気持ち
皆の朝食の用意をしたりするので、朝は早くに起きる。だが、今日は何時もよりもずっと早くに目が覚めてしまった。
もう一眠りしようと思えばできなくもないが、しかしもう一度眠りに就いたら今度は寝過ごしてしまいそうだ。
それに、何だか目が冴えてしまってもう眠れる気がしない。
だから、そっと寝床から起きて着替えると、他の仲間を起こさないように気を付けながら外へ出た。
朝の空気が清々しい、と思ったのも久しぶりかもしれない。
最近ずっと、朝起きてみてもどんよりした空が広がっていただけだったのだが、今日は珍しく、空は綺麗に晴れている。
東から西へ向けて、コントラストの違いがはっきりと分かれた空。
まだ、幽かに星や薄くなった月が輝いている。
頬を撫でる風に、髪が靡く。
早朝の静かな空気の中、大きく深呼吸する。
心を入れ替えて、今日何をしようかと思った時、あの言葉が俺の思考をまた縛りに来た。
「あっ…」
つい、先日の出来事を思い出してしまった。
『君の事を好いている』
そんな事を言われたのは、多分初めてだ。
前の世界での記憶が虚ろになっているので、はっきりとした事は言えないが、色恋沙汰に慣れない自分には、やはり、そういう経験はあまり無かったんだろうと思う。
予想もつかない相手からの、予想もしない言葉だった。
「どうしてなんだ、ウォーリア・・・」
自分にしか聞こえないくらいの、小さな囁き。
俺の今一番の疑問。
どうして彼は、俺なんかを好いているんだろうか?
彼は、孤高の存在とでも言うんだろうか?とにかく人とは一線を画く人物だ。
闘いの中において、自分の意思を一切曲げず、ただひたすらに真っ直ぐに自分の道を行く、そんな人だ。
仲間の存在を認めてはいるだろうが、しかしその一方で、彼はどこか人と距離を置いている。
彼には彼にしか見えない敵が居て、それに一人で立ち向かっているのではないかと、そんな疑問を抱く事もあるくらいに。
だから、周りの存在なんて必要以上に気にかけてなんかいないんじゃないか、とそう思っていた。
でも、彼だって同じ星に生まれた人間なんだ、月で生まれた別世界の人間・・・いや、確かに違う世界の人間ではあるが、そうではなくて、人とは全く違った、言うなれば天人などではない。
触れれば温かいし、人を思う気持ちも、様々な感情だって、しっかりと持ち合わせているんだ。
「早いな」
「っえ・・・」
ふいに背後から掛けられた声に驚く。
「ウォーリアこそ、こんな時間にどうして?」
「いや、目が覚めてしまったから、今日は何時もより早く稽古をしようかと思っただけだ」
そう言う彼の片手には愛用の剣が握られている。
ああ、そういえば彼は毎日、鍛錬していたんだっけ…。
そこで、ふと思いつく。
「あの、ウォーリア」
「何だ?」
「良かったら、これから俺と手合わせしてくれないか?」
「これから?」
いきなりの提案にウォーリアは驚いたように、しかし、態度にはほとんど表れずに尋ね返す。
「駄目か?」
「いや、構わないが」
「ありがとう、すぐ用意してくるから」
そう言うと、自分の武器を取りに俺は彼に背を向けて走った。
手合わせを頼んだ理由、なんて別にない。
ただ、何となく…気持ちに整理を付けてみたかっただけだ。
勿論、彼と剣を交えれば何か見える。
ただ、そう思っただけ。
「はぁっ!!」
キィンという金属音、手に感じるのは相手の剣技の重さと力の差。
腕力では到底敵う相手ではない。
ならば、それ相応の対応が必要になってくる。
相手から少し距離を置き、剣を構え直す。
綺麗な太刀筋だった。
今目の前で対峙している姿だってそう、寸分の狂いもなく綺麗な構えで、一縷の隙もない。
呼吸一つ取っても、普段の彼とは違うような気さえする。
これが本来の彼、なんだろうか?
いや、違う。
何故かは分からないが、思い浮かんだ答えを否定できる。
彼は、闘いがなければ生きていけないような人間ではない。
仲間の事を思いやれる、心優しい人間だ。
血の通った、温かな。
側に、居たいと思う、温かさ…。
「どうした?隙だらけだぞ」
そんな声と共に、俺の思考は現実へと引き戻された。
相手の斬撃をなんとか受け、後ろに大きく下がり、再び距離を空ける。
剣の柄を握る手に力が入る。
張り詰めた空気。
緊張感。
ザリッ…という砂を踏む音が聞こえる位に静かな周囲。
何度か呼吸を整え、今度は俺の方から彼へと向かう。
繰り出した太刀筋は簡単に受けられ、跳ね返された拍子に空中へと俺の体は放り出される。
舌打ちなんてしている暇はない、体勢を整えて矢を射るも、既に彼の姿はそこにはない。
「閃光よ」
俺よりも高く飛び上がった彼の剣から、赤く輝く光の剣が俺へと向かう。
「うわっ…」
何とか受身を取ろうとするも、攻撃の衝撃によって地面へと叩きつけられてしまった。
「私の勝ちだな」
ひゅっと空気を切る音と共に、俺の首へと向けられる剣先。
「ああ、降参だ」
そう言うと、彼はすぐに剣を鞘に収め、俺へと手を差し出した。
躊躇いつつも、その手を握り立ち上がる。
やはり、この人は強い。
「フリオニール、勝ったのだから…というのは押し付けがましいが、一つ、君に尋ねたい事がある。
先日、私が君に言った事を覚えているか?」
静かな声でそう言うウォーリアに、俺は動揺を覚えた。
「あっ…ああ」
真っ直ぐな視線に怯えながらも、声は震えないように気をつけてそう返事する。
彼はきっと、あの告白の答えを聞きたいのだろう。
受け入れるのか、拒絶するのか…。
それをここ数日間、ずっと真剣に考えてきた。
だけど、俺にはどうしても分からない。
彼が、俺を好いているその理由が。
俺が彼を好く理由、それならある。
何事にも動じない、正義勘に溢れ、仲間を思う気持ちも忘れない、そんな強くて憧れの存在。
勿論、これが恋じゃないと誰かに指摘されたら、否定はできない。
でも、恋してると言われても否定できない。
正直、自分でもよく分かってない。
だから、整理してみたかったんだ。
彼と剣を交えた時に、真剣にただ彼へと近付きたいと願うのなら、それはきっとただの憧れなんだろう。
だけど、もし…それ以外の何か、もっと別の感情を抱いてしまったら、それはきっと、もうただの憧れではない。
分かったんだ、俺は。
きっと、この人に心惹かれてるんだと思う。
好きだと断言できない、曖昧さの残る気持ちではあるけれど。
でも確かに俺は、この人に惹かれている。
「あの…ウォーリア」
どう言ったらいいんだろうか?
「フリオニール、君はもしかして、私を傷つけまいとしていないか?」
「えっ?」
彼の言葉が理解できず、小さな短い疑問の言葉を発する。
「最近、君は何かに悩んでいるようだった、さっきだってそうだ、どこか心がここに無かった」
やっぱり、見抜かれていたか…。
「もし私の想いで君が苦しんでいるのだとしたら、気にせずに、君の心に従ってくれ。
私が嫌だというのなら、はっきりそう言ってくれた方が嬉しい、これ以上、君を苦しめたくはない」
真っ直ぐで真剣な彼の視線に耐え切れず、下を向く。
「違う、違うんだウォーリア」
俺は貴方が嫌いなんじゃない、むしろ好いている。
だからこそ、苦しいんだ。
貴方に選ばれるだけの資格が、俺にあるのか不安になる。
下を向いたまま、俺は黙って首を横に振る。
「フリオニール?」
「違うんだ、ウォーリア」
「分かった、何が違うんだ?」
先を促す彼の、優しい声に泣きそうになる。
「俺は、貴方が嫌いなわけじゃない…むしろ、俺も…
俺も、貴方が好きだ」
声は震えているが、なんとかそう伝える。
「フリオニール、嘘は…」
「ついてない!俺の本心だ、多分」
「多分?」
「分からないんだ、俺は…今までこんな感情、誰かに抱いたことが無いから。
だから…ずっと悩んでたんだ」
そうやって泣きそうになりながら話す俺の頭を、ウォーリアはそっと撫でた。
その手の優しさに、心が解れる。
「どちらにしろ、私は君を苦しめていたようだな」
「そんなっ、俺は…」
彼の静かな呟きを否定しようと顔を上げた時、彼の顔が目の前にあって驚いた。
切なく微笑む彼の顔。
「フリオニール、すまない」
いきなりの謝罪の言葉に、俺は驚き、言葉が出ない。
頭を撫でるウォーリアの手が、優しい。
「私は答えを知りたいと思いつつ、それとは反対に、君をずっと悩ませていたかった」
「えっ…どうして?」
いきなりの胸中の告白を聞き、訳が分からずそう尋ねる。
「聞きたくないのもあるが、そうやって悩んでいる間、君は私の事を考えてくれている。
このままずっと君の心を独占していたいと思った私を、またそうやって、君の心を独占できて満足している私を、君は許してくれるかな?」
彼の問いかけに、無言で縦に首を振る。
どうやって言葉にしたらいいのか分からない、から。
頭を撫でていた手が、そっと滑り落ちて、俺の頬を撫でる。
「ありがとう、君を愛してる」
そう言ってふわりと笑う彼の穏やかな笑顔は、息を呑むほど綺麗で、つい見とれてしまった。
胸の中に広がる、温かな感情。
やっぱり、俺はこの人が好きなんだと、触れる指の温もりから感じ取った。
あとがき
続編書いてしまいました、くっつきました。
思い悩むフリオニール?を見て、結局苦しめるのはよくないなとWol様は思ったのですよ。
闘いに支障をきたしては命が危ないんでね。
ウチのWol様は嫉妬深い・独占欲強い、という設定です。
好きだと言われても、自分でいいのかと思い悩むフリオをを書きたかったんです。
2009/3/21
続編書いてしまいました、くっつきました。
思い悩むフリオニール?を見て、結局苦しめるのはよくないなとWol様は思ったのですよ。
闘いに支障をきたしては命が危ないんでね。
ウチのWol様は嫉妬深い・独占欲強い、という設定です。
好きだと言われても、自分でいいのかと思い悩むフリオをを書きたかったんです。
2009/3/21