「まったく…」
馬鹿は風邪ひかないんじゃ、なかったのかよ……。
馬鹿は風邪ひかないと言いますが
「なぁ、兄貴……なんか体ダルイ」
弟がしんどそうな顔でそんな事を言ったのは、昨晩の事。
顔が赤かったから、急いで救急箱から体温計を取り出してきて渡したところ「そこは、兄貴がおでこコツンで測ろうよ」なんて、いつものふざけた言葉を俺にかけるものの、どうも空元気にしか見えない。
「人の肌で測って、熱が何度あるかなんて分かるかよ、文句言わずにさっさと測れ」
「はーい…」
それ以上、何かやり取りをする気にはなれなかったらしく、大人しく体温計を受け取り体温を測る。
しばらくの沈黙の後、ピピピという電子音。
「…38.5」
そんなわけで、自転車の後ろに弟を乗せて夜間病棟まで走る事になった。
「二人乗りするなら、俺が兄貴乗せて走りたい……」
「そんな事言ってる場合か」
寒くて乾燥してきているし、最近は色々な病気も流行しているから、結構心配していたのだ。
そこで下された診断結果は……。
「ただの風邪ですね」
「そうですか…」
それを聞いて少し安心した。
まあ、熱がある事には変わりないので、しばらくの間休養が必要なのだが、それでも馴染みのある病だと安心してしまうものなのだ。
「という事はさ……兄貴が看病してくれる、わけ?」
「俺以外に、お前の家族はいないな」
「そうだね…」
処方箋を受け取る為に待合室の椅子に並んで座りつつ、そんな会話が交わされる。
「ふーん……なんか、それはちょっとラッキーかな?」
「何がラッキーだよ、何が」
風邪引いた時点で自分の健康管理の不備を反省してくれ、そして、それを俺に詫びてくれ。
「だってさ、このままだと最低明日一日は、兄貴は俺の側に居てくれるでしょ?」
「……まあ、そうかな……」
「兄貴独占できるのは、俺、凄く嬉しい」
ああもう、どこまでマイペースなんだこの弟は。
とりあえず、バイト先には明日は休むって連絡入れないとな……。
翌日、土日で学校がなかったからいいものの、昨日の夜から弟の容体もこれといって変化なし。
とりあえず、買い物に行かないといけないので、そう言って家を出て来た。
「特売品を狙って、朝からスーパーに行くような高校生は兄貴くらいだ」なんて、そんな事を言われても、さして豊かとは言えない生活なんだから、ちょっとでも安い物を手に入れたい。
あと、そろそろ買い出しに行かないと、冷蔵庫の中身が色々と減って来てるんだよ。
まあそんなに時間もかからないだろうし、ちょっとの間なら一人でも大丈夫だろう。
そう、思っていたのだが……。
「あーにーきー…」
帰って来た瞬間に、熱い抱擁でお出迎いされた。
“厚い”じゃなくて“熱い”。
未だに熱が高いままだから、体温が上がっていてとても熱いのだ。
「シャドウ!離れろ!!」
寒い季節だから暖かいが、風邪の相手にくっ付かれても迷惑なだけだ。
「兄貴が、病人に鞭打つ……」
優しくしてくれないと、拗らせてやると傍迷惑な事を言ってくる相手。
「病人なら大人しく寝てろよ、ほら、ちゃんと水分も取れよ」
溜息交じりに靴を脱いで家に上がると、袋の中から買って来たばかりのスポーツ飲料のボトルを相手に渡す。
「うーん…了解」
流石に体の不調に抗う気はないのだろうか、そのまま大人しく自分の部屋へと戻る。
ここで俺と不毛なやり取りをして、俺をからかって遊ぶくらいに回復はしてないという事か。
コンコンと一応入る前にはノックをする、別に気にしなくてもいいと毎回言われるのだが、どうしてもしてしまうのはほとんど俺のクセだと思う。
返事が返ってくる前に少しドアを開け、「昼食作ったけど、食べられるか?」と用件だけ伝える。
「うん、食べる」
弱々しい声で返って来た返答に「分かった」と返し、用意したお粥を盆に乗せて部屋まで運ぶ。
「なぁなぁ兄貴、こういう病気の時に、恋人がお粥作ってくれるって事はさ…つまりはアーンしてくれるって事だよね?」
風邪で少しやつれた弟の顔が、嬉しそうなニヤニヤ笑いに変わる。
「なんだよ、その規定事項」
「ええ、これって完全にそういう流れでしょ?お決まりは外しちゃ駄目なんだぜ、兄貴」
「知ってるかシャドウ?お決まりというのはな、破らる事で新境地を開拓していくものなんだ」
「そんな新境地、いりません」
まるで小さな子供のように、俺にねだる弟…もう、ここまでくると疲れて呆れるしかない。
「はぁ…分かった、分かったよ……やればいいんだろ?」
そう言って、お盆に載せていた蓮華を手に取り、そっと粥を掬う。
湯気の立つ粥を息を吹きかけて冷まし、楽しげに俺の方を見る相手へ向けて、すっと差し出す。
「はい、アーン」
「アーン」
嬉しそうに開けた相手の口へ、掬った粥を入れてやると、ビクッと小さく震える。
「あっ、熱かった?」
湯気の立つ粥の温度は思っている以上に熱かったりするので、舌でも火傷したのでは?と少し不安になる。
「ん……ふぁいじょうふ」
ハフハフと口を動かしながらそう答える。
赤くなってそう答える、彼に俺は微笑みかける。
同じ顔で、こんな事思うのは少し変化もしれないが…ちょっと、可愛い。
「あー…優しい味がする」
モグモグと俺が食べさせてあげている粥を粗食しながら、彼はぽつりとそう呟く。
「そりゃ、風邪だから胃に優しいものにしないと」
「隠し味が愛情だからでしょ」
「……お前の台詞って時々、物凄くイタいよな」
「えっ!ちょっ…兄貴、それ酷っ…ぅん!」
無駄口を叩く相手の口に、蓮華で救った粥を入れる。
まったく、これだけ元気なら心配する必要もないかな?
「兄貴、ちょっとは俺とラブラブしようぜ、風邪の時は人の温もり感じたいんだよ」
ジタバタと俺に向かって、必死にそう訴える相手に俺は溜息。
「風邪でなくても、お前は年中俺の温もり感じてるだろ?」
「そうだけど……なぁ兄貴、なんか、風邪だと俺への風当たりも強くなってない?」
「気の所為、気の所為、優しい、優しい」
「同じ言葉二度繰り返すと、嘘にしか聞こえないよ」
どこか寂しそうにそう言うシャドウに、俺はそっと蓮華を差し出す。
「ほら、アーン」
「あーん」
どこか気落ちしたように、口を開ける相手に椀の中に残った最後の粥を食べさせる。
「さて、薬飲めよ」
水の入ったグラスと錠剤を渡して、一気に飲み終わるのを待って、盆を下げる。
「大人しく寝ておけよ」
「ふぁーい……」
フラフラと手を振って、ベッドに横になる相手を見て、少し可哀想になってくる。
「氷枕、また替えに来るから…何か欲しいものある?」
「兄貴の愛情」
「…他に」
「兄貴……普段の仕返しならマジ止めて下さい」
「まったく」
小さく溜息をついて部屋を後にする。
少ししてから、林檎とナイフを手に彼の部屋へと向かう。
「林檎、買って来たけど…食べる?」
「食べる」
ひょいっと顔を上げるのが、少し可愛らしい。
結局、俺もコイツに甘いんだな。
「ねえ、兄貴……」
「何?」
「うさぎさん林檎って…何、無駄に可愛い事してんの?」
俺の剥き終わった林檎を眺めて、そんな事を尋ねる。
っていうか、うさぎ“さん”って…。
「いらないなら、食べなくていい」
「いただきます」
ひょいっと取り上げると、可愛いと称した兎を消費していく弟。
まあ可愛いとはいえ、所詮は林檎ですから。
俺も失礼して一つつまむ、途端、咥内に広がる林檎の甘さに頬が緩む。
「なぁんか、兄貴が献身的に看病してくれるなんて、幸せだね」
「そう?」
「うーん…ついでにナース服でも着てくれれば、もう言う事なし」
「死ね」
「普通に酷い!!」
喉がやられているというのによく喋る所為か、そこで咳き込む相手の背を撫でてやると、落ちついたようにゆっくりと息をする。
「ありがと」
「別にいいよ」
そっと、相手の額に手をやり、その熱を測る。
まだ、ちょっと熱いかな…?
「早くよくなれよ」
手を離した直後、そっと一瞬だけまだ熱を持つ相手の額にキスしてやると、一瞬キョトンとした後、嬉しそうに顔を輝かせる相手。
ああ、やっぱり単純だな。
「兄貴ってさ、なんだかんだ言って俺の事愛してくれてるよね」
満面の笑みでそう言う相手に、俺は「何の事だか」と恍けてみる。
その確信のある嬉しそうな顔が、ちょっと気に食わないのだ。
「強がらなくっていいって、俺も兄貴の事スゲー愛してるし」
「……お前、馬鹿だろ?」
呆れてそう言う俺に対し、「馬鹿なら風邪ひかないって」っと、彼はどこか勝ち誇ったようにそう言う。
「じゃあ、お前は阿呆なんだな」
馬鹿は風邪ひかないけど、阿呆なら風邪ひくんだろ?
「もう、どっちでもいいよ。だからさ、俺がかけてる分の愛情を倍返しして下さい」
「はぁ……やっぱり、お前馬鹿だろ?」
それに付き合ってる俺も、人の事は言えないのかな?
アナザー×ノーマルフリオ、現代パロ。
風邪で休んだ時に家に誰もいなかったので、フリオならこういう時に側に居てくれそうだな…という、管理人の突発的な妄想から生まれました。
看病話は今までに二回もやってるけれど、今回は初めてフリオが看病する側になりましたね。
しかし、今回のアナフリの絡みに対するノマフリのツッコミが、通常時よりも辛辣さが二割増しなのは放っておいてあげて下さい。
結局、この二人はバカップルなので問題ないのです。
2009/12/16