貴方は俺をどうしたいんだ?
Nocturnus 〜 stimulative time with vampire 〜
「……暇だな」
ボソリとそう呟いた俺の言葉を、この城の主は目ざとく聞いていた。
「なら私の相手をしろ」
グイッと俺の腰を捕らえて耳元に唇を寄せてそう言う男に、小さく溜息。
「相手、って何の?」
「フン、愚問だな。私のセックスの相手に決まって…」
「誰がするか!!」
バシッと相手の顔に平手、そして腕から逃れる。
殴られた頬を摩りつつ、マティウスは俺を見つめる。
「何だ、暇なら相手しろとそう言ったのだろう」
「何でそこでそういう事言うんだよ?もう少しまともな事言えないのか?」
「私はどこまでもまともだ、いつでも貴様を抱く準備はできている」
「そんな準備はいらない!!」
そう言って、手元にあったクッションを投げつける。
それを腕を庇って避けると、小さく溜息を吐くマティウス。
「私が側に居るというのに、貴様が“暇だ”などと口にする意味が分からん」
「お前が俺に、“今日は外に出るな”って言って、ここに閉じ込めてるのが悪いんだろ!!」
マティウスの城に来て、今日で一週間だ。
その間、この城主との間の生活リズムの合わなさ等で何度か言い争いになった。
何せ昼を生きる人間と、夜を生きる吸血鬼。
完全に生活時間が反対な二人だ、食の問題もあるのだろうが…どうやら、その昼の時間に俺が城内を出歩くのがこの城主は気に喰わないらしい。
この城の中に住む、城主以外の住人と俺が交流を深めてくるのに、自分と接している時間がどう考えても少ないと、そういう事らしい。
それは仕方ない事だ、元々生きてる時間が違うのだから、俺だって長い一日の時間を一人で何もする事なく過ごすよりは、誰かと一緒に過ごしたい。
そう言った俺にマティウスは満足しなかった。
それ故に、こんな最悪な処置が取られたわけだ。
「大体、人を魔法で縛り付けるって…生身の人間に対してなんて事するんだよ!!」
縄や鎖なら抵抗もできるが、目に見えない魔法となると抵抗のしようもない。
実際そんな事、嘘なのではないのかとも思ったのだが、嘘でもなんでもなく、今の俺はある一定の距離以上この城主から離れられない。
そうなってくると、自然とこの城主の寝室でこの男と顔を突き合わせている必要がある訳で。
突き合わせていたとしても、これといって何かする事があるわけではない、だから……。
「フン、ならば何かする事があればいいのか?」
投げつけられたクッションを手に、マティウスはそう尋ねる。
「まぁ……お前が考えるような…その、なんていうか……性的なものは、止めろよ」
「…貴様、私を一体何だと思っているんだ?」
「口を開くと二言目が性的な内容になる、セクハラ魔人だな」
「会って一週間にしては、評価が酷くないか?」
「お前自身の行動の所為だろ!!」
むくれてそう叫ぶ俺に対し、マティウスはフンと再び鼻を鳴らすと、俺の隣りへとやって来る。
「お前、字は読めるだろうな?」
「……孤児だったからって、教育受けてないなんて思うなよ。
一応、孤児院には学校があったから、必要最低限の学はちゃんとあるよ」
…っていうか、お前の方が俺に対するイメージ悪くないか?
そんなに俺は馬鹿に思われていたのか?
「そうか、ならば付いて来い」
俺の返事を待たずに、勝手に腕を取るとスタスタと部屋を出てどこかへと歩き出すマティウス。
「ちょっ…どこに連れて行くんだよ?」
「イイ所だ」
その返答に、いささか不安を覚えるものの…相手の腕を振り切って逃げようにも、今の俺はコイツから離れられない。
くやしいが、従うしかないらしい。
「ここだ」
そう言ってマティウスが指示したのは、寝室のある部屋と同じ階の一番奥の部屋。
一番奥と言っても、結構な距離を歩いたのだが……。
本当に、この城は一体どれくらいの規模があるんだろうか?一週間経つが、自分が前日に歩いた道から逸れると迷ってしまいそうで、まだこの城内の全容は掴めていない。
「何だよ、この部屋?」
「開けてみろ」
ニッと嬉しそうに微笑むマティウスを怪しみつつも、俺はその木造りの大きな扉の無駄に装飾の施された取ってに手をかける。
「うわぁ……」
ギギッという軋む音を立てて開いた扉の先に広がっていたのは、本の山。
円形に広がる室内、ドアから中心部までは開けているが、その円の円周上にそって広がって行く本棚。
迷路のように間は入り組んでいて、三階までの吹き抜け構造。
…とりあえず、地震が来た時に居たら、間違いなく圧死するだろうな……。
「図書室?」
「これを見て、それ以外のものを口にしたならば、貴様の“頭”を私は疑うぞ」
そう言いながら、彼は俺を無視して中心部に置かれたソファへと進んでいくと、そのままそこに身を沈める。
いくら大きなソファで、二人分以上のスペースがあるからといっても、すぐにそこに横になる相手の自分勝手な振る舞いに、まあそれもここの城の主なわけだし、許されるものなのか?と納得できるような、できないような理由を考える。
どこから見ていいのか分からないので、とりあえず俺も中心部へと向かう。
「好きに見ていいのか?」
「構わんが…中には魔界のものもあるから気をつけろ」
「魔界のものだと問題があるのか?」
「問題があるから気をつけろと言ってる」
それはそうなんだろうけど、こう、具体的に何かないのか?
「気をつけろって言われても……どれか分からないんだけど」
洪水という表現がしっくりくるこの図書室の中、どこからが魔界の書物かと言われても、全然わからない。
「見るからに装丁が人間が作るようなものとかけ離れていれば、大体魔界のものだ」
……やっぱり、悪魔は趣味がおどろおどろしいのか?
そんな事を思いつつ、本棚の間を歩いて行く。
見た事もない本が山と並んでいるが…この中に、果たして俺でも読めるものがあるのかと疑問に思えてくる。
円形に並ぶ本棚の間を歩いていると、その中に歴史書や文学作品の並ぶ棚を見つけた。
すっと手に取って見てみれば、俺でも理解できる内容のものだったので、しばらくそれを眺める。
「マティウスは、本読まないのか?」
相変わらずソファで寝転んだままの男を見て、本棚越しに中心へ向けてそう声をかける。
図書室では静かにしろという規則は分かっているが、他に人も居ない上に、本になど一切興味を持っていない城主は、俺に話かけられた事の方が嬉しかったようだ。
「ここにある本は、大方目を通している。まあ…つまらん戯曲等に関してはその時点で投げたがな」
「……あっ、そう」
その面白くないと称した戯曲は、この本棚のどこに置いてあるんだろうか?
それ以前の問題として、この男に、果たして人間の書いた戯曲や物語が面白いと感じられるのかどうかは甚だ疑問だが、しかし“読んだ”という事実も疑いたくなってくる。
「ここにある本、どう考えても数十年じゃ読み切れないと思うんだけど……」
自分の背丈よりも高い本棚を見つめてそう言う。
「人間の単位で考えるな、魔物は百年程度生きても、まだまだ子供なのだぞ」
「……じゃあ、マティウスって一体幾つなんだよ?」
見た目には若い男に見えるのだが…いや、若いっていうよりも年齢の掴めない感じか。
「自分の年齢年齢等は忘れた……まあ、千年以上は生きているか、という程度だな」
「…………千年!!?」
想像していたよりも長い……っていうか、単位が違った。
「驚いたか?お前が想像するよりも、私の血統はいいぞ」
この居城からして、確かに育ちがいい感じはするが…しかし、権力を誇示しているというのか、なんていうのか……。
っていうか、そうだとしたら…コイツ、教会側からはかなり危険物扱いなんじゃ…。
「少しは私の事を尊敬する気になったか?」
「いや…とりあえず、お前が何でそんなに傲慢なのかは分かった」
そりゃ、千年も生きているお前からすれば、たかだか十八年しか生きていない人間なんて、何も知らない子供か……。
人間は無知な存在だと、侮られても仕方ないのかもしれない…。
やっぱり、彼のような魔物と俺のような人間の間には、種族というなの大きな壁があるのだ。
「フン、相変わらず口は悪いな…まあいい。それより、読みたいものがないなら私の相手をしろ」
退屈で死にそうだ、と言うどこまでも自分勝手な城主に、俺は小さく溜息。
「なら、読み直したらどうなんだ?本は何度でも繰り返して読んだ方がいいんだぞ」
そう返答し、図書室の更に奥へと進む。
ふと円形だと思っていた部屋の壁まで辿りついたが、その先に更に部屋が続いている事に気付いた。
この先は一体何なのか、と興味を持ってすっと敷居を跨いで中を覗く。
その部屋の中は、異様と言っていい程だった。
なんていうのか、雰囲気が違う。
明らかに、並んでいる本が放つ空気が違う。
怖い……。
「これが、魔界の?」
そんな疑問を口にすると共に、なんだか気分が悪くなってきた。
この場に居てはいけない、そんな気がして部屋から出ようとした瞬間、この部屋の重圧に耐えきれなくなったようでグラリと体が傾く。
ガタン、という音がして続いて感じる背中の激痛に、あっ本棚にぶつかったな、と思った。
それだけじゃなく、思っていた以上にグラついていた本棚から落ちてくる本の山。
怪我するなと思い目を閉じるも、予想した痛みはいつまで経っても訪れない。
その代わり、俺の体を抱きしめる腕の力と、俺の上で動く別の体を感じた。
「この、馬鹿者」
そっと目を開ければ、俺のすぐ上にあるマティウスの顔。
「部屋、別けてるなら…そう言えばいいのに…」
「ここは特に貴重な品を置いてあるだけだ、それより…」
それより何なのかそう尋ねようとした時、俺の体の上からマティウスが退いた。
バサバサと落ちる本、その相手の額から、すっと血が滴り落ちるのを見た。
「あ……怪我して」
「フン、気にするな…貴様等、人間と私は違う」
そう言うが早い、すっと額の傷が跡形もなく消えて行く。
「あっ……」
「まったく、手がかかる」
すっと俺の体を持ち上げてその部屋から連れ出すと、さっきまで自分が寝ていたソファへとそっと下す。
「大丈夫、なのか?」
「それは私の台詞だ、しかし…私の心配をしてくれるのは、嬉しいな」
すっと俺の額にキスして、嬉しそうに微笑むマティウス。
部屋から出された事で、体調がすっかり元に戻った俺は体を起こす。
「別に、心配したわけじゃ」
「違うのか?」
俺の隣りに腰かけて、すっとそれは普通に足を組んで座ると、これもまた当たり前かのように俺の腰へ腕を回す。
「……助けてくれた事は、礼を言うけど」
「なら、ちゃんとそう言え」
ぐっと抱き寄せて俺の耳元でそう言う相手に、俺はどうしようかと思う。
「マティウス……あの…あ、ありがとう」
「フッ……今度から、礼ならキスでしろ」
「何だよそれ!!」
折角人がお礼を言ってるというのに!!
「まあいい、今回は怪我の治癒で力を使って腹が減った…という事で、貴様を喰わせろ」
「はあ!?……って、言ってる側から!!」
相手から逃れようとする俺の腕を押さえつけ、すっと俺の首筋に唇を寄せると、その肌へと牙を突き立てる。
「ふっ…んぁ……」
途端に自分の口から洩れる声に、カッと頬に血が昇る。
ビクビクと震える体、相変わらず快楽が付き纏うコイツ相手の食事。
「ん…んん、っあ!…はぁん…」
段々とコイツの食事に付き合っている内に、自分が感じ入ってきているのではないか…とそう思ってしまう。
「イイ声だな…ん?少し慣れて来たか?」
「ぁ…そんな、事……ないって!」
自分の思っていた事を言い当てられて、相手の言葉を否定するも、俺の首筋を噛んだ傷口から口を離し、滲み出した血を舌先で楽しそうに舐める相手には、その言い分は決して通用していないんだろうな、と思った。
久々に書いた吸血鬼パロ。
忘れていたわけではありません、ただ単に他のCP(アナザー×ノーマルフリオ)が今ものスッゴク自分の中で流行中で、そっちの作成に大幅に時間を取られているだけです。
しかし、話が一向に前に進まない。
次回に新キャラ、出せたらいいなぁ……。
2009/12/17