空に輝く月には、手が届かない。
水面に映る月は、ただの虚像。
光を求めて彷徨う指は、闇を掠めた。
光を捕らえるには・・・
体が闇に落ちるのを見た。光が消える事にこれ程の恐怖を感じたのは、初めてかもしれない。
幼子が、夜の訪れを怖がるような、そんな気持ち。
闇に落ちた自分は、このまま全て飲まれて何もかも無くなってしまうんじゃないか、そういう恐怖。
しかし、俺は、一体何を恐れているんだろう?
死という終わりだろうか?それとも、他の何かの苦しみがそこにまっているのではないか、という不安から、だろうか?
今まで生きてきた事にだって、充分苦しんできたというのに…。
どうして、俺はまだ生きようとしているんだろうか?
全てを失うのが怖いから?それとも、自分が失われる事が怖いから?
やがては、全て消えてしまうというのに…。
いや、俺の場合ここで全て消えて終わってしまうのか。
心の中に、恐怖と共に今度は虚無感と変え難い事実への絶望が生まれた。
死なんて、ずっと前から覚悟していたはずなのに、いざそれが目前に迫ると、やはり恐ろしい。
抗いたい、全てに。
現実に。
だけど、世界に戻って俺に何ができるんだろう?
光は消えた、蘇らせる事はできない。
闇に飲み込まれる世界で、抗って何ができるんだろうか?
全て、滅んでいくだけだ。
そして、そんな世界に戻った時に、自分は本当に今の自分でいられるんだろうか?
光の失われた世界で、夢を持ち続けられるのか?
自分の心に誓った、その決意は生半可なものではない。
だが、完全なる絶望を前にしてまで、自分の信念を持ち続けられるのか?そう尋ねられたら、自信は無くなってしまうかもしれない。
むしろ、自分自身が何か別のものに変わってしまうんじゃないか、そんな気さえもする。
光を失ってしまえば、自分は一体どうなってしまうんだろう?
そして、仲間は…。
彼等は、どうなってしまうんだろう?
そういえば、皆はどこにいるんだろう?
周囲を見渡すも、あるのはただの深い闇だけ。
俺が、ここに居るって…誰に、伝えられるだろう?
聞いてくれないか、誰か。
俺の声を——。
望むなら…。
この手に、再び光を…。
その時、ふと一筋の光が差した。
見間違い等ではない、全てが闇に包まれたこの世界で、あんな輝きを見間違うわけがない。
恐怖で塞いでいた目を、うっすらと開けてみれば、そこには確かに光が見えた。
青白い光。
陽の光のような暖かな黄色い光ではない、しかし、その光は不思議な優しさと、何よりも心引かれる強さを持っていた。
まるで、あの人のような光…。
光を、と望んだ俺の願いが…届いたのだろうか?
俺は必死になって、その光へと腕を伸ばす。
帰りたかった、ただその場所に。
戻りたかった、光の下へ。
皆の元へ。
あの人の…元へ。
だが伸ばしてみても、まだ光には届かない。
まだ遠い、もっと近付かなければいけない…もっと、もっと…。
必死で近付こうとする俺の声が、心が通じているようで、その光はだんだんと輝きを増していく。
闇が、どんどんと薄れていく。
心の中に生まれた恐怖が、影を潜めた。
虚無感も、絶望も消え去る。
闇はもう見えない。
あと少し。
あと、もう少し…。
『フリオニール』
耳に届いたのは、仲間が俺を呼ぶ声。
そして、この手にしっかりとした温もりを感じた時——。
俺の全ては、現実へと帰ってきた。
「フリオニール、大丈夫か?」
「ウォーリア…」
地面に仰向けて倒れている俺の顔を、傍らから覗きこみながらウォーリアはそう尋ねた。
視線の先には、小さくなりかけている薪。
そういえば、自分は火の番をしていたんだっけ…それで、どうやらそのまま寝てしまっていたようだ。
じゃあ、今まで見ていたのは…全て夢?
いや、夢であったけれど…違う、確かに俺はそれを見た。
闇に飲まれたあの時に、今見たものと同じものを。
そこでふと、自分が手に何かを握っている事に気付き、視線を向ける。
それは、ウォーリアの手だった。
「あっ!ゴッゴゴ、ゴメン!!」
どもりながら謝り、急いで繋いでいた手を離す。
自分は一体何に対して謝っているんだろうか?つい居眠りしてしまった事へだろうか?それとも、彼の手を握っていた事へだろうか?
どちらにせよ、羞恥で顔が赤くなっているようで、急に体の体温が上がった。
彼はそんな俺の反応を見て、クスリと笑う。
「笑う事ないだろ?」
「すまない、あまりにも反応が可愛かった」
「かっ…可愛いって……」
ジタンやオニオンナイトに使うなら、その形容詞はしっくりくるかもしれないが、自分にはどう考えたって似合わないし、そんな事言われてもあまり嬉しくない。
彼はむくれる俺を見て、穏やかに微笑んだ。
「随分と深く眠り込んでいたみたいだが…」
それを言われると、何も言い返せない。
「…ごめんなさい」
「別に、私は責めているわけじゃないんだ、ただ、疲れているのに無理をする事はないと思っただけだ」
それもそうだけど、一度眠りから覚めてしまうと、もう一度眠りに落ちるのが恐ろしい。
今度こそ、上がってこられないかもしれない。
深い闇から。
小さくなりつつある火に薪をくべる、パチッという音がして火の粉が跳ねた。
「ウォーリアは、辺りの見回りにでも行ってたのか?」
普段付けている鎧は外しているが、腰に刀を帯びているのを見ると、どこかへ行っていたんだろう事は明らかだ。
「ああ、帰ってきてみたら君が火の前で眠りこけていたから、どうしようか迷った」
「どうしようか?」
「起こそうか、このまま寝かせるか。
ところで、一体どんな夢を見ていたんだ?」
「どんなって…」
深い闇に落ちていく夢、だけど、どこからか光が差して、そこへと引き上げられるそんな夢。
だったけど、一体どうしてそんな事を?
「いや、誰かの手を握りたくなるような夢とは、一体どういうものかと思って」
ふと、笑みを深めてそう言われ、再び顔に熱が集まりそうになる。
ただ、俺の感じた感覚を信じるのなら、俺は誰かの手を握ったんじゃない、誰かに先に握られたんだ。
「先に、手を握ったのは貴方じゃないのか?」
「何だ、気付いていたのか?」
悔しくて言い返した言葉が、真実を射ていたようだ。
「どうして俺の手を…」
「それくらいで恥ずかしがるな、なぁ?」
そう言いながら、さきまで繋いでいた手で、宥めるように俺の頭を撫でる。
しかし、そんな事でごまかされるつもりはない。
「俺は手を握っていた理由が聞きたいんだけど」
「君が、うなされていたから、少しくらい落ち着くかと思ったんだ。
結局、起こしてしまったが」
頭を撫でていた手が離れ、再び手を握られる。
「何?」
「今日は色々あった、きっと疲れが溜まっているんだろう…もう、休むといい」
色々あったというのに、コスモスが消滅した、という信じ難い事実が含まれている事は明らかだ。
そして一度は消滅しておきながら、何故、自分達はこの世界に存在していられるのかという疑問も。
「今日は、もう眠りたくないんだ」
ウォーリアの隣に膝を抱えて座り、小さな声でそう言った。
彼が手を握ってくれたのは、きっと俺がそうしないと眠れないと思ったからなんだろう。
実際、側に居てくれる方が嬉しいと思っている自分がいる。
こうやって触れてくれている事が嬉しいと、感じている自分がいる。
一人ではない事で、とても安心する。
…嗚呼、これじゃあ本当に暗闇を怖がる子供と一緒だ。
自己嫌悪に陥り、深い溜息を吐く。
握っていた手から手が離れ、今度は肩にその手が置かれる。
顔を上げるとウォーリアが真剣な顔で俺を見つめていた。
「何を恐れている?」
真っ直ぐな視線に、そう尋ねられる。
何をって…それは——。
何を、だろう?
「俺が何か、恐れているように見えるか?」
心の中にある、言葉にできない不安を見透かされたのが気にくわずに、そう返してみる。
「ああ、今日の君はなんだか幼子のように、どこか弱々しい」
何があった?と尋ねる彼に、俺は今度は何と答えようか迷う。
黙り込む俺をただ静かに見返すウォーリアの目に、なんだか居心地が悪くなって、抱えている膝に顔を埋めた。
「君は、何を恐れているんだ?フリオニール」
「分からない」
再び繰り返された質問に、素直にそう答える事が、精一杯だった。
「顔を、上げてくれないか?」
そう言われ、そっと顔を上げると、真剣な彼の目と俺の不安に揺れる目が合った。
髪に彼の大きな手が滑り込み、遊ぶようにそれを掻き揚げたり梳いたりする。
「君が眠りたくない理由は、私と同じなのかもしれない」
彼の声はとても小さかったが、しかし、二人の距離が近い為かしっかりとこの耳にその声は届いた。
「どういう、事だ?」
今の言葉の意味を尋ねると、彼はしばらく黙って俺の髪を弄んでいたが、意を決したように口を開いた。
「夜、眠るのが怖くなる時がある。
闇に落ちた後、再び自分は光の元へ戻ってこれるのかどうか、不安に思う事がある。
いや、万一戻ってこれたとしても、私が私であるのかどうか、もしかしたら、闇に落ちてしまえば自分は今のままではいられなくなるのではないか、そう感じる時がある」
彼は、淡々と自分の恐怖を語る。
こんな弱気な彼を見たのは、初めてかもしれない。
何時も、何時だって決してブレない、決して自分の信じた道から外れない、そんな真っ直ぐな彼が…。
そんな真っ直ぐな彼に、心の中に抱く不安なんて、あったのか、と…。
「フリオニール、君には過去の記憶があるだろう?」
「この世界に来てから、大分、ぼやけているけど…」
「私には、それが無い。過去の自分がどういう人間だったのか、それが分からない。
分からないから、今の自分が本当に正しい自分なのかも分からない。
明日、目を覚ました時に、私は私のままでいられるのか、それが不安で堪らない。
存在が、きっと不安定なんだ」
「ウォーリア…」
口に出してみて、ハッとした。
今呼びかけた名前すら、彼にとっては、仮のものなのだ。
彼は、探しているんだろうか?
求めているんだろうか?
その光を。
空よりも遠くにあり、水面に映る虚像に惑わされながら。
誰よりも、闇の中で彷徨っている?…。
「フリオニール、君は見たのか?
闇の深遠に飲まれる中で、自分の存在が、酷く不安定になっていくのを?」
だから、そんなに怖がるのか?と、合わさった彼の目が俺に問いかけている。
彼の問いかけに、俺はゆっくりと縦に首を振る。
そして、何時もと違って酷く小さく、弱々しく映る光の戦士の顔をそっと両手で優しく包み込んだ。
包み込んだ手の中に、相手の温もりを確かに感じる。
「フリオニール?」
「貴方は、確かにここに居る」
「私は……」
「俺達と出会う前の貴方を、俺は知らない、だけど、貴方は何時だって貴方だ。
他の誰かであった事なんて一度もないし、貴方は何時だって光の元へ帰ってきた」
それは、今回だってそう。
コスモスが消え、真の闇に落ちた後、俺は見たのだ。
闇の中に飲まれながらもただ一筋、俺達を導く光を。
クリスタルの光と共に、立ち上がる青い光を。
俺を、闇の底から広い上げた光…。
夢の中だけではない。
あの時、闇を掠めたこの手を掴んでくれたのは、きっと貴方だった。
「貴方は貴方でしかない、だから心配しなくていい、貴方は闇に落ちても光を失わない。
だから、俺達はここに居る」
頬を包む俺の指先が温かい液体で濡れる。
包んでいた手を離し、その頭を包み込むと、今度は彼を俺の胸の中へと招き入れる。
「俺達は、どんな闇の中でも光と共にあるんだ」
迷わないでほしい。
求めるなら、伸ばせばいい。
貴方が掴んでくれたように、俺がきっとその手を掴むから。
だから、離さないでくれ、この背に回された腕を。
自分がここに居るんだと、そう感じてほしい。
光を捕らえる為に、指先は相手の温もりを求める。
その触れた温もりの先に、自分の求める光の姿がある事を知って。
伸ばされた手を再び掴む。
あとがき
前作でフリオを泣かせてしまったので、Wolを泣かせてみようと模索してみた結果です。
結局また抱きしめてるよ、二人しか出てこないよ、そして夜だよ…。
だから!同じシュチュエーション多いだろ!!
前回、それを反省したばかりだというのに、またやってしまいました。
反省に反省を重ねて次回作でなんとか挽回します。
とか言っておきながら、また被るかもしれません…見捨てないで下さい。
2009/3/12
前作でフリオを泣かせてしまったので、Wolを泣かせてみようと模索してみた結果です。
結局また抱きしめてるよ、二人しか出てこないよ、そして夜だよ…。
だから!同じシュチュエーション多いだろ!!
前回、それを反省したばかりだというのに、またやってしまいました。
反省に反省を重ねて次回作でなんとか挽回します。
とか言っておきながら、また被るかもしれません…見捨てないで下さい。
2009/3/12