水の音が、周囲に一際大きく響く……

boundary

周囲の探索と銘打って、森の中を歩く内に…ある場所に出た。
高い岩場に囲まれた、白い煙の立ち昇る泉。
そっとかがんで、手を差し入れてその水に触れてみる。
「うわ、温かい……」
間違いなく、温泉だった。


「こんな所も…あるんだな」
泉を見渡して、ついそう声を上げる。
どうしようか、と迷ったが…別に誰も文句は言われないだろうと思い、他の仲間には悪いが、先に楽しませてもらう事にした。


「うっ…ちょっと熱い」
だが、決して熱すぎるわけではない。
入浴には、少し熱いくらいの湯がいいと聞くし、耐えられない程の熱さでもない。
「ふぅ……」
湯に身を沈めてみると、普段酷使している体から、疲れがすっと抜ける気がした。

移動の多い今の生活だと、どうしても入浴するのに必要な水場が見つからない事もある。
冷たい泉の水で、身を清める事も多かったので、温泉の存在は仲間に受け入れられる事は間違いない。
特にティナは女の子だし、喜ぶだろうな……。


「おうおう、湯けむり美人発見って、か?」
そんな事を考えていた俺へ向けて、上の方からからかう声が落ちてきた。
見上げると、周囲を囲む岩の上に見なれた仲間の姿。

「湯けむり美人って……誰の事だよ、ジェクト」
溜息交じりにそう言って声の主の方を見ると、ニヤニヤと笑いつつ「お前だよ、お前」という声が返ってきた。

「さてと、俺様もご一緒しちゃおうかな…」
湯につかる俺を見つめて、ジェクトが上方から二ヤ二ヤと笑いながらそう言う。
「駄目だ」
「何でだよ!?」
「……駄目なものは、駄目だ」
そう言いながら、相手の視線から逃げるように、更に湯の中へ自分の体を浸ける。

「いいじゃねえかよ、偶には裸の付き合いくらいしろっての!お前、今まで誰とも一緒に水浴びとかした事ないだろ?」
言い当てられてビクッとするものの「いいだろ、そんなの」と、相手の申し出を跳ね付ける。

「なんだよ!愛しの恋人と一緒に風呂に入って何が悪いんだよ?」
「なっ!ちょっ…誰が、愛しの恋人だって……」
「あん?本当の事だろうがよ?」

いや、確かに彼から先日告白されたのは事実だ。
そして、迷ったけれども…なんか色々流されるような形ではあったが、しかし、自分が彼を好いているのも確かな事だったので、彼の告白に対し俺が了承したのもまた事実だ。

所謂、恋仲であるのは確かな話だが、それを大っぴらに口にされると流石に恥ずかしい。


「たくよぉ…他の男に裸見せないのは、貞操が堅いって事で歓迎するけどよ……何も、俺様にまで隠す必要性はないだろう?」
それは…確かにその通りだ。
だが…。
「でも、駄目だ」


自分と彼では、そもそも均衡が取れてない。


それは、彼が俺に告白した時にも言った台詞だ。

生きてきた年数が違う。
積み上げてきた体験が違う。
恋愛という面に置いて、彼は自分よりも遥かに多くを学んできた事は確かだ。
彼の女性遍歴を詳しく聞いたわけではないが(そもそも、そんな事聞きたくもないし、彼自身がどこまで覚えているかも不明であるが)、彼の経験は、今の自分ではちょっとやそっとで埋め合わせる事はできない。

ティーダという、俺と年の変わらない息子の居る、父親。
その事実だけで充分、彼と自分との間にある距離を痛感する。
彼には深く愛した人がいた。
それに対し、自分は今までにそういう恋愛というものを、ほとんど経験した事がない。
まったくもって、無知な子供なのである。


そんな自分へ抱く、劣等感。

それが、彼との間にちょっとした距離を置いている理由。


自分がもう少し大人であったならば、彼とも均衡が取れるというのに、なのに…。
背伸びしようにも、そんな行動すら子供っぽくてできない。
そんな自分が、自分でも嫌だ。

そして、もう一つ拒絶したい理由がある。


「それでフリオニール…どうしても駄目か?」
「……ああ」
再度、相手の願いを却下する。
これで、諦めてくれるかと思ったのだが……俺の考えは甘かった。
「そうか…だが、駄目って言われりゃ余計見たくなるのが男の性だろ!!」
そう言うと彼は助走を付けて、思いっきり、彼は岩の上から服のまま泉へと飛び込んだ。


ザバン…という大きな音を立てて、泉が波立つ。
水しぶきが大量に顔にかかり、何するんだ!と怒ってやろうと周囲を見回すも、どこにも男の姿はない。

「アレ?ジェクト……」
泉の中でも比較的に浅瀬に居た俺は、彼が飛び込んだ方向へ向けて移動する。
泉は広い、もしかしたら彼が飛び込んだその下は、予想以上に深かったのではないか?
水中は得意だと言っていたが、しかし何があるか分からない。


「ジェクト?ジェクト?」
湯けむりが立ちのぼる中、彼の姿を探していた俺の腕が、急に何かに掴まれる。
「えっ…」と、そう思った瞬間には遅かった。
ぐいっと腕を引かれ、水中へと体が落ちる。
「うわっぁ!!」
そんな無様な声と共に、俺は倒れ込んだ。
心配して探していた、アイツの胸の中に。


「ハハ、引っ掛かってやがる…心配したか?」
「なっ!この、馬鹿!!」
悪戯の成功した子供のように笑う大人へ向けて、俺は真っ赤になって叫ぶ。
だが、次の瞬間、彼の表情がからかうものから満足なもの気なものへと変化し、俺はその変化に戸惑った。

「ようやく、体晒してくれたな」
「あっ……」
相手の胸の中へ倒れ込み、相手の上に座りこんだままの自分は今、上半身を完全に相手に晒した状態で…。
不可抗力とはいえ…つい、自分の体を見せてしまった…。
自分の体に刻まれた無数の傷痕に、彼の視線が集まるのを感じ居た堪れなくなる。


「あの…ジェクト」
「へぇ……まさかとは思うが、ずっとその傷痕隠してたのか?」
「……悪いか?」
彼から視線を逸らして、そう答える。

仲間の内でも、体に無数の傷を持つのはこの男と自分しかいない。
彼にとってその傷跡は、自分の体を鍛えてきた証なのかもしれないが…俺にとって傷跡は、自分の弱さを示すものでしかない。
特に背中と胸に刻まれた大きな傷跡は、数ある傷の中でもかなりのもので、この傷によって自分が死にかけたという記憶も、薄らと残っている。
こんな痛々しい姿なんて、仲間の前で晒せるものではない…だから、ずっと……。


「ふぅん…また、可愛いとこあるんだな、お前」
「えっ……」
ジェクトの台詞に驚いた俺は、思わず彼の方を見ると、ジェクトはニッと歯を見せて笑い俺の頭を撫でる。
「別にんな事気にしなくってもいいだろうによ、なぁ…アンタ、今でも充分綺麗なんだし」
「綺麗って、そんなわけないだろ?」
「おいおい、それは自分の姿見てから言いな」
そんなの見なくても分かる、俺は…俺は……。
「馬鹿、そんな風に自分を否定すんな。俺様が綺麗だって言ってるんだ、アンタは本当に綺麗なんだよ…こうやって、モノにしたいと強く思えるくらいにな」
強い力で抱きしめられて、耳元でそう言われる。


大きな男の手が自分の頭に回され、ゆっくりと優しく頭を撫でる。
そんな優しい行動も、全て自分が子供だから…それ故の優しさのように感じて、その手を払い退ける。
「何だよ?ちょっとくらい優しくされとけよ」
「嫌だ」
「ぁあ?何で?」

何でと聞かれても、言葉に詰まる。
嫌なものは、嫌なのだ。
しかし、理由もなく嫌だと言うのも、あまりにも子供染みていて…それもなんだか頂けない。

「嫌だ…なんか、なんか……」
「何だよ?ハッキリ言いやがれ」
語尾のハッキリしない俺へ向けて、ジェクトはそう言う。
この人は何時もこうだ、物凄く真っ直ぐに人と接してくる。
それは、すごく子供っぽくもあり…その実、何よりも彼らしい、大人な対応でもある。


「ジェクト…俺って、そんなに子供かな?」
「……アン?何だ?」
俺の質問に対し、怪訝そうに俺を見返すジェクト。
俺は続ける。

「俺…年の割りにはしっかりしてるって、よく人に言われるんだ…っていうか、俺って絶対実年齢よりも上に見られる事の方が多い」
「だな、俺も実際に年齢聞いた時には驚いたぞ。まさか未成年とは思わなかった」
だろうな、それにはもう慣れた。
だけど…。
「大人だって、そうやってずっと扱われてきたからさ…俺、ジェクトと一緒に過ごすまで、ちょっとの歳の差なんて気にならなかった」
別に、年長者に対して尊敬の念を持っていなかったわけではない。
だけど、そう…別段これといって、大きな差異はあまり感じ取っていなかった。
「ジェクトと居ると、自分が子供だって事を痛いくらいに痛感するんだ。こんな自分のままで、本当にいいのかって思うんだけど…でも、他にどうしていいかも分からない……」
そんな俺の心中の声を聞いたジェクトは、盛大な溜息を吐いた。
「ようは、子供っぽく見られたくないと?そういう事か?」
「…………」
「あーあ、まったく…そんな事考える時点で、既にお前さんは子供なんだろうがよ」
無言の俺にそう言うと、彼は強く俺の頭を撫でて、すっと俺へ視線を落とした。
「何か、俺様との間に劣等感感じてるみたいだけどな、大人だとか子供だとか、んな細かい事は気にするな!
容姿端麗、家事もできる、責任感に強く、ちょっとお節介…だが、それもいい。
子供っぽいだと?馬鹿言え、お前さんは純粋なだけだろう?まあ早い話が初心なんだが、そんなのは愛嬌だ!」
すっと俺の頬を撫でると、彼は優しく微笑みかけた。
「俺様は、お前に心底惚れてるんだぞフリオニール。子供だとかそんなつまんねえ事考えるより先によ、俺様を惚れさせた事に自信持ちやがれ!」
べシッと、軽く額を小突かれる。

ああ…やっぱり、彼には勝てないな…と思う。
だが、だからこそ自分は彼に好意を抱いて惹かれたのだと思う。

頭を撫でる感触に、安堵する。


「なぁフリオニール、俺が今…何考えてるか、分かるか?」
しばらく俺を抱きしめて、髪に指を絡めていたジェクトがそう尋ねた。
「……いや」
正直にそう答えると、彼はそっと指に絡めた髪を解放し、再び俺の耳元に唇を寄せる。

「アンタを抱きたい…そう、思ってる」
「!!」
ビックリして相手の顔を見ると、真剣な表情で俺を見つめる相手の顔がそこにはあった。
「ちょっ!…ちょっと待って、ジェクト……」
急な申し出に、俺は慌てる。

「悪いな…待てない」
そう言うが早い、俺の唇へ噛みつくようにキスをする。
舌を絡められ、吸い上げられる感覚に体から力が抜けていく。
長く続いたキスから、ようやく解放された頃には…元々温められていた体が更に熱くなっていた。


「子供だ子供だって、なぁ…それが嫌だっていうんなら、俺が大人にしてやるだけだ」
ニヤリと、意地の悪い笑顔でそう言うジェクト。
彼の腕から逃れようにも、しっかりと捕らえられて逃げられない。
何より、体に宿った熱が、俺の動きを緩慢にする。
「いい表情だな…アンタ今、かなりエロい顔してるぞ」
「何言って…ん!」
反論しようとした時に、首筋を彼の熱い舌が伝い、言葉が途切れる。
「アンタこんな事するの初めてだろ?安心しろよ、優しくしてやるからさ」
そう言いながら、俺の背をゆっくり撫でて行く彼の大きな手の感覚に、体が震えた。
それに気をよくした相手は、今度は俺の胸を撫でる。

「ぅっ…あ!ヤァ、ん……」
「アン?嫌じゃないだろ、なぁ?」
そう言いつつ、きゅっと胸の飾りを摘ままれ、自分から更に甲高い声が漏れる。
自分のものとは考えられないような、女のような高い声に恥ずかしくなり、声を押さえようと試みるも、そっと口を塞いだ手を離される。
「コラ、ちゃんと声聞かせろ」
「あっ!…ヤ、ダ……こんな、声…ふっ、ァン…恥ずかし」
そんな俺を見て、彼はニヤリと笑う。
心の底から、楽しんでいるような…喜んでいるような…そんな、嬉しそうな目だ。

「可愛いなぁ……ほら、ここはどうだ?」
「ッヒ!!ァ、アン!!ちょっ…じぇ、くとぉ、どこ触って」
自分の下腹部に伸ばされた手が、力を持ち始めていた欲望に触れる。

「ハハ、良い声じゃねぇか…もう一回、俺の名前呼んでくれよ」
俺の欲望を愛撫しつつ、彼は耳元へ唇を寄せて、そう俺に頼んだ。
「ふっ…ぁ、あ……ん、っあ!…ジェ、クト?」
訳も分からずに、漏れ出る声を我慢しつつ…。
「うん、それだ…その表情、最高にキレイだ」
自分に今まで感じた事のない大きな快楽を与える相手は、嬉しそうにそう言う。


高められていく快楽の大きさに、自分の思考がだんだんと遅れていくのを感じる。
「ふぇっ!!あ!…ぅあ、ジェクト…もっ、駄目…」
「んだ?もう耐えられねえのか?いいぜ、イけよ」
「うあっ!駄目だって…ここ、お湯の、な…ふっ!あっ!!ああああああ!!」
高められていた快楽が、一際大きさを増した後に弾けた。
その感覚に、意識も白く染まり……どこか、感じた事のない浮遊感のようなものが、自分の身に襲いかかる。

熱い、酷く熱くて…そして、息が苦しい。
体が……重い。
なんだろう…これ?射精後の脱力感にしては…何か、違うような……?


「ジェ……ジェクト…」
「何だ?フリオニール」
俺を抱きしめていた恋人は、俺の呼びかけに答えてふと俺の顔を見る。

「はっ……ぁ、アツ、イ…………」
これは…これは全部……ジェクトの所為?それとも他に何か原因が…?


「オイ、オイ…フリオニールお前…まさかとは思うが、お前…逆上せた?」
「……っえ?」
トロンとした瞳で彼を見返すと、「お前、体真っ赤だな…褐色だからちょっと分かり難いけどよ」と慌てたようにそう言い、彼はすっと俺を横抱きにして湯から上がる。
「チッ!イイ所だったのによぉ」
酷く残念そうに彼はそう言うと、岸へと向けて泉を波立たせながら走った。


その後、彼の手によって介抱された俺はその岸でしばらくの間、体を冷やして横になっていた。
「長湯し過ぎだぞ、フリオニール」
「ジェクトが…はっ、あんな事しなきゃ…別に、何ともなかったんだ」
嫌味を込めてそう言うと、「まあ…その、その通りだけどな」と反省してるんだか、してないんだか…ハッキリしない返事をする。

「まったく…あんな所で、こんな事する、から……」
「あのなぁ…お前、言わせてもらうがな。目の前に色っぽい恋人の裸体があってそれで襲わなきゃ、俺はその方が男として失格だと思うぞ」
「はっ!この…馬鹿」
息も絶え絶えにそう言えば、彼はそう言われても仕方ないとばかりに溜息を吐いた。

「フリオニール…今回はマジで悪かった、だけどなぁ…俺は長い事お前さんにお預けくらってるんだぜ?ちょっと大目に見てくれや」
頭を冷やしていた水を変えてそう言うジェクトを、ゆっくりと俺を見返す。
「今回、だけだぞ……」
そんな俺の返事を聞いた瞬間に、彼は顔を輝かせ「おう!」と嬉しそうに返事を返した。


大人になりたいと、そう願う。
でも…俺が惹かれたのは、実は包容力のある大人な彼ではなく。
勢い任せな、どこか子供っぽい彼であるという事は…もうしばらく、伏せておいていいか。

あとがき

なんか、勢いだけで書いてしまったジェクト×フリオです。
ええ…以前よりありだろうと思ってはいたんですけど、なんかあまり見かけないので、やっぱり棘過ぎるのかと思っていたのですが、先日…素敵なジェクフリを某所でお見かけして、ちょっと血が滾ってしまいました。

ジェクフリは年齢差という部分に悩めばいいと思ってます、子供と大人、それを痛感して悩むフリオが萌えると思うのです。
あと…水中でのエロを書いてみたかったのです、いいと思うんですよ水場…途中で諦めた感が否めませんけれども。
ジェクトだと、付き合ったその日に何やかんやで頂いちゃってそうですけど…今回は、フリオにお預け食らってたって事で……。
2009/11/15

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