瞼を閉じれば深い闇が訪れる。

何時もそう、眠りに落ちた時に俺はそこにその先の世界を見ない。
それはただ忘れているだけだ、というが、記憶に残らない景色に一体何のしがらみが残る。

悪夢にうなされる事なんてない。

逆に、良い夢を見た記憶もない。

少なくとも、この世界に来てからは夢なんて見ていない。
俺が見ているのは、何時だって現実。


夢一時

目の前には広大な花畑が広がっていた。

秩序と混沌の入り乱れた、この不安定な世界でこんなに平和に満ちた場所を見たのは初めて、かもしれない。
色とりどりの花に、透き通るような青空。

花、と聞いて思い出したのは、夢を語るあの青年の顔。
「のばら、の咲く世界か・・・」
平和な世界を夢見る青年は、今どこで何をしているんだろうか?

「クラウド」
背後からかけられた声に驚く。

「・・・・・・フリオニール」
そこに立っていたのは、遠くにいると思っていた仲間の青年。

「どうして、ここに?」
「いちゃ駄目か?」
少し首を傾けてそう尋ねる。
「いや・・・」
彼はクリスタルを求める途中で道を別った。
彼と再び会うのは、もう少し先かと思っていたのに。
偶然、なんだろうか?

「お前が会いたいって、そう願ったんだろう?」
すると、フリオニールは俺に向かってそう言った。
「お前が俺に会いたいって、そう」

俺が、願っていた?
確かにそうかもしれない、けど。
どうして?彼はそれが分かるんだろう?

「お前が願うから、俺はお前の前に来たんだ」
「俺が願ったから?」
「そうだよ、お前が願ったから」
そこで気付く。

ああ、これは夢なんだ、と。

夢だから、彼は俺が望んだ通り俺の目の前に現れた。
でも、どうして今、彼は現れたんだろうか?

「クラウド、お前は俺が好きなんだろう?」
その通りだ、だけど、それは本人には一度も言った事がない。
今はそんな事に構っている場合ではない、そう思うし、彼がその手の事を苦手としているのは一緒に居て分かった。
それに何より、同性相手にこんな気持ち…なんていう、後ろ暗い所もある。
だから、伝えるつもりなんて一切ない。
知っているわけがないんだ。

「やっぱり、夢なんだな」
夢なんて見たのは久しぶりだ。
そう呟くと、目の前に立つフリオニールはちょっと苦笑いした。
「そんな事言うなよ、夢の中じゃ夢が現実だろう?」
「いや、夢はあくまでも夢だ」
「リアリストだな」
つまらなさそうにそう言うと、彼は俺の側まで来てそこに腰を降ろした。
俺もその隣に座る。

「いい事、教えてあげようか?」
「何だよ?」
彼はふと笑みを深め、俺の瞳を覗き込む。
「ここはお前の夢なんだ」
「だから?」
「お前の望みは、全て叶うんだ」
この意味が分かるか、と彼の瞳が無言で俺に問いかける。

「だけど、やっぱり夢は夢だ、ただの幻でしかない」
「幻だと分かっているけど、でもお前は望んだんだろう?俺に会いたいと」
誰も願ってなんかいない。
そう言おうと思ったが、しかしそれならばどうして彼は今、俺の目の前に居るんだろうか?
深層心理では、俺は彼を求めていたんだろう、きっと。
自分自身に、嘘をつく事はできない。
「分かった?俺が言いたい事」
「ああ、だけど…」

それは、望んではいけない事だ。

「どうして願っちゃいけないんだ?夢はお前のものだろう?」
俺の心を見透かしたように彼はそう問いかける。
いや、彼は俺自身が作った夢なんだから、俺の考えなんて口に出さなくても通じているに違いない。

「でも、これは現実じゃない」
「現実に叶わないからこそ、夢に逃げるんだろう?
お前の想いは聞き入れられない、そう自覚しているのに諦められない。
好きなんだろう?俺の事?」
「俺が好きなのはお前じゃない、フリオニールだ」
「ここでは俺が“フリオニール”だよ」
確かに、姿も声も、俺の隣に座るこの青年は俺の想い人そのものだ、だけど。
これは夢の作りだした幻なんだ、だから…。

「聞き分けないな、いい加減に受け入れろよクラウド。
お前はフリオニールに愛されたいと願ってる、お前がどう言い訳したって無駄なんだ」
フリオニールの姿の幻は、俺に向かってそう言う。
「なぁ、どうしてそんなに否定するんだ?一時の夢なら覚めてしまえば忘れるんだろう?」
そう、受け入れてしまえばいい、幻ならば目が覚めてしまえばそれまで。
二度と現実には現れない。
だから、望めばいいと彼はそう囁く。

甘い、悪魔のような台詞を。

「俺はお前の事が好きなんだよ、クラウド」
そう言って一層深くなる優しい彼の笑顔に、居心地の悪さと、ちょっとした満足感を覚える。

今目の前に居る彼は、俺の為だけに笑ってくれる。
自分の中に芽生えた独占欲を満足させるだけの、独りよがりの暗い感情を押さえ込む。

しかし、そんな俺の心の働きも彼には筒抜けで、一層笑みを深め、俺へと近付く。

「止めろ」
キスできそうな距離にある彼の顔を見つめ、静止させる。

夢だから、そう言い訳して流されるわけにはない。
「どうして流されないんだ?思い通りにできるのに。
俺なら、お前に抱かれたって拒絶したりしないのに」
悲しそうに俺を見つめてそう言う彼の姿に、軽い眩暈を覚える。

本物の彼は、まずそんな台詞を言わないだろう。
それくらいに純粋で、真っ直ぐだ。

だから、汚したくない。

幻であろうとも、彼を冒涜したくはない。
それくらいに、憧れている。
焦がれている。
独りよがりな俺の気持ちを満足させて、何を手にできるんだ?
自分が彼に抱く気持ちまで、汚したくはない。

「はぁ…なんていうか、ストイックな性格だよな」
望めばいいのに、と彼は溜息混じりにそう呟く。
「悪いな」
「別に悪くはないよ、俺はお前の望む夢の姿だからさ」
だからお前が望むなら、これ以上何もしないとそう言って彼はそっと離れた。
「だけど、こんな時にまで望まないなんて、お前も強情だな。
いや、純粋なのかな?」
「何が?」
いや、それ以前に気になる言葉がある。
「こんな時って、どういう事だ?」
「うん?分かってなかったのか…まあ知らないなら知らない方がいいかな?」
「説明しろ」
「説明しろって言われても…お前、自分の事だろう?」
それは、確かにその通りだけど…しかし、分からないものは分からない。
俺の身に何が起こっているんだろうか?
「お前さ、後悔したくないなら自分の想いは相手に告げておけよ」
「はぁ?」
「俺がこんな事言うって事は、お前は絶対に今のままじゃ諦めきれないって事だからさ」
だから、さっきから何を言ってるのか?と尋ねようとした時。

俺の唇にそっと目の前に座るフリオニールの唇が触れた。

夢にしては、リアルな感触。
ふと、体に嫌な寒気を感じ目を開ける。

「ぅん…ん!」
目が覚めた瞬間に、驚愕。
俺の唇を塞いでいた彼は、俺が気が付いたのを感じ取り、そっと離れた。

「気が…付いたか……?」
はぁはぁと、浅い呼吸を繰り返しながらそう尋ねるフリオニール。
体中に装備した武器も、また身を守る鎧とマントも外し、シャツとズボンとバンダナを見に付けているのみ。
一体何が起こったのか分からず、記憶を辿ってみるも、暗闇しか残っていなかった。
「良かった!!もう!驚かせないでほしいッスよ!!」
「二人とも無事でよかったよ、それより早く体拭いて火に当たりなよ、服も着替えた方がいいね」
そう言うと、タオルと一緒にアナザーフォームの服を取りに走るセシルとティーダ。
とりあえず分かっているのは、自分は今どこかの湖の岸に横たわっている事。
そして、自分もフリオニールも全身ずぶ濡れになっている事。
「…俺は……溺れてた、のか?」
「覚えてないのか?」
俺の上げた疑問の声に、驚いたようにフリオニールは尋ね返す。
「ああ」
一切覚えていない。
覚えているのは、あの妙に記憶に残る夢の彼の姿だけ。

体を拭き、持って来てもらった服に着替えて体を温める為に火に当たる。
「本当に、何があったんだ?」
火を囲みながら、周りに集まってきた仲間にそう尋ねる。
「イミテーションとの闘いで、クラウドが敵に攻撃を受けて後方に飛ばされてね」
「あのデッカイ剣を突き立てて崖の際で押しとどまたんッスけど、その後の追撃でそのまま湖に落ちたんッス。
で、俺が助けに行こうと思ったんッスけど、敵の攻撃喰らっちゃって…。
それでなんやかんやしてる間に、鎧と武器下ろしたフリオがそのまま飛び込んで助けに行ったんッスよ」
大体の事情は飲み込めた。

「二人ともゆっくり休んでおいてよ」
「そうそう、夕飯は俺とセシルで作るッス!」
そう言って二人が席を外す、火の周りには俺と俺の命の恩人の二人だけが残された。

「悪いな、世話を焼かして」
「いや、無事で何よりだよ」
俺はこの青年に、助けられてしまったわけか……。
「借りができたな」
隣に座るフリオニールにそう言うと、本当に気にするなと何度も繰り返した。

こんな時に…ってそういう意味だったのか、と夢の彼が話していた事を思い出して納得する。
自分が死ぬかもしれないという、そんな瞬間だったわけだ。
三途の川や走馬灯ではなく、花畑に想い人か…。
死後の世界なんて、まだそんなに興味はないけどな。

ただ、彼の残した最後の言葉。
『今のままじゃ諦められないって事だからさ』
確かに、そうなんだろう。

決意を固め、彼の方を見る。
ずぶ濡れになったバンダナを外し、髪を乾かすためか、何時もは結っている髪を解いている。
「フリオニール」
「うん?」
呼びかけて彼が振り向く。
言葉に詰まり、何と言うべきか迷う。
しかし、ここで黙っていてもしょうがない。
それに、もし再び夢に付いた時“彼”に出会ったら何を言われる事か。
意地悪く笑って、「意気地なし」とか言うんだろう。
それは…面倒だし、気分が悪い。
それが俺自身であるんだから始末が悪い。

「クラウド、どうしたんだ?」
呼びかけたはいいが黙り込んだ俺に、フリオニールが呼びかける。

決意は固まっている。
砕けたとしても、俺は満足だ。
これが、現実だから…。

「お前が好きだ」

あとがき
初クラフリ、需要があるのかは分かりませんが、やってみたかったんですよ、クラフリ。
全然違うオチになってしまったんですが、そこは一切気にしない。

鎧と武器下ろしている間にクラウド溺れるんじゃない?とかいう疑問は無視の方向で。
きっと、クラウドが力尽きる前くらいには間に合いましたよ。
2009/3/14
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