恋愛感情は…よく分からない……
何を基準にして、好きかどうか決めるんだろう?
俺を愛している弟へ…
目覚めると、すっかり陽が暮れていた。
うっかり、うたた寝していたようだ。
「……アレ?」
起き上がった瞬間に、体からブランケットが滑り落ちた。
誰がかくれたようだ…誰かっていうか、俺以外にこの家に無断で入れるような人間なんて、一人しかいない。
「シャドウ…帰って来てたのか……」
落ちたブランケットを拾い上げ、ソファに座り直す。
「うん、ただいま兄貴」
「えっ!ええ!!」
「…何、驚いてるんだよ?」
振り返った瞬間に飛び込んできた奴の顔に、ちょっとした驚きを覚える。
だって、気配もなく現れると、ビックリするだろ?
「あの…お帰り」
「うん。兄貴さ、凄く良く寝てたけど……疲れてるんじゃない?勉強し過ぎなんだって。いる?」
そう言いながら、彼は自分の飲んでいたペットボトルの水を差し出す。
「いや、いらない」
「ん、そう。あっ…そうだ!兄貴、コレ貰ったんだけどさ、一緒に行かない?」
そう言って彼が水と入れ替えに差し出したのは、封筒に入ったチケット。
「どうしたんだよ?コレ」
「バイト先の先輩がくれたんだ」
嬉しそうに話す彼の手から、映画のチケットを受け取る。
「彼女とデートでもしておいで、ってさ」
ニィと、歯を見せて笑みを深める弟。
ん?彼女とデート…て。
「デ…デートォ!!」
「ック!アハハハハ!!兄貴!反応面白いな!!」
驚き、顔を赤くする俺に対し、実際に驚かせた弟の方は面白がって大爆笑。
「なっ!何だよ!!」
「アハハ!!二人で遊びに行こうって、言ったんじゃん!!
恋人ならそれをデートっていうんだろうけどさ、俺達“一応”ただの兄弟なんだし、仲良く遊んでたって誰も不振に思わないよ」
そうでしょ?と、俺に意見する彼に対し、俺は黙って頷く。
確かにその通りだ。
「それで、どうする行く?行かない?」
俺の顔を伺い見て、そう尋ねる。
そういえば、最近あまり二人で出掛けてなかったかな…。
「えっ…そうだな……折角だし、行こうか」
「本当に!?やったね、兄貴とデート!!」
そう言って喜ぶ弟に、俺は顔が赤くなる。
「ちょっ!デートじゃないって言っただろ!お前!!」
「それは人の受け取り方次第だろ?
兄貴は普通にお兄ちゃんとして、家族サービスな気分でいいいじゃん。でも俺は」
そこで言葉を切ると、俺の耳元に唇を寄せる。
「愛しの人とデートって事で、間違ってないでしょ?」
「っ!!……」
耳元で低く呟かれ、身動きが取れなくなる。
人の受け取り方、次第?
友達と恋人の境界って、そんなに近いものなのか?
いや…俺とこの男は兄弟だ。
しかし、そんな境界線すらも彼は“受け取り方次第”で乗り越えようというんだろうか?
「兄貴の顔スッゲー真っ赤…何?俺の事意識してくれてる?」
「意識してって…お前、そりゃ…そんな言い方されたら…」
意識せずにいられるだろうか?
「フフ…兄貴、可愛い」
からかうようにそう言うと、彼は俺の側から離れた。
「じゃ、明日でもいい?明日、兄貴バイトないんでしょ?」
「構わないけど、突然だな」
「だって、来週だったらテストでしょ?絶対兄貴、遊びに行ったりしないじゃん」
まあ、確かにその通りだ。
「じゃ、約束だよ兄貴」
「分かってる、明日だな」
俺が了承すると、彼は酷く嬉しそうな顔をして頷いた。
そんな彼の幼い姿に、どこか過去の面影を見て…俺も笑い返した。
そういえば、小さい頃は不思議なくらいに何時もベッタリだったよな…なんて、そんな事を思い返しながら。
翌日、朝から機嫌の良いアイツ。
「ほら兄貴、早く」
「お前な…」
機嫌が良い…というより、はしゃいでると言った方がいいか。
「兄貴、手繋ごうぜ」
そう言って笑顔で手を差し出す弟に、溜息を吐く。
「馬鹿、なんでそんな事…」
「あっそっか、腕組む方がいい?」
「…そんな事言ってるんじゃない」
はぁ…という、溜息もこの弟の前では笑顔で消し飛ばされる。
「冗談だって兄貴、本気にしないでよ……まあ、俺は本気だったけどね」
「本気だったのか……」
まったく、コイツの言動には本当に振り回されっぱなしだ。
だが…それを承知でコイツと外に出てきたんだ、今日一日くらいコイツの所為で疲れたっていいじゃないか。
そうだろう?
暗い中で流れて行く映像を、俺はただボーっと眺めている。
残念ながら、現代の恋愛に主題を置いた話はあまり得意ではないのだ。
人の恋愛に、自分の感情を移入させられる程…自分はそこまで恋愛に対する知識がない。
そんなに近すぎる人間関係なんて、あまり考えた事もないのだ。
取りあえず俺は、世間一般の高校生が考えるほど、きっと恋愛に対して憧れを持っていないのだろう。
それは、望んで手に入れるものではない…。
そんな思いがどこかにある。
だから、彼女や彼氏を欲しがる同級生の姿を見て、どうしても首を傾げてしまうのだ。
人間関係って、自分から望んでそれを形成しにいくものなのだろうか?
自分が置かれた環境の中で、自分と馬が合う人間同士が集まってやがて、一つの人間関係がなりたっていくのではないのか?
だから、漠然とただ恋人が欲しいと願うのは…どう考えても、何かズレている。
そんな気がして、しょうがない。
まあ、多分…あまり賛同は得られないだろうけれど……。
ふと…隣に座る弟の表情を伺い見てみる。
真剣に見ているのか、それとも別段何とも感じていないのか…どちらともつかない表情。
スクリーンに映写機が映し出す青い光の所為で、顔の影がより暗く映って見える。
多分、同じように今自分を横側から見たら、彼と同じ顔が見えるのだろう。
『ねえ、貴方はどうして私を好きになってくれたの?』
映画のヒロインが、彼女の相手役にそう尋ねる。
それは、俺の隣りに座る男に対して聞きたい質問だ。
どうして俺なんかがいいんだ?
お前に何もしてやれないのに…お前の気持ちに答えてやれないのに…。
本来ならば…惹かれてはいけない、相手なのに……。
なあ、それが分かっていながらどうして?お前は俺を好きだって言えるんだ?
『君が好きになってくれたからかな?』
相手役の男の子は、ハニカミ笑顔でそう答えた。
それは果たして、本当に理由になるんだろうか?
人一人を好きになる理由って…そんなものなんだろうか?
相手に同調させた感情だけで、人間関係は果たして上手くいくのか?
『私はね、貴方の事好きになれて凄く幸せだよ』
彼女は輝くような笑顔でそう言った。
果たして、本当にそれだけなんだろうか?
人を好きになる事は、本当にそんなに簡単な事なんだろうか?
人間が見えてくれば見えてくる程、人は反発してしまう事もある。
こんなに近い存在だからこそ、どうして自分の事が分からないのか…と喧嘩する事だってあるだろう。
そんな奴、クラスの中で何人か覚えがある。
だけど、近い存在といっても…よく考えてみたら、自分の今まで生きてきた人生の中で、その人と共に過ごして来た時間というのはまだまだ僅かで。
本当の意味で、その人の事が見え始めるのは人間関係が成立した後…大体付き合った後の方が多いんじゃないだろうか?
特に高校生の恋愛なんて、まだまだ発達段階の幼いものであり、それに美しさを感じる人間が大勢居る事は知っているが…それが果たして、本当に人を理解した結果生まれた人間関係だったのかというと、はなはだ疑問だ。
誰かを好きになる事で幸せになれる…というのは、だから俺にとってはほとんど意味が分からない台詞だ。
好きになったからこそ、苦しんでいる事だって多々あるというのに。
どうして、過剰に飾り立てられた一面しか見ていないのか?
それによって引き起こされる数々の難題を、どうして彼等はことごとく無視できるのか?
何故、憧れるんだろう?
何故、恐れないんだろう?
恋愛は人の良い所だけじゃなく、悪いところまでダイレクトに受け止めなければいけない。
友達とは違う距離の取り方は、一歩間違えたら本当に恐ろしいものだと思う。
近付き過ぎると、何も見えなくなる。
だから、何かにぶつかった時に大きな災害を引き起こすんだ……。
じゃあ、“彼”は一体どうなのか?
今までの人生を共に過ごしてきた、それこそ自分達がこの世に現れた当初から寄り添っていた、自分の半身。
恐らく、この世でこれ程自分を理解している相手はいない。
俺もコイツも、相手に対して自信を持ってそう答えるに違いない。
家族という関係は、自然に形成したんじゃない、元からその土台があったものだ。
俺達は、それを否定せずに受け入れる。
だけど弟は、その関係を崩して新たな関係を作ろうとしている。
それは……それは、本当はあっちゃいけないんだと分かってて。
「結構面白かった、かな?」
「そうだな…」
見終わった後の感想を述べる弟に、俺も従う。
「嘘つけよ、兄貴こういう作品あんまり好きじゃないでしょ?」
「知ってるなら聞くなよ」
「別に聞いたわけじゃないよ……折角だしさ、どっか寄って帰ろうぜ」
「うん」
相変わらず、機嫌の良い彼の言葉に素直に従う。
俺達は今までずっとこの関係のままだった。
誰よりも近い人間として、過ごしてきたんだ。
お互いに。
家族・兄弟という関係は、俺達が望んだものじゃなく…元々与えられたもの。
それ以外の関係を望むのは…駄目なのか?
俺達の抗えない力というもので、それは拒絶されるべきものなのか?
「兄貴、どうしたの?」
「えっ…」
「何かさ、さっきからボーとしてるよ、大丈夫?」
心配そうに俺を覗き込む彼に、俺は「大丈夫だよ」と、頼りない声で返事する。
「本当に?」
「ああ」
ただ、何となく…心の中がスッキリしないだけ。
お前の事で、な…。
信号の色が変わって、俺も彼も歩き出す。
進んでいく人波。
休日だからだろうか?何だか普段よりもずっと人の数が多い気がするのは…。
「あれ?」
気がつけば、俺の隣りには弟の姿はなく……。
はぐれた、という言葉が頭に浮かんだその時、思いもよらぬ方向から強い力で腕を引っ張られた。
大通りから一歩外れた路地裏の薄汚れた壁に、思いっきり体を押し付けられる。
昼間なのに、暗い影が落ちたその空間。
俺は、俺をこの場所へと引き込んだ見知らぬ彼等の顔を、一人一人ゆっくりと見回した。
to be continude …
アナザー×ノーマルフリオ現代パロ、兄弟仲よしを目指してデートさせてみました。
恋愛に興味がない高校生っていうのは、珍しいですが居るものですよね…。
異性に興味がないわけではない、だけど彼女とかを進んで求めにいくのはちょっと違うよね、という。周囲からすればストイックに見えるクラスの秀才君は、素敵だと思います。
先に予告しておきますと、次回は完全に裏行きです。
今回の最後の部分で、これから何が起こるかは大体予想できそうなものですが、はい…あまり激しいものを書くつもりはないんですが、表に置くには良心その他がなんか痛みそうなので…。
2009/10/29