人って、どうしてこんなに複雑な生き物なんだろうな?
人の思考回路は、複雑過ぎて本当に扱いきれない
説明書でもあったのなら、この問題も…解決できるかな?
俺を愛している弟へ…
「今日は、元気ないな」
「そうですか?」
「見ていれば分かる」
バイトが終わり、店内の片付けをしていた俺にそう声をかけてくれたのは、バイト先の大学生の先輩。
「悩みでも、あるのか?」
「いえ…そんな大した事じゃないんですけど……」
「なら、聞かせてくれ」
「えっ……?」
「大した事じゃないなら…話せるだろう?」
ウォーリアさんは、俺の目を真っ直ぐ見てそう言う。
この人はいつもこうだ、どうしてだか…人の心を見透かすような、そんな所がある。
警察官になる為に勉強していると聞いたが、彼の風格から考えるに、確かにそれは天職だと思う。
嘘を吐き通せないというんだろうか?
相手にそんな圧力を与えるような雰囲気、それが彼にはあるのだ。
「あの…結構、複雑な話なんですけど……」
「なら、余計一人で抱え込まない事だ。難しいと思って、最初に悩みこんでしまったら、いつまでたっても一人で悩んでいても答えなんて出ないだろう?」
彼の言葉には一理ある。
どういうわけか、難しい問題ほど人は一人で抱え込もうとする性質があるようだ。
しかし、難題というのは答えが導き出せないからこそ“難題”なのであり。それを抱え込んで、自分の中で解決しようにも最初から答えなんてどこにも存在していないのだ。
だから、人に話すようにと言ってる彼の言葉には、酷く説得力がある。
だが…隠したくなる問題というものには、それなりの理由があるのだ。
「ウォーリアさん…って、口固いですよね?」
「ああ。心配しなくとも、君から聞いた事を誰かに話したりはしないさ…そんなに、困った事なのか?」
「ええ、まぁ……その…場所、変えましょうか?」
「…分かった」
そう言って、俺は帰り支度を終えてから店の外へ出る、そして、その後に付いて出てきたウォーリアさんも外へ出る。
店の裏にあるスタッフ用の駐車場、その脇にある非常階段に腰掛けて小さく溜息。
「それで、一体どうしたっていうんだ?」
そんな俺と同じように溜息を吐いてから、彼はそう尋ねる。
先輩が自分の隣りに腰を下ろしたのを見て、俺は小さく尋ねた。
「…ウォーリアさん、今までに告白された事とか…あります?」
「一応は、な…」
「そうですか……」
そりゃ、こんな美形、周囲が放っておくわけないよな…。
「恋愛関係か?」
「一応…」
「そうか……」
短い質疑応答の後、長い沈黙が続く。
多分、俺が話し出すのを彼は待っているんだろう。
「ウォーリアさん…」
「どうした?」
「絶対に好かれちゃいけない相手から告白されたら、どうします?」
「絶対に?」
「はい」
そう、この定義が俺の場合凄く大事だ。
「絶対に好かれてはいけないなら、勿論断るが…相手が一体どういう人間なのか、該当者が思い浮かばないんだが」
「…でしょうね……」
「人妻か?」
「何でそうなるんですか!!」
いや…しかし、よくよく考えてみたら、それは凄く自然な運びかもしれない。
人妻…っていうか、それが友人の彼女とかだったら、学生間の問題として実際に起こり得ない事もない話だろう。
だが、残念な事に…俺のケースはそんなものよりももっと複雑だ。
「それで、相手は誰なんだ?」
「…………ぅと、です」
「何だ?」
「俺の…弟です」
ウォーリアさんの目が、俺を真っ直ぐに見つめ返している。
ああ、どうしよう…こんな事言えた自分の勇気に、もう脱帽ものだ。
「…近親相姦、か…」
そんな風に淡々と言葉で表わされてしまうと、自分の置かれた状況の特異性がひしひしと伝わって来る。
特に、それを自分ではない第三者に言われると…。
「いえ、あの…俺別に…弟と付き合ってるとまでは言ってないですよ」
一応、そこは否定しておかなければいけないだろう…俺の中に残っている、常人のプライドにかけて。
「だが、告白されたんだろ?」
「だから、悩んでるんです!!」
告白されて、そのまま付き合うわけないじゃないですか。
「君は、確か自分の弟の事を「自慢の弟だ」と言って、かなり好いていたと思うんだが…」
「普通に考えて下さいよ!それとこれは好きだっていう感情が違います!!
そりゃ!俺だって、弟の事は好きですよ…でもそれは、やっぱり家族としてであって…そういう、恋愛とか……そんな感情とは違うんです!!」
「なら、そう言えばいいだろう?」
「言いましたよ!!言いましたけれど…その」
「相手が…諦めきれない、と?」
「はい……」
だから困っているのだ。
嫌いじゃないけれど、好きになってはいけない相手だ。
どんなに考えても、それは、それだけはいけない…絶対に。
「俺達双子なんですよ、顔とか声とかほとんど一緒なんです。同じ血を分けた兄弟で…しかも、二人共ちゃんとした男ですよ…どうして、そんな恋愛感情なんて持てるんです?俺、時々分からなくなるんです…アイツと、どう接したらいいのか…って」
情けない声で話す俺に、ウォーリアさんはただ黙って付き合ってくれる。
こんな話を聞く事になるだろう事なんて、きっと思いもしなかっただろうけど…。
「どうしたら、アイツが普通に…俺じゃなくて、普通に女の人と恋愛ができるようになるのかな…って、どうしたらまともな方に更生させてやれるかな……って、考えれば考えるほど分からなくなってきて…」
「そうか」
「第一、俺みたいなののどこがいいんですか?俺には全く分からないですよ…別に可愛げがあるわけじゃないんですよ。
大体、容姿が自分と同じ相手に可愛いも何もないでしょう?…やっぱり、アイツは何か勘違いしてるとしか思えないんです。今日だって女の子に告白されてるのに、簡単に相手の事振って、全然ケロってしてるし…。
あんな振り方して可哀想だろって言ったら、嫌われた方が後が楽だって言って…じゃあ、俺もあの時そうすれば良かったのかな?って思って、なんか怖くなって…なのにアイツ俺の前では全然普段通りだし…もう、本当に分からないんですよ…アイツが何考えてるんだか。
…あの時だって……俺みたいな、男押し倒して…本当に、何がしたかったんだか」
そこまで言ってから、ハッとなった。
勢いに任せて、今…自分はトンでもない事を言ってしまった……。
しかし、後悔しても遅い…口から出た言葉というのは、返って来てはくれない。
「……押し倒された、のか?」
予想だにしなかった俺の言葉に、ウォーリアさんがおそるおそるそう尋ねる。
「いえ…あの……アイツだって、あの時はその…なんていうか、喧嘩してたから…頭に血が上ってたに違いないんです…だから、その…別に」
「でも、事実なんだろう?」
「……はい」
それは、もう認めざるをえない。
「でも、別に…そういう間違いまでは、起こってないです…よ……」
そう間違いは起こらなかった、間一髪の所で…アイツが、正気に戻ってくれたから。
「それで……許したのか?」
「はい……」
「……君は、どこまで無防備なんだ?」
心底呆れたように、ウォーリアさんはそう言った。
「弟にも、同じ事言われました…」
普通に考えて、男が男に押し倒されて…なおかつ、それを快く許すなんてそんな事、まあ…ありえない事だろう。
しかも、相手が自分の兄弟だとしたら…。
「君は…本当にその弟君の事を、ただの弟だと、そう思っているのか?」
「何、言ってるんです?」
当たり前じゃないか、そんなの。
「そこまでされて、相手を普通に許せるのは…常人ではないと思うが…」
「それは…やっぱり、家族ですから」
「家族だから、余計に問題なんじゃないのか?だから君は悩んでる、そうだろう?」
「はい」
「それなのに、そんな問題を起こした弟君を更生させたいと思いつつ、どうして誰にも相談せずに今まで黙認し続けてきたんだ?いくら恋愛に疎くても、自分の貞操の危機が分からないわけがないだろう?」
なんていうか、ぐうの音も出ない。
でも…でも、俺は確かにアイツの事を大切な存在だと思ってるけど…でも。
「勘違いなんですよ、それに気付いてくれれば…この問題は解決するんです」
心の底からひねり出すそうにそう言った俺の言葉。
震えるような、その声が静かな町に消える。
「勘違いしてるのは、君の方じゃないのか?」
そんな俺を見つめていたウォーリアさんが、ポツリとそう零す。
「何…言ってるんですか?」
意味が分からない…。
「いや…もしかしたら、間違ってるのは君の方じゃないのか?」
「俺?」
「フリオニール…君は、今まで誰かを恋愛として、好きになった事があるのか?」
「いえ、俺…なんていうか…そういうの苦手で」
「だったら余計に、それを疑いたくなるな…フリオニール、君は本当は…。
君の弟君を、好きなんじゃないのか?」
「…………はい?」
そんな、そんな事…ある訳ないだろう…。
「フリオニール…人の感情というのは、どうやら言葉で明確に表す事ができる程、簡単な作りにはなってない…常識や理性を簡単に飛び越えられるもの…それが人の感情だ」
「はぁ……」
「だが、理性や常識はそこから自分が超える事を恐れる、そうだろう?だから、自分に言い聞かせるんだ…この感情はそんなものじゃないと…言葉や何かで論理的に縛り付ける事で、自分自身に暗示をかける…それは勿論、本人の意識下で行われているわけじゃない。
そこでフリオニール、もう一度聞くが…勘違いしてるのは、本当は君の方じゃないのか?」
俺が、勘違いしてるって…?
そんな…何を言ってるんだ、この人は……。
ねえ、本当に貴方は何を言いたいんだ?
ウォーリアさん。
「あっ…ありえないですよ!!そんな事!!何回も言わせないで下さいよ、俺はアイツとは兄弟なんだって…家族としての感情は持っていても、そんな…そんな感情持てるわけ」
「そうやって、常識で自分の事を君は縛り付けているんじゃないのか?私はそう聞いてるんだ」
違う、違う…絶対に違う。
俺は…本当に。
「あっ…俺……俺は…」
ボロボロと、よく分からない涙が溢れてくる。
何で泣いてるんだか、自分でもよく分からない…。
「すまない、言い過ぎた」
そんな俺を見て、急いで謝る先輩に、俺はふるふると首を振る。
何かを否定しないのか、その他に何か言いたい事でもあったのか…自分にも分らない。
そんな俺の背を、ウォーリアさんは優しく撫でる。
人の温もりが、酷く温かく感じる。
「ウォーリアさん…俺、分からないです……」
「ああ」
「自分の気持ちとか、アイツの事とか…もう、何もかも分からないんです…何も、何も……」
「ああ、苦しいんだろ?」
ポンポンと、小さい子供を宥めるように大きな手が背中を撫でる。
分からないからこその苦しみと、分かってしまうからこその苦しみ。
どちらの方がより恐ろしいのか…。
今の俺にとっては、分からないものの方が恐ろしい。
自分で、一体どうしたらいいのか…一切、見えてこないからだ。
「すまない、本当に言い過ぎた…私はどうも、人の相談を聞くと相手を攻めすぎる癖がある」
「いえ…あの……」
「弟さんの事は、ゆっくりと考えるといい…君自身が納得のいく答えを見つけ出して、二人で話合った方がいい…」
「……はい」
「今日は送っていこう、そんな顔じゃ…帰れないだろう?」
「ありがとう、ございます……」
御礼を言う俺の頭を、最後にニ回優しく撫でると、ウォーリアさんは俺の持ってた荷物を片手に立ち上がった。
小さく溜息を吐いた後、俺も立ちあがる。
もやもやするというのか…ざわざわするというのか…。
胸の内が収まらない、この気持ちの悪さは一体何だ?
結局、それも分からない…。
誰か、俺に分かるように説明してくれないか…なぁ。
俺は…一体どんな回答を求めてるんだろう?
to be continude …
アナザー×ノーマルフリオ現代パロ。
ウォーリアさん再び登場…色々突っ込んだ事言ってもらいました、いや…この人は相談したら言葉容赦ないだろうな、と思うのです。
自分の意見とか、ズバズバ言ってきそう…それがウォーリアさん。
本当は、この話から始まる予定だった現代パロ…三分のニくらい完成してから、先に一話あった方がいいなと思って、急遽順番を変えられてしまったかんじです。
今回は、ノーマルフリオに精神的にトコトン苦しんでもらいますので…まだしばらくは暗い話続きます。
いや、ラストくらいまで暗い話続きます…なので、病まない程度にお付き合いください。
2009/10/12