困った事になったなぁ…
腕の中の温もりを感じて、そう思った
俺の事、可愛がって下さい
「ただいまぁ」
「あっ、おかえり。雨大丈夫だったか?あっ、やっぱ降られてるな」
家に帰ると、奥から顔を出すとタオルを持って玄関まで出迎えてくれる兄貴。
その姿に癒されつつも、俺はどうも落ち着けない。
「どうかしたのか?」
「…いや、な……兄貴」
その時、俺の腕の中のソイツは、苦しくなったのか急にもがき出した。
「あっ!コラ!!」
「ミャ〜」
「…………」
周囲に満ちる空白の間。
「えーと…その、手の中のものは…何だ?」
「…ゴメンなさい」
「取りあえず、上がって話そうか」
そう言って俺の腕から猫を取り上げると、俺にタオルを渡す兄貴。
なんていうか、物凄くベタな展開に巻き込まれてしまったのだ。
雨に降られて、雨宿りをしている時に、箱に入れられたこの子猫に出会ってしまった。
…なんて言うんだろうか?その時に、ちょっと可哀想だな…とか、久々にそんな感情を持ってしまい、そっとしゃがみ込んでその頭を撫でたら、黒い大きな眼で見つめられた。
あっ……これは、不味いと思った。
そんな俺の予想通り、この子猫は俺に懐いてしまったらしい。
その場から離れる俺の跡を、子猫はつたない足取りで付いて来た。
危なっかしくて、見てられなくなったのだ。
このまま放っておけば、車に轢かれたりしかねない。
仕方ない…。
「それで、連れて帰って来たのか?」
真剣な顔で、兄貴はそう俺に尋ねる。
「はい」
責めるような視線に、俺は耐えかねて下を向いたままそう答える。
「はぁ……分かってるのか?このアパート、ペット禁止なんだぞ」
「……勿論、知ってます」
流石に何年も住んでいて、そんな事知らないわけがないだろう。
最近のマンション等では、ペットを飼ってもいい所があるのだが、生憎な事に俺達兄弟の住んでいるこのアパートには、そんな制度は勿論ない。
理由なんて簡単だ、近所迷惑、それ以外の何物でもない。
「残念な事に、この家では飼えない」
「…はい」
なのに何で連れて帰って来たのか?
まったく、自分も何でこんな小学生低学年レベルな事をしてしまったのか、分からない。
ただ、何となく…である。
「あのなぁ、こればっかりは“何となく”じゃ済まされないだろ?」
まさしく、子供に対する母親の言動になっている兄貴。
「はい」
そんな兄貴には、どうしたって勝てないし、頭が上がらない。
「でも、仕方ないなぁ…連れて帰ってきた以上は、飼い主になってくれる人探すしかないか…」
そう言うと兄貴はその子猫を抱きあげた。
流石の兄貴も、この雨の中にか弱い小動物を再び放りだすような、そんな心は持っていなかったようだ。
兄貴は元々、俺以上に優しい人間だしな。
「猫って、何食べるんだっけ?」
そう言って、ネットで調べる辺りも、なんていうのか俺よりずっと、ちゃんとしている。
俺なんか普通に煮干しでもあげればいいんだと思ったのに、どうやら人の食べるものは猫に与えてはいけないらしい。
という事で、雨の中帰って来たばっかりなのに、ホームセンターへお使いに出される俺。
「お前が連れてきたんだから、当たり前だろ?」なんて言われると、俺も断る術を失うわけで…。
雨に打たれて猫の為に行った買い物から帰ると、兄貴はその猫を膝に乗せて可愛がっていた。
あっ……なんかちょっと嫉妬。
「あっおかえり」
「ただいま」
俺が横に座っても、子猫は兄貴の膝の上から離れようとしない。
おいおい、お前…俺に懐いて付いてきたんじゃなかったのか?それとも何か?双子の俺と兄貴じゃ、見わけがつかないのか?
そんな事ないよな?お前達の持つ嗅覚は、そんな生半可なものじゃないはずだ。
ならば、大人しく俺の方に来たらどうなんだ?兄貴じゃなくて!!
いや、別に猫に好かれたって俺は嬉しくもなんともない。
そして兄貴、アンタも飼う事に反対しておきながら、何すっかり癒されてるんだよ!?
いや兄貴がこういう小動物好きなのは知ってるし!可愛いものに癒されたいお年頃なのは、何となく分かるけど!分かるけど!!
アンタには、この可愛い弟がいるだろうに!!
「なぁ…兄貴」
「ん?どうしたんだよ?」
俺の声に反応はしてくれるものの、その視線の先にはあの子猫が居る。
うーん、自分で連れてきておいてなんなんだけど、気に食わない。
「兄貴、夕飯」
「あっ!忘れてた…今すぐ準備する」
そう言うと立ち上がってエプロンを付けなおし、再び台所に立つ。
その兄貴の後ろを、子猫も一緒になって付いて行く。
おいおい、兄貴に惚れていいのは俺だけだぞ。
「…はぁ、アホらし……」
兄貴は、どうもこの猫の事を気に入ったらしい。
以前、俺がゲーセンで取った縫いぐるみと戯れる猫を微笑ましく見守っている兄貴。
風呂上がりにそんな光景を見ると、なんかいい加減に嫌になってきた。
なんていうか、俺が帰って来てから兄貴は俺よりもこの猫に構ってばっかりだ。
おいおい、そんなにその猫が可愛いかよ。
「なぁ兄貴…」
「ん?どうした?」
そう俺に尋ね返すも、やっぱり視線は猫の方を向いている。
「兄貴、人の話聞く時はその人の方向いてくれないかなぁ?」
「えっ…ああ、ゴメンゴメン」
そこまで言うと、ようやく兄貴は俺の方を見てくれた。
リビングに置かれたソファに座ると、立ったままの俺を見あげ、座らないのか?と尋ねる。
隣を進められた俺は、大人しくそこに腰かけて、兄貴に切り出す。
「コイツ捨て猫なんだし、飼い主になってくれる人探すって言ってたけどさ…兄貴の方にアテある?」
「うーん…正直、微妙だな……生き物って、そう簡単に引き受けてくれるものじゃないしさ」
だよな、やっぱり。
「その間、コイツどうするの?」
「そうだな…猫ってほら、大人しい生き物だからさ…バレなければウチに置いておいてもいいかなって」
流石に飼うつもりまではないようだが、当分はこの状況の生活が続く事になるのか……。
話題が途絶えると、兄貴の視線は子猫に再び戻る。
「なぁ兄貴…あの子猫の事、気に入ってるだろ?」
「えっ?何だよ急に?」
遊び疲れたのか、部屋の隅で丸くなって眠り始めた子猫を優しい目で見ていた兄貴が、そんな俺の言葉に急に現実に戻ってくる。
「兄貴、小動物好きだよな」
「まあ、可愛いから…な」
「へぇ…ふーん」
「……どうしたんだよ?」
「別に」
しかし、俺の言動から何かを察したのだろうか?兄貴は俺の方を見て「どうしたんだよ?」ともう一度聞いた。
「何でも、ないって」
「嘘吐くなよ…」
そう言う兄貴に、じゃあ俺は正直になってやろうと思った。
正直に、言動ではなく態度で表してみる事にした。
「っちょ!!……一体、何のつもりなんだよ?」
困惑したように、兄貴はそう尋ねる。
当たり前だろう、横から兄貴へと手を伸ばし抱きしめ、その肩に自分の頭乗せたら…そんな風に言われるよなぁ……。
「嘘吐くなって言ったんじゃんか」
「あーあ、もう…何なんだよ面倒くさい」
溜息交じりに、そう言う兄貴。
何だよ、面倒くさいって…。
「なぁ…あにぃきぃ」
「何だよ、そのやる気ない声」
呆れたようにそう言う兄貴に、俺は仕方なく最後の手に出る。
兄貴の頬に軽くキス。
ビックリして振り返る兄貴の唇に、今度は直に触れる。
「なっ!!ちょっ!……お前!!」
真っ赤になって俺から離れようとする兄貴に、俺はニヤリと口角を釣り上げて笑う。
「俺も可愛がれ」
「可愛がれって……命令形かよ」
俺の台詞を聞き、脱力したようにそう言う兄貴。
「だってさ兄貴、帰って来てからアイツばっかり構うじゃんか」
そんな不平を言うと、兄貴は心底呆れたようで。
「あのなぁ…人間が猫に嫉妬するな」
そう言いながら、俺を引き剥がしにかかる。
「無理だね」
離れる気もさらさらなく、抱きしめる腕に更に力を込める。
「連れて来たのお前だろう?」
グイグイと俺を引き剥がそうと、奮闘を続ける兄貴。
止めときなって兄貴、俺の方が力強いんだからさ。
「いい加減に離せよ、お前!」
「嫌だね」
「ああもう!!お前は子供か!」
バシっと兄貴の平手が思いっきり横っ面に入る。
うん、これは結構痛い。
「いい加減に離せ!!」
本気で怒らせたな、これは。
「分かった、分かったって…」
仕方なく離れると、隣から安堵の溜息が聞こえた。
ああ、何かムカつく。
そんなに俺が嫌ですか?
「可愛がれってなぁ…人に向かって言う台詞じゃないだろ」
「じゃあ、構ってくれって言った方が良かったか?」
大して変わらないだろ?そんなの。
「大体…そう言いながら人にキスするな!!」
「何だよ、舌まで入れてないぞ」
「あのなぁ!…そういう問題じゃないだろ!!」
真っ赤になりながらそう叫ぶ兄貴。
何だよ、軽くキスしただけじゃんか。
それくらい笑って許せよ、俺は兄貴の愛情足りなくて死にそうなんだよ。
知ってるか兄貴、兎は寂しかったら死ぬんだぞ。
「お前兎じゃないだろ?」
「兎みたいなもんだろ?兄貴の可愛い弟だぜ?」
「寝言は寝て言え、兎ならもうちょっと可愛げがある。それにお前みたいに簡単に手出したりもしない」
さっきのキス、やっぱり怒ってるんだ兄貴。
「知らないのか兄貴?兎の生殖能力は半端ないんだぞ?」
「死ね!!」
バシっと再び兄貴が振り上げた手を、途中で受け止める。
「好きなんだよ、兄貴が」
兄貴の手を握ったまま、真剣な顔でそう告げる。
一瞬、兄貴が動揺を見せた。
真剣な俺の顔に、兄貴は弱い。
「コラ、問題をすり替えるな」
視線を逸らして、そう言う兄貴。
恥ずかしいのか、その頬が少し赤い。
「すり替えてないし」
「はぁ…まったく、仕方ない奴だなぁ」
そう言いつつも、兄貴は俺の方に向き直る。
「で?可愛がれって…何してほしいんだ?お前は?」
少し赤くなった頬が可愛い。
「ん…じゃ、今晩俺とセッ…」
「馬鹿かお前は!!」
バシッと再び横っ面に平手が入る。
今回の方が、前回よりもずっと痛いんですけど…。
「冗談だって!いや本当!!本当に冗談だって兄貴!!」
「もう知らない!!お前なんか知らない!!」
そう言うと、立ち上がりさっさと自分の部屋に向かう。
「ちょっ!兄貴!!」
「寂しかったら勝手に死ね!この馬鹿!!」
最後の方は完全に叫ぶように、兄貴はそう言うと思いっきりドアを閉めた。
拒絶を表すような鍵を締める音に、俺は肩の力が抜けた。
何やってんだが…。
「…アホらし……」
そう小さく呟いた俺の脚元に、ちょいちょいと擦り寄って来たのは、問題になっていたアイツ。
「なんだよ?慰めてくれんの?」
「ミャ〜」
気楽なもんだな、猫は。
その後、この猫の里親は一週間もしない内に見つかった。
「本当良いのか?」
「うん、家族にも許可取ったから」
そう言ってにこやかに猫を抱き上げるのは、クラスメイトの少女。
「ティナが引き取ってくれるって言ってくれて助かったよ」
「うん、私ずっと動物を飼ってみたかったから」
輝かしい笑顔でそう答えるティナ。
「この子、名前付けたの?」
「いやぁ…別にまだ付けてなかったんだ、ティナが付けてあげてくれよ」
「そうだなぁ…えっと……じゃあ、“モグ”で」
それが彼女の好きなキャラクター“モーグリ”から取られた名前である事は、彼女の事を知る人間なら簡単に予想できる。
「じゃあ、モグの事よろしくな」
「うん、二人共、時々遊びに来てあげてね」
「ミャ〜」
輝かしい笑顔に連れられて、ウチの家の問題になっていた居候は無事里親の元へと連れられて帰った。
「見つかって良かったな、里親」
「ああ……ついでに、ウチの家に居るもう一匹の獣の里親も見つからないかな…」
「無理だな」
兄貴意外の人間に、飼われるつもりは毛頭ありません。
そう言うと、「お前、本当にもうお最高に馬鹿だろ」と言われた。
「馬鹿で結構」
貴方と一緒に暮らせるなら。
アナザー×ノーマルフリオ現代パロ。
猫を拾うアナザー…不良が捨て猫拾うというすっごくベタな事してみました。
ナチュラルにキスしましたけれども、二人はまだ付き合ってないです。
だからノーマルが怒りました、でもちゃんとあれから仲直りはしましたよ、翌日もちゃんとご飯作ってもらえましたよ。
最終的に、彼等はやっぱり仲良いんです。
2009/10/4