拝啓、親愛なる我が弟へ…

お前が俺の事を愛してくれているのは、痛いほどよく分かってます


だから…


できれば、ほんの少しだけでいいんです

“自重”という言葉について、考えてみませんか?

親愛なる弟へ

昼休みの鐘が鳴り、授業の緊張から解放された教室には、どこか自由な空気が満たされている。


「委員長!昼飯どこで食べる?」
「ん?天気もいいし、屋上にでも行くか?」
友人にそう返事して、教室に居るハズのもう一人の“自分”の姿を探す。


「おーいフリオ!早くしろよ」
「うん、分かってるんだけど…」
おかしい、さっきまで確かに居たはずなのに。
居るハズの人物を探して、教室を見渡していた俺の髪の毛は、急に伸びてきた手によって、思いっきり後ろに引っ張られた。

「うわぁ!!」
首の骨が、それはもう盛大にグキッって鳴るんじゃないか、そう思うくらいの力で引っ張られた為に、思いっきり後ろに仰け反る形になる俺。
「誰の事探してるんだよ?兄貴?」
そんな俺の顔を面白がって覗きこむのは、俺が探していた本人。
双子の弟だ。


「ちょっ!!お前、離せよ!!この体勢は辛い」
「分かってるって」
そう言って、解放される俺の髪。
全く、何て事してくれるんだこの弟は。

「…昼飯、一緒に食べに行くだろ?」
「当たり前」
そう返事する弟に、はいっと弁当を渡すと満面の笑みでそれを受け取る。

「委員長兄弟は、相変わらずお熱いよな」
そう言ってケラケラと笑う友人に、俺は溜息を吐く。
勿論、彼自身はフザケテ言っている事は分かってる。
だけど、それを冗談に取らない男が居るのだ。

「当たり前だろバッツ?兄貴は俺の嫁さんだぜ」
口角を少し上げ、俺の肩に自分の腕を回して、この弟様はそんな台詞を言ってのける。

「マジで!?お前らいつ結婚したんだよ」
「生まれた時からだ!今じゃ兄貴の主婦レベルなんて、その辺の新妻より断然上だね」
「それさ、“妻”っていうより“お袋”の間違いなんじゃねえの?」
ハハハと笑う友人に、俺は肩を撫で下すが、この隣の弟は俺を離す気はまだないようだ。

「奥さん、だもんな兄貴?」
「止めろ」
熱いので、きっと顔が赤くなってるんだろうな…と思って、相手の視線から逃れるようにそっぽを向く。
「まったく、冗談だって兄貴」
「そうだよ!機嫌直せよフリオニール」
そう言って、俺の背中を叩く二人。
ここで、元気な子供はいいなぁ…とか、そんな老人みたいな事を考えてしまった俺は、若者失格だろうか?
っていうか、本気で叩くなよ、結構痛かったぞ。


周りから見れば、確かに冗談を言い合う友人の集まりにしか見えないだろう。
だけど…その言葉の裏にある意味を、俺は気付いてる。


この前、自分の弟に打ち明けられた胸の内の想い。
それは自分に向けられた感情であったのだけれど…。

不思議と、俺はその気持ちを無碍に扱う事ができなかった。

弟だからとか、男同士だからとか、断る理由なんていくらでもあったというのに。
なのに、俺はこの弟をどうしても振る事ができない。


そこでこの弟が打ち出した方法は…ずばり、俺を落として自分に惚れさせようという事で……。
まあ、確かに後ろめたい所はたくさんあるが、想い合っているのならば…と、その方法を認めてしまったわけで。
そんなこんなで、今俺は、この弟の猛攻に日々悩まされているのだ。

……幸いにも、誰も気付いていないんだけど。
それで、俺の悩みの種が無くなるわけじゃ…ないんだけど。


「今日はマジで天気いいな!風が気持ちいい!!」
屋上で風に当たりながらそう言うバッツ。
「能天気だな」
「…お前、それ友達に対して言う台詞か?」
「うーん?まあ友達だけどさ。
俺と兄貴の仲に入って来るようなら、完全に俺の敵」
「お前、馬鹿だろ?」
「知ってる」
「二人とも、何してるんだよ?」
俺達を呼ぶ友人の元へ向かい、昼食の弁当を広げる。

「相変わらず美味そうだよな、お前達の弁当」
はむはむと売店で買ってきたパンを頬張りながら、俺達の弁当を覗きこんでバッツが関心したようにそう言う。
「そりゃ、兄貴のお手製だからな」
「やっぱり、委員長は奥さんよりもお袋ってかんじだよな」
俺にも弁当作って欲しい、とかクラスメイトはそう言う。
その言葉に、ピクリと隣に座っていた弟が反応する。

「バッツは自分で料理できるんだろ?」
てか、この友人は結構自分で何でもできる。
毎朝自分で弁当くらい作ってきたらいいのに。
「朝起きるの面倒じゃん、それに弁当はやっぱり誰かに作ってもらった方が嬉しいし」
な?と隣に座る弟に同意を求める友人。

「勿論」
料理に箸を付けながら、弟はそう返事する。

……弟よ、弁当どころか、普段の料理に至るまでお前は全て俺任せだろう。

「なら、彼女にでも頼んだらどうなんだよ?」
手作り弁当を羨ましがる友人に、弟が刺のある一言を放つ。
「うっわぁ…お前、そんな酷い事言う!?同じ一人身でも、俺はお前と違ってお袋は居ないんだぞ」
「いや、バッツ…俺は別にお袋じゃないから」
「そうだぞバッツ、兄貴は俺の嫁さん」
「それはもういい!!」
何だ、このコントのようなノリは。

「でも、お前等兄弟って、本当に仲良いな」
見てて羨ましい、と友人はそんな事を言う。
それに対し、隣に座る同じ顔の弟は俺に目配せする。
ああ、今度は何を言うんだろう?

そんな事を考えていた俺の手を、そっと弟は握る。
しかも何故か恋人繋ぎで。
その手を高く上げて、一言。
「そりゃあ、俺達愛し合ってますから」


笑顔でそう、高らかに宣言する弟。
正直、眩暈がした。


ベタっとくっつく姿なんて、別にそんなに珍しいものではない。
この弟がスキンシップ過多なのは、俺へのからかいなんだと周囲は思っているようだ。
多分。
でないと、ただのブラコンなんだと思われてるんだろう。
間違いじゃないけど。


「兄貴、帰ろうぜ」
そうやって、背後から俺に近づいて抱きついてくる弟。
「ああ、帰るよ…だから、取りあえず離れてくれ」
片付けられないと、彼にそう言うと、「はいはい」と仕方なしに彼は俺から離れる。
荷物を片付けて、鞄を取ると、彼は嬉しそうに微笑んで俺の隣りを付いてくる。

「飼い主に懐く子犬かよ…」
「何か言った、兄貴?」
「いや、何も」
そう言って誤魔化すも…。
「誰が子犬だって?」
「しっかり聞いてるんじゃないか」
「当たり前」
ニイっと口角を上げて微笑む弟。
まったく、悪戯を仕掛けた悪餓鬼みたいな笑顔だ。


「そうだ、今日の夕飯、何がいい?」
校門を出た所でそう尋ねると、しばらく考える。

「それさ、兄貴が喰いたいって言ったら、喰わせてくれるのか?」
「なっ!!……馬鹿か!また、そんな事言って!!」
いい加減にセクハラで訴えたいくらいだ、あっ…同性だとセクハラにならないんだっけ?
それでも、彼の発言に毎度毎度、俺は苦労させられている。
全く、恥ずかしい台詞をこうも簡単に口にされるなんて…。

「兄貴ってば、赤くなってるぜ」
「っ…そりゃ、お前がそんな事言うからだろ!!」
「なーに想像したんだよ、兄貴」
ニヤニヤと笑いながら、そう俺に尋ねる弟に、一発拳を叩きこむ。

「イテッ!もう、兄貴も相変わらず初心だよな……そこがいいんだけどさ」
そう言って、俺の肩を抱き寄せる弟。


「兄貴、大好きだぜ」
冗談めかしてそう言うも、その目を見れば、その言葉が本気である事は分かる。
これで、一体何度目の告白だろう?

「はぁ……まったく、お前は」
呆れてものも言えない、とはこの事か…。


少しは周囲の目を考えて行動してほしい、付き合うコッチの身にもなってくれ…と、何度注意しただろう。
そんな俺の言葉を聞きいれて、行動を改善してくれるつもりは、彼にはまだないようだ。
まったく…同じ遺伝子からできているとは、どうも考えられない…それくらいに、正反対な兄弟だ。

人からもよく言われるし、自分達でもそう思う。

でも、嫌いになれないのは…俺もこの弟の事を大事に思っているからであって。
ちょっとくらい手がかかる子の方が可愛いとかいう、担任教師の心理っていうのが、なんとなく分かって来ている今日この頃。

正反対なもの同士は意外と引かれ合うものだ、磁石みたいに。
それが、この世の絶対の法則……って、わけじゃないんだけど。


「で…夕飯、何がいいんだ?」
「ん?兄貴の飯は何でも美味いからな…今日は兄貴に任せるよ」
そう言われると、腕によりをかけて作らなければ。
「あんまり期待するなよ」
自信がないわけではないが、一応そう牽制を入れておく。

「期待しなくとも、美味いものは美味い」
「はいはい」
そう言いながら、冷蔵庫に何が入ってたかな…と記憶を辿る。


拝啓、親愛なる我が弟へ…
色々迷惑かけられて、最近悩みの種が尽きないのは…お前のせいだけど。
何でもいいって言われて、お前の好物を作ってやろうと思える程には、俺もお前の事は好きだよ。

あとがき

すっかり定着してきているアナザー×ノーマルフリオの現代パロ。

今回、初のクラスメイトが登場。それがバッツ・クラウザー君、実年齢にそぐわないとかは気にしちゃ負けなんです。
バッツは高校生が似合うと思うのです、あんな子、クラスに居そうじゃないですか?

しかし、ノリがやけに軽いなぁ…多分、フリオが完全なるツッコミ化したからなんでしょうけれども。
お兄ちゃんも、弟君の事は好きなんですよ…というアピールです。
ただ、恋愛からはまだ遠そうな感じです、頑張れアナザー。
2009/9/27

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