月が好きだ、と彼は言った

彼は、陽の元を歩けないから…
だから、自分に光を捧げてくれるその存在を好むのかもしれない


優しく、微笑みかけてくれるその光を……

Nocturnus 〜 a moon-viewing 〜

抱きしめられていた腕をほどかれ、離してもらえて安心するのもつかの間。
直ぐに、俺の首筋にマティウスは自分の顔を埋める。


ぺロリと首筋を舐められる感覚に、フルリと肩が震える。
そんな俺の反応を楽しむように、マティウスの手は俺の腰の辺りを撫で上げる。
「ひっ!…ぁ……」
思わず上がる自分の声に、マティウスは気を良くしたように喉を鳴らして笑う。
「マティウス…止め」
濃くなっていく官能的な雰囲気に耐えきれず、相手の体を押し返そうと腕を突っぱねる。

俺の抵抗を見て、マティウスは仕方なさそうに肩に埋めていた顔を上げる。
「食事だ…と言っただろう?」
「食事って……」
まあ、確かにそんな約束してたけれど。


「いいから、喰わせろ」
耳元で低い声で囁かれ、頬が更に赤く染まる。
この男…自分がどれ程の色気を持っているのか、きっと自覚があるに違いない。


抵抗の少なくなった俺が、了承の合図だと取ったのか、俺のシャツのボタンをさっさと外すと、露わにされた首筋に噛みつく。
「んっ!!」
牙を付き立てられ、肌に痛みが走る。

ジーンという痛みは直ぐに引き、代わりに遅い来る、鮮明な快楽の波。

「ふぁっ!……ぅ」
全身から力が抜けていきそうで、前に立つマティウスにしっかりと掴まる。
ジュル…という音を立てて、自分の血が彼の咥内へ、そして体内へと消えていく。


生命力なのだ。
これが、彼の生命力に変わっていくのだ。


体の奥がざわめいている。
心臓の鼓動もどんどん速くなっていく。
ああ、熱い…だけど。


悔しいけど…………何故だか、気持ちイイ。


歓びを、感じているんだろうか…?
自分血が、彼の中で生きる糧と成っていくのに。


「うぁ…ん、マティ、ウス……な、もう無理…立ってられな…」
足が震えている。
自分の体重すら、まともに支えられていない。
そんな俺に、彼はッフっと笑った。

「イイ顔だ」
首筋から顔を上げて、マティウスは笑う。
そのまま、流れるように俺に口付ける。

「ふぅ、ん」
呼吸の荒かった俺の口の中へ、易々と相手の舌が入り込む。
熱い呼吸と一緒に絡まる彼の舌は、少し鉄の味がした。


チュッという音と共に離れる彼。
舌先を繋ぐ銀色の糸が切れるのを見届けて、マティウスは再び動く。
首筋からタラリと零れおちて行く俺の血を、そして彼の噛んだ噛み痕を、ねっとりと舐め上げられる。
その感覚に耐え、熱に浮かされた目をゆっくりと開ける。

「ヨかったか?」
俺の頭を撫でて、彼はそう尋ねる。
「はっ…ぁ……っ……」
「…ヨ過ぎたみたいだな」
ニヤリと口角を釣り上げて、意地悪く笑うマティウス。
それに言い返す気力も、今は全くない。

力が抜けてクタっとした俺の体を軽々と抱き上げて、彼は部屋を出る。
「どこ…行くんだよ?」
「ん?月が綺麗な所へ、行きたいんだろう?」
ああ…そういえば、そんな事言ってたんだっけ?

「だから、どこ行くんだよ?」
こんな状態で俺、歩けないのに。
「大丈夫だ、心配しなくてもこの状態で行ける」
「はぁ?」
「すぐそこだ」
そう言うと、彼は微笑みかける。

その笑顔の優しさに見惚れそうになると、次の瞬間には、中庭に立っていた。

「まだ立てそうにない、のか?」
「うん…どうかな?」
多分、「立てる」と答えても離すつもりなんてなかったんだろうマティウスは、俺を抱きしめたまんま空を見上げる。
一体何をするつもりなのか見守っていた俺は、彼の背に急に翼が生えた。
蝙蝠のような、筋張った骨の目立つ翼。
「マティウス…」
「何だ?私だって魔物だ、翼くらい持っていてもおかしくはないだろう?」
「…………」
「しっかり掴まっておけ」
そう俺に言うと、ふわっとその体が浮いた。

まさか、こんな風に飛べる日が来るなんて、思ってもみなかった。


下から吹き付ける風に、髪が揺れる。
「凄い…」
「何が?」
「いや、だって空飛んで」
そう言ってから、そういえば彼にとってはこれは普通なのか、と気付く。


ただ感動してばかりもいられない。
しっかりと掴まっていないと、落ちてしまいそうで…少し怖い。
仕方なく、姫抱きにしている相手の首にしっかりと腕を回して、離れないように抱きつく。

「マティウス…どこまで行くんだよ」
「すぐだと、言っただろう?」
確かにそう言ったけれど、しかし彼の飛ぶ高度はどんどん上昇していく。
城の中で一番高い塔の上へと辿り着いた頃、彼はその上に下り立った。


「足元が悪いから、気を付けろ」
「あっ……うん」
そっと下に下されて、ようやく自分の足で地面に立てる。
だがさっきマティウスも言ったように、足場が悪い。
マティウスに掴まったままでいる俺は、高い場所を吹き抜ける風に身を震わせた。

「寒いのか?」
「うん、ちょっと…」
夜になって気温が下がっているし、高い場所は風が強いから、余計に寒く感じるんだろう。
さっきマティウスに開けられて、そのままだったシャツのボタンを閉じてみるも、大して体感気温に変化はない。

「なら……こっちへ来い」
そう言って俺を自分の腕の中に引き入れるマティウス。

これじゃあ、さっきと大して変わらないじゃないか。
しかし違う体温が、自分の背後から抱きしめてくる事で、確かに寒さは少し和らぐ。
マティウスの方が、俺よりも体温が低いんだけど。
それでもこの距離でくっ付いていると、間に生まれる熱がとても温かく感じられるのだろう。
…ただ単に、羞恥で自分の体温が上昇しただけかもしれないけど。

「見てみろ、フリオニール」
ぎゅうっと抱きしめる彼は、背後から俺の耳にそう囁く。
「月が、近いぞ」
「えっ……本当だ」
高い塔の上に立って、見上げると…確かに、地上に居るよりもずっとずっと、月が近くに感じる。

煌々と輝く白い月。
それは俺にも、俺を抱きしめるこの男にも、平等に光をもたらしてくれる。
太陽とは、違って。


「マティウスは、太陽は見れないんだよな?」
「当たり前だろう?」
そう、彼は吸血鬼。
陽の光を嫌う、夜の住人。
昼間に活動する時は、城中のカーテンが全て閉め切られているのは、彼が太陽の光に弱いからだろう。

「今までに一度も、見たことないのか?」
「ああ、私は生まれながらの純粋な吸血鬼だ…陽の光は、一度も見たことがない」
それを聞いて、なんだか少し寂しくなった。

自分が当たり前のように歩いていられる、昼の太陽は、彼の前には微笑まない。
救いをもたらしてはくれない。

だから、彼は月が好きなんだろうか?
自分の為に微笑んでくれる、その天体が、好きなんだろうか?


「何か、思い出でもあるのか?」
「えっ?」
マティウスの質問に、俺は間の抜けた声を上げてしまう。

「月に、何か思い入れでもあるのか?」
「何でそんな事…」
「お前がどこか懐かしむような、寂しそうな…そんな表情をして見ていたからな……。
やはり、故郷が恋しいか?」
「そりゃあ、帰れるのなら…帰りたいけど、でも…。
帰りたく、ないかもしれない」
よく考えてそう言う。
「…意味が分からない」
「感情は、複雑なんだよ」
魔物にどこまで人の感情が理解できるものなのか分からないが、説明するのも面倒なので、ただそう言う。


月の光は特別だ。
俺にとっては、特別な光。
俺が憧れを抱き、背を追いかけていたあの兄のような男は、月を見るのが好きだった。

「月は優しい、全てのモノにその光を分けてくれる」
だから、自分は陽の光よりも月の光の方が好きだと、ウォーリアはそう言った。

眠れない夜には、必ず彼は側に居てくれた。
その時に、窓を開けてその光を二人でよく眺めた。
月が優しいという、彼の言葉の意味は俺にもよく分かった。
白く柔らかい光は、俺達の事を優しく見守ってくれていた。
何時もそう。
今だって、彼の代わりに月は見守ってくれている。


不可抗力だとしても、俺は闇の住人の力に縋った。
そんな俺にも、月は相変わらず優しく微笑みかけてくれる。
でも……。
故郷の彼は、そんな俺を見てどう言うんだろう?
許してくれるだろうか?
自信がない。
だから、会いたくない…かもしれない。


「誰の事を思い出しているんだ?」
「友達……いや、兄みたいな人だ」
「孤児院育ちだと、そう言っていたな…その孤児院の?」
「ああ…大切な人だ」
「ほぅ……」
面白くなさそうなこえを出すと、彼は自分の方へと俺を向かせる。
不機嫌そうな彼と、至近距離で目が合う。

「マティウス?」
「その男、ただの友人だろうな?」
「当たり前だろ、何言ってるんだよ?」
娘の男友達を疑う父親みたいなだぞ、マティウス。
っていうか、男同士でそんな関係になろうなんてモノ好き、今までにお前しか俺は会った事ないぞ。

「…自分の想い人が、自分の腕の中で別の男の事を考えているのは……お前には分からないかもしれないが、とても腹が立つ」
そう言って俺の額にキスをするマティウス。
「何だよ?聞いたのはお前だろ?」
「確かにそうだが…感情というものは、複雑なものなのだ」
そんな事を言うマティウスに、俺は笑みを零す。
人間じゃなくても、魔物でもこうやって感情に悩まされるものなのか。
そう思うと、なんだか少しこの男も可愛く思える。

「これから、お前と月を眺めるのは私だ」
「…うん」
「私と一緒ならば、どこへでも連れて行ってやる。だから、私の前から居なくなるな」
「どうしたんだよ?マティウス?なんか変だぞ」
「別に…そういう気分だ」
そう言った後、真剣なマティウスの瞳が俺を見つめる。


この男は、自分の容姿に自信を持っているに違いない。
引き込まれそうになる、美しさ。
魔物なのだから、“魔性”という言葉はしっくりくる。


ドクリと心臓が高鳴る。
ほとんど触れそうな距離。
ついっと、俺の顎に添えられる手。


「お前が好きだ、フリオニール」


そう言って優しく口付ける相手を、俺は抵抗する事なく、ただ優しく受け入れた。


何故、彼の事は好きでもなんでもないハズなのに…。
どうしてこんな風に受け入れられたんだろう?


眺めていた月が、優しいから、彼にも優しくなれたのかもしれない。
或いは……。

感情は、複雑なんだ。
自分でも、自分の感情が分からない。

あとがき

有言実行!…という事で、甘くしてみました吸血鬼パロ。
微糖という言葉は知りません。
甘くするならトコトン甘くいきます、某練乳入りコーヒーのように(恐ろしくて、まだ飲んだ事ないです)。

しかし、食事風景でR-15って……大分ですよね、コレ。
だから地下室オンリーで連載してるんですが…。
2009/9/25

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