一人で永遠の時を過ごす事というのは、退屈で退屈で仕方のない事だ
不老不死など、人が思う程、良いものではない
常しえの時間に、この体は耐えられるのだろうか?
だから、作りだした…ただ一人、自分と同じ時間を過ごせる存在を
それは恐らく、私のこの長く続く生涯の中で、後にも先にもただ一つの大きな間違いだろう
Nocturnus 〜 confession 〜
まったく…気付かなかったとは自分もどうかしている、そう思いながらもその塔の中へ何十年かぶりに足を踏み入れた。
やはり、術というものは時間が経てば経つほどに、段々と擦り切れて行ってしまうものか…。
結界の多くを新しく作り変えていきながら、塔の最上階へと向かう。
それにしても……。
「まだ生きておったとはな、いい加減にくたばったらどうなのだ?」
塔の最上階に唯一設けられた部屋、その部屋の向こうに居るはずの男に、私はそう話しかけてみる。
すると、中から私を面白がるような笑い声が聞こえた。
塔に足を踏み入れるのが何十年ぶりならば、言葉を交わすのは一体何時ぶりだろう?
下手すれば、もう百年以上前の事なのかもしれない。
「私がくたばる訳がないだろう?君が血を分けた…兄弟だぞ」
私の言葉に対し、そんな返事が聞こえた。
嫌な声だと思う。
本当に、嫌な位に、私と同じ声だ。
「貴様とて吸血鬼ならば、何十年も人の血を口にせずに、よく今まで生きれたものだと…私は関心しておるのだが」
「そんなものに意味がないのは分かっているのだろう?」
だからこそ、この男をこの塔に留めなくてはならなくなった。
まったく…あと少し、この男の発見が遅れていたら…今頃、私の爵位は剥奪されているところだった。
「いい加減に、この世から消えろ、こうやって封印を掛け直すのも…いい加減に手間だ」
「なら、私を解放すればいい話だろう?」
「貴様の顔なんぞ、二度と見たくはない」
「相変わらず、我儘な男だね…そんなだと、君が連れて来たあの少年に嫌われるよ」
フフフと可笑しそうに笑う男に「黙れ」と言えば、男は全然恐れを抱いていない声で「怖い怖い」と言った。
吸血鬼に血を吸われると、吸血鬼になる…
我等の種族を語る際に、そのような話が上げられるが…それは途中までしか当たっていない。
血を吸われた程度で吸血鬼になるのならば、この世は我等の種族で満たされよう。
自分が喰わなければいけない相手を残さなければ、我々は破滅するばかりだ。
吸血鬼が自分の種を増やす方法は二つある。
一つは、吸血鬼同士が種を産み落とす事。
そうして生まれた子は、確かに吸血鬼として育つ。
ある一定以上の年を取ると、成長を止め、それ以降はその姿のまま永劫に生きるのだ。
もう一つは、人間を吸血鬼に変える方法だ。
これは巷に流れる伝承とほぼ変わらない。
違うのは、我々の血を与える事で、その人間が吸血鬼になるという点だ。
自分を作り出した吸血鬼が、なんらかの形で消えた時に、種の絶滅を防ぐためにこうやって己の種を増やす事を求められる事がある。
私の両親は死んだ。
教会の悪魔払いによって、私の両親は銀の弾丸に撃ち抜かれて死んだのだ。
そして、私は私の種を絶やさぬように…自分の仲間を増やす事を行わなければならなかった。
だが、生憎…私は同種の女を好きにななれぬ。
あのような傲慢な女共を、どうして好めようか?
同族嫌悪だと罵られようが、私は吸血鬼の女が嫌いだ。
だから…人間を吸血鬼に変える方法を選んだ。
同族の女は好かんので、男にしようと思った。
「私は、吸血鬼になってみたいのですが…」
その男は悪魔崇拝の、黒魔術師だった。
教会からも目を付けられる程に、大きな力を持っていたようだ。
そんな男は私に言ったのだ「不老不死になって、この力を使ってみたい」と。
自分の魔術の為に、不老不死を手に入れたいと望んだ男。
別に誰でも良かった私は、その男の望みを叶え、私の兄弟とした。
それが、間違いだったのだ…。
この男、自分の魔力を高める為にありとあらゆる方法を使った。
別に、自分の力を磨く事について私は口出しをしなかった。
むしろこの男の研究の成果は中々のもので、興味を持って見守っていたくらいだ。
だがある日、ついにこの男は手を出してはいけないものに、手を出した。
同族の血肉を、喰ったのだ。
魔族の中には、人間を喰って生きる者など珍しくはない。
我等吸血鬼とて、その一つだ。
だが、魔族の中でも同じ種族を喰らう事だけは、禁じられている。
理由は簡単だ。
同じ種同士の血が混じりあえば、それだけ巨大な力を得る事ができる。
だが、そんな事を続けて行けば…その者の力は、やがて天を治める者も、地を治める者も、及びもつかない程のものになるだろう。
そんなものは、存在してはならないのだ。
そんなものが存在しては、この世は破滅するのだ。
全ての物事には、治めるべきものが存在する、それを超えた存在は、既にただの破壊者だ。
この男は破壊者になろうとした。
そして、その手はこの男を作り出した私の元へと伸びた。
久々に帰って来たその男を見て、私は咄嗟に身を引いた。
だが、一瞬遅く、気付いた時には自分の首筋を男に噛まれた後だった。
ダラリ…と流れる己の血の温度に、酷く寒気がした。
いや、寒気がしたというのなら…その時のこの男の表情の方かもしれぬ。
「君の血なんて、久々に飲みましたね…何年ぶりだったか…百年?二百年?」
そう言って笑う男の顔が、姿を変えたのを私は見た。
白い髪はそのままに、その顔形がどんどん変わっていく。
「知らなかったようだが、同族の血肉を喰らうと、喰った相手の顔を盗む事ができるのだ…今この顔は、君のものだよ」
それは鏡に映る事のできない私が、初めてみた自分の顔。
絵画とは違う、生々しい生きたその表情に…私は嫌悪感を感じた。
「ずっと欲しかったんだ、君の顔…凄く綺麗なんだよね…まあ、今までに自分の顔なんて君は見た事ないんだろうけれど。
君の肉さえ喰らえば、もっともっと完璧になる。
その太陽のような髪の色も、きっと宿るんだろうね」
私はこの時、自分が鏡に映らなかった事をどれ程喜んだ事だろう。
鏡に映った時に、この男を思い出すような事はないのだ。
その後、私はこの男をなんとか封じる事に成功した。
「まったく、世話の焼ける事」
「本当にねぇ…この借りは高くつくよ」
知人の魔女と死神が、封印を施した結界を眺めつつそう言った。
「フン…借りは何時か返してやろう、どうせ…これからもまだ、この生は長い」
その言葉通り、私は今だに生きている。
そして…同族を喰った時にどんな力を得たのか知らんが、この男もまだ死んでいない。
「久々に見たよ、君が人に恋をしている姿なんて…珍しい事もあるものだ。
それにしても、今回は随分本気なようだね……まあ、その気持ちも分かるさ。
あの少年、随分と美人じゃないか。本当に、どこから見つけてきたんだか…」
だから狙った、という事か。
私への当てつけを含めた、暇潰しといったところか…。
「貴様には、二度と会わせん」
「怒った?珍しいね…君は今まで恋人になんて無頓着だった癖に…どれもこれも遊びで付き合ってたに過ぎない。
だけど……あの子供は特別なんだね?あった日も浅いのに、随分とご執心のようで」
「黙れ」
そんな言葉なんて聞きたくはなかった。
「暇潰しくらい付き合ってくれたっていいじゃないか、昔話はいくらでもあるだろう?」
「貴様と語り合う昔など、思い出したくもないわ」
殺してしまいたかった。
あの日、あの時に、私はこの男を殺そうと、そう決意した。
だけど、どうやってもこの男を殺す事はできなかった。
吸血鬼を殺すには、聖水で清めた銀の武器を使うしかない。
しかし、私自身がその吸血鬼である以上、その武器を扱う事ができない。
他の方法も試してみたが、それでもこの男は殺せなかった。
だから、封印したのだ。
二度と、この世に出て来ぬように…。
「帰るのかい?」
「破れた結界は直した、ここに用などはない」
「つれないねぇ」
「貴様が嫌いだからな」
そう言うと、私はこの世で最も近寄りたくない、その塔から出た。
『随分とご執心のようで』
私が、人を愛して悪いか?
分かっている、あの男が私をからかって言っているんだろう事は…しかし。
嗚呼、なんていう事だろう…あの想い人が関わると、つい感情を荒げてしまう。
最愛の者が待つ自室へと帰ると、想い人は窓を開けて月を眺めていた。
その後ろ姿が美しく…どこか儚げに見える。
おおがかりな結界を作り直し、魔力が減った所為で空腹だったが…そんな事も忘れて、彼を後ろから抱き締める。
「うゎっ!!マティウス…何時、帰って来たんだよ?」
「さっきだ」
「さっき、って…なら、声をかけてくれればいいのに」
そんな彼の言葉を無視して、私は抱く腕に力を込める。
彼の体温を感じたくて、ただ無言で抱きしめる。
後ろから抱きしめたままなので、彼の表情はほとんど見えない。
だが、その頬が赤く染まっている事くらいは分かる。
「マティウス…腹、減ってるんじゃないか?」
無言の重圧に耐えかねたのか、フリオニールはそう尋ねる。
そういえば、さっき帰ったら食事だ、と彼に告げていたのだった。
「フリオニール…」
「何だよ?」
「食事が済んだら、どこかへ行こうか」
何処へ行きたい?と尋ねたら、彼はしばらく考えた後で「月が、綺麗な所がいい」と、そう答えた。
「分かった…月が、好きなのか?」
「うん…」
「そうか……私も、月が好きだ」
特に、月光で照らされた、美しい君を見るのが好きだ。
そう言うと、彼は呆れたように溜息を吐きいた。
「よく、そんな歯の浮きそうな台詞を言えるよな」
「安心しろ、本心だ」
「……全然安心できないんだけど」
そう言うと、再び呆れたように溜息を吐き「さっきの塔で、何かあったのか?」と、私に尋ねた。
「少し…嫌な事を思い出しただけだ」
「嫌な事?」
「私も長く生きてきたからな、嫌な事は山ほどある…その中でも、特に忘れたい嫌な事だ」
そう言うと、彼はそれ以上は追及してこなかった。
尋ねてほしくない事なのだろうと、そう思ったのかもしれない。
察しのいい子供は、好きだ。
「フリオニール…好きだ」
耳元でそう囁くと、彼がビックリしたように身を震わせた。
その反応に満足して、まだしばらく彼を抱きしめる。
しばらく、このまま動きたくなかった。
誰かに甘えたい、などと思ったのは…一体何時ぶりだろう?
あの日の記憶は、忘れてしまいたい。
あの日、あの男と対峙した時に感じたのは、怒りや憎しみではなく…。
純粋な恐怖であったった事を、今でも自分は恥じている。
何故なら、今までに私が本当の意味での“恐怖”というものを感じたのは、その一度きりだったからだ。
単刀直入に言いますと、アナザーver皇帝様を出してみたかったのです。
同じアナザーなのに、フリオやバッツやウォーリアのような秩序組に対して、混沌組のアナザーはあんまり見かけないのは、一体何故だろうか?
そして…誰もやらないのなら自分がやればいいのか、という自己完結の下、見事アナザー皇帝様のご登場が決定しました。
吸血鬼パロにおける彼は、ノーマル皇帝様よりも更に上をいく変態・総攻めキャラです。
離し飼いにすると大惨事を引き起こす事受けありです、頑張れノーマル皇帝様。(投げやり)
次回は皇帝様とフリオのラブな話を書きたいです。
2009/9/22