俺は、兄貴が大好きだよ…
本当に、本当に……誰より愛してる
誰より愛する兄貴へ…
レイラさんの家を飛び出して、俺は自分で出て行った家へと再び戻る。
あの日みたいに全力疾走で。
早く、早く帰らないと。
走っている内に息が上がってきたけれど、そんな事は構わない。
兄貴…俺は、兄貴の側に居ていいの?
自分の家のドアの前に立ち、深く深呼吸。
さっき出て行ったばっかりなのに、一体どの面下げて相手に会えるというんだろう?
でも…みっともないというなら、もう最初からだ。
ここで逃げれば、相手に会う勇気なんて萎んでしまうだろう。
自分を奮い立たせ、ドアノブに手をかける。
いつもよりもゆっくりと回し、静かに中へ入る。
「……ただい、ま…」
そう俺が声にするのとほぼ同時、俺に向かって走って来る足音。
次いで、俺の胸にぶつかる衝撃。
「兄貴…」
ぎゅうと、強い力で俺の胸に抱きつく自分の兄に戸惑う。
「……おかえり」
俺の肩に顔を埋めたまま、兄貴は小さな声でそう言う。
ぎゅうっと俺を抱きしめる腕に、更に力がこもる。
怖かった?寂しかった?
たった、2・3時間の事なのに。
「ただいま、兄貴」
自分の中の気持ちを声に出さず、俺は兄貴にそう言う。
そっと兄貴の手を取り、優しく包みこめば、兄貴は落ち着いたのか俺の肩に埋めていた顔を上げた。
「兄貴…ごめん、俺本当に馬鹿だ…兄貴の事、傷つけたのに……結局帰ってきちゃった」
自嘲気味にそう言うと、兄貴は涙交じりの目で俺を見返し、フルフルと首を横に振る。
「良かった、帰って来てくれて」
ああ、そんな安心したような顔で微笑んで。
明らかに俺が帰って来て、ほっとしてるよね?
あんな目に遭ったのに。
分かってる?
アンタが帰って来て喜んでる相手に、アンタ、つい2・3時間前に押し倒されたんだよ?
一発くらい、殴ればいいのに…。
馬鹿野郎って怒鳴って、怒ってくれればいいのに。
「兄貴、離して」
「……何で?」
何でって、アンタね…。
「俺の理性が我慢出来てる間に、離れて」
俺の言葉の意味を理解できたのか、兄貴は俺を抱きしめていた腕を外す。
俺は小さく、安堵の溜息を吐く。
「取りあえず、中入れてもらっていい?」
「うん」
目に溜まった涙をそっと手で拭い、兄貴は小さく頷いて、俺を通す為にそっとその場から離れた。
奥の部屋に向かい、静かに相手は腰を下ろす。
その向かいに俺も座り、相手と顔を突き合わせる。
しっかりと相手の視線を受け止める。
俺が帰って来て、安心してくれているのは、勿論感じ取れた。
だけど、それで自分の中の罪悪感が消えるわけはなく。
寧ろ、ぐずぐずと俺の中で少しずつ燻りが大きくなっていく。
本当に、魔が差した…というのだろうか?
「兄貴…本当にごめん!!」
本気で土下座なんてしたの、初めてかもしれない。
「あっ……俺、その」
怒ってないよと、ぎりぎり聞こえるくらいの声で兄貴はボソボソとそう言った。
怒ってるとか怒ってないとか、そんな問題ではないのだ。
だって…俺は取り返しの付かない事をした、だから謝る。
それが道理だ、そうだろ?
なのに、アンタは怒らない。
どうして?
俺が、アンタの弟だから?たった一人だけの家族だから?
大切に想われている、それは嬉しい…だけど。
ねえ、その大切って…どんなもの?
たった一人の人間として、俺の事見てくれてるんだろうか?
家族とか、弟とか…そういう枠組みじゃなくてさ。
一人の人間として、見てくれないかな?
「…ごめん俺、兄貴が思ってるよりずっと、酷い奴だよ」
頭を下げたまま、俺は兄貴にそう言う。
今まで内に秘めていた感情を、そっと打ち明ける。
それを兄貴はずっと黙って聞いてくれた。
それだけで嬉しかった。
許してもらえなくても、良かった。
だけど、兄貴は俺の事、きっと許してくれるんだろう。
だって穏やかな顔で、俺の事を見返している。
兄貴のそんな穏やかな笑顔を見て、俺は自分の心の内を洗いざらい、全て吐き出した。
浄化されたような気分、というのだろうか?
教会に行って自分の罪を懺悔する…そんな清浄な感覚が身を包む。
「……俺、お前の事…何も分かってなかったんだな…」
俺の話を聞き終えて、兄貴はぽつりとそう呟く。
「普通、こんな事考えないだろう?男同士な訳だし、同母兄弟でしかも双子だもんな、別人ならまだしも…自分と同じ顔の人間に好かれるって、気分悪いんだろう?」
鏡の向こうの自分に告白されたような、そんな気分だったに違いない。
「別に…気持ち悪いとか、そう思ってるわけじゃないよ」
俺の事を思ってだろうか?兄貴は俺の言葉を否定した。
しかし…なぁ。
「でも兄貴、押し倒した時…マジでぼろ泣きしたじゃん」
ビクゥっと、それはもう分かり易いくらいに、兄貴の肩が動揺で揺れる。
一瞬で赤く染め上げられる頬、その赤さは耳にまで到達している。
うん、こんな時に不謹慎かもしれないが……かなり可愛い。
「あっ!あれは!!その…ほら、俺はほら…そういう経験が、その…まだ、なんていうか…無いのと……。
それと!!おっ…弟に、その、あの…押し倒されたっていう、ショックが…」
「うん、あの状況でパニックを起こさなかったら、俺は多分、兄貴にも“その気”があったんだって思ったよ」
勿論、現実にはそんな気なんてないんだろうけれど。
さて…知られてしまって、これからどうするかなぁ。
まあ、振られた事は一目瞭然なので、まあここはスッパリと諦めるべきなのかもしれないが…。
でも、同居なんだよなぁ…。
俺の生活の中で、一番顔を合わせるであろう自分以外の人間、それが自分の想い人、だ。
これは幸せだけど、かなりの苦痛だ。
特に、振られてしまった今となっては、かなりの重圧でしかない。
元から、叶えられるような想いではなかったのは、目に見えてたからしょうがないけど。
しかし、この胸の内では、なんとなく煮え切らない想いが渦巻いているわけで…。
こうなったら…本人の口から、スパッと言ってもらうしかなさそうだ。
「ねえ兄貴、兄貴さ…俺の恋人になる気は毛頭ないでしょ?」
そんな俺のストレートな問い掛けに、兄貴は真っ赤になった顔を、俺の視線から逃れるように逸らした。
おいおい兄貴、兄貴が初心なのはよく知ってるけどさ…その初々し過ぎる反応はマジで止めてくれよ。
正直、また押し倒して泣かせたくなる。
「俺は…俺は、あんな事されても…でも、お前の事は嫌いになれないよ」
しばらくして、小さな声でそう俺に言う兄貴。
うん?俺が求めている言葉とは違うんだけど。
「兄貴?」
「…でも、好きなのかって聞かれると、確かにそうなんだと思う、思うけど、それはお前が求めるような感情とは多分、っていうかきっとまた別物なんだろうと思う。
でも!!その……酷い事されても、お前を嫌いになれない程度には…こうやって、ずっと側に居てほしいと思える程度には、俺はお前の事…思ってるよ。
俺を唯一支えてくれる、大事な人だから」
最後の一言で、俺はつい泣きそうになった。
俺が兄貴を支えてる?
両親を亡くして、一時の間は確かにそう感じられた時もある。
だけど、今ではもう兄貴はとっくにそんなものは振り切っていると。
そんな悲しい事も乗り越えて、兄貴は強く生きているんだと…てっきりそう思ってたんだ。
俺が居なくても、それは同じだと思ってたのに。
だが、兄貴のあの取り乱し方…。
目の前に居る自分の半身は、自分が思うほど強くはない。
両親を亡くした後の彼も、今俺の前で目を伏せたまま話をする彼も、同一人物なのだ。
時間が経ったって、消せないものも、変えられないものもある。
人間性なんて、そう簡単に易々と変わったりはしない。
支える人間がいなければ、彼は脆く崩れ落ちる。
それこそ、自分の半身を、失ってしまったように……。
「それで、兄貴は俺をどうしたいんだよ?」
言葉を探して黙り込む相手に、俺は穏やかな声でそう尋ねる。
「えっ……と」
それでもまだ、言葉を探す相手に、小さく溜息。
「兄貴…今の言葉だとさ、俺は兄貴が脈有りかなって思っちゃうんだけどさ…ねえ、俺のこと振ったりしないの?」
「なんて、いうか……俺…恋愛とか、した事ないから…そういうのは分からないんだけど」
いやいや、分からないって言ったってさ…これは断るとかなんとかあるでしょうに。
「嫌いでもないのに…断るのは……」
良心が痛むんだろうな。
やっぱり、今までの兄貴への告白、全部隠蔽しておいて良かった。
「で…兄貴はどうしたいの?」
しかし、このままでは、自分の身の振り方に迷う。
大体、断る理由なんて探さなくったって出てくる。
男同士で、しかも兄弟。
でも、俺は誰よりも兄貴を愛してる。
それを承知で、兄貴が俺に今まで通り振る舞う事は…きっとできない。
「ねえ兄貴、兄貴が俺の事振らないなら…俺、なんか諦めきれないんだけど…」
「そんな事、言われても……」
困った様な、恨めしそうな目で、俺を見返す兄貴。
まったく……困ってるのも恨めしいのも、俺の方だ。
そこで、ふとひらめく。
自分達の置かれた、この微妙な関係を打破する方法を。
「じゃあさあ、兄貴…もし俺が諦めずに兄貴にアタック続けてさ、もし…もしだぞ、兄貴が俺を好きになるような事があれば…。
兄貴は、俺と付き合ってくれるんだよな?」
「えっ…………それは、うん…いいの、か?」
納得しきれていないような、微妙な表情で兄貴はそう呟く。
でも、そういう事だろ?
別に嫌われているわけではない、むしろ好かれてはいる、そして断る理由もなく相手が困ってる。
なら、前向きに考えよう。
相手を振り向かせればいい。
俺の言葉を受け入れるべきか否かで迷う兄貴も肩に、ぽんと俺は手を置く。
怖がられるような事は、無かった。
それだけで、一安心。
受け入れられている、最低は。
「いいんじゃないの?だって、兄貴が俺の事好きになれば全く問題ない。
だって好きな者同士なわけだし、」
「そっか…」
納得できた?じゃあ……。
「兄貴、俺これからも兄貴の事、好きでいていい?」
「別に…それ、俺の一存でどうにかなる問題じゃないだろ?お前の感情なんだから」
そりゃ、そうだよね。
「なら、俺はこれからも兄貴のこと好きでいるからね」
そう言って微笑むと、彼は少し戸惑いを見せた後、ふわりと微笑んでくれた。
この優しすぎる自分の兄は、本当にこの俺の事を許してくれるようだ。
過去の事なんて、もういいと水に流して。
どこまで純粋なんだろう?彼は。
きっと兄貴の持つモノは、俺が得られなかったモノ。
自分の中にないものは、全てこの相手の中にあると…俺はどこか、心の奥底でそう思っている。
だから、俺は求めるのかもしれない。
自分と正反対のこの自分の半身に、惹かれてしまうのかもしれない。
「世界中の誰よりも、俺は兄貴の事愛してるよ」
そう告白すると、恥ずかしがって真っ赤になる貴方が、俺は本当に可愛いと思う。
俺の事、諦めさせなかったのはアンタだよ、兄貴。
俺、本気で兄貴の事、落としてやるからな。
今の内から、覚悟しておいてくれよ。
the END.
以前に、ある方から提供して頂いたネタを使用してみる事にしました。
アナザー×ノーマルフリオ、現代パロ。
とりあえず、二人が仲直りできたので、この辺で終わらせてみました。
えーと、この喧嘩話自体は終わりましたが、“が”です、実際は…まだ続きます。
次回から一人称をアナザーからノーマルに変更しようかな…と、思ってます。
弟の猛攻にタジタジなお兄ちゃんを書きたいです。
2009/9/19