甘い誘惑というものに…人はどうも弱い
自分も……その誘惑に、勝てる自信はない

甘い誘惑

「貴方にコレを差し上げましょう」
そう言うと、その魔女は怪しい笑顔と共に、自分に小さな小瓶を差し出した。

「あの…コレ何ッスか?」
瓶の中身は、薄いピンクの液体。
どう見ても、怪しい色。
敵方の魔女、アルティミシアは、貼り付けたような笑顔で俺を見つめ返す。

「最高の下僕を手に入れられる薬……まあ、媚薬…といった所でしょうか」
「媚薬?」
「ええ、気になる相手に口移しで飲ませれば、効果が表れます」
何でそんなものを持っているのか?そして、一体どんな理由でこれを俺に渡しているのか。
その真意がまったく掴めずに、俺は戸惑う。

「貴方、味方のあの青年を恋慕っているでしょう?あの、義理に固い青年を」
すると魔女は、俺を見つめてフッとからかうように笑う。
「なっ……何で?」
そんな事を知っているのか?
「分かりますよ、貴方と私では生きてきた年数が違うのです」

女性の年齢は、尋ねてはいけない。
それは分かっているが、この時ばかりはその禁忌を犯して、彼女の年を尋ねそうになってしまった。


「それは特別な品なのです、効き目は一週間続きます」
「一週間…」
一週間、あの人と恋人になれる。
「彼の全ては貴方のものですよ、彼の愛情その全てを一身に受けられます」
「だけど…」
それは、どう考えたって偽物の感情だ。
作り上げられた感情。
そんなものを一身に受けたって…受けたって、嬉しくなんかない。

「いいんですか?彼が身も心も全て貴方に捧げてくれるとしたら…どうなんです?
最高の恋人になるとしたら?」
魔女は甘い誘惑に屈するように、俺にそう誘いかける。
この怪しい魔力を帯びた液体を、俺に使うように…と。
そんなものに、負けてなるものか!!

「いらないよ…こんなもの」
俺がそう言って付き返すと、彼女はさして驚いた顔もせず「そうですか」とだけ呟いた。
「残念ながら、私も必要ありません。だから、より必要な者へ差し上げるだけ」
それを聞いて、自分の頭に血が上った。
「俺も必要ないって、言ってるじゃないか!!」
それとも…そんなに俺の恋路は上手くいってないと、そう思われているのだろうか?
「なら、捨てるなりして下さい。それは既に差し上げた物ですから」
それだけ言うと、彼女はどこかへと消えてしまった。
自分の手の中には、魔女から渡された媚薬だけが残った。


さて、甘い誘惑というものには…人は、どうも弱い。
自分の服の中に入れたままの小瓶を、俺はどうしようか…と迷っている。

迷っているのだ。

そう…必要ないから、と捨てる事もできないでいる。
これで得られる感情が偽物だと分かっている、けれども捨てられない理由。
偽物だと分かっていても…これで得られるモノ、その大きさがあまりにも大き過ぎるのだ。

「なあ、ティーダ」
「えっ!フリオ!!」
「?何だよ、そんなに大げさに驚いて」
彼は、不思議そうに俺を見つめ返す。
だって…今、自分の中で考えていた人物が急に前に現れるなんて、驚くに決まっているだろう。

「どうしたんだ?何か悩み事か?」
俺はどうやら、とても真剣な顔でポケットの小瓶について考えていたらしい。
まあ、確かに悩み事と言えば悩み事ではあるが…。
「いや、なっ…なんでもないんッス」
そうやって適当に誤魔化してみるも、彼はどこか腑に落ちない表情で俺を見つめる。
「本当に、何もないのか?」
「ああ、大丈夫ッスよ。それより、フリオは何か用があったんじゃないッスか?」
ニコニコと笑ってそう言うと、フリオは用を思い出したようで、俺に話をし出す。


俺がこれを捨てられない理由、それは、この想い人の鈍さにある。
今まで生きてきた中で、恋愛というものをあまり体験していなかったらしい、ある意味では純粋な想い人は、俺の気持ちに中々気付いてくれない。
いや、告白したってそうだと気付いていないのだ。
好きだっていったって、それを友情か何かだと、または自分が兄のように慕われてるんだとか、きっとそんな風に思っているんだ。
まあ、同性同士だし、あり得ないと思っていても不思議はないんだけど…でも。
いくらなんでも、あまりにも手応えが無さ過ぎて悲しくなってくる。

もしも…。
もしも、彼が俺に対して唯一無二の愛情を向けてくれるとしたら…それ以上に嬉しい事なんてない。
俺だけの大切な人になってくれたなら…。
ああ…イケナイ想像だって分かってる、でも…そんな事を祈らずにいられない。
それくらいに、彼との関係は行き詰っている。

それだけに、この服の中に仕舞っている小瓶が、俺を激しく誘惑する。

だけど、急に彼の態度が変化しようものなら、仲間がその異変に気づくだろう。
だからこれを、実際に使う機会なんてない…。


「実は、明日から一週間くらい俺と一緒に、二人で修行に出ないか?」
その言葉を聞いた瞬間に、俺はその場にこけそうになった。


「だっ…大丈夫か?ティーダ?」
いえ、全然大丈夫じゃありません。
ちょっと待って、ねえ、待ってよ…今、今なんて言ったの?

「明日から…一週間?」
「うん」
「二人っきりで?」
「ああ…駄目か?」
待って、待ってよ…。
そんな寂しそうな顔で、駄目か?なんて聞かれたらさ。

「行くッス!!」
断れるわけ、ないじゃんか!!

「そっか、ありがとうなティーダ」
そうやってニッコリと笑って言うもんだから、俺はそれだけで、とっても満足。
だけど、困った事に今回は…今回は困った誘惑が俺のポケットの中にある。
どうしよう…。
二人っきりっていうのは嬉しいけど……。
ああ…どうしよう。

そんな感じで困っていたら、その日の夜はよく眠れなかった。


「それじゃあ、しばらく修行に行って来るから」
「うん、二人とも気をつけて」
翌朝、早くに起こされた俺は、フリオと一緒に支度をすませた後、野営地を出発した。
見送ってくれた仲間が、どんどん遠くになっていく。
隣には、自分の想い人。
これは、自分にとっての絶好のチャンスだ。

ポケットの中には、相変わらず昨日から俺を悩ませている小瓶。
だけど、使用方法について彼女は言っていた。
飲み物の中に忍びこませるだけじゃ、この薬は意味がない。
俺が一度口に含み、そしてそれを彼に口移しで飲ませないと、効力は発揮しないのだ。
つまりは…その……フリオにキスしないといけないわけでしょ?
うわーうわー、なんか考えてて恥ずかしい!!


「どうしたんだティーダ?なんか、顔が赤いけど?」
「へっ!?えっ!!…あの、俺」
「熱でもあるんじゃないのか?」
どれ、といって彼の顔が近付く。
コツンと優しくぶつかる彼の額と、俺の額。
すぐ傍にある、愛しい人の顔。
ああっもう!!止めてくれよ、フリオニール。
俺の…俺の心臓がもたないから。

「熱はないみたいだな…でも、顔赤いぞ?大丈夫なのか?」
「へっ…平気、ッス……」
「本当に?」
「本当ッス!!!!」
本当は、全然平気じゃないんだけど。

「そうか?でも、一応どこかで少し休んでいこうか?」
ああ、もうこの人はどうしてこんな風に簡単に、人の心臓に悪い事してくれるんだろう?

こうなったら…俺もやってやろうじゃないか。
心臓に悪い事、してやろうじゃないか…。


この時、俺は実はこの魔女から受け取った媚薬の効果を、疑っていた。
時間が経ってから冷静になって考えてみると、そんな虫のいい話ないと、そう思ったのだ。
だから、ちょっとビックリさせてやろうと思ったのだ。


どこか休める場所はないか、と俺よりも少し先に行くフリオの背中を見つめて、俺はポケットの中の小瓶を取り出す。
そっと、その蓋を開けて中身の液体の匂いを嗅いでみると、驚くくらい甘ったるい匂いがした。
これが…人を誘惑する匂い、なのかな?
驚くくらいに甘い、甘い香り。
これがきっと、人を誘惑する匂いなんだな…なんてそんな事を考えた。

俺は意を決して、その小瓶を握る。

「フリオ!!」
「ん?何だよティーダ?」
何かと思って振り返ったフリオニール。
グッと瓶の中身を口に含み、俺はそっと背伸びしてその唇を塞いだ。
「っん!!んぅ…」
ビックリしたように、肩を震わせるフリオニール。
想像より、うっと柔らかい唇の感触に俺は、ちょっとドギマギする。

俺の名を呼んで振り返った瞬間だったので、少し開きかけていた口に簡単に侵入できる。
俺の口に含んだ、甘い甘い誘惑の液体を、相手の口に流し込む。
ゴクリ…と、喉が鳴る音がして、ああ…ちゃんと飲みこんだな、とそう思っても、中々彼を離す事ができない。
だけど…いい加減に俺も息がしんどくなってきて、ゆっくりと彼から離れる。


もし…この薬が偽物で、今離れた瞬間にフリオに殴られたとしたら…もう、土下座でもなんでもして謝ろう。
そう心に決めていた。
いや、まあ実の所…フリオの唇奪っちゃたんで、俺自身、もうそれで結構満足なんで…それでもいいかな?なんて思ってたりするんだけど…。
分かってるよ、現金な奴だって事くらいさ。
でも…でもそれでも構わない。

「……ティーダ…」
地面に視線を向けたまま、フリオニールが俺の名前を呼ぶ。
小刻みに震えているのは、怒っているからなのか、それとも…あっ!もしかして泣かせちゃった?
いや、泣いているにしては、話声はしっかりしている。
やっぱり、怒ってるんだろう。

「はい」
大丈夫、俺もう腹括ってるから。
殴るなりなんなり、好きにしてくれ!!

「あの…その……」
ところが、俺の予想に反してその後の言葉が続かない。
叱責されると思っていた俺からすると、一体何があったのかと不思議に思うわけで。
「どうしたの?フリオ?」
そうやって尋ねてみるも、彼からの返答は返ってこない。


ん?うん?
これは、もしかして…もしかしちゃう、感じですか?

手の中にまだ握られている小瓶を見てから、俯いたままの相手の表情を伺う。
目は、俺を直視できないからなのか、まだ下に向けられたままで、頬どころか耳まで真っ赤にしている。
正直に言う、めちゃくちゃ可愛いんですけど。


「フリオニール、ねえ…俺のこと、好き?」
勇気を持ってそう尋ねてみる。
ビクッと大きく震えた後、俺の方を一瞬だけ伺って、また目の前の人の視線は別の場所へ向かう。

「ねぇフリオニール、答えてよ」
そっと下から覗き込むようにして彼の表情を伺えば、逃げられないと観念したのか、彼はようやく俺の視線を正面から受け止めてくれた。

そういえば、さっきフリオニールは俺に顔が赤いと指摘してきたんだっけ?
これでは、今度は立場が逆だな…なんて、そんなつまらない考えが思考の端をよぎる。
だけど、殺人的に可愛いから許す。


「……だよ」
「うん?何?」
あまりにも小さな声で囁かれたので、彼の言葉を上手く聞き取れなかった。
もう一度!と彼に頼みこんで、さっきの台詞を聞かせてもらう。

真っ赤な頬で、照れくさそうに俺の方を伺って…彼は少しだけ微笑む。
「俺…ティーダのことが、好きだよ」


彼が甘い声、甘い表情でそう俺に囁いた瞬間。
俺の中に僅かに残っていた罪悪感は、一気にどこかへ消し飛んでしまった。


to be continude…

あとがき

以前に、ある方から提供して頂いたネタを使用してみる事にしました。
一話完結くらいにする予定だったのに、何で続いたんだろう?
せめて前編、後編の2話か、最高でも3話くらいでまとめたいところ…です。

媚薬とか使いそうな人といえば、恐らくは皆さん皇帝様を想い浮かべるんじゃないかなぁ…と思うんですが、今回はあえてティーダで。
青すぎる子を書きたかったんです、媚薬とか手に入れても、彼なら使う時にすっごくドギマギしそうで可愛いなぁ…と、そんな主張です。

何で魔女さんがこんな物を持っていたのか、その理由はあえて尋ねないで下さい。
2009/9/7

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