誰かを、愛する事は難しい
なのに、一目見ただけで貴方は俺を愛するという
そんな事は可能なのか?
「それを、人は運命と呼ぶものじゃないのか?」
Nocturnus 〜 confession 〜
「一目、惚れ…?」
俺を組み敷く男を見返して、そう尋ねる。
聞き間違いであってほしい、そう願って。
「そうだ、貴様に恋したと、そう言っている」
だが、そんな俺の心境なんて一切考慮せずに、男はさらりとそう返事する。
「これだって、私の愛情がこもった行為だ、何も貴様が恐れる事はない。それとも、不安なのか?自分が誰かに愛される事が」
宥めるように、そっと頭を撫でながらそう言うマティウスに、俺は戸惑いを隠せない。
どうしてそんなに簡単に、愛しているなんて言えるんだろう?
それは、ひどく難しい行為だと思う。
それはとても純粋で…そして、俺が手に入れたいと、そう願っていた感情。
だけど、どうしたって手に入れられないと、そう思っていた感情。
だから……。
「そんな!!だって、初めて会った時って…俺は」
貴方の言葉を、俺は疑う。
どんなに愛情を求めて、こうやって貴方が触れようと、それが偽りに思えてしまう。
「だから、私はお前を助けたのだ。
濃厚な血液の匂い、この世の全てが霞むくらいの美しさ、それを永遠に失わせないためにここへ連れ帰り、そしてこうやって私の元に繋ぎ止めている」
「でも…」
「聞き分けのできん奴だな、そんなに私が信用できんか?
まったく、人間というのは、どうしてこうも我々闇の住人に対して警戒心が強いのだ?」
それは、しょうがないじゃないか。
だって、俺達は光の加護の下で生きている、それに反する闇の部族は俺達にとっては関わってはいけない、“悪”の存在なのだ。
警戒して当たり前なのだ。
闇は、人を陥れるモノだから…。
「信じてくれ、フリオニール。私は貴様を愛している」
耳元でそう、甘く甘く囁く吸血鬼。
「信じられない、よ…そんなの」
いや、本当は信じたかった。
この男の言う通り、なのだ。
俺は、今までに誰かにこんな風に、恋愛としての愛情を注がれた事が一度もない。
それ以前に、必要とされた愛情を注がれた記憶も、あまりない。
だから…急にこんな巨大な愛を注がれると、それを疑ってしまう。
偽りなんだ、と思ってしまう。
「頼むから、離してくれ…マティウスが俺の事好きなのは、分かったから」
相手との間に腕を押し当てて、ぐいっと突っぱねる。
「嘘をいうな、貴様、絶対に信じていないだろう?」
しかし、その腕を取ると彼は再び俺に身を寄せる。
どうして、そんなに俺に固執するのか?
人間で、男で、美しいと彼は言うが、そんなに美形ではない事くらい自分でも自覚はあるし、そうやって迫ってくる相手の方が、ずっと美形だと思う。
どうして俺なんだ?
「信じていない、か?」
「……そりゃあ」
「はぁ…そうか」
小さく溜息を吐くと、俺の唇にそっと自分のものを重ねる。
昨日交わしたのとは違う、触れるだけの優しいキス。
そして、ようやく気が済んだのか彼はゆっくりと俺の上から退いた。
「まったく、恋愛にこれ程までも恐れを抱く子供も珍しいな。丁度年頃だろう?」
いや、確かに年頃ではあるけれど、あまりにもこれは普通じゃなさ過ぎる。
自分にこうやって愛情を向けてくれる相手がいる、それはとても嬉しい事かもしれない。
けれど、どうしてもこれは異常過ぎる。
相手は男で、しかも人間ではない。
戸惑わない方がおかしいじゃないか。
「私は貴様を見た瞬間に、運命を感じたんだがな」
「……よくそんな言葉、恥ずかしげもなく吐けるな」
自分のシャツのボタンを急いで留めながら、相手に向かってそう言う。
まあ、何を言ったって彼は止まる事を知らないだろう。
「さてと…仕方あるまい、私は例の封印をかけ直してくる。大人しく待っておけ」
「はぁ…言われなくても、出ないよ」
そう言って俺は溜息を吐く。
そんな俺の背後から、そっと体温の低い腕が絡まる。
「行くんじゃないのか?」
「そう冷たくするな、悲しくなるだろう?
折角助けてやったというのに、嫌われるし、嫌がられるし…これでも傷ついているんだ」
ぎゅう…と抱きしめられてそう言われても、なんだか困る。
そんなマティウスの言葉に、なんだか悪い事したかなぁ…という気にもなる。
でも…でも、こんなの初めてなんだ。
どうしたらいいのか、もう俺には分からない。
「なぁマティウス、離してくれよ…」
回された手に、少し手を添えてそう言う。
「うん?やっぱり…私は嫌いか?」
「嫌……っていう、わけじゃ……ない、と思うけど…」
「けど、何だ?」
「…………分からない」
恥ずかしい、というのが本音だろうか?
でも、好きなのかと言われたら、相手が求めるような関係ではない。
「嫌いなら、嫌いだとハッキリ言え」
フッと苦笑いを零してマティウスはそう言う。
そして、俺の項にキスを落とす。
「あまり、表だって嫌がらないのは…その気がない事もないからだ、とそう受け取るぞ」
くしゃり、と俺の頭を撫でてそう言うと、マティウスはそっと俺から離れた。
「じゃあ、大人しく待っておけよ」
「だから…別に、どこにも行かないよ」
「帰ってきたら、食事だからな」
耳元でそう言って、マティウスは出て行った。
「食事って事は…つまりは、そういう事だよな……?」
マティウスの言葉を思い起こして、俺は小さく溜息を吐く。
俺はやっぱり逃げられないのか?
だからと言って、相手の想いを受け入れるには…何て言うのか、怖い。
恋愛なんてした事ないから、どうしたらいいのか分からない。
誰かを愛する事は難しい。
なのに、マティウスはそれを難なく行っている。
自分の与えている愛情が、必ず返されるわけでもないのに。
「俺なんかの、どこがいいんだよ?」
ぼそり、とそう呟く。
誰にも聞こえない質問だ。
答えが帰ってきたとしても、きっと、それは俺にも理解できないものだろう。
「なぁ…誰か、俺どうしたらいいのか教えてくれよ」
もうどうしたらいいのか分からない。
そっと、窓辺に近寄る。
日が沈み、静かに輝く月がとても美しい。
「ねえ、ウォーリア…俺、どうしたらいいのかな?」
憧れる騎士に向けて、そう尋ねる。
勿論誰も答えてくれない。
今の俺を見て、彼は何て言うだろうか?
酷く失望するだろうか?それとも…俺の事、助けてくれるだろうか?
あの厳格であるが、優しい、正義感溢れる兄のような存在の彼は、今の俺に何て言うだろう?
まあ、そんな事は決して叶わないだろうけど。
誰かからの大きな愛情、ずっと欲しいと思っていたんだけど…。
「こればっかりは、どうしたって怖いよ」
日常から急に、ポンと外れてしまっただけでも不安なのに。
「嫌われるよりはずっと、いい、のかな……?」
マティウスは、これは運命だって言った。
助けてくれた事には確かに感謝している。
だけど……。
「運命なんて、信じられるかよ」
ぼそりと小さく零す。
そっと吹いた風が、頬を撫でる。
少し熱い頬に、夜風が気持ちよかった。
絡ませるのが難しいです。
はい、一言めからそれですよ、悪いですか(開き直るな)。
うーん、本当は頂いてしまうコースがあったんですが、何て言うのか…マティウスさんは、まだまだじっくりと攻略していってほしいのです。
でもこのままだと、頂いてしまうまで、まだまだ時間がかかってしまう予感。
…番外で、エロ書いてしまおうかな……とか、そんな構想持ってたりします。
それでいいのか?
2009/8/25