その声は、俺を呼んでいた
Nocturnus 〜 confession 〜
「ジェクトさんはああ言ってたけど、クラウドもスコールも、悪い奴ではなさそうだったな…」
城を一周してみて、ここに住む住人に触れ合ってみた感想だった。
誰かに向けてそう言ったわけではない、自然と口から零れ落ちたのだ。
親切な狼男のお陰で、俺はこうして城に戻ってはこれたのだが……。
部屋って、何処だったっけ?
「はぁ…結局、まだ迷子のままか」
溜息一つ、俺はまた城内の中を歩き出す。
『お前は誰?』
「っえ…」
何処からともなく聞こえた声に、俺は足を止める。
今日、この城を歩き出会った者の声ではない。
一体、誰?
『ここへおいで、話がしたい』
「貴方は、誰?」
『ここへおいで…さあ、声のする方へ』
怪しいと思わなかったわけじゃない。
だけど、その時の既に俺の意識はそんな瑣末な事を考えられる状態ではなかった。
ただ、声のする方へと、俺の足は動き始めていた。
コツコツと、石造りの塔に俺の足音が響く。
薄暗く、足場を時々見失いそうになるが、それでも…俺の足は塔を歩き続ける。
その声の方向へ向けて…。
『お前の顔が、見てみたい…どんな美しい顔をしているのか……』
貴方は、一体誰なんだ?
俺を呼んで、貴方は一体、何をしたいんだ?
貴方は……?
『ここまで来たら、教えてあげる』
優しく、どこかで聞いたような声だ。
気の所為だろうか?
『優しい、か……そんな言葉をかけてくれるのは、お前だけだよ』
クスクスと、その声は笑う。
楽しそうな声は、上から降るように聞こえてくる。
ドクドクと、心臓の鼓動が高鳴っているのか感じる。
どうして、こんなに鼓動が高鳴っているのか分からない。
まるで……恋してるみたいに…。
『もうすぐだよ、もうすぐ』
その声に導かれ、俺はその塔の上部へと辿り着いた。
鉄製の重々しい扉、頑丈に閉じられた錠。
鍵を持たない俺には、その扉は開けられない…。
『開けられるよ、お前なら』
さあ…と、俺を急かす声に誘われて扉に手を掛ける……。
「止めろ!!」
ノブに欠けた手を、誰かの手が止める。
「おい、しっかりしろフリオニール」
俺の両肩に手を置き、俺の表情を伺い見る男。
真剣な眼差しで、俺を見つめるその男は…。
誰?
「フリオニール、しっかりしろ!!」
再び俺にそう告げる男。
しかし、その声はどこか遠くから聞こえてくるようだ。
「戻って来い、フリオニール」
俺の耳元でそんな囁き声が聞こえた…と、思ったら、唇に柔らかい感触。
自分のものとは違う、少し温度の低いその柔らかさ。
その感触が、次第にハッキリしてくる。
いや、ハッキリしてきたのは俺の意識の方。
チュッ…という軽い音を残して、その主は俺から離れた。
「えっ、マティウス?…あの、俺?」
小さな声で俺が彼の名を呟くと、ようやく安心したのか安堵の溜息を吐き、両肩に掛かっていた彼の手の力が緩んだ。
「はぁ……全く、心配かけさせおって…戻るぞ」
そう言うと、俺を自分の方へと抱き寄せる。
一瞬にして移り変わる部屋、こうやって空間を移動できるのは便利だな…なんて、どうでもいい事を考える。
しかし、そんな思考回路はすぐに切り替えられる。
「貴様…何故あの場所に居た?」
「ちょっ!!何…」
急にベッドに押し倒される。
今までのどこか余裕のある、遊びとしての行為ではない、何か危機迫るものを感じる。
「何故あの場所に居たのかと聞いてるんだ!!」
「どうして…って、言われても、俺もよく分からない…呼ばれたんだ、誰かに……」
正直に、俺は自分の行動を話す。
話すけれど、でも…自分でも不思議だった。
どうして呼ばれたくらいで、俺はああやって塔の上へ向かったのか。
また、何故自分があの塔の上に居たのか、その過程が全く思い出せない。
俺は、どうして…あの場所まで行ったんだろう?
「呼ばれた、か……はぁ…まったく、封印が弱くなっているか」
「封印?」
「あの塔には、手に負えんモノが封じ込められておってな…誰も入れないように、結界を張っておったのだが…どうやら、弱くなってきておるようだ…後で、掛け直しておこう」
そう言うと、マティウスは俺の上から退いて……くれなかった。
俺の首筋に顔を埋めるマティウス。
「獣の臭いがするな…それに、別の男の臭いもする……この臭いは、堕天使とあの居候か?」
しばらくして、彼はそう呟いた。
お前は、犬なのか?
これがもし、スコールが言ったのだったら、まだ納得はいく。
しかし、彼は吸血鬼のはず…人外の存在っていうのは、人とは比べ物にならない位の身体能力を持っているのか?
「獣…って、スコールの事か?確かにスコールにも、クラウドにも会ったし…ジェクトって名前の人にも会ったけど」
相手の呟きにそう答えると、彼はムッとした表情で俺を見返す。
「馬鹿者、この城の住人は血に飢えた野獣だぞ、そう易々と気を許すな」
自分で自由に出歩いていい、って言っておいて、ちょっと酷くないか?
それに、アンタが言う程、この城の住人は悪い人物には見えなかったんだけど…まあ勿論、あれが演技でなければ…だが。
っていうか、血に飢えた野獣って…それ、マティウスの事じゃないのか?
「まったく、貴様は私のものだ…もう少し、それを自覚したらどうなんだ?
こんなに、他の男の臭いなんて染み付かせよって…」
そう言いながら、俺の首筋へと舌を這わせる。
「ひゃっ!!あ…ちょっ、何するんだよ!!」
「自覚を持て、と言ってもな…口で言う程、簡単に自覚など持てるものではない…ならば、教えてやるだけだ……体の方にな。
ついでに、私の臭いをしっかりと貴様に染み付けさせてやろう」
「はぁ?何、言って?…って、んっ!!…ゃあ……」
耳たぶを甘噛みされ、思わず鼻についた甘ったるい声が上がる。
それに恥じて、頬を染めれば…耳元で喉を鳴らして相手は笑う。
「初々しいな……純粋さとは、愛らしさでもあるものだ」
そう言いながら、相手の手は俺の胸元を滑る。
シャツのボタンが外され、相手の手が直に俺の肌を撫でていく。
その感覚に体を震わせると、マティウスは楽しそうに笑った。
俺はそんな相手の態度に、酷く腹が立つ。
「止めろ!俺は、こんな事、っあ…ヤダ!!」
「嫌だとは言わせん、感じてるのは一体誰だ?」
「黙れ!!全部、お前が仕向けてる事だろう?俺は、別にアンタの事を好いてるわけじゃない!!
それに…アンタは結局は、俺の体…俺の血が欲しいだけだろ?だから、こうやって、俺が自分の元に居るように愛情を与えるフリをして…」
「愛情を与えるフリ…か……聞き捨てならんな」
一瞬で、マティウスの顔から笑みが消え、言葉も、どこか冷徹さを兼ね備えた冷たいものに変化する。
今までの余裕も、俺に対する余興もない。
どこか、怒りというのか、悲しみというのか…それとも、落胆というのか…そんなものを感じさせる、雰囲気。
そんな微妙な相手の変化が、酷く俺を怯えさせた。
だけど、顔に出してはいけない、弱気な所を見せたくなんてない。
どうか、これが真実なんだと、信じさせて欲しい。
この男が必要としているは、俺自身ではなく、この体に流れる血液だけ。
肉体の関係を望んでいる、としても…それは、ただ己の欲望を満たしたいが為であって、決して人が他人に抱く愛情とは程遠いものなのだ、と…。
そう信じさせてくれないと、俺は…どうしたらいいんだ?
愛情を与えられたんじゃ、この最悪とも言える自分の境遇を作り出した原因である彼を。
頭ごなしに憎む事なんて、できないじゃないか。
「どうやら、貴様は素直に言葉に出さなければ、人の感情を理解できないらしいな」
「何だよ…普通はそうだろ?」
だって、感情なんて目に見えないものなんだから。
だからこそ、人は言葉を操るのだ。
行動だけで示せるものには、限りがあるから。
お前だって、言葉を操れるのなら、分かってるはずだろう?それくらい。
マティウスの真剣な瞳が、俺を見下ろしている。
その不思議な色の瞳に映った、自分の姿まで見えるくらい、俺達はとても近くで見詰め合う。
「私は言ったハズだ、お前は私の好みなのだ、と…」
その台詞は、確かに昨日この吸血鬼の口から聞いた。
だけど…どうして、その言葉を信じられる?
俺の目の前に居るのは、血に飢えた魔物。
闇の住人であり、悪魔の一人。
嘘を吐く事に罪悪感なんて覚えないだろうし、自分の策謀の為ならば他人の気持ちなんて簡単に弄ぶ。
そんな種類の生物のはず、なのだ。
だから、彼の与える愛情なんて、所詮はまやかしでしかない……。
「まだ信じられないか?それならば、言葉にしてやろう、単純明快な言葉にな」
マティウスはそう言っておきながら、俺の顎を固定してゆっくりと口付けた。
長く柔らかな、触れるだけのキス。
それはさっき、俺の意識を引き戻した優しい温度で…。
今度は、その優しさに意識が飛びそうになる。
「お前が好きだ、フリオニール。
私も長年生きてきたが、一目惚れなんて、初めてだ」
甘く甘く、そう俺の耳元で囁くマティウス。
これがマティウスから俺への、初めての告白であり。
俺の生涯において、初めて受けた告白でもあった。
宮沢賢治作 「銀河鉄道の夜」より
吸血鬼パロも二桁越えました、が…ようやく皇帝様が告白してくれました。
まともな告白しなくとも、もう彼がフリオの事好きだなんて陽を見るより明らかなんですが、でもフリオはめっちゃ疑ってますよ。
だって、まだ出会って二日ですしね…恋愛としては、関係が浅すぎるでしょう、当惑するのも当然かと…。
エロを期待した方、申し訳ないです…皇帝様はまだフリオを頂いてはくれません。
ていうか、自分が先延ばしにしてるだけなんですが…。
あの声の主が誰であるのかは秘密です、でもまあ、フリオを狙ってるのは確かですよ。
2009/8/18