謝っても、もう遅い
大切な貴方を、俺は裏切ってしまった…
ただ、好きだったんだ…
もう……二度と、泣かせたくなんてなかった
誰より愛する兄貴へ…
数年前、俺はまだ兄貴に対して、こんな歪んだ感情を抱いてはいなかった。
でも…とにかく、その頃はまだ俺達は普通の兄弟だったんだ。
むしろ、俺は兄貴の事をちょっとだけ疎ましく思っていた。
誰にでも優しくて成績優秀、まさしく絵に描いたような真面目な子供である兄貴と、周囲に反発してしまう俺のような存在は、相容れないのが普通だろう?
両親の自慢になるのは、何時だって兄貴。
それがちょっと、自分からすると気に入らなかった。
でも嫌いになれなかったのは、多くの正義感に溢れた真面目な嫌な奴と違って、兄貴は俺の事を嫌っていなかったし、嫌がってもいなかった。
大切な存在として、普通に接してくれていた。
だから、俺の友達とも仲良くて…正直、こんなに嫌われない奴も珍しいな…とか思ったものだ。
それもまた、俺にはちょっと気に入らなかったんだけど…でも、憎めない存在というのか…。
そう、兄貴の事は好きだったよ。
普通に兄弟として、仲良くやってた。
あの日まではね…。
俺は急いで家へと向かっていた。
息も切れる程に、走ったのは久しぶりの事だ。
俺が急いでいた理由、それは……家が火事だって連絡が入ったからだ。
「っは……はぁ…」
息が上がってきても、スピードは落とさない。
家族の事をこんなに心配したのは、一体何時ぶりだろう?
親なんてウザイ年頃だから…まともに会話したのが何時だったかなんて、もう覚えていない。
なのに…今はどうしたって、彼等の無事を確認したかった。
父と、母と…俺の半身である双子の兄貴。
俺とは違って真面目な兄貴は、もうこの時間には家に居るはずだ。
下手すれば、巻き込まれてしまっているかもしれない。
夕暮れの濃紺とオレンジの空に、黒い煙と赤い炎の色が映って見えた。
「兄貴!!」
俺が走って行くと、ぱっと人垣が割れた。
荒い呼吸の中、どうして今この場にこんなに人が集まっているのか…と、そんなどうでもいい事が思考の端を通過する。
人の不幸は、蜜の味か…。
下衆共が。
「兄貴!!」
再び叫ぶ、その人垣の中心に居る少年に向かって。
見物に集まってきた人々は、彼から距離を置いてその様子を眺めている。
俺の探していた人物は、ただただ呆然とその光景を眺めている。
いや、本当は何も見ていなかったのかもしれない。
目の前の光景を、ただその目に映しているだけで…本当は、何も見えてなかったのかもしれない。
どうだったのか、なんて俺には分からない。
意識が抜けたように、ただ彼はその前に座り込んでいた。
「兄貴、おい…兄貴?」
そっと相手の肩を掴んで、そう呼びかける。
ようやく俺の方を見た兄貴は、そこに俺が居る事に初めて気付いたように俺を見返す。
一瞬、覗き込んだその瞳は暗く、何も映っていなかった。
そんな風に、俺には見えたんだ。
「兄貴……」
声を掛けてみたものの、その後の言葉が続かない。
何を言ったらいい?彼に。
「……っぅ…」
迷う俺が何かを言う前に、彼はの瞳にだんだんと生気が戻ってくる。
目に大粒の涙を溜めて、兄貴は俺に抱きつく。
「うぁ…あっあああああ」
大声で泣く兄貴を、俺はただ黙って抱き締める。
ただ、それしかできなかった。
泣かないでくれ、なんてそんなありふれた慰めの言葉なんて、今の兄貴には届かない。
きっと、誰のどんな言葉だって届かない。
俺はだから、黙っていたんだ、ただ震えるその背中を抱き締めてやった。
強く強く、抱き締めてやるとそれに安心したのか、兄貴はだんだん落ち着いてきて…。
でも、背中を握る手の力は緩まらない。
ただただ、俺に取り縋って泣く兄貴の側から、俺は離れられなかった。
あの火事で、俺達は自分の親を亡くした。
その時からだ、兄貴から目が離せなくなったのは…。
始めはただ、心配だったんだ。
あの取り乱し方から考えて、きっとしばらくは泣くんだろうな…って思って。
俺でいいなら、側に居ようと思って。
泣かせたくなかった。
見たくなかったんだ、兄貴のそんな顔。
まるで、俺の分まで悲しんでいるみたいで…そんな兄貴の姿を見たくなかった。
「ありがとう」
泣き終わった後、兄貴は必ずそう俺に礼を言う。
目に涙を溜めたまま、彼はそれでも無理に微笑んで…。
そんな痛々しい表情見たくなくて、俺は彼に普通に笑ってもらいたくて、ただそれだけだったんだ、初めは。
俺は、どこで間違ったんだろう?
ただ兄貴の笑顔を取り戻したかっただけ。
俺が側に居る事で落ち着くなら、何時までだって側に居ようと思った。
それが何時の間にか、俺の方がずっと兄貴の側に居たいと、そう思うようになって。
自分が、兄貴に対して抱いちゃいけない感情を持ってるんじゃないか…って、疑い始めてから堕ちるのは早くて。
気付いた時には、誰よりも大きな存在になってたんだ…。
もしかしたら、俺は昔から兄貴の事をこころの奥底では想っていたんじゃないかって、そんな風に考える事もある。
そうすれば、こんな風に俺の感情が変わっていった事にも説明がつく。
元々好きだったのが、表面に現れるようになった。
自分の人生の中で大きな転機を迎えた瞬間に、何かが外れてしまったのかもしれない。
だけど、そんな事はもういいんだ。
思い返したって、もうしょうがない事。
「ヤ…だ、やめて、くれ……よ」
無理に体を繋げようとした俺に、兄貴は泣いてそう懇願した。
恐怖に震えて涙する兄貴に、俺の中の暴走はすっと波を引いた。
泣かせたくなかったんだ。
もう、悲しませたくないって…そう思っていたのに、自らその誓いを破ってしまった。
最低だな、俺。
「ごめんな兄貴」
閉めたドアの外で、俺は再びそう呟く。
何度謝っても、もう変わらないのに。
何も取り戻せないのに。
最後に出て行く前に見た兄貴の、酷く打ちのめされたような顔を思い出して、俺の気分も更に沈む。
優しい笑顔で、俺を出迎えてくれる兄貴が何より大好きだったのに。
それを壊してしまった。
だから、せめて…もう貴方の前には現れないから。
怖い思いはさせないから、だから…。
「おかえり」
キッチンから顔を覗かせて、俺の帰りを迎えてくれる、優しい兄貴の笑顔…。
過去に俺に向けてくれたあの笑顔だけは、全部持って行かせてくれ…。
to be continued …
宮沢賢治作 「銀河鉄道の夜」より
アナザー×ノーマルフリオ、現代パロ第四話。
これ、第三話読んでない人に伝わるものなんでしょうか……?
とりあえず、何かが未遂に終わったんです、それでアナザーは大好きなお兄ちゃんの為に家を出るのです。
んで、彼はノーマルフリオの泣き顔にはこんな思い入れがあったわけなんです。
彼はフリオの笑顔が大好きなんですよ、だから笑っててほしい…と。
それを自ら崩してしまったと、うん…。
実はこの話に、FFⅡのキャラを出演させる予定があったり…。
ディシディア部屋なのに出演させてしまって良いのか、という迷いがありますので、本当に出演するかは不明です。
っていうか、それ以前にフリリク小説を書けよ…って、話なんですよね…。
2009/8/12