狼というのは、元々群れで生きる動物なんだ
人も、動物も、単独では生きれないという事だ
Nocturnus 〜 houl 〜
俺は今日も一人、城壁の側に居た。
何時もの定位置だ、この城の城主は俺の存在なんて気にしていない。
魔物が一匹住み着いたくらいで、この広大な城の城主は大して気にもとめていない。
それは俺が誰かと交わるようなタイプではないからだろう、あの堕天使も俺と同じで、誰かに関わるのが嫌いなようだし。
まあ、この城の中には他にも色々な奴が居るからな…中には色々な奴と交わる奴もいるみたいだし…。
そんな事、関係ないんだけど。
だから、アイツと出会った瞬間、俺はどうしていいか分からなかった。
「あの…」
ガサという音と共に、草むらから顔を覗かせたのは綺麗な銀髪の青年。
「俺は、フリオニールっていうんだ」
「…………」
「あの…ここどこ?」
青年は俺にそう尋ねた。
人間なんて久しぶりに見た。
この城の中には、基本的には魔物しかいない。
俺が狼男になって、人里を出て以降、普通の人間と出会ったのは何年ぶりだろう?
教会の魔物払いとなら、幾度となく出会ったけれど…。
「俺は、スコールだ」
その青年に、敵意がない事が分かって、俺は久々に自分の名前を名乗った。
「あの…この城に、住んでるん、だよな?」
「ああ」
「城の方向、どっちか分かるか?」
どうやら、迷ってしまったらしい。
確かに、この城は広大で、住み慣れていない者ならば迷ってしまうだろう。
「お前、どうしてここに居るんだ?」
俺が気になったのは、彼がここに居る理由。
この城は、城主である吸血鬼を始めとして、住んでいる住人は基本的に魔物ばかりだ。
だからこそ、俺はここにいついている。
ここならば、誰の迷惑にもならないだろうから。
満月の夜、その夜にならなければ俺は何の問題もなく暮らせる。
だけど、月に一度のその夜の為に、俺は人里に居られない。
「何で人間が、こんな所に居るんだ?」
「…俺は、その…マティウスに連れてこられたんだ」
「マティウスって、ここの城主の?」
「そうだけど」
城主が連れて来たという事は、この青年は、城主と何らかの関係がある者なんだろう。
まさか、とは思うけれど…。
城主の食糧、か……。
「城に帰るのか?」
「ああ、そろそろ帰った方がいいかな、と思って」
「…俺は普段、城には近付かない」
「そうなのか?」
「誰かと出会うのが、嫌いだ」
そう言いながら、定位置にしている崩れかけの壁から降りる。
黙って歩き出す俺は、呆然と立ち止まったまま見返す青年を振り返る。
「帰るなら、途中まで送っていく」
「っえ……いいのか?」
青年は俺の言葉を、一拍遅れてから飲み込んだようだ。
「する事もない」
ぶっきら棒にそう言う。
「ありがとう!!」
ニッコリと満面の笑みで、青年は俺に礼を言う。
「ああ…」
俺はその言葉に、素っ気無く返答する。
誰かに礼を言われるのなんて、久しぶりの事で、少し照れる。
喰われる相手の元へ帰らなければいけない、というのも、何と言うか…嫌に違いない。
俺は、しばらく歩いてから後に付いて来ている青年を振り返る。
「逃げなくていいのか?」
ここは城の端。
この壁を抜けて、森を歩けば、半日もすれば人里まで辿り着くだろう。
逃がしてやろうと思えば、できる。
そこで、はたと気付く。
どうして自分は、この青年の事を、こんなにも必死になって考えているんだ?
他人の事なんて、どうでもいいじゃないか。
関わらなければ、誰も傷付けなくて済むんだから…。
「残念だけど、俺は逃げられないんだ」
青年、フリオニールは寂しそうに微笑む。
「俺の命は、アイツが握ってるからさ…俺は、ここからは出られないんだ」
不自由な我が身を、青年はどこか遠くを見ながら話す。
何を思い出しているのだろうか?
自分の故郷、家族、友人…。
俺も、同じように持っていたもの……。
俺はもう、帰りたいとは思わないけれど、この青年は俺とは境遇が一切違う。
彼はきっと帰りたいんだろう。
自分の故郷に…。
それでも、彼は自分の境遇を受け入れるつもりなんだろう。
寂しそうにしながらも、彼の瞳は真っ直ぐなのだ。
決めた事は守るし、最悪の出来事であったとしてもそれを受け入れるだけの、意思の強さがある。
凄いな…と思う。
彼のその強い心に、心惹かれる。
こんな感情久しぶりだ。
誰かの側に居たいと思うなんて、普段の俺にはありえない心境の変化だ。
久しぶりに城の近くまで来た。
ここまで来ればもう帰れるから、と青年は俺に言った。
「なあ、また会いに行ってもいいか?」
嫌なら、無理にとは言わないけど…と青年は俺にそう言う。
「俺なんかに会いに来たら、また迷うだろう?」
「っう……確かにそうかもしれないけど…」
弁明したり、俺の言葉に怒り出したりしない。
思った通り、今の時代には珍しい、随分と素直な青年のようだ。
「迷ったら、また送ってやる」
「えっ…」
「じゃあな……」
そう言って、俺は青年に別れを告げた。
狼の鳴き声は、仲間を呼ぶ声だ。
だから、一匹狼の鳴き声は“孤独の叫び”と呼ばれている。
彼と出会った時、俺は、彼が俺の声を聞いてくれたのかと思った。
別に誰かを呼んだ訳でもないのに、どうしてそんな風に思ったんだろう?
実際、俺は彼が再び俺のもとへ訪ねて来るのを楽しみにしている。
結局のところ、俺も人の側に居たいと、心のどこかで思っているのだろう。
関わらなければ、傷付けなくて済む。
だけど、関わってしまったが最後、一度触れてしまえば人の温もりは忘れられない。
俺の声を聞いて、彼はまたここへ来てくれるだろうか?
宮沢賢治作 「銀河鉄道の夜」より
スコールさん登場、はっきりと公言しませんでしたが、住み着いてる狼男さんです。
別に、フリオの事を摘み食いするような悪い狼さんではないですので、安心して下さい。
彼等は普段どんな風に暮らしているのか、とは聞かないで下さい。
フリオニールは結局迷子です、まだしばらく城の中で迷子になります。
最終的にマティウスがお迎えに来ます。
その様子はまた次回。
フリリク小説、先に書け…って言われても、何の弁明もできません。
すみません…ちゃんと続きは書いていますよ。
2009/8/9