俺さ…もう、いい加減に耐えられないんだ

アンタの何もかも全部、自分のものにしたい

そんな醜い独占欲が俺の中にある事も知らないで、アンタは……

誰より愛する兄貴へ…

『悪いけど、買い物頼んでいいか?』
バイトで遅くなる、と言ってた唯一の家族からそんなメールが来た。
夕飯の買出しに行ったら、帰りが更に遅くなるから…と。
俺は二つ返事で引き受け、すぐに自転車を走らせて近所のスーパーへと向かった。

メールに書かれていた買い物リストに目をやりながら、必要な材料を探す。
普段、兄貴の買出しに付き合ってるので品物の位置は大体分かる、なので時間にしてそう長くはかからない。
頼まれたものを最後にもう一度確認してレジへ。
そうしている間に、時刻は七時半を回ろうとしていた。
兄貴、まだ帰ってこないのかな?

普段は家の事があるから…と、あまり遅い時刻のシフトには入っていない兄貴、何時もなら七時くらいで帰ってくるんだけど…。
まあいいや、もうそろそろ帰って来る頃だろう。
そう思って、自転車を漕ぎ出す。


自転車置き場に愛車を停め、部屋へと向かおうとした時、アパートの駐車場に見慣れない車が入ってきた。
その助手席に座っていた人間に、俺は目を奪われた。
「兄貴…」

「すみません、わざわざ送ってもらって」
止まった車から降りた兄貴は、運転席の人間に向かってそう礼を言う。
相手も何かを言うが、俺には聞き取れない。
見知らぬ銀髪、碧眼の男は運転席から降りてトランクの鍵を開けた。

二人並んでみると、がたいの良い兄貴よりもその男の方が長身で…傍から見てると、何ていうか……悔しいけど“お似合い”だな、って感じてしまった。


「これで全部だったかな?」
「はい、荷物多いんで助かりました」
相手から荷物を受け取って肩に下げると、再び兄貴は「ありがとうございます」と相手に礼を言う。
そんな兄貴を見て、その男はそっと微笑み、ぽんぽん軽くその頭を撫でた。
それを受けて、兄貴は照れたようにはにかみ笑い。
クラスメイトに向ける人の良さそうな笑顔とはまた違う、子供の様な幼い笑顔。

そんな顔、できるんだな。

「では、また今度」
「はい、また…」

ニッコリと笑って相手に別れを告げ、そっと手を振る兄貴の姿に、俺の中で何か黒い感情が湧き上がってきた。


「…おかえり、兄貴」
「えっ!…ああ、ただいま」
俺の機嫌が悪い事も知らないで、兄貴は何時も通り微笑み返す。

「今の人、誰?」
アパートの階段を上がりながら、兄貴にそう尋ねる。
「バイト先の先輩、ウォーリアさんっていうんだ、遅くなったからって、わざわざ送ってくれたんだ」
凄い良い人なんだ、と嬉しそうに話す兄貴。
そうやって、アンタが相手をよく言えば言う程、俺の機嫌は更に悪くなっていく。
「仲、良いの?」
「ああ、優しいし頼りになる人だよ、何時もお世話になってる」
「へぇ…」


気に入らない。

兄貴に、そんな風に好意を持たれてる男が。
そうやって、嬉しそうに微笑んで相手の事を褒める兄貴が。
俺の知らない所で、俺の知らない表情を見せる兄貴が。

俺には酷く、気に入らない。


荷物の多い兄貴に代わって、俺が鍵を開けてドアを開ける。
「ちょっと待っててくれよ、直ぐに着替えてくるからさ」
そしたら直ぐに夕飯の支度するからさ、と俺に告げて自分の部屋へと下がる兄貴。
俺は買って来た品物を冷蔵庫に入れて、少し溜息。

腹の底に、黒い感情がぐるぐると渦巻いているのを感じる。

「悪いな、もう八時前だし…急いで夕飯の支度するから!」
「……ああ」
自分の部屋から急いで出てきた兄貴に、素っ気無くそう返事を返し俺はリビングへと向かおうとした。
「…どうかしたか?さっきから難しい顔してるけど」
キッチンへ入ろうとしていた兄貴は、はたと立ち止まって俺の背中に向かってそう尋ねた。

どうしたのかって?それは…。

「兄貴には、関係ないよ」
嘘だ、本当は全部アンタの所為だよ。

「関係ないって、そんな言い方ないだろ?何か、悩みでもあるのか?」
あるよ、ずっと前から。

本当に、何年前からなのかもう検討が付かないけれど…ずっと前から、俺を悩ませてきたもの…。
まだ気付いてないんだな。
本当に鈍いよな、俺も多少隠してるところはあるけどさ…少しくらい、意識してくれたっていいじゃないか。

「話してくれないか?力になりたいんだ」
俺の顔を覗き込んで、兄貴はそう言う。
「無理だよ、兄貴」
兄貴じゃ無理だ。
そう冷たく突き放すと、「どうして?」と兄貴は俺に聞き返す。
「どうして?俺じゃ無理なんだよ?」
傷付いたように、そう尋ね返す兄貴。


お前の兄なのに。
たった一人の家族なのに。
どうして、自分を頼ってくれないのか?


その質問の根底にあるのは、そんな血で繋がった人間に対する思いやり。
だけど、俺にはその血の繋がりがある意味一番邪魔なんだ。

だって…それがある限り、兄貴にとって俺は“家族”であり、自分の“弟”だ。
それ以上でも、以下でもない。
一人の人間ではない。
血縁者という名の括りに入れられた、近しい者。
他人ではない、だからこそ、俺の望む関係には決してなってはいけないもの。


「俺…そんなに頼りない、かな?」
項垂れる兄貴に、俺は首を横に振る。
「……いや、そんな事ないけど…これは、兄貴が解決できる問題じゃないんだ」

本当は、全ての鍵を握ってるのは兄貴なんだけど。

「話くらい、聞くけど」
「いいよ、聞かないでくれ」
こんな事知ったら、兄貴は俺の事どうするだろうか?
俺のこの気持ちを知って、兄貴は…。

「……お前、何隠してるんだよ?」
「だから、聞かないでくれって言ってるだろ!!」
食い下がろうとする兄貴に、俺はそう怒鳴る。

どうして分かってくれないんだろう?
俺が隠してるのは、兄貴の為だっていうのに。
なのに…。

「無理だ!お前が苦しむ姿見たくないんだよ…なあ、聞かせてくれよ」
俺の肩に、そっと兄貴の手が触れる。
目の前で、優しく俺を見返す…愛しい人間。

なあ、どうしてアンタは、俺の心を無闇に乱していくんだ?
もし…兄貴に今この苦しみを伝えたら、どんな顔をして兄貴は俺を見返すだろう?


俺以外の誰かを思って、微笑むアンタの姿なんて見たくない。
俺だけを見てほしいんだ、弟とかじゃなくて、一人の人間として俺を。

手に入れたい、アンタの全てを。


この時俺は、自分の中で何かが切れたのを感じた。


「兄貴、俺は……他の誰にも、兄貴を渡したくない」
肩に置かれていた手を外し、相手の目を見てそう話す。

「…どういう意味?」
「アンタは、全然気付いてないみたいだけどさ…もう、俺は無理だ」
これ以上、耐える事ができない。

今の俺を動かしているのは、嫉妬と独占欲とその他、よく分からない衝動。
酷い?何だよそれ。

なあ、兄貴。
俺の“もの”になってよ。

「好きだよ兄貴、世界で一番大好きだ」
そう言って、俺は笑った。

それは兄貴が俺に向ける、優しさのこもった笑みではなく…。
獲物を前にした、捕食者のような笑み。


訳が分からず、呆然と俺を見返す兄貴のその唇に、噛み付くようにキスをした。


to be continued …

あとがきなど

アナザー×ノーマルフリオの現代パロ、続き。
目標の部分まで到達しなかった為に、一話余分に書かなければいけなくなってしまいました、あと2話〜3話以内に収まればいいな…。

アナザーフリオがどんどん黒い子になっていきます、でも書いてて楽しいです。
ただ、アナザー×ノーマルフリオの場合、お互いの名前呼ぶ時どうしようか何時も迷います、現代パロはアナザーの方がノーマルを“兄貴”と呼ぶ事で統一してますが、ノーマルがアナザーを呼ぶ時、どう呼ばせたらいいんでしょうか?
いっその事、ウチのサイトではアナザーフリオは“シャドウ”で統一しようかな…とか思ってます。
今回のWOL様はちょい役です、別にアナザーのライバルな訳ではありません、普通にノーマルと仲良しのバイト先の先輩です(大学生)。

次回は、もしかしたら地下室行きになる可能性があります…とりあえず、書き上がってからどうするか検討します。
2009/7/14

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