愛しい者の為に、丹精込めて一本一本
愛を込めて、君に送ろう


貴方の笑顔が見たいから!

「何してるんだい?こんな所で」
「……ここは私の居城だが…」
いきなり現れたのは、卑猥な男。

「卑猥なんて、酷い言われようだね、君だってすっごい悪趣味だと思うけど」
自分の格好を見てからものを言え、その格好の何処をどう見たら一体お前は卑猥じゃないと言える?
「何の用だ?」
嫌々だがそう返答すると、気をよくしたのか彼は微笑むと私の方へと近付いてきた。
「偶々通りかかっただけだよ、仲間に挨拶して悪い事はないだろう?」
そう言って音も無く近付く卑猥な男、もといクジャは、私の側まで来るとゆっくりと腰を屈めて、私の手の中にあるものを覗き込んだ。

「薔薇の花?」
「触るな」
床に広げられた一輪に触れようとした男に、そう言うと。
「いいじゃない、こんなに沢山あるんだからさ…」
と拗ねた顔、拗ねた声でそう私に反論した。
正直、そんな顔をしたところで私は彼の事を好いてはいないので、なんとも思わない、それどころか余計に気分が悪くなる一歩なのだが。
「気分が悪くなるって、酷いなぁ…僕はこんなに美しいっていうのにねぇ」
「黙れ」
そして失せろ。
さっきから、私の心の声まで読んで返答してくるこの男に苛立っていたのだ。

「ごめんごめん、でもここにこうやって書かれてるとコッチにも分かるんだよ、君だってよく知ってるだろう?
それで一体何をしてるんだい?ねこみみフードまで被って」
……ついに、この装備に質問をしてきたか、何時になったら言うのかと内心考えていたのだが。
「好きでこんな格好をしているわけじゃない」
何故に私がこのようなものを被らなければならないのか…。
「じゃあ、どうして?」
「どうやら、アイツがコレをドロップしたいらしい」
その一言で「ああ」とクジャは納得したようだ。

「それでそんな格好してたの?想い人に贈るなら、自分から持ってい行けばいいのに」
「それでは意味がないらしい、修行も兼ねて私に向かってきているようだからな」
「へえ…それはそれは、涙ぐましい努力だねぇ」
その芝居がかった台詞が妙に頭にくるのだが、それはもういい。
「用がないというのなら、もう立ち去ったらどうだ?見た通り私は忙しい」
「忙しいって、ね……薔薇の棘の処理をしながら言う台詞ではないと思うんだけど」
呆れたようにそう言うクジャに、私は面倒になって小さく溜息を吐く。

手元にある切花の薔薇は、私がこの居城の外で育てたものだ。
まあ、世話の仕方などは分からんので、他の者(主にエクスデス)に任せたも同然なのだが。
とにかく、ようやく咲いたのだからアイツに贈ってやろうと思ったのだが。
「薔薇の花には棘があるからな、贈るのならばそれを取り除いた方がいいだろう」
でなければ相手に怪我をさせてしまう、というゴルベーザの一言により、こんな風にして一本一本取り除くはめになってしまった。
これくらいならば私でもできる、そう思ったのだが、これが意外と根気のいる作業だ。
さっきまではイミテーションも動員していたが、堅物(ガーランド)に「無駄な事に使うな!!」と怒鳴られ、イミテーションを回収されてしまった、全く、話しの通じない奴め。
それで、私が一人でわざわざ棘の処理なんて地味な作業を続けていたのだ。

「仮にも一国の王が、惨めだねぇ」
玉座に座っていながら、ちまちまと作業を続ける私を、彼は笑ってそう言った。
いい加減に、頭にきた。
「黙れ、これは私の想いなのだ、他人の手は借りん」
「一途だねぇ、そんなに彼がいいかい?」
「愚問だな」
言うまでもない事だ、そして貴様には関係ない。
どうせ、私の気持ちなど理解できないだろう。

「敵方であった、としても?」
すっと表情を消して、彼はそう尋ねる。
これはきっと彼には理解できないのだろう、人を愛する気持ちを、自分を憎むはずの相手に抱くのだから。
もう理解の範疇を超えているのだろう。
「関係あるまい、貴様にはな」
だから、私はそう切り捨てる。
そんな事を知ったところで、別に彼は何か自分の得になるわけではないのだ、それに、元々答える義理もない。
更には、私の機嫌を崩しておいて、自分の求める返答がもらえるわけがないだろう。
「確かにね」
そう言うと、まだ処理をし終わっていない一本を取り上げて、自分の顔へと近づけた。

銀の髪は確かに彼と同じ色だ。
付け加えるならば、この男の方がアイツよりも女顔ではある。
だが、心惹かれる相手とはなりえない。
この花が似合うのは、私にとっては彼だけだ。
他の誰よりも、美しいと思える。

「プライドの高い君に、こんな庶民的な事までさせてしまうんだ、恋の力ていうのは…凄まじいね」
一輪取り上げた薔薇を見ながら、少し笑みを深めてそう話すクジャ。
「どういう意味だ?」
「いや、恋は人を強くするな、って思ってね。
だって君が、たった一人の人間の気を引こうと、相手の笑顔を見るためにこんなに努力してるなんて、涙が出そうだよ」
「貴様ごときに感激されたところで、何も得はない」
「そうだね、君の想いは常に一人に向いてるからね…じゃあ、僕はそろそろ行かせてもらうよ」
もともと引き止めるつもりもなかったし、勝手に居座っていたのだ、なら勝手に帰ればいいだろう。

「最後に一つ言わせて貰うけどね、恋っていうのはこの花と同じだよ。
咲いている時はいい、とても美しく、優雅な香りを漂わせ、人を惹き付ける。
だけど、近付き過ぎればその棘で容赦なく傷付けられるよ」
花を持って怪しく微笑む男を、私は睨み返す。
そんな下らない事を言いたかったのか?
「傷付けられる?大いに結構だ。
その花を手に入れるためならば、多少の傷など気にはせん」
それに切り取って、棘を取ってしまえば、もうそれはただの甘く美しいだけの存在。
棘を取ってしまうまでが、辛いのだろうが、それは仕方あるまい。
それも一興として楽しめる心の余裕を持てばいい。
「まったく、僕には理解できないよ」
そう言って、手にしていた花を置くと彼はどこかへと向かって消えた。

ようやく静かになった。
しかし、やる事はまだ山済みである。
薔薇の花の山を見て、私は溜息をついた。
数が多いに越した事はないだろう、そう思ったのだが…少々、切りすぎてしまったか。


後日、修行だと称して彼はまたやって来た。
「皇帝、勝負だ」
大地のような褐色の肌に、対照的な銀の髪、意思の鋭そうな琥珀の目を持つ、反乱軍の義士、フリオニール。

そんな彼を見て、私は心が休まるのを感じた。
同時に、今すぐに連れ帰ってしまいたい、という独占欲も湧き上がる。
だが、ここでそんな行動に出ても意味がない。

「貴様に渡す物がある」
「……なんだよ?一体」
そう尋ねる彼の目の前にまで近付き、そっとその鼻先に赤い塊を突きつける。
束ねた赤い薔薇の花々を見つめ、酷く驚いた表情で私を見返す彼。
「受け取れ、私の気持ちだ」
「はぁ…ありがとう」
おずおずとしながらも、花束に手を伸ばして受け取るとそっとそれを自分で抱きかかえる。
思ったとおりだ、やはり彼には薔薇が似合う。

「こんな花、どうしたんだよ?」
「私の居城で咲いている、その花は貴様が持ち歩いているものと同じだろう?」
「俺を見ているみたいだから、全部切り取った…とか言わないよな?」
苦笑いしながらそう言うフリオニールに、私は首を横に振る。
「そんな事はせん」
貴様の為に育てたのだから。

「あっ…この花、棘がないけど……どうしたんだ?」
「私が処理してやったのだ」
「へぇ……っぇえ!?」
余程、この台詞に驚いたようだ、花束を落としかけてそれを急いで抱えなおす。
「こっ…皇帝が、棘の処理を……ップ!」
「なっ!貴様、何がおかしい」
噴出したフリオニールに怒りを覚えてそう言うと、「ごめんごめん」と謝る。
「だって、皇帝がそんな事するなんてさ、意外でしょうがないだろう?」
「フン」
少し機嫌の悪くなった私を見て、自分が悪いと思ったのか、彼は数秒の沈黙のあと「皇帝」と私を呼びかけた。

「何だ?」
「ありがとう、な」
そう言って、ふんわりと私に微笑みかけるフリオニールの、笑顔。

不覚にも、その笑顔に見惚れてしまった。

その笑顔を見た瞬間に、苦労なんていうものは忘れてしまった。
たった一人の笑顔の為に、自分がここまで何かをしようと思うとは以外だった。
そしてたかが笑顔の為に、一生懸命になる自分に、仲間は違和感を覚えたようだ。
だが。
それだけの価値は、確かにある。

そう思えてしまう時点で、私は花に捕らわれた虫だな。
まあ、それも悪くはないか。

彼の笑顔に、私も少しだけ微笑み返した。


あとがき
皇帝→フリオ+クジャ、カオスサイドでもほのぼのしてればいいじゃない、とか思ったのです。
実はこれ、以前に祐喜様とメールをしていた時に生み出されたネタが元になってます。
元拍手お礼の皇帝×フリオ小説を読んだ祐喜様が「あの時の薔薇は、皇帝が自分で棘の処理したんだろう?ねこみみフード被って」という内容のメールに、正直私の笑いのツボがブレイクしました。
その後日、クイックバトルの際にふと見たら、皇帝様がねこみみフード被ってて噴出しました。
実は、それが私のプレイしている中で、初めてねこみみフード装備者が現れた瞬間だったとか……。
2009/5/30
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