琥珀色の瞳が、空を見上げた
「俺は、誰も信じてないから」
そう囁いた声が、酷く寂しそうに、また悲しそうに、聞こえた…
琥珀
偶然と言えば、そうだったのだろう。良からぬ輩に絡まれていた彼を助けたのは、確かに偶然だった。
それが警察官として、市民を守る義務である…というのは、確かなのだろうが、中々その職務を全うしきれていないというのは悩みどころである。
「それで、君の両親は?」
「あっ……俺の親、もう亡くなってるんで、二人共」
高校生くらいの青年は、私の質問に俯き加減にそう答えた。
それならば、今の保養者はどうしたのか?と聞くと…どうやら親戚の間をたらい回しにされていたそうだ。
そして、何件目かの親戚の間で揉め事を起こしたらしく、家から飛び出して来てしまったらしい。
「俺……そこに、帰されるんですか?」
「まあ、そういう事になるだろうな…帰り難いか?」
“揉め事”の内容を聞いていなかった私は、青年にそう尋ねた。
まあ、進路をどうするかで揉めたのか、それとも…誰か家族と喧嘩でもして飛び出して来たのだろう、という安易な考えだった。
「…………いや、帰りたくない…です」
俯いて、どこか冷たい声でそう答える青年に、私は不振に思う。
「そんなに?」
「はい…二度と、会いたくないです」
吐き捨てる様にそう言う青年には、どこか、憎々しげな表情が浮かぶ。
不穏な影を感じ、事情を尋ねてみると、途端に彼は口を噤んでしまった。
ムスッとした表情で俯いたままの彼を見て、私はどうするべきか迷う……。
「私は両親の顔を知らない」
「えっ……」
私の言葉に、青年は顔を上げた。
その琥珀の瞳に、少しだけ私に対して興味の視線が向けられているのを感じ、私は微笑み返す。
「孤児だったものでね、施設で育った…それから成長して、こうやって真っ当な職に就ける事ができた訳だ。だから、君の気持ちは半分までは理解できる」
「半分は?」
「家族が居るのに、家族の顔も見たくないというのは…私には理解できない」
そう言うと、青年は居心地悪そうに肩を丸めた。
「何か理由があるのは分かった、だが…その理由が何か分からなければ、私は君のその保養者の元へ連絡するしか方法が無いのだ」
「それが、仕事だから…ですか?」
「そういう事だ」
「窮屈だ」と言う彼に、「社会は総じて窮屈だ」と返答すれば、少しだけ笑ってくれた。
「俺……その人に、犯されそうになったんです…」
青年の呟いた言葉の意味を、私は一瞬理解できなかった。
それから、青年は自分の身に起こった事を一つ一つ話し始めた。
自分の親戚だという、男には男色の癖があった。
そして、自分を引きとったのは最初から体が目的だったのだと…押し倒された時に、そう告げられたのだと。
「見た目が良くて良かったな、お前みたいな子供でも、こういう使い道でなら引き取り手はあるぞ」
そうやって汚らしく笑う相手を突き飛ばし、彼はなんとか難を逃れたらしい。
その男は知らなかった様だが、青年は武道の心得があるどうだ。
「だからさっきも、いざとなったら相手を一発殴って、その隙に逃げようか…なんて考えてました」なんて、ケロッとした顔で言う。
だが、それだけでは諦めなかった相手が自分に再び圧し掛かって来ようとしたので、逃げようとして、彼は近くにあった壺でその頭を殴ったらしい。
その一言に驚いた私に、青年は力なく笑うと「大丈夫ですよ、少し気を失っただけです…血が出てだけど、額を軽く切っただけだから」とそう言った。
「……本当に?」
「はい…それから、服を着替えて必要そうな物だけ詰めて飛び出して、こうやって知らない所まで来たんです。俺ももう18だから…一人でも、なんとか生きていけるかな、って……」
だが、現状は…上手くはいっていないようだ。
「どうだろう?君の他の親戚に連絡するのは、駄目かな?」 「誰も来ないと思いますよ……皆、別れる時にはいつでも連絡しておいで、なんて優しい事言いますけど…何か揉め事起こしたら、それだけでもう自分は関係ないフリしますから」
実際に、彼は保養者の元から飛び出した後、何件か連絡を入れたらしい。
だが、事情を話しても誰も取り次いではくれないそうだ。
むしろ、そういう事とは関わり合いになりたくない…という態度で、冷たくあしらわれてしまったそうだ。
だから……帰りたくはない、と彼は言ったのだ。
「君の事情は、よく分かった…さて、どうするか……」
確かに彼の話を聞く限りは、その保養者の元へ戻すのは問題があり過ぎる。
勿論、家出少年の嘘という事を考えない訳にはいかないが、その割には、一応の連絡先は自分から提出してくれた。
そこにはかけないで欲しい、と念を押されてしまったが…それから、彼の家族の話を聞いたのだ。
さて、これからどうしたものか……。
「君も知っていると思うが、児童養護施設は18歳未満まで、という規定がある…君の誕生日から考えるに、少々難があるかもな」
「でしょうね…それに、そこから出た後で行く場所も無いですから」
力なく答える青年に、私は「だがな…」と一言呟く。
「警察官である以上、未成年である君をこのまま放置する訳にはいかない、どうにかして保護しなくてはいけないわけだ」
「どうにかしてって…どうするんですか?」
青年のまともな質問に、私は今、自分の頭の中で思いついた内容を話す。
「私は見れば分かると思うが、既に職務時間は過ぎて帰る所だ、君を助けたのは警官の義務だが、そこから先の行動までは保障されてはいない」
「あの……何を?」
「私の家でいいなら、しばらく泊めてあげてもいい」
その申し出に、青年は息を飲んだ。
差し出された優しさを、そのまま飲み込んではいけない、と…彼の中で警戒されているのかもしれない。
なまじ、一度男に押し倒されているのだから…二度目を警戒しないハズがない。
特に……こんな見ず知らずの男に対しては、いくら警察官だと名乗っても警戒して当たり前か。
「済まない、君には受け入れがたい思いつきだったな」
「…………」
苦笑いする私を、青年は無言で見つめる。
「君だって、誰か一人くらいは、自分を受け入れてくれる相手に心当たりがあるだろう?友達でも誰でもいい、誰か連絡の取れる相手に……」
「何も、しませんか?」
彼の言葉に、私の方が驚いた。
だが私を見つめる彼の瞳は、助けを求めるソレだった。
どこにも行くあての無い、迷い子の目。
そんな青年の目を見て、私は大きく頷く。
「ああ、君が嫌がる様な事はしない、約束しよう…信じて、くれるかな?」
そう尋ねれば、彼はしばらく迷う様な表情を見せる。
信じたいのに、信じられないといったところだろうか?
「残念ながら君の信頼を得る方法を私は知らない、今は…私を信じてもらうしかない」
「貴方は、どこの誰かも分からない俺を置くことに不安は無いんですか?」
「不安か…無いと言えば嘘になるが、私は君を信じよう」
そう答えると、彼はポカンとした表情を見せたものの、しばらくして、その言葉にゆっくり頷いた。
「本当に、お邪魔していんですか?」
「ああ、何も無い家で悪いけれどな」
そう答えて、「行こうか」と手を差し伸べると、彼は怯えて握らなかったものの…私の隣りを離れない様に着いた。
「フリオニール君、だったね?」
そう尋ねると、彼は「はい」と頷く。
「私はウォーリア・オブ・ライトというんだ」
「はい」
「私の事は好きに呼んでくれていい、言葉遣いも気にしなくてもいいから」
「はい」
固い受け答えをする青年に、私は苦笑する。 昔からそうだ、対人コミュニケーションは下手だった…それも年を経るにつれてマシになったと思っていたのだが、こういう傷を負っていそうな相手の微妙な距離感というのは、どうやって取ったらいいものなのだろう?
彼は、どうすれば私に心を開いてくれるだろうか?
そう考えながら家に着き、マンションの冷たいドアを開けると先に青年を中に入れる。
「少し狭いかもしれないが、ここが私の家だ」
「お邪魔します」
礼儀正しく挨拶する青年に、少し好感が持て「ああ」と小さく返事をする。
荷物を適当な場所に置く様に言い、その間にジャケットを脱ぐとキッチンへと向かう。
夕飯がまだなのか青年に尋ねれば、小さく頷くのが見えた。
ならば、二人分用意しなければいけないな…等と思っていると、彼が隣へとやって来た。
「家事なんかは得意なんで、良かったら手伝います」
そう話す彼が、結局私に変わって夕飯を用意してくれた。
私の手つきに不安を覚えた彼が、「あとは自分がするから」とそう言って私を追い出したのだ。
久しぶりに食べる、人の作った手料理。
食卓に並ぶ、自分よりも遥かに出来栄えの良い料理を眺め、私は関心の溜息を吐く。
「頂きます」
習慣と化している食べる前の挨拶を終え、料理に箸を伸ばす私を、向かいに座る青年は不安そうな表情で見つめる。
「……美味しい」
正直に口から零れた言葉に、青年は安堵の溜息を吐くと、自分も箸を付けた。
「君は、随分と料理が上手なんだな」
「そんな事無いです」
少し照れた様に微笑む彼。
琥珀の瞳が、優しい穏やかな光を宿して…とても綺麗だ。
そんな彼に、私も笑いかける。
「そうやって笑っている方が、君は似合うよ」
「え……」
驚いた様に見返す彼に、私は続ける。
「あんな暗い表情より、笑ってる方がずっと良い」
琥珀の瞳が、ゆっくりと瞬きして…私に微笑みかける。
ぎこちない笑顔。
この日、私は…誰からも見捨てられた輝きを拾った。
to be continued …
あとがき
WOL×フリオ現代パロディ…で、警察官と家出少年。
実は…D'espairsRayというV系ロックバンドの曲に『琥珀』というタイトルの曲があるんですが、これがどうしてもWOLフリに聞こえる、という所から派生して生まれてきました。
現在の作業BGMで流れてます、気になる方は聞いてみて下さい。
一話は大した事無いんですが、これから先に結構自虐的なシーンとか出す気でいるんで、迷ったんですが初回から地下室送りにしておきます。
しかし、長い物を連続して書かない方がいいって事は分かっているんですけれどもね…止まらなかったんです。
2010/5/30<
WOL×フリオ現代パロディ…で、警察官と家出少年。
実は…D'espairsRayというV系ロックバンドの曲に『琥珀』というタイトルの曲があるんですが、これがどうしてもWOLフリに聞こえる、という所から派生して生まれてきました。
現在の作業BGMで流れてます、気になる方は聞いてみて下さい。
一話は大した事無いんですが、これから先に結構自虐的なシーンとか出す気でいるんで、迷ったんですが初回から地下室送りにしておきます。
しかし、長い物を連続して書かない方がいいって事は分かっているんですけれどもね…止まらなかったんです。
2010/5/30<