紫煙

今夜の野営の場所から少し外れた場所にあった岩の上に、そっと腰を下ろす。
騒がしいのは、あまり得意じゃない。
バッツやジタンは悪い奴じゃないが、それでも、やっぱり一人でいる時の静かな時間が俺は好きだ。
他に惑わされず、自分だけの落ち着いた時間。
それが一番、心が休まる。

服のポケットから、そっと隠し持っている箱を取り出し、中身を一本咥えて火を付ける。
肺に煙を満たして、ゆっくりと吐き出すと、気分が少し落ち着いたように感じた。

世間の掟を破っている事くらい、ちゃんと自覚している。
だが、止めるつもりもない。

別に自分はヘビースモーカーなわけではないし、ニコチンが切れた事でイライラするような事もあまりない。
正直、やめようと思えば何時だって止められる自信はある。
だからだろう、別段、喫煙を止めようという意思もない。
時々無償に欲しくなる、その時だけと心に決めている。
そして、欲しくなった時は、仲間に気付かれないように、皆からは慣れた場所で吸う。

これは学校に居た頃の癖だ、いや癖というよりも習慣か、見つかったら怒られるから見つからないように影に隠れて吸ってた、その習慣がここに来てもまだ残ってる。

人なんて、そう簡単には変われない。

記憶を失ってしまっても、過去の自分と似た行動を取ってしまう自分は、あの頃から比べて成長しているんだろうか?
それとも、停滞したまま一歩も動いていないんだろうか?

「はぁ…」
小さく吐いた溜息と一緒に、吸い込んだ煙を吐き出す。
ゆっくりと風にかき消されていく紫煙。
それを目で追いながら、再びゆっくりと肺に吸い込む。


「こーら、何やってるんだ」
そんな言葉と共に、俺の頭の上に振り落とされる固い何か。
ポスっという音と共に落されたのは、硬い書物の表紙。

「フリオニール…」
振り返ると、そこに立っていたのは仲間の義士。

「全く…ソレ、ウォーリアに見つかったら怒鳴られるぞ」
ソレと言われて何を指しているのか、そんなものは一つしかない。
俺の口に咥えられた煙草。
仕方なく、まだ残ってるその一本を取り地面に押し付けて消すと「あっ、勿体無い」なんて、そんな事を言う。

「注意したのは、アンタだ」
「そうだけど…まだ残ってるのに消すのは勿体ないだろう」
肩を竦めてそう言うと、「隣いいか?」と問いかけるので、了承の返事をする。

「何でここに?」
「ウォーリアの代理で周囲の見回りにな…スコールは何でこんな所に?」
今、現場を目撃しておきながらそれを尋ねるのか?
「…一人でどこかにふらりと消えた時って、何時もそうなのか?」
答える意思がなく無言でいる俺に、そう尋ねる。
「……毎回じゃない」
「だけど、否定はしないか」
捻り潰した吸殻を拾い上げて、彼は苦笑する。

「クラウドも吸ってたけど…煙草は体によくないぞ、特にお前はまだ未成年なわけだし」
そう言う彼も、俺と一つしか年が変わらないのだが…まるで、大人のように俺を注意する。
相変わらず、真面目な奴だ。

「言うのか?アイツに」
「アイツ?……ウォーリアに?」
それ以外、一体誰に言うというんだろうか?

俺達の中心的人物、ウォーリア・オブ・ライト。

俺が仲間から離れて喫煙していた大きな理由、それは厳格で、規則に厳しいあの男に見つからないように、というのがある。
あの男が個人的に苦手だというのもあるが、それ以上に、見つかったらきっと、口煩く注意されるであろう事が目に見えている。
一人で隠れて吸っている以上、害があるのは俺の体だけだ。
でもきっと、あの男はそれを問題にして小一時間、俺に対して説教を続ける事だろう。
戦士たるもの、自分の体の管理くらいは…なんていう風に。
面倒だからできればそれは避けたいが、しかしそれが叶わないというのなら仕方がないだろう。
しかし覚悟を決めた俺の意思に反して彼は、「いや、そんな事しないぞ」と俺に返答した。

「どうして?」
「俺がもう注意したからな、そこまでする必要ないだろう?」
持っていた吸殻を捨てると、俺に向かってそう言う。
真面目な性格上、許すつもりはないが、仲間には多少甘い。
一度見つけただけならば、自分の注意だけで済ませるか。
それで治るほど、人は禁欲的な生き物じゃないんだが。

「それに、悪いって自分でも自覚あるんだろう?だからこっそり吸ってる」
「こっそりしてるなら、止めるつもりもないかもな」
そう言った後で、どうしてそんな事を言ったのか分からなくなった。
黙ってれば、何も問題なんてならない。
なのに、どうしてこんな事を。

「止めないのか?」
「さあ?」
「クラウドも同じ事言ってたな…セシルやティーダに気を使って、アイツも人前で吸ってなかったけど」
彼と行動を共にしていた仲間二人の名前が挙がったが、そこに彼は含まれて居ない。
…という事は、彼の前では吸った事があるんだろうか?

そんな、どうでもいい疑問を解決するのに積極的じゃない俺はそのまま沈黙する。
その代り、彼は俺に対して質問をしてくる。
「何でスコールは吸ってるんだ?別に何か大きなメリットがあるわけじゃないだろう?」

その通りだ。
むしろ体を壊すばかりで、デメリットしかないと言ってもいい。
それでも、時々欲しくなる。
「吸い始めた理由なんて、大した事じゃない…死ぬまでに、一回くらい吸ってみたかったとか、そんな所だ」
そう返答すると、彼は「死ぬまでに、か…」と俺の言葉を繰り返し、どこか寂しそうな顔をした。
何か、問題でもあっただろうか?

「死ぬ時に後悔したくないのは分かるけど、そういうのって…考えると、虚しくならないか?」
「虚しく?」
「ああ、だって死ぬまでにって事は、前提として“自分が死ぬ”っていう未来が、とても近くに迫ってるみたいじゃないか。
だから後悔しないようにって、そんな脅迫的な観念に襲われてるみたいでさ」
遠くを見てそう言うフリオニール。

真っ直ぐ、純粋に生きてきた青年。
この青年のような真っ直ぐな生き方なんて、俺には到底できそうもない。
まあ、あの光の戦士よりもずっと親しみ易くはあるが。
「俺もアンタも、闘いの中で生きてきた、死にかけた事だって一度くらいあるんじゃないか?」

現に今だってそうだ、生きるか死ぬかの闘いの渦中に、俺達は身を置いている。
生きようとするのと同時に、自分の背中に“死”を負う事。
それが、闘いというものだ。
それが、闘いの中で生きる事だと俺は思ってる。

何時、死んだっておかしくない。

そんな自覚があるから、後悔はしたくない。
そして…そんな自覚があるから、何かで自分の気を紛らわせていたいのかもしれない。

「なんか、それって…生きる事から逃げてないか?」
そんな俺に対して、フリオニールはちょっと間を置いてからそう言った。
「……そうか?」
そんな考えは、俺にはなかった。

「死ぬかもしれない恐怖を前に、何かで気を紛らわせてるって…そういうのは、違うと思うんだ。
まあ、具体的に何が違うのかなんて説明を求められても困るんだけど」
ちょっと困ったように笑ってそう言うフリオニール。
「分からない事もないかもしれない」
本心から、そう言った。

確かに俺の行動は、何かから逃げてるのかもしれない。
それが生きる事なのか、それとも死ぬ事なのかは分からないが。
それでも癖となったこの習慣は、止める意思がない限り止められそうにもない。
本来の目的を失って、求める行動。
体に染み付いた習慣だ。

「一本、吸ってもいいか?」
「注意したところなのにか?」
そう尋ねると、ちょっと呆れたようにフリオニールは俺にそう言う。
「どうせ、アンタが帰ったら付けるつもりだったんだ」
それなら、今も後も変わらない。
そう主張する俺に、フリオニールはちょっと微笑むと「一本だけだぞ」とそう言った。
彼の心の広さに感謝しつつ、一本咥えて、愛用のライターで火を付ける。

肺に満たされる紫煙をゆっくり吐き出す様をまじまじと見つめながら、「なあ」とちょっと遠慮がちにフリオニールが声を掛けた。
「煙草って、そんなに美味いのか?」
「…試してみるか?」
箱を差し出してそう尋ねると、しばらくの沈黙の後「俺はいいよ」と、予想した通り断られた。

「実は、前にクラウドにも勧められた事があるんだ」
俺の煙草の煙を見つめながら、フリオニールはそう言う。
だからさっき、仲間の名前の中に自分が含まれて居なかったのか。

「断ったのか?」
「当たり前だろ?その時はクラウドも、俺が未成年だって知らなかったしな」
というより、アンタはどう見ても18には見えない。
ティーダが未成年であろう事は誰でも予想できる、セシルは成人しているが、彼の目の前で吸うのはどことなく気が引ける。
だから、フリオニールに勧めてみたんだろう、まさか未成年だとは思わなかっただろうが。
……まあ、俺も人の事は言えないんだが…。

「その時も、同じ事聞いたんだ」
同じ事…どうして煙草を吸うのか、その理由か……。
「アイツは、なんて答えたんだ?」
「大人になった証に吸い始めたって言ってた、子供の自分と決別しようと思ったんだって」
そんな風に思ってたのか。

自分の肺に満たされた煙を吐き出す。
風に吹かれて切れ切れになる白い煙を見つめる俺に、フリオニールは言葉を続ける。
「気を紛らわせて生きるより、その不満とか不安を、もっとぶつける場所があると思うんだ。
無理に背伸びして大人のフリしなくても、どうせその内、俺達は年を取るんだからさ」
そう言うと、フリオニールはゆっくりと立ち上がった。
「じゃあ、俺はそろそろ野営地に戻るから。
ウォーリアには言わないでいてやるけど、臭いで気付かれないように気を付けろよ」
そんな事は分かってる、だから彼が立ち去る時に、黙って片手を上げて見送るに留めた。


「背伸びして生きるな、か…」
そんな事言われたのは初めてだ、多分。
子供のようだと思っていたのに、やはり一歳でも年の差はあるものなんだ。
こうやって、世界に逆らう自分がどこか小さな子供のように思えた。

そろそろ、停滞してばかりもいられないか…。
ゆっくりと煙を吐き出して、そう思う。


この時、俺は初めて煙草を止めようと、そう思えた。


あとがき
SFパロの続編を考えてた時に、どうしてもフリオとスコールを絡めたくなって…その結果がこれです。
私は今までに一度も煙草を吸った事がないし、むしろ煙草の煙は苦手なんですが、でも煙草を吸ってる人が好きです。
ただ近付きたくはないです、二次元の中ならばOKです。
クラウドとスコールは煙草が似合うと思うんです、容姿的に。

本当は、クラウドがフリオに煙草を勧める話が先にあったんですが、何時からか順番が入れ替わってしまったという…。
そっちはまだ全然完成してませんが、その内きっとアップします。
2009/5/20
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