ぽたぽたと、天から落ちてくる
雫、雫、雫…
大地を濡らし、世界を濡らして

俺達の上にも降り注ぐ


雨間

動けなくなってしまった。
恨めしく見つめ返しても、空は変わらずどんよりと暗い。
ザーザーと静かになり続ける雨音。

大したことではない、急な雨に降られてしまっただけ。

別に、濡れて帰ってもいいんだ。
だけど、そんな事をして風邪でも引いたら元も子もないし、後で服を乾かすのも面倒だ。
偶然にも見つけてしまった廃屋の屋根の下、雨宿りをしている。

「……はぁ…」
何度めかも分からない溜息を吐いて、視線を空から地面へと落とす。
しとしとと、湿っていく地面。
広がっていく水溜りに、小さな波紋が揺れている。
ずっと立っているのもつ枯れるので、武器を下ろして乾いた地面に腰を下ろす事にする。
槍と弓を下ろし、剣も腰を下ろした横に置く。

何時までも降り止まない雨。
すぐに止むかと思っていたのに、全然雨脚は弱まってくれない。
早く帰りたいな、と思う俺の中に、もう少し待ってみようという声が聞こえる。


降り止まない雨に、幽かに思い出されるのは、幼い頃の記憶。


両親が亡くなった時、その時も雨が降っていた。
戦争で瓦礫と化した町の片隅で、俺は膝を抱えてただ待っていた。
誰を待っていたのか、自分でも分からないけれど、でも待っていた。
ずっと、待ってた。
両親を亡くしたからなのか、それとも一人で居る事の寂しさからなのか。
或いは、その両方からなのか分からないけど、幼い自分は泣いていた。
雨が降る中、ずっと。
泣きながら、待っていたんだ。
誰かが迎えに来てくれるのを、ずっと…。

その後俺は、育ての親に引き取られた。
涙も枯れ果て、雨も上がった頃に、彼等は俺の前に現れた。
今でも、その時の嬉しさを覚えてる。


だけど、それ以降、俺は雨の日がすっかり嫌いになってしまった。


遊びに出かけた帰り、雨が降った時は何時も雨宿りをしながら待っていた。
誰かが迎えに来てくれるのを…。

血の繋がりだけが、重要じゃない。

それは分かってる、だけど、どうしても不安になってしまうのだ。
誰も来てくれないかもしれない、そう思うと、不安になってとても怖くて、その場から一歩も動けなかった。

ずっと、誰かが向かえに来てくれるのを待ってた。

俺の帰りを、誰かが待ってくれてるのか…不安で、不安で仕方なかったんだ。
俺は一人なんじゃないのかって、怖くて仕方なかった。
自分で家に帰るのが怖くて、ずっと動けなかった。

だから、雨は嫌いだ。

今も、雨の日は好きになれない。
どこか幼いその恐れを、気恥ずかしく思いつつも、未だに直せないでいる自分。
なんだか、情けなく思われる。


ザーザーという雨音の中、どこか遠くで水溜りを踏む足音が聞こえた気がした。
ふと視線を上げてみると、雨の中に佇む一人の少年の姿が。

「のーばら、何してるッスか?」
「ティーダ…」
「もう心配したッスよ、なかなか帰ってこないから」
ニッコリと歯を見せて笑う少年に、俺も微笑み返す。

「悪い、わざわざ迎えに来てくれたのか?」
「そうッス、迷子のフリオニールを迎えに来たんッス」
「…別に、迷子になったわけじゃないぞ」
ただ雨が降って、先に進めなくなっただけだ。
そう反論すると、ティーダは「そうッスか」と言って、片手に持っていた傘を俺に手渡した。
「ほら、帰るッスよ」
下ろしていた武器を装備し直し、差し出された傘を受け取る。
パッと開けば、雨を防ぎ傘に当たる水音が耳に心地いい。

「普通は、こうやって迎えに来るのは母親の仕事なんッスけどね」
「そうだな…」
「だから、のばらが迷子になってちゃ駄目じゃないッスか」
以前、セシルが俺を「母親のようだ」と語っていたのを受け、そう言ったのだろう。
その台詞に苦笑を返し、ふと気になった事を尋ねてみる。

「ティーダは…子供の頃、こんな雨の日に母親が迎えに来てくれたのか?」
「うーん…あんまり、前の世界での記憶は思い出せないから、何とも言えないけど…懐かしいとか感じるから…きっと、誰か迎えに来てくれてたんだろうな、って思う」
「そっか…」

そういえば、ティーダは親父さんが健在なんだっけ…。
今は喧嘩ばかりだけど、彼が子供の頃はどうだったんだろう?
仲が、良かったのかもな…。

「どうかしたんッスか?」
急にそんな事を尋ねた俺を不審に思ったのか、ティーダが俺の顔を覗き込む。
「いや、ちょっと…昔の事を思い出してただけだ」
そう曖昧に返答すると「ふーん…」と信じてるのかいないのか、よく分からない返事が返ってきた。


「フリオニール」
珍しく、ティーダが俺を名前で呼んだ。
隣を歩く少年に視線をやると、彼は真っ直ぐに俺を見返した。
その突き刺されるようや視線に、俺は一瞬たじろぐ。
「何だ?」
動揺を見透かされないように、できるだけ平静を装ってそう尋ねる。

「誰に、迎えに来て欲しかったんッスか?」

「っえ…?」
急な質問に付いていけずに彼の顔を見ると、何時もの笑顔ではなく、酷く真剣な表情をしたティーダがそこに立っていた。

「フリオニールは、一体誰を待ってたんッスか?」
真剣な表情でそう問いかけるティーダに、何て答えようか俺は返答に詰まる。
雨の音が、どこか遠く感じる。

俺が、誰を待っていたのか…。
それは、“誰か”としか答えようがない。
はっきりとした姿のない誰か。
温もりのある暖かい存在。
俺の帰りを待ってくれている存在だ。

「本当にそうッスか?」
だが、俺の返事に彼は満足しなかった。
更に繰り返される質問。
責めるような真っ直ぐな視線から、目が逸らせない。

「ねえフリオニール、正直に答えて欲しいッス。
本当は、フリオニールが待っていたのは自分の帰りを待ってくれてる人じゃなくて…。
もう、帰ってきてくれない人じゃ、ないッスか?」
「っ!!…何で、そんな風に……」
「だって、オレが声かけた時のフリオニール、なんか無理して笑ってたッス。
がっかりしたのを、相手に気付かれないようにしてるような、そんな顔だった」
そんな事はない、そう否定したい。
否定したいけど、美味く言葉が出てこなかった。
逆に、心の中はだんだんとざわついてくる。
気付かれてしまったと、慌てて落ち着けようとしてる自分が居る。

「そんな事、ないぞ」
ようやく口にできた否定の言葉は、しかし、ティーダの怒りを煽った。

「隠さないで欲しいッス!!
フリオニールは誰を待ってたんッスか?誰に会いたかったんッスか?
絶対に、俺じゃなかったッスよね?それ」
「ティーダ…」
「家族ッスか?それとも、昔の仲間ッスか?
真面目なフリオニールの事だから、守れなかったってそんな風に思ってるんだろう?
迎えに来て欲しいって思ってるんじゃないッスか?自分の守れなかった人達に、自分を許して欲しいから!」
「もういい加減に止めてくれ!!ティーダ!!」
遠退いていた雨音が、すぐ近くに戻ってくる。
静寂を破るのは雨の音だけ、二人の間には沈黙が流れる。

「ゴメン、フリオニール…オレ、言い過ぎたッス。
でも、怖かったんッス…オレ、フリオニールが遠くの誰かの事思ってて、オレの事見てくれなくて…。
帰って来るの待ってたのに、寂しいッスよ」
目を伏せてそう言うティーダ。
「いや…俺の方こそ、気付かされたよ…」
確かに、俺は待ってた、俺を迎えに来てくれる人を。
だが、それは確かにこの世に存在する相手であったとは限らない、むしろ、もう会えない人を待っていた。
会えないからこそ、求めてしまっているのかもしれない。
その存在の温もりが、確かにここにあったんだと…。

「ねえフリオ、オレじゃ役不足ッスか?」
「何が?」
「だから、フリオを迎えに来るのにオレじゃ不満ッスか?
今までの仲間の穴、埋めるにはオレじゃ無理ッスか?」
そっと俺の顔を仰ぎ見て、ティーダがそう尋ねる。

「ティーダ、俺は仲間を誰かの代わりになんて思いたくない」
「フリオ…」
「だけど、お前が側に居てくれるのは、嬉しいよ」
「本当ッスか?」
「ああ、お前みたいな明るい奴なら、一緒に居てくれると寂しくない」
「へへ、そう言ってもらえると嬉しいッス」
そう言ってニッコリと歯を見せて笑うティーダ。
陽の光のように明るいその笑顔に、俺の心も晴れる。

その時、降ってた雨がようやく止んだ。
雲間から太陽の光が差し込んでくる。
「雨、止んだッスね」
「ああ」
「ほら、早く帰るッスよ、そうだ!!」
すっと俺の手を取るティーダ。
「えっ…あの、ティーダ?」
「ゴー!!」
そのまま引き摺るようにして、俺の手を取り走り出す。
「ちょっ!!ティーダ、止めろって!引き摺るな!!」
そう叫ぶ俺の事なんて全くお構いなしで、走っていくティーダ。
そんな彼の底抜けの明るさに、俺も自然と笑みが零れる。

雨の中、誰かの温もりを求めてしまう。
もう会えない彼等を思うのは、悪くはないだろう…。
だけど、今度からはこの太陽の少年の温もりを、待とう。


あとがき
このサイト初のティフリです、ティフリっていうかティーダ→←フリオ?
フリオの子供時は、こんなだったらいいなっていう想像です、雨の中で誰かを待ってるような子だったら可愛いなぁと。
そして、フリオの過去に嫉妬するティーダが書きたかったのです。
だってほら、過去の事までは介入できないじゃないですか、だからね。
フリオの過去って、サラリと書かれてますけど結構悲惨な人生ですよね。
だから、幸せになってほしいんです。

ところで…ティーダの話し方って、あんなんでいいんですかね?
2009/5/18
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