満たされたいと思う
生きる為に、満たしたいと思う
それは罪になるのか?

我々はただ、自分の生命を繋ぐために、食したいだけだ
それのどこが罪なのか?


我々の存在を“悪”だと定める
生きる為に“食せ”と定めたのは、創造主である神だろう?


Nocturnus 〜 eat one's fill 〜


所有印を施された自分の体を見つめる彼の背に、ゆっくりと手を伸ばす。
そんな私の手を、彼は払い除けた。

「何だよ?」
明らかに好意の含まれていない声に、ムスっとした表情。
私に触れられる事を、完全に不服としているようだ。
どことなく寂しいが、しかし、心のどこかで彼のそんな行動を楽しんでいる。

「生き返って、そして契約を結んでから早々で悪いが…私は腹が減ってるんだ」
その血を、頂こうか…と、言うと青年の肩がビクリと震えた。
「契約に従ってもらおうか…私を生かしてくれ」
そう言うと、彼の表情に不安や恐怖の色が浮かぶ。

だが、逃げる事はしなかった。
自分で結んだ契約には、従うという事だろう。

青年の体を引き寄せて、その首筋を露にする。
恐々と私を見返す彼の、不安げな瞳に悪戯心が芽生える。

「心配するな、痛いのは初めだけだ…すぐにヨくなる」
彼の上に伸し掛かると、ギシリとベッドのスプリングが軋む。
官能的な空気に、萎縮するように体を硬くするフリオニール。
「……なんか、凄く…イヤらしいんだけど」
怪しく微笑んでそう言ってやれば、頬を染めてフリオニールはそう言った。
「処女には、優しくしてやるさ」
「なっ!……誰が処女」
「処女だろう?しかも、童貞」
「うっ煩い!!」
真っ赤になってそう叫ぶ、真実には反論できないらしい。
正直者は、こうやって馬鹿を見るのだが…嘘をつけない正直者は嫌いじゃない。

「戯れはもういいだろう、さっきも言ったが、私は空腹なんだ」
首筋に顔を埋めて、彼の耳元でそう囁く。
威勢の良さはなくなり、再び彼の体に緊張が戻る。
静かに、大人しくなった彼。
覚悟はできているのだろう、了承したと受け取って構わないな。

首筋を舐め上げて、彼の褐色の綺麗な肌に噛み付く。

「っん!」
柔らかい肌に牙を刺すと、一瞬走った痛みに体が撥ねる。
じわりと口の中に広がる、血液の香りと、甘美な味。
美味い。
思わず、夢中になって食らい付く。

「ぅん、っあ!」
ジュルっと吸い上げてやると、途端に甘い声を上げる青年。
その反応の良さに気を良くし、更に強く吸い上げる。

生きる為の好意には、快楽が付きものだ。
睡眠も食事も、性交も、全ては快楽を伴っている。
生きる為に必要なのだから、自身が何をしても欲するように体の中にそう仕組まれている。

それは、我々も例外ではない。
食う我々は言うに及ばず、食われる人間の方にも極上の快楽が与えられる。

「ヤッ!マティウス!!…ぁっ、俺どうして、こんな…ぁうっ!」
快楽の波に耐えよとするも、叶わない。
そんな彼をしっかりと抱き締め、ゆっくり味わいながら咥内に満ちた血液を飲み込む。
味わい深い彼の血は、私を乾きから解き放つ。
苦しみから、解放される瞬間。


生きる事は苦しみが多い。
生ある苦しみから逃れるために死を望まないように、この世界を作り出した創造主は、生きるための行動に快楽を伴わせた。
それが欲望となって、全ての生き物を支配している。


欲深いのは罪ではない。
欲に溺れるあまり、目的を見失わなければだが…。


「マ、ティウス何で…何で、俺…こんな、ひゃぁっ!」
何故こんな快楽を感じているのか、自分でも分からないのだろう。
どうして?と問いかける彼の質問には答えずに、私は私の欲望を満たす。
抱き締める腕に力を込めて、彼を自分の方へと引き寄せる。
気持ちイイのは、お前だけじゃない。

この体に取り込まれ、私の中で私の力へと変換されていく、青年の生き血。
みなぎってくる力。
嗚呼、満たされていく…己の中の乾きが潤う。
もっと欲しい。

ビクビクと小刻みに震えるフリオニールの手が、ゆっくりと私の頭に伸ばされる。
「ふぁ…あん、はぁ…マティ、ウス…っは!ぅん……」
ちゅうっと、どこか卑猥な音を立てて彼の地を吸い上げる度に、背中で揺れる私の髪をフリオニールが掻き乱す。
体を走る快楽に、縋るものが欲しいのだろう。
体温の上がった体、荒い息と艶のある声。
快楽に震える彼は必死だ。

高鳴る心臓。
早鐘を打つそれは、共鳴する。
煩いくらいに、鳴り続ける。
血が流れる音が…。

 — もういいだろう —

これ以上、求めてはいけないと思考のどこかで、自分を抑制する声がする。
もう充分に満たされた、これ以上求めるのは危険だ、と。

名残惜しいが、最後にジュルっと大きく吸い上げ、彼の肌から牙を抜く。
その感覚にも打ち震える青年の側で、ゴクリという音を立てて、最後の一口を飲み込む。
涙で潤んだトロンとした目で私を見る彼に、できるだけ優しく微笑みかけてやる。

「ご馳走になった、な」
未だに血が流れる牙の跡に、そっと唇を寄せる。
「ふぇ…っん!」
ペロリと舐め上げ止血させて傷を癒すと、敏感になっている体が、僅かな接触にも悲鳴を上げた。

「どうだ?悪くないだろう?」
「何…が?」
快楽の跡の脱力感からなのか、ベッドに深く沈み込んだフリオニールが、上目遣いでそう問いかける。
淫魔ではないのか?と疑うくらいの色気ある姿に、クラクラする。

「吸血鬼に食われるのは、悪くないだろう?」
耳たぶを甘噛みしてそう言ってやると、感じているのか「はぁっ…」と小さく息を吐く。
「こんなに敏感に感じてくれるならば、食う方も罪悪感が無くていい」
そう言うと、一気に彼の顔が羞恥で赤く染まった。
「なっ!!誰が感じて…」
真っ赤になって反論しようとする彼。
だがこれが真実だ。

「感じていたではないか、快楽に震えて、艶のある声を上げながら私の名を呼び、更には私に縋り付いてきて…」
「もういい!もういいから!!それ以上は言うな!」
羞恥で赤く染まった顔を私から背け、乱れた自分の衣服を正すフリオニール。
初心な反応に、思わず笑みが零れる。

「ちゃんと、優しくしてやっただろう?」
「だから、もう言うなって!!」
機嫌を損ねたフリオニールは、もう思い出したくなんてないと言うように、私に背中を向けてしまった。

だが、分かっているのだろうか?
私の大切な命の糧である彼は、私の“食事中”あの姿を晒す事になる。

最初の内は慣れないだろうが、この先どうなるのか見ものだな…。


あとがき
本当は前回に入れるハズだった皇帝様の食事風景。
長くなってしまいそうな気配だったので、これだけで一話にしてしまいました。

別に、これといってやましい事は何もしてないのにエロいです。
吸血鬼に血を吸われるのは気持ちいいとかいうのは、本当なんですかね?
私は昔読んだ小説の影響でそう思ってるんですが、そしてそれを不明なまま使用してみましたが、まあ違ってたとしても知りません。
エロちっくなのを書きたかったんです(本音)。
2009/5/17
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