この体は、闇の中でしか生きられぬ
陽の光こそが、この体を死滅させる毒

この体を生かすのに必要なのは
人間の体内を巡る、赤い赤い生命力


生きたいか?

何をしてでも
全てを捧げても


誓えるのならば、生かしてやろう


Nocturnus 〜 a means of living 〜

締め切った暗い屋敷の中を歩く。
そっと音を立てないように気をつけて、室内へと入る。
部屋の中央には巨大なベッド、そこに横たわる彼はまだ目が覚めていない。
早く目を覚まさないかと思いながら、彼の側へと近寄る。
ベッドの端に座り、横たわる彼の髪に手を伸ばす。
しばらく指に絡めて弄んでいると、覗き込んでいた彼が少し身動ぎした。
眉根が寄せられ、ゆっくりと瞼が上がる。

「目が覚めたか?」
そう尋ねると、彼はしばらくぼーと私の顔を見つめていたか「貴方は?」と私を見て首を傾げた。
自分の置かれている状況が、分かっていないようだ。
「マティウスと名乗ったはずだが?」
覚えていないのかもしれない。
彼に出会った時、彼は死にかけていた、記憶が失われていてもおかしくはない。

「あっ……本当に、助けてくれたのか…?」
しかし、青年は私の事をちゃんと記憶に留めてくれていたらしい。
それに満足し、少し微笑む。
「私には可能だと、そう言ったであろう?」

彼はゆっくりと体を起こし、自分の身体を不思議そうに眺める。
ここに来る前まで、生と死の境を彷徨い、いたるところに付けられた傷口から、大量の血を流していたというのに、今は傷跡一つ残っていない。
普通では、考えられぬ事だ。

「貴方は…何者なんだ?」
真っ直ぐに私を見つめてそう問い書ける青年。
「貴様の命の恩人、では答えにならないか?」
「ああ…それじゃあ、貴方の事は何一つ分からない。
俺を、助けた理由も」
助けた理由、そんな事は一つだ。
「貴様を生かす必要があった、だから生かした、それだけなのだが」
そう答えると、彼はしばらく黙って何かを考えていたようだが、やがて何かに思い当たったのか、「っあ」と小さく声を上げた。
「何かを誓えるなら、助けるって…そう言ってたんだっけ?」
思い出してきたようだ、彼がここに来る前の事を。

「その通りだ、フリオニール」
「貴方は、俺をどうしたいんだ?」
真っ直ぐ私を見返して、そう尋ねる青年。
その真っ直ぐな目に、解答を捧げる。
「これから、先、私の為に生きろ」
「…何だって?」
再び答えを求めるその耳に、再び同じ解答を言う。
今度は、助けた本当の目的も沿えて。

「その命が続く限り貴様の全てを捧げて、私を生かせ。
貴様の体内を流れるその血を、私の食糧として捧げながらな」
予想外の言葉に見開かれる青年の視線は、私の口の中に生えた鋭く尖った牙の存在にようやく気付いたらしい。

「…吸血鬼……?」
「人間は、我々の事をそう呼ぶな」
驚愕で見開かれていた青年の瞳に、別の感情が浮かび上がる。
それは間違いなく、ほぼ全ての人間が抱く、闇に生きる我々に対する嫌悪の念。
離れようとする相手の体を、引き寄せる。

「離せ!」
「恩人に対して、その口の利き方はないだろう?」
「誰が吸血鬼になんて仕えるものか!!」


キッと私を睨みつけるその瞳。
踏みにじられまいと、必死で生きてきた者の目だ。
高貴な出身であろうとも、そんな目は中々お目にかかれない。
内包される強い生命力の香りは、この青年の持つ気位の高さか。
手放すには惜しい存在だ。


「ほぅ、だがいいのか?私から開放されれば、貴様は息絶えるぞ」
「何だって?」
私の腕の中でもがく、彼の動きが止まる。
「貴様は確かに言ったであろう?“生きたい”と、私はそれを叶え、死の淵から救い上げてやった。
ある契約を交わすのであれば、このまま貴様は生き延びられる」
「食料になる事が、その条件か?」
「そうだ」
「……それを断ったら、どうして俺は死ぬんだ?」
「貴様の命を繋ぎ止めているのが私だからだ、主従の契約を交わし私の為に生きるのならば、貴様はこれから先も行き続けられる。
だがもし私に仕えないというのならば、主従の契約は発生しない、繋ぎとめている貴様の身体はそのまま死に絶えるだけだ」

私の加護なしでは、生きられない体。
恨めしそうに、今も生きる自分の体を見つめる青年の左胸へと指を伸ばし、そこに手を押し当てる。
ドクドクと、彼の生命力の元が脈打っている。

「折角拾った命だ、無駄にはするな」
ニッと笑って言ってやると、青年は私の顔から視線を逸らした。
「吸血鬼に仕えるくらいなら、死んだ方がマシだ」
青年は、私の誘いを頑として受け付けない。
しょうがない、言いたくは無かったのだが…彼に与えられるもう一つの選択肢をくれてやるしかないだろう。

「そうか、しかし貴様には、私から逃げられる術など最初からない」
「どういう事だ?」
「貴様の血は確実に私を生かす、そんな存在をどうして逃がす?
貴様が私を受け入れぬのなら、その体をここに押し留めて無理に生かし続けるだけの事、貴様の意思に反してでもな」
「それなら、最初っから契約なんて意味がないだろう?」
私を睨みつける彼の目が、私を責める。

「貴様が自らの意思で私に従うのならば、こんな事は言わん。
結果は同じだ、自分の意思で私を生かし自らも生かされるのか、それとも、望まぬ生を受けながら、死ぬ事すらも奪われたまま自分の意思すらも失うか……。
どちらを選ぶ?」
絶望的な選択肢の前に、青年の瞳が揺れる。


逃がすつもりなど、最初からない。
彼を自分の手中に収めるのならば、幾らでも手は尽くそう。


「さあ、誓うのか?誓わないのか?」
返事の催促に、彼は小さく溜息を吐く。

長い沈黙、彼の心の中では様々な葛藤が繰り返されている事だろう。
どちらにしても、彼を手に入れるつもりでいた私は、彼の導き出す答えをゆっくりと待つ。
一度、大きく息を吐いて目を閉じる青年。
再び開かれた瞳には、自分の意思が宿る純粋な色をしていた。

心に決めたか。

「……誓う…」
彼の口から紡がれた返事は、小さく短かった。

結果が同じならば、自分の意思で生きるか…。
賢明な判断だ。

満足に微笑む私から視線を逸らし続ける彼の頬にそっと手を差し伸べ、その顎を固定する。
「ちょっ!何を…」
「契約は交わされた、貴様は私に生かされる。
その証を、刻んでやらなければな」
それ以上何かを言うよりも先に、その唇に噛み付く。

「ぅ、んっ!!」
ビクリと驚いたように体を震わせ、私から離れようともがく彼の頭と背をしっかりと押さえ、逃げる術を奪う。
「ぁっ…ふっ…むぅ、ん」
軽く滲む血を舐めとり、貪る様に味わう。
濃厚な生命力の味と、熱いキスの味。

咥内にそっと忍び込ませた舌の感覚に震え、逃げ惑う彼の舌を捕まえて、自分のものと絡める。
熱い吐息が、絡まり合う。

抵抗していた腕から、段々と力が抜けていく。
ビクッと思わず震える青年の体、抵抗していた手が自分の左胸を抑える。
「ん…んぁ……」
苦しそうに声を漏らすその唇を開放してやれば、荒く呼吸を繰り返す。

胸を押さえる手をゆっくりと外し、シャツのボタンを外して前を開ける。
健康的な褐色の肌、その左胸、心臓の上に赤々と浮かび上がる複雑な紋。
それは私の文様であり、契約を交わした証。
私の為に生きるという、彼の誓いの証。

早く脈を打ち続ける心臓の上、所有の証にキスを落とし微笑む私を、真っ赤に頬を染めた青年が睨む。

「どうした?」
「…いい加減……はっ、離してくれ」
視線を逸らしてそう言う青年の顔は、耳まで真っ赤に染まっている。
息が上がっているから、ではないだろう、呼吸は既に平静に戻ってきつつある。
しかし、手に触れた彼の左胸は相変わらず早鐘を打ち続けている。
ああ、もしかして…。

「貴様、初めてだったか?」
「っ!!」
「図星か」
どうりで美味そうな匂いがするはずだ。
実際、軽く飲んだ彼の血は絶品だった。

「わっ悪かったな!経験が無くて!!」
私の腕から逃れると、背中を向けてしまった青年に、私は更に笑みを深める。

愛らしい奴だ。
これからが楽しみだな。


あとがき
皇帝×フリオ、吸血鬼パロ第二話。
切る所を見失ってしまったのです、そして実は一話よりもコッチを書きたかったのです。
甘いのか、甘くないのか…微妙。
吸血鬼パロのみならず、ウチの皇帝様は間違いなくフリオにベタ惚れです(今更)。
2009/5/16
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