「私達の世界を脅かす者に、粛清と破滅と沈黙を…」

慈悲無き腕は、最愛の者を求める


出会った時から、気に入らない男がいた。
高慢で、人を虫のように扱う、冷酷な男が。

彼との世界を望むのならば、一番に消し去らなければいけない存在。



「何の用だ?光の戦士」
その神殿の玉座に座って、私を見下ろしている男を睨みつける。
「お前に、消えてもらいに来たのだ」
「私が消える?笑わせるな」
鼻で笑うと、その男、皇帝は愛用の杖をどこからか取り出した。
「ここに来た事を後悔させてやろう」
「幾らでも吠えるがいい、私は私の目的を果たすまでだ」

元より語らう気などない。
最初から相手を殺すつもりでここに来たのだから。
だから、その目的を果たすまでの事。
刀の柄を握る手に、力が入る。

私は、この男が嫌いだ。

最愛の存在である彼の宿敵である、それだけでこの男を私は憎める。
だが、そんな事は関係なく、私はこの男が嫌いだ。
どこかどう嫌いなのか、尋ねられればいくらでも解答を用意しよう。
だが、それは後付けの理由のようなものだ。
私が彼を嫌う理由など、いくらでも無数に作り出せるのだ。
何故なら、私はこの男を根本的に認める気などない。
どこかではない、私はこの男の存在の全てが嫌いなのだ。


相手の放ったトラップを避け、剣技を繰り出す。
「っく!」
それを何とか避けるのを見て、更に踏み込む。
踏み込んでから手元に引いた剣で、思いっきり相手の腹を突く。
「ぐぅ、あっ…」
痛みにより醜い声を上げる男、その腹に突き刺した剣を真っ直ぐではなく、横方向に抉り出すように引き抜く。
周囲に飛び散る鮮血。
こんな男の血も、常人と同じように深い赤色をしているものなのか。

攻撃によって壁に打ち付けられ、傷口からは大量の血が零れ落ちて、床に赤い水溜りができていく。
男の手から離れた杖が、血の中に落ちて染まっていく。
剣先から伝い落ちる血もそのままに、痛みに苦しむ男を見下ろす。
その金色の長い髪を掴み上げ、思いっきり壁に打ち付ける。
怒りに燃える目が私を睨む、その目が気に入らず、もう一度強く壁に打ち付けてやると、どこかが切れたのだろうか?背後の壁に赤い血の跡が付いた。
その様子を淡々と眺める私の目を見て、その男は苦痛に顔を歪ませながら口を開いた。

「貴様…何を、狂っているんだ?」
狂っている?私が。
それは、さっき自分の宿敵にも言われた言葉。

「お前に、そのような事を言われたくは無い」
人ではない心を持ったお前に、そのような事を言われる覚えなどはない。
「狂っているだろう?…このような攻撃の仕方など、何時ものお前ではない、まるで…闇に堕ちたかのようだぞ、光の戦士」
「闇に、堕ちた?」
「そうだ、それとも…光というのは名ばかりで、お前の本来の姿は、闇なのか?」
そう言って笑う男。
私が闇を?
一体何を言っているのだろうか?

私がこの男を消しに来た理由、それは全て、たった一人の存在のため。
彼との世界を望むためだ。
それを実現させるために、行動に出ただけ。
私の想いは純粋であり、どこにも狂いなど存在しない、至高のものだ。
ただ、その目標を達成するためには聊かこの手を汚さなくてはならなくなった。
そのために、少しばかり、慈悲の心を捨てただけの事。

私の心は、決して闇になどは堕ちない。
あの宿敵のように、そして…この男のように。


「私はただ、求めているだけだ」
「何を?」
「私の愛する存在と、共に居られる世界を」
彼の左腕にそっと集められていた魔力を感じ取り、その手に深々と剣を突き刺した。
「ぐあぁ…」
壁との間に突き刺されたその腕から剣を抜き、髪を掴んでいた手も離す。
ずるずると、崩れ置いていく体。


刃に付いた相手の血を払う。
もう用はない、そう思って踵を返した私の背後で、カラリという何かを掴む音がした。

まだ、生きるつもりなのか?
生きれると、思っているのか?
私が居るというのに……。

「しぶといな、そのまま死ねばいいものを」
「フン…貴様になど、倒されて、なるものか……」
息も絶え絶えに相手が立ち上がるのを感じ、振り返る。


「立ち上がったところで、今のお前に何ができるというんだ?
…皇帝」


闘いによってボロボロになった衣服、腹を抉った傷口から、壁に打ち付けてやった頭から、大量の血が滴り落ちる。
この剣で貫いた左腕は、力なく肩から落ちている。
最愛の存在の宿敵は、荒い息を繰り返しながら私を睨みつける。

「狂気に堕ちた光の戦士か…随分と、滑稽なものだな」
嘲笑を浮かべるも、その姿は何時もの高慢なものとはかけ離れている。
虚勢、としか言い様のないその姿。

お前の方こそ、随分と滑稽だ。

「貴様は…この世界の、敵となるつもりか?」
荒い息の中、皇帝は私にそう問いかけた。
「私が世界の敵に?」

「そうだ、そのような事は、この世界が認めん。
この世界に存在する神も、大いなる意思も、否…それ以前に、神に召還された戦士達が、認めたりしないだろう。
貴様は、世界の全てを敵にするつもりなのか?…あの、夢を追う反逆者のために?」
死の間際になり、饒舌になっているのだろうか?
男の言葉はまだ続く。

「第一、貴様の望む世界など存在するわけがない。
我々がカオスの駒であるように、貴様等はコスモスの駒、この世界に居られる理由は、この二伸が幾度も闘いを繰り返すからだ。
だが…全ての闘いが終われば、大いなる意思はこの世界を白紙に戻す。
新たな闘争のために、全ては水と消えるのだ。
こうして、この世界は続いてきた…何度も何度も、白紙に戻されながら。
貴様がどれほどまでに望んだところで、貴様の望む世界などは、永久に作れはせん。
貴様の野望は、大いなる意思の手によって、全て白紙に戻される」
無理に笑いながら、男はそう言う。

「だから、どうしたというのだ?」
「……何?」

自分の言葉によって、私が止まるとでも思っていたのだろうか?
戸惑うとでも思っていたのだろうか?
まさかとは思うが、絶望するとは思っていないだろうな?

「神?大いなる意思?そんなものは、もう私にとっては取るに足らない問題だ」
「貴様、何を言っている?」
「世界が私の敵になるとするのならば、私は闘おう、その全てと。
例えそれが神であろうとも、それを超える意思の存在であろうとも、全てを打ち負かしてみせよう」


この腕の中に、彼だけが居ればいい。
そうすれば、どんな世界であろうとも私は生きていける。
世界が私に反逆者の烙印を押そうとも、私は耐えてみせよう。
全てに打ち勝って、私の正しさを証明してみせよう。
神の存在など、もう私には関係ない。


「戯言を…貴様、本当に狂気に目覚めたな?」
そうやって履き捨てる彼の声も、弱弱しい。
「何とでも言うといい、お前の時間はもう残り少ない」
死の間際の言葉くらい聞き届ける優しさは、まだ私にだって幾らかは残っている。

「貴様、本当に世界を敵に回すつもりなのか?」
「その質問には、さっき答えたはずだが」
「では、別の事を尋ねよう。
世界の敵になったお前を、お前の最愛の存在とやらは受け入れてくれるのか?」
「……何?」
神も意思も私は超えてみせよう、だが…。

「何を言っている?」
「世界に反逆したお前を、あの反逆者は受け入れるのか?と聞いている。
まあ反逆者同士でお似合いなのかもしれんが…しかし、アイツは果たして許してくれるのか?平和を追い求め、この世界の、秩序を守るために戦うあの男は、ただ私欲のために、世界を滅ぼそうとするそのお前の狂気を、本当に許して…」
その先の声は、掻き消された。
私が皇帝のその首を、この剣で撥ねたせいで。

ゴトン…という鈍い音を立てて神殿の主は絶命した。
床に落ちた、憎き男の首を拾い上げる。
権力に取り付かれた高慢な男も、こうなってしまっては哀れなものだ。

「言葉が過ぎたようだな、皇帝」
拾い上げた首に向かって、そう語りかける。
返事は無い、死人に返す言葉など必要はないからだ。
だから、あの世でゆっくりと聞けばいい、自分の首が体から落とされたその理由を。
私を怒らせた、理由を。

「例え仲間が、神が、その大いなる意思という存在が私を認めなかったとしても構わない…」
それはもう、私の世界には必要ない。
だから、構わない。
彼等が私に逆らっても、許さなくても、私は私の正しいと思う道を行くだけの事。

「だが彼が、フリオニールが、私を認めない?」
フリオニール、私の最愛の存在。
私の中心であり、全てであり、他の何よりも大切な存在。

「彼が私を許さない?そんな事あるはずがない」
そう、絶対的にありえない。

私が彼を愛するように、彼も私を愛してる。
この間に介入できるようなものは存在しない、いや、存在してはならない。
だから、そのような可能性があるのなら、それを全て排除する。
その危険があるものを、この世界から一つ残らず一掃する。
それの、何が悪いというのだ?

「私と彼の間にあるのは確かな愛だ、それには一縷の隙もない。
それを疑うなど、馬鹿馬鹿しいにもほどがある。
そして、決して許しはしない」
もの言わぬ頭蓋にそう言って、私はその首を体の上へと放った。
ゴトン…という音を周囲に響かせ、その首は床に落ちて転がった。


憎き男は消えた。
さあ、愛する君のために作り出そう。
二人だけの世界を…。


あとがき
狂気Wol、今回は流血&死ネタなんで地下室送りです。
時間的にはガーランドと戦った後で、フリオニール達の元へ帰ってくる前です。
ウォーリアの鎧の血は、ほぼ全て皇帝様の返り血でした。

フリオも出すつもりだったけど、今回はもういいです。
2009/4/29
close
横書き 縦書き