「俺だって、貴方を愛してるよ」
狂気は純粋な愛から生まれる
「愛してる」そう言って抱き締められるのは、少し恥ずかしいけれど、その大きくて温かい腕も、がっしりとした胸板も、大きな背中も好きだ。
貴方が好きだ。
尊敬もしてる。
どこまでも、真っ直ぐな貴方が…。
なのに、どうしてだろうか?
どこで間違ってしまったんだろう?
いや、間違ってはいないんだ…きっと。
俺も貴方も、ただ純粋に互いの事を想っていただけなんだ。
ただ、少しその気持ちが行き過ぎてしまっただけ。
それが、間違いを生んでしまっただけ。
ウォーリアは、変わってしまった。
そのウォーリアの姿を見た時に感じたのは、何物にも変え難い“恐怖”だった。
青い彼の鎧、愛用の刀、その多くに大量の返り血が付着していた、おそらくは彼自身の怪我によるものもあっただろう、だが、その多くが彼と闘った相手のものである事は明白だった。
「ウォーリア……大丈夫、なのか?」
恐る恐る、コチラへと近付いてくるウォーリアにそう問いかける。
すると、彼は笑って俺を見た。
その瞬間に背筋に走る悪寒。
今のは…一体何だ?
凄く、凄く…怖い。
「フリオニール」
「……何?どうしたんだよ?ウォーリア」
「すまないが、手を貸してくれないか?」
そっと手を伸ばす彼に躊躇いを覚える。
その浴びた赤い血で、汚れる事を恐れたのではない。
ただ、彼自身に酷く恐怖した、それだけだ。
「どうしたんだ?フリオニール?」
訝しげに俺を見返すウォーリア。
「いや…って、ウォーリア!怪我してるんじゃないのか?早くこれを…」
彼に肩を貸して分かった、やはり彼は怪我をしている。
その場に座らさせ、栓を抜いたポーションを差し出す。
「ありがとう」
普段よりも弱い手で、それでもしっかりと自分で受け取ると、一口その液体を大きく飲む。
「無茶は…しないでくれよ」
その様子を見ながら、彼の顔を心配で覗きこむと、ふっと笑って。
「ああ、迷惑をかけてすまない」
と何時もの彼らしい返答。
その姿には、さっき感じた恐怖なんて欠片もない。
もしかして…俺の思い過ごし、なんだろうか?
よくよく考えてみると、彼の身に何が起こったのかは分からないが、とにかくそんな血塗れの格好でいるから、恐怖を感じたりしたんじゃないだろうか?
血の色に恐怖を覚えるのは、生物としては当然の反応だと思える。
血を流すには、皮膚のどこかが裂けなければいけない、そこには当然、苦痛が伴う。
それを知っているから、血の色を見て恐怖するのだ。
俺が感じた恐怖は、恐らくは反射的なものだったんだ、そうに違いない。
ウォーリアを怖いと思うなんて、そんな事あるわけがないだろう。
「フリオニール、君を愛してる」
「…どうしたんだよ?いきなり」
突然の愛の囁きに、ちょっと顔が赤くなる。
「君の為に、私は世界を変えようと思う」
「ウォーリア?」
俺の為に、という前書きに疑問。
一体、彼は何をしようとしているんだろう?
それより…。
俺を見つめる、彼のそのうっとりとした視線、夢に溺れているのか、現実を見据えているのか、その判断ができない。
彼は一体何を見ているんだろうか?
そして、その頭の中に一体どんな景色を描いているんだろうか?
「君と二人で生きてゆきたい」
「えっ……」
「私は、君が欲しいんだ、誰にも渡したくない」
そんな事を言われたって、俺は貴方のものだ。
恋人なんだから。
だけど、彼はそれ以上を望んでいる、のだろうか?
一体どんな?
「君を誰にも渡したくはない。
ずっと一緒に居たい、ずっと私と共に、二人で生きよう」
優しく微笑みそう話すウォーリア。
ぞわっと、背筋に悪寒が走る。
ウォーリアのその目、その奥に潜む何か、普通ではないもの。
穏やかな表情とは裏腹に、そこに熱いような冷たいような、得体の知れない何かを感じ取った。
思い違い等ではない。
俺は今、ウォーリアに恐怖を感じている。
「フリオニール、君を愛してる」
そう言って微笑んだウォーリアの美しく、優しく、そして酷く恐ろしい笑顔を。
俺は、忘れられなくなってしまった。
その後、彼は何時もの真っ直ぐなあの視線、どこまでも正しい道を突き進むあの姿で。
仲間を襲ったのだ。
「フリオニール、ウォーリア帰ってきたか?」
バッツの暢気な声に、俺の思考は現実に引き戻された。
だが、それよりも早くにウォーリアは動いた。
「うわぁ!!…なっ!何するんだよ?ウォーリア!?」
剣を振るわれたバッツは、いきなりの予想もしない攻撃に驚きの声を上げるバッツ。
バッツの肩から赤い血が滴り落ちるのが見えた、完全には避け切れなかったようだ。
「バッツ!!」
騒ぎを聞きつけたジタンも、すぐに駆けつけて来たが。
ウォーリアから感じられる、殺気に近いものは一向に減る事はなく、むしろ増える一方で。
「二人とも、逃げろ!!」
俺は思わず、そう叫んだ。
二人は驚いたようだが、俺の言葉に従うべきか目配せする。
その間に、ウォーリアは二人へと向かっていく。
「ウォーリア…どうしちまったんだよ!?」
攻撃を避け、そう言うジタンに、ウォーリアは問答無用で攻撃をしかける。
目の前で起こっている事の、意味が分からなかった。
だが、仲間を救うには、この手に剣を携え、相手と向かわなければならない。
俺は決意を固め、剣を手にウォーリアの前に立ちはだかった。
「フリオニール!!」
「ジタン、バッツを連れて早く逃げろ!!
俺がなんとかウォーリアに話しをつけてみるから!」
「でも…」
「いいから、早く!!」
ここから早く、立ち去って欲しかった。
「…直ぐに、皆に知らせて戻ってくるからな!!」
「怪我、するんじゃねえぞ」
苦しそうに傷口を抑えたバッツは、振り返ってそう言うと、ジタンに連れられてその場から急ぎ立ち去った。
震える手で剣先を向けた俺を見て、ウォーリアは驚いた顔をした。
「フリオニール、そこを退いてくれ」
「嫌だ」
「そんなに、君は仲間が大事なのか?」
私よりも、という低い俺を責めるような声に、少し怯えを感じながらも、その場からは絶対に引かない。
「こんな事して一体、何になるっていうんだよ?なぁ…頼むから止めてくれ」
必死に相手にそう話しかける。
こんな事をしても、ただ虚しいだけだ。
「フリオニール、剣を引け、君に剣を向けたくはない」
「嫌だ」
それは俺もそうだ、貴方に剣を向ける事なんてできればしたくないさ。
でも…。
「フリオニール」
剣を鞘に収め、ウォーリアは俺に近付く。
一歩一歩近付く毎に軋む鎧の音に、腕の震えが止まらなくなる。
「何があったんだよ?ウォーリア、何で仲間に向かって剣を?」
貴方の剣は、誰かを傷付ける為にあるんじゃない。
そうだろう、ウォーリア?
そうだよな?
「剣を引け、フリオニール」
「嫌だ」
断固として拒否し続ける俺に、ウォーリアは立ち止まって小さく溜息を吐くと、胸の前で剣を構え、一太刀俺に叩き込んだ。
何とかその攻撃を受けるも、腕から剣が弾き飛ばされ、次の瞬間に首筋に冷たい感覚。
宛がわれた刃は、その手中に俺の命を捕らえている。
「そんな震える剣で、一体何が守れるっていうんだ?」
「……」
真っ直ぐに俺を見るウォーリア。
「君は、私と戦いたいのか?」
「そんな事は、したくない…」
「なら、最初から向けなければいいんだ、私は君を傷付けるつもりなんて無い」
そう言うと、彼は俺の首元にあった剣を離し、その代わり今度は彼の腕が俺を包み込む。
「二度と、こんな事をするんじゃない…もし、君が私を殺したいのなら、話しは別だが」
「まさか!!」
そんな事、本気で思っているわけがないだろう。
「そうか……私は君を殺したい」
「えっ…」
その言葉に絶句する。
ついさっき、傷付けるつもりはないとはっきり彼は言ったのに…。
「フリオニール、私は君を殺したい。
君が、このまま私だけではない誰かの事を思うのなら、殺して全て私だけのものにしてしまいたい。
だが、それはできればしたくはない、君を殺してしまえば、同時に私は君を失ってしまう。
だから、もう一つの道を選択する事に決めたのだ」
抱き締められ、呆然としたままウォーリアの言葉を聞く。
狂いそうな、彼を苦しめる感情を。
今の彼を突き動かす、衝動を。
一度離れ、そっといとおしむように優しく俺に口付けると、ウォーリアはその続きを話す。
「フリオニール、私は世界を変える事にしたんだ。
私達だけの世界に。
その為に、それ以外の邪魔者は全て消えてもらう、何もかも全て」
夢に溺れているのか、現実を見据えているのか分からない、彼のそのうっとりとした目。
俺はその中に、間違いなく彼の狂気を見た。
怖い、と思った。
ただ、彼が怖かった。
こんな現実があっていいはずがなく、こんなものは全て夢だって、そう思いたかった。
だけど、これはどこまでも現実で。
「君を、愛してる」
だから、全てが欲しいと囁く彼の優しい声。
優しさの中に滲み出る狂気を感じ。
俺はただ、涙が出た。
「はぁ……っは…」
目が覚めた。
起き上がってみると、そこに広がるのは見慣れた天井。
ここは…ウォーリアに閉じ込められた、建物の中だ。
今まで見ていた夢の、俺の思考を捕らえて話さない過去の光景を振り払うように、ゆるゆると頭を振ってみるも、中々その景色は消えてはくれない。
夢から覚めても、絶望的な世界が広がるだけ…。
それに嫌気が差し、もう一度眠ろうかとも思ったが、体はもう睡眠を欲してはいないようだ。
仕方なくダルイ体を起こして、周りを見回す。
窓から入り込む日差しなんて期待していない、闇に沈んだ世界だ。
いや、闇じゃない、もう光も混沌も何もない。
全てをウォーリアが破壊しているから、光も闇も存在しない。
全ては交じり合い、彼の手で再び構築されていく。
なにもかも、思い通りに…。
「もし、私が本当に狂っているとするのなら、それは全て君への愛の為だ」
昨夜、泣きついた俺に彼はそう告げた。
「俺への…愛?」
「私が狂っているというのなら、狂わせたのは、君じゃないのか?フリオニール」
その言葉に、俺は絶句した。
「俺…の、所為?」
ああ、確かに…そうかもしれない。
「そうさ、君の為に私は狂った、全ての元凶は君じゃないか」
ウォーリアは、俺の所為でこんな事を…。
「俺の…」
仲間を傷付け、この世界を壊し。
全ては、彼が俺を望んだから…。
「違う」
違う、そうじゃない、そうじゃないんだ…。
そうじゃない、と信じたい。
そうでないと、俺達は今までずっと間違ってた事になってしまう。
俺達はお互いを純粋に想っていた、そうだった。
何を、どこで間違ってしまったんだ?
「何が違うっていうんだ?フリオニール?」
俺を見下ろすウォーリアの視線の冷たさが、俺を余計不安にさせる。
「違うんだ、違う…」
「何も違わない、今の私が狂っているならその原因は君にある。
私が破壊を始めたのも、私がこの手を汚して仲間を殺したのも、全て君の為だ。
私が狂っているというのなら、フリオニール…君も、同罪だ。」
「そ、んな…」
俺も、同罪?
彼が狂って、仲間を傷付けるのも、この世界を破壊に導くのも…。
全て、俺の為だというのなら…その責任は、俺にもあるのか?
そうかもしれない。
だとしたら、俺は…俺は。
溢れ出した涙を止められず、俺はただ彼を見返す。
そんな俺を見て、彼はふと表情を緩め、その優しい手で涙を拭った。
「すまない、言い過ぎた」
「…ウォー、リ…ア……」
「安心しろ、君の罪は全て私が受け持つ」
耳元でそう呟くウォーリアの声に優しさを感じ取り、俺はようやく落ち着きを取り戻した。
そして、同時に俺は理解した。
俺達は何も間違ってなんてない。
ただ、純粋な愛が狂気を生んでしまっただけ。
「ウォーリア……」
目が覚めて、隣に居なかった恋人の名前を呼ぶ。
今、貴方はどこに居るんだ?
どこで何をしているんだ?
誰かの血に、また汚れているんだろうか?
何時まで、こんな事を続けるつもりなんだろう?
心配しなくとも、俺はとっくに貴方のものだ。
貴方の狂気に恐怖を覚えた後も、その行動を止めるよう訴えかけこそしても、貴方に獲物を向けないのは、それでも貴方の事が好きだからだ。
貴方を、愛することを止められないからだ。
「俺の事、殺していいから…」
貴方がそれで満足できるなら、俺の命なんて奪ってくれていい。
貴方の狂気を止められるのなら、俺は喜んで貴方の為に死んであげるよ。
貴方の事を愛してる。
だから、お願いだから…もう止めてくれ。
溢れ出した涙を拭う力もないまま、俺はただ、狂気に染まった恋人を待つ。
あとがき
狂気Wolフリの続編です。
本当はもっと流血沙汰になるはずだったんですが、まあ表に置けるくらいにしておこうかな…と思い直しました(実際は力がなくて断念しただけ)。
なんかフリオが病み始めましたが、コレまだ続きます。
2009/4/11
狂気Wolフリの続編です。
本当はもっと流血沙汰になるはずだったんですが、まあ表に置けるくらいにしておこうかな…と思い直しました(実際は力がなくて断念しただけ)。
なんかフリオが病み始めましたが、コレまだ続きます。
2009/4/11