どうして、そんなに簡単に
貴方は全てを与えてくれるんだ?
琥珀
全部、夢だったなら良いと思う。
目が覚めてしまえば、今ある現実が全部嘘になって。昨日と変わらないままで今日を過ごせるのではないかと。
そう願って、生きて来た。
でも眠りから覚めたくらいじゃ、何も変わったりしない。
痛めつけて、自分が今、ここに息をしている事を、確かめて。それでもまだ、信じきれなくて。
死にたいんじゃない、変わらない日常が欲しいだけ。
昨日まで居た、自分を一番に想ってくれる人の隣りに居たいと思う事の何が悪いのだろうか?
本当に自分を想ってくれる人というのは、きっと、両親だけなんだ。
厄介者扱いされているのは知っていたから、迷惑をかけないようにして居たのに。それでも、一番に想ってくれる人なんて居なかった。
誰にも大切な人が居るのは知ってる、自分はそれを失ったんだと感じて来て、だから……。
穏やかだった頃に、戻りたいだけ。
彼の手は、温かかった。
接してくれる声も、言葉も、かつて与えられたものと同じくらいに、優しくて、それが嬉しくて。
でも、なんだか違う。
求めれば与えられて、側に来て包み込んでくれていながら、決して、不必要な干渉はしない。
気が付けば、貴方を一番に思って居て。
それが駄目な気がしたのだ。
俺の大事な人を、忘れてしまいそうで……。
だから…………。
いっそ、一緒に消えてしまえば、いい。
底に着いて、消えてなくなってしまえば……悩まなくていいんだから。
「一緒に死んで欲しいって言ったら、どうするんですか?」
その目を見て、言えるわけがなかった。
きっと、彼の絶望する顔を見てしまうだろうから。でも、どちらにしたって結果は一緒だ。
優しい人だから、きっと表面に嫌いだなんて言わないだろうけど、でも……どっちにしたって、こんな事を言う人と共に居たいと思うわけが、ない。
「君が望むなら、一緒に死んであげよう」
瞬間、自分の体内にコンクリートを流し込まれたみたいな、奇妙な感覚。
意識があるまま、体だけ剥製にされたような気分。
答えてくれたその声の意味が分からない。
動かせもしない、声も出ない。動かせるのは意思とは関係の無い場所だけで……。
繋いでいた手がスッと離れる感覚があっても、それを止める事もできなかった。
すぐに腕はこの体に伸びて、彼の方へと向きを変えられた。
綺麗な青い目が真っ直ぐにこちらを見ている、優しい顔で。
「満足かい?」
「ぁ……」
耐えきれずに零れたのは声だけで、もっと別の事を言いたいのに、言葉にはならないで荒く呼吸する音だけが響く。
「それで君が満足なら、君にこの命だってあげよう」
気が付けば彼の胸の中に居て、その鼓動を聞いていた。
落ち着かせようと撫でつける手は、酷く心地良くて、このまま眠ってしまいたい。
何もかも忘れる、夢みたいに。
きっと、これは現実ではない。
「何があろうとも、君の側にありたいと、私はおもっている」
こんな幸せな言葉、現実であるわけがない。
「……ど、して?」
「どうして?」
「どうして、俺に優しくしてくれるんですか?」
早鐘を打つ自分の心臓を押さえて、ようやく喉が言う事をきいた。
すると、彼の両手が頬に伸びてそっと角度を変えた。
心臓の音が、共鳴している。
触れ合っている場所から熱を感じる。
微笑んでくれる、その優しい表情に心臓が大きく跳ねた。
今とっても感じた、この人は……美しい。
思わず見とれるその姿は、出会った時と同じ。
触れたら消えてしまうんじゃないかと恐れながら、側で強く光っている。
「どうして、こんなに優しくしてくれるんですか?俺みたいな、他人を」
聞いてしまうのは怖い、だけどもう、後には引けない。
早く、目が覚めてくれ。
きっとこれが、一番悪い夢だ。
覚めた後に待つ絶望が、一番強い夢。
「君が好きなんだ」
「えっ……」
ちょっと困った様な、でもなんだか満足そうな、良く分からない表情。
意味が分からない、さっきからそんな言葉ばっかり聞いている。
「ウォーリア、さん?」
「すまない、君を困らせるつもりはないから、告げるつもりなんて無かったんだが。その質問の答えは一つしかない」
君が好きだから
こんな事が、あるわけが無いんだ。
見つめてくれる目も、微笑みかける表情も確かにこちらに向けられているけれど。
それでも信じられない。
ずっと前から、目の前の事なんて何も信じられないから。
夢だよ……。
夢だって……言ってくれ。
to be continued ……
警察官と家出少年の続編です。
前回の勢いに任せて早く書きあげたかったのに、遅くなってしまいました。
ようやく告白してくれましたWOLさん……。
2012/2/23