どうしてこんな事になったんだろうな
不器用すぎる二人
「なあ、もう終りにしないか」
気だるい空気の中でそう呟いたら、相手はちょっと驚いたみたいだった。
「終りにするって、俺と寝るのを?」
「うん」
むしろ、それ以外に何を止めるっていうんだろう。
水の入ったボトルをくれた、礼を言って受け取ると少し減った中身を一口貰う。カラカラに乾いた喉が潤されて、ちょっと気分が良くなった。
「どうして?」
「どうしてって、クラウドには彼女が居るだろ」
出会った頃からずっと、この男から女の影が切れた事はない。まあ、いつも長続きしないけど。でも、俺の知ってる限りで見かけた女性は全員美人だった。
なのに、どういう訳かこの男は空いた時間に俺の元にやって来る。
やって来たかと思ったら、一晩泊めてくれと言って勝手に俺のベッドに入る。
当たり前の様に俺を抱いて、翌朝には何も無かったみたいに「おはよう」なんて言ってくる。
それを許している自分も、やっぱりおかしいとは感じてたけど。なんというか、もう止めた方がお互いの為かな、なんてふと思ったんだ。
それはこの間、目が覚めた時に電話を片手に話している声を聞いたからかもしれない。
俺を犯したその手で、彼は愛してくれる人を抱きしめるし、俺は聞けない愛の言葉をその人に投げかけるんだろう。
嫉妬ではない。
ただ虚しくなった、馬鹿らしくなった。
「それだけ?」
「それだけだよ」
小さく溜息を吐いて俺の隣りに寝転ぶと、整った顔の仏頂面でこちらを見る。
「別に悪くないんだろ?」
「悪いだろ、クラウドにとっては。何回、女の子泣かせれば気が済むんだよ」
俺なんかを抱かなくったって、彼を愛してくれる対象はいくらでも居るだろうに。
どうして、簡単に手に入るそれ等を拒否して俺の元にやって来るのか?
もっと柔らかくて温かい人が、お前には居るのに。
「面倒なんだよ」
「何が?」
「女の傍に居るのが」
「それなら、何で付き合うんだよ」
希望を持たせるよりは、最初に拒否した方が相手の傷も浅くて済むだろうに。彼はそんな事を気にかけたりしない、使い捨ての玩具みたいに、自分が飽きたらあっさりと何の未練もなく別れてしまう。
しかも、どういう訳か俺の好みの女性ばっかりと付き合う。
よく行くファストフード店のバイトの子とか、挨拶くらいは交わす仲のクラスメイトとか、朝の電車で見かけるだけの人とか、様々だけど。俺がイイと思った相手と知らない間に知り合って、気が付けばそんな仲になっていたりする。
単なる偶然で、女性の趣味が同じだけなのかもしれない。
だけど、彼の行為は恋人の居ない俺への当てつけにも感じる。
「早く帰れよ、今日もデートなんじゃないのか?」
「いや、そんな予定はどうでもいい。今はお前を優先する」
「何でだよ」
俺達はただの友人だ、友人。ほんの少し、友情の枠を超えた事をするだけで、甘くもなんともない関係だ。
性処理なんて一人でも充分に出来る事を、効率が良いから二人でしてるだけ。そもそも、彼は処理を頼む必要なんて無いハズだから、俺のを手伝ってもらってると考える方法もありだ。
しかし、そもそも男に抱かれる趣味なんて持ち合わせて無かったハズだから。そこはコイツに感化されてしまった部分だろう。
「好きな人でも居る?」
「いや、相変わらず乾いた生活してるよ。それがどうしたんだ?」
そう尋ねると、仰向けになった相手の目がちょっと細められた。
「俺のせいだろう?」
「自覚、あるのか?」
なんだか楽しんでいる様に見えたから、苛立ちが募った。
一体、どういうつもりなんだ?
そう尋ねようとしたら、俺の手を取ってキスをした。
「もし、俺がお前を本気で好きだったとしてそれを受け入れてくれたのか?」
「何、言ってるんだよ?」
「本気で好きだって言ったって、どうせお前は受け入れてくれないだろう?」
そうだ、俺は男に抱かれる趣味なんて無い。
男色の趣味が最初から無いんだから、コイツともずっと友人以上にはならない。
それじゃ、不満だったのか?
「受け入れてくれないなら、どれだけ傍に居たって一緒だ」
笑顔も消えて、クラウドは淡々と語る。
「だけど、それはしょうがない……俺もお前も男だから。それでも、お前が誰かに愛されるのは許せない。俺ですら手に入らないものを、他の誰かにやるのは悔しい」
背中をクラウドの手が撫でて行くのを感じる。手の温かさとは反対に、寒気がした。
こんなにも出来過ぎた偶然なんて、ある訳が無い。
いつからなんだろう、もしかしたら最初から全部そうだったのか?
「俺のものにならないなら、誰のものでなければいい。それなら許せる」
首筋に優しくキスされる。彼の触り方はいつだって優しい、愛おしいモノに触れるような、確かにそんな扱いではあったかもしれない。
自分をそんなに安売りして、嫌にならないのかと思っていたけれど、誰でもそうだと思っていたから。それ以上、意識した事なんて無い。
「疲れないか、そういうの?」
「別に、お前が居るから平気だ」
そんな事言って、腰に抱きつかれてそのまま動かなくなってしまった。
これじゃ身動きが取れない。
溜息を吐いて、相手の頭を撫でると。恨みがましそうな目で俺を見返した。
「お前の方こそ、疲れないのか?」
「何が?」
「こんな奴と付き合ってて」
今更ながらそんな事を口にする、そんな相手がおかしくなった。というか、自分でも面倒な奴だという自覚はあるのか。
顔は綺麗なのに、変わった男だ。本来なら、人と付き合うなんて不可能なんじゃないか。
「全部、お前が悪いんだ」
「何が?」
同じ問い掛けを繰り返すと、クラウドは俺から離れて置き上がった。
そう思ったら、体勢を入れ替える様に押し倒される。
「男には興味無いなんて言っておきながら、何で俺に抱かれたんだ?一度どころか、何度も」
「それは……」
分からない、何でだったのか。
そもそも、どうして俺はこの友人に抱かれる様になったのか。その理由が思い出せない。
多分、酒にでも酔っていたんじゃないだろうか。そうでなかったとしても、大した理由でないのは確かだ。
一度の過ちを、惰性的に何度も繰り返しているだけの関係。
「覚えてないか?一番最初の事」
「ああ、悪いな」
そう答えると、相手の眉間に皺が寄った。機嫌を損ねてしまったらしい。
最初のあの日に、彼は何と言って俺を抱いた?
「俺の事、もっとよく見ろ」
静かに呟いたクラウドは、寂しそうだった。
それを思い出して、今、同じ事を呟いた彼を見返す。
あまりも真剣なその顔は、きっと嘘を言っていないんだろう。
「お前にとって、俺は永久に『友達』か?」
さあ、どうなんだろうな。
お前との付き合い方なんてずっと前から、あの日お前に抱かれた時から、もう考えるのを放棄してしまった。
本当の友達とは呼べないかもしれない。だけど、恋人になるには俺達はあまりにも冷たすぎると思わないか?
何よりお前が最初から叶わないと信じてて、俺もそれを正しいと判断している時点で、何も始まったりしない。
だけど、終らせる気もさらさら無いんだろう。
なんて面倒な。
「お前が悪いんだ」
何もかも、俺が悪いんだと主張するクラウドに溜息。
一体、俺が何をしたというんだ。
「お前が、俺を受け入れたから……希望があるのかと、一瞬でも思ったから」
止められない。
ただ、その一言が重い。
確かにそれは俺のせいなのかもしれない、最初から拒否してしまえばこんなにこじれなくて済んだ。
じゃあ、何で受け入れたのか。
「俺だって……」
参っていたんだ、たった一つが手に入らないから。
少しでも触れた温もりが嬉しくて、思考が麻痺して、そのまま受け入れてしまったのかもしれない。
だから少しでもいいから、嘘でもいいから欲しかった。
ほんの少しそう思ったから、かな……だって、俺だって。
「俺だって、愛されたいよ」
一人で居るのは嫌だ。
隣りで笑ってくれる人が居ればいい、何て事もない日常を共に過ごしてくれる人が欲しい。
そう思っていたからこそ、お前の嘘を利用しようと思った。
「じゃあ、このまま俺のものになって流されろよ」
薄らと笑みを浮かべてそう言う相手に、どうしようかと心が迷う。
それもいいかもしれない、コイツが本気で俺を愛してくれるなら。
「駄目だよ、クラウド」
傷付いたみたいな、泣きだしそうな顔なんて珍しい。
だけど駄目だ。
ただ勇気を持てないだけで、嘘と偽りで人と接して来たお前が、今更こうやって正直に言ったって。それをあげる訳にはいかない。
ただ一つ、俺の求めるものをくれないのなら。お前だってその苦しみと永遠に付き合えばいい。
そうでないと、俺の気が済まない。
「俺の事は好きにしたらいいよ、お前が俺を好きでいる間は誰のものにもならないから。だけど、お前のものにもならないよ」
不器用だ、俺もお前も。
ほんの少し、相手に歩み寄れば幸せになれるハズだったのに。
なんか、すれ違いの上に結果的に幸せになれない……といった作品を書きたくなったのです。
二人共なんか酷い人、フリオをちょっと悪めに書くのはあんまり無い事なんで楽しかったですね。
実は最後まで相手をクラウドにするか、スコールにするかで悩んでいたんですが。最後の最後に大人の魅力に負けました、クラウドの方がこういう役が似合いそうな感じがして……。
2011/11/3