視点が変われば、世界が変わる
光と影と、時間の変化
たった一瞬、変わらない内に切り離す

映った感情

ファインダーを通して見ると、不思議と普通に見るのと違って見えてくる。
その世界に引き込まれて行くのか、見つめていたいと考えたくなるのだろうか。
透明な色ガラス、幾つも並んだ台の上で何度もシャッターを切っていると、時間を忘れてしまいそうになる。
展示会のポスター用写真、大きな仕事とは言えないものの色ガラスの世界は魅力的だ。
写真撮影用に設けられた部屋、そんなに大きくないけれども、ちゃんとした機材は揃っている。
気に入っているのは中央の青いグラスだ、涼しげな青い色の中に一点だけ赤いガラスが混ざっている。それに光りが当たると、隣のグラスに色が差し込んで、不思議な雰囲気を醸し出す。
撮影も大体終り少し息を吐いてから、ファインダーから顔を上げる。

「あっ、終りましたか?」
室内に入って来たのは、案内してくれた女学生ではなくつなぎ姿の青年だった。下の階に作業場である炉がある、そこで作業をしていたんだろうか、厚手の手袋がポケットからはみ出し、長い髪を鮮やかなバンダナで纏めている。
ふいに自分の指がシャッターへと伸びるのを感じた、切り取る為の最後の力を押し留めて、彼の質問に答える。
「ええ」
「そうですか、ありがとうございます。ウチの展示会の為にわざわざ映像学科の先生が来てもらって」
「いや、大した事じゃないし。それと、俺は先生じゃないから、かしこまる必要はないんだぞ」
カメラマンとして作品も撮るが、名前は全く知られていない。
以前から撮影にガラスを取り入れているので、工芸学科の先生・生徒の作品を借りる事もあった。そこで縁があったから、今回の撮影も頼まれただけだ。
大事な仕事道具を片付ける、学科のものを使用していた学生時代から少しずつ資金を溜めて購入した、自分のカメラだ。

「君は、ここの学生?」
「はい、ガラス工芸コース三回生のフリオニールです」
台に広げた作品を一つ一つ片付ける青年は、ちょっと手を止めて顔を上げるとそう名乗った。
ああ、綺麗だ。
片付けかけたカメラに手を伸ばす、だけど次の瞬間には、その映像は残っていない。
落胆を抱えて、俺は小さく溜息を吐く。

「俺はカイン・ハイウィンド、映像メディア科の写真コースでアシスタントをしている」
「そうですか。あの、ポスターってどれくらいで完成しそうですか?」
「画像の編集・レイアウト等にどれくらいの時間を裂くかによるが、遅くても来週には完成させる」
こちらの作業と重ならなければ、もう少し早く作り上げる事が出来るだろうが、予定としてはそれで精一杯だろう。
「やっぱり、メディア系の学科って忙しいんですね」
「撮影や編集作業等で時間はかかるが、ここで作業するよりは楽な気がする」
一階に設置されたガラスを熱する炉は、休みなく稼働している、その為に周囲の気温は明らかに高い、その前を通りかかっただけだというのに、思わぬ熱気に少し距離を置いたくらいだ。皮膚を守る為なのか着ている長袖のつなぎも、傍から見ている分にはやはり暑苦しい。
「慣れるまでは確かに辛いですけど、そんな事を言ってたら、俺達は作品が一切作れないんで」
人の良さそうな笑み、柔らかな表情。
褐色の肌に溶けそうな琥珀の目と銀の髪。作業で筋肉を使うのか、それとも何かスポーツでもしていたのか、体格は良い。
男としてバランスが取れたいい体をしている、だが……どこか中立的な不思議な雰囲気を感じる。


「モデルを、してくれないか」
脊髄反射の様に、脳を通さずに言葉が先に口をついて出た。
作業の手を止めて、驚いた様に俺を見返す青年は「はい?」と不思議そうに首を傾けた。
ああ、困らせてしまっている。
「いや、無理にとは言わないんだ、興味があればお願いしたいと思ったんだ。勿論、引き受けてくれるならそれなりにお礼はするつもりだが……」
「あっ、いえ……モデルとか頼まれた事ないんで、俺そんなにお役に立てないと思うんですけど」
「違うんだ、モデルを探しているというよりも……」
被写体として、彼を欲している。

理想といえば理想、エスニックな雰囲気とでも言うのか、彼が持つ空気に一瞬で引き込まれた。
ファインダーから覗けばどんな風に見えるのか、レンズを通して映せばどんな風に映るのか。
とても興味がある。
どう言えば理解してもらえるだろうか、正直、撮影する側の考えを被写体に伝えるのは難しい。
何せ、思っている通りの絵が必ず取れる訳ではない、一瞬の力で見えるものなんて変わる。
撮りたいと思う、君にそれだけの力があるとしか言えない。
それは俺だけが感じる力かもしれない、それは重々承知している。
だから、撮りたい。


必死になって頭の隅から言葉を引き出す、冷静な声はそんな自分に「何をしているんだ」と言っている。
こんな事は珍しい、静物か風景を主に撮影しているのに。
今になって気付く心臓の高鳴り、高く昇って行ける様な高揚感は一体何だ?

「俺でいいんですか?」
困った様にそう尋ねる青年に、強く頷く。
「是非、お願いしたいんだが」
「別に構わないんですけれど、あの……でも自信ないんですけど」
引き受けてくれる、その返答だけで充分だ。
彼と交わした約束と連絡先、仕事の続きを手に、自分の職場へと戻る事になった。


撮影した写真のデータをパソコンの画面で確認する、陰影の違いで姿が違って見えるガラス達。
「コレが今日、撮って来た写真?」
「ああ、頼まれたものだ」
画面を覗きこんできた友人は、もう少し見ても良いかと尋ねられて彼にパソコンの画面を貸した。
「やっぱり君はガラスが好きだね、光の具合が綺麗」
「ありがとう」
ポスター用にする写真を選んでもらうのを手伝ってもらい、大体のレイアウトを決めてもらう。
流石にマスコミ関連を専門にしているだけあって、こういうものは得意だ。
「ありがとうセシル、助かった」
「ううん、いいんだよこれくらい。それより、何か良い事でもあった?」
そう尋ねられて、飲みかけの茶を噴き出しそうになった。
「あったみたいだね」
二ヤッと口角を上げて笑う友人に困った。
コイツは何か勘づくと、正直に答えるまで絶対に諦めない。
「…………いや、ちょっと……人にモデルを頼んだ」
「えっ!君がかい?いつも静物ばっかり被写体にするのに、珍しい事もあるね。どんな子?」
「学生だ」
「ふーん」
柔らかい笑顔ではあるが、何か真剣に探る目つきだ。
「別に、卑しい気持ちはないぞ……男子学生だ」
「そう?いいんじゃない、可愛い子?」
「だから、そういうんじゃないと言ってるだろう。大体、相手は男だと言ってる」
「可愛い子なんだね」
駄目だ、話を聞く気がもうない。
「素人の子だったら、いきなり向き合ってカメラ向けるのは気をつけた方がいいかもね、表情が硬くなるかもしれないから。長い時間拘束できるなら慣れるまで待てばいいんだろうけどね」
「分かってるよ」
ふわりと笑う相手に溜息を吐く。


「じゃあ、その友達には俺が女性だって勘違いされたんだ」
「……そうだろうな」
勘違いじゃなくて、本気で男相手に……と思われているかもしれない。
噂で聞かない事もないからな、そういう趣味のある人間の事は。しかし、そういう事は彼を前にして言うべきではないだろう。
連絡先を交換して、何度かメールをやり取りしている間に、彼は心を開いてくれた。
そもそも、あまり人見知りするようなタイプではないらしい。人から好かれ易いんだろう、そう思った。
モデルを頼んで、俺の部屋に始めて来てもらった。
大きなガラス窓が気に入ったから、この部屋を借りる事を決めた、彼はそのお気に入りの窓の前に座って居る。
半分だけ開けた窓から入って来る風は、揺れるカーテンが影を作っている。
談笑する俺の手の中には仕事道具のカメラがある。
仕事ではないのかもしれない、自分がしたい事ではあるけれど、それで生計は立ててられていないからな。それでも、趣味と呼ばれるのには抵抗がある。
不思議な関係だな、本当に。
だけど楽しい。フリオニールと向かい合って話をしながら、目の前に居る彼の一瞬を切りだす事に気を付けている自分。
カメラを向けられた瞬間の彼が見せた、固まった表情は作りもののようだったけれど。談笑しながら一瞬だけ向ける表情は俺が撮りたいと思っていた表情、それに近い。

「カインは、恋人いないのか?」
「好きな人は居た、が……まあ、なんというか……フラれた」
「そっか……ごめん」
悪い事を聞いたと思ったんだろう、表情が曇った。
勿論これが真実なので、何もはばかる必要なんてないんだが。それでも、そんな影の差した表情から笑顔を取り戻そうとする一瞬、彼が見せた何もない表情を切りだしている自分に苦笑いする。
プロでもないのに、職業病は持っているようだ。
「だから、勘違いしたんだろうな、アイツは。そういうお前はどうなんだ?」
「えっ、俺?俺も、そういう関係の人は居ないんだ」
顔を真っ赤に染めてそう言う彼に、俺はクスクス笑いを零す。
なんだろうな、この純粋な子供の様な可愛さは。
背丈も近い男に抱く様な感情ではないんだろうけれども、彼を表すのには的確な気がする。
ふわりと太陽光が差しこむ、部屋の白いカーテンが作り出した影の前で、彼は二つ目の太陽の様に見えた。


作品が出来たら見たいと、彼は言っていた。自分がどんな風に映っているのか、見てみたいんだろう。
写真は、俺が彼をどう見ているのかというのを正直に映し出している。
光と影が作品にどんな変化をもたらそうと、色調を変えようと、映っているのは俺が良いと思ったものに違いないはずだ。
「一番美しいポートレートは自分の恋人を撮ったものだって、いつか先生がおっしゃってたね」
「そうだな」
完成した写真を眺めるセシルは、楽しそうにそう言う。
「好きな人は、一番綺麗な表情を知ってるだろうからね。綺麗に映す事が出来て当たり前だよね」
「違うな、綺麗に映る様に見ているんだ」
「そう、君の様に特別な“目”を持っている人の言う事なら信じられるよ。綺麗に映る様に見ているか……」
微笑む青年の写真を眺めて、セシルは目を細めた。

「やっぱり、好きなんでしょ?」
「…………」
言い返すのは止めた、自分が彼をどういう風に見ているのか。それは全て、目の前の画面に映し出されている。
「気付くと思うか、これを見たら」
「どうだろうね、おそらくは気付かないと思うけどさ。でも、目で見て分かる事だから……写真は直接的に物事を伝えるからね、絶対にないとは言えないかな」
やっぱりそうか。

「一目見た時に、物凄く写真に撮りたいと思った。こんな相手は初めてだ」
小さく零す俺を見て、セシルは溜息を吐いた。
「君はカメラを通して世界を見た後、出来あがった写真を見て、初めて感情を確認するのかい?」
変わった奴だと友人は笑う、俺にとっては全然笑い事じゃないというのに。
「ねえカイン、君が彼に出会った瞬間に見た出来ごとをどう呼ぶか分かる?」
気付いてはいる、だがあえて言葉に出すのは嫌だった。
そんな気恥ずかしい出来事を、喉を通して発声するのが嫌だ。
でも、それを分からせなければいけないとこの男は考えているらしい。小さく溜息を吐くと、面白がっているような笑顔を見せて言った。
「それって、一目惚れだよね?」

あとがき

カメラマンとモデルの恋愛やりたいな……と、ある日に思い立ちまして、考える間もなくカインがカメラマンで決まっていました。
なんか、FF4でローザの事が好きだったというカミングアウトのポイントが唐突過ぎて。なんかこの人は恋愛に関してちょっとズレた視点持ってたら面白いかな、と思ったんです。
出来るなら裏モノになるくらいの代物にしたかったんですが(ベッドに寝転んだフリオに、マウントポジション的な位置からシャッター切るカインとか)、とんでもなく長くなる気がして切り上げました。

カイン×フリオがとってもみたいです!どうしてこんなに供給が少ないのか理由が分かりません!!
12回目の輪廻6章であんなに絡みがあったので、とても期待していたんですけれど……全然見かけないので、もしかして需要も少ないですか?……そうですか。
2011/7/25

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