人の熱よりも、金属の冷たさの方が体に馴染む
俺は愛された事のない人間だ
だから愛する術も持たない
処刑人の指先
ターゲットを撃ち貫いた後、腕に残る感覚と残響。
最後に何かを告げようとする相手が俺の方を振り返る、その言葉を聞かない様に俺は相手にもう一発、駄目押しの弾丸を撃ち込む。
再び響く爆音、その後はさっさとその場か踵を返して立ち去る俺。
消えてしまう命が、この世に残そうとした事なんて俺は興味ない。
そんな物を拾いあげて、一体何になるっていうんだ?
自分の獲物を懐に仕舞って路地を出る、ロングコートの襟を立てて、視線を下げて進む。
死体の後始末は仲介業者が何とかしてくれる、俺の仕事はもう無い。
どうして自分がこんな事をしているのか俺も忘れた。
人の命を奪って生きる、だけど、俺だって需要があるからこそ存在できるのだ。
罪があるのは、人を殺した俺ではなく、殺そうという意思を持った依頼人の方ではないだろうか?
誰に謝罪するでも、弁明するでも無く、俺は心の中でそう思って家路に着く。
広い道に出ると、僅かでも人の気配を感じる。
今日生きている人間は、もしかしたら、明日俺が殺す人間かもしれない。
面倒だ、生きている人の繋がり。
それから解放される方法は、俺の懐の中に入っている。
停めていたバイクを出して、エンジンをかける。
バイクのエンジンが伝える振動、生きている人間の発生させる音とは違うが、震える音は俺を冷静にさせる。
溜息を一つ、俺は家路に着く。
「お帰り、クラウド」
「……ああ」
ドアの鍵を開けると室内から響く足音、笑顔で出迎えてくれる同居人。
フリオニールは、俺にお疲れ様と労をねぎらってくれた。
彼は一カ月程前に俺の仕事で出会った青年、別に同業者ではない、拾ったと言った方がいいだろう。
大きな仕事があったのだ、組織なのか組合なのか、どんな関係の連中だったのかは知らない、俺はそいつ等の殺しを依頼された。
そんな中で、依頼には無かった青年が一人混じって居た。
「お前も殺した方がいいんだろうか?」
そう尋ねたのは彼に向けてなのか、それとも自分に向けてなのか、俺にも分かって居なかった。
口に出した俺の疑問に、彼は首を傾げる。
「さぁ?でも、殺すならそうしたらいいだろ、俺は抵抗できないし……ここで殺されなくても、どうせ生きていけないし」
そう言った青年の目は、真っ直ぐに俺を見つめていた。
こんなに真っ直ぐに人から見つめられるのは久しぶりの事で、俺は少したじろいだ。
彼の目には恐怖が無かった、どうして銃口を向ける俺をそんなに平気で見られるのか。
彼があのターゲット達とどんな関係だったのか、それは知らないし興味もない、だだ俺が手をかける必要のある人間だとも思えなかったので、生かして連れ帰って来たのだ。
俺を悪人だとか、人殺しだとか罵る相手は沢山見たが、彼は俺を恐れない。
こういう相手は正直困る、俺が一度として出会った事がなかった人種。
俺を殺人の道具として使って来た人間、そんな風に機械的に生きてきた俺を、人として扱うこの男。
シャワーを浴びてリビングに行くと、俺の為に用意してくれたらしい紅茶の入ったマグカップを差し出す。
可愛らしい笑顔だ、どうしてこんな場所で俺の様な人間と一緒に生きているのか、分からない。
ソファに座る俺を残し、部屋を出ようとする相手の腕を掴む。
「どうしたんだ、クラウド?」
どうしたのかとは、俺自身が聞きたい。
黙り込んだままの俺の隣りへフリオニールは座る、腕を振り払う事もしない。
俺は掴んでいた腕を解き、彼の頬へと指で触れる。
人の体は、こんなにも温かい。
俺が消して行く命も、本来は温かい。
俺が触れると相手は冷たくなる、今触れている相手も、もしかすれば……。
「すまない、気にしないでくれ」
自分を真っ直ぐに見る、この男の見透かす様な視線から逃れる為に、俺は視線を逸らし手を離す。
逃げようとした俺に対し、相手は更に距離を詰めた。
「……別に、好きにしてもいいんだぞ、クラウド」
「何を?」
「俺を」
短いが、ハッキリとそう伝える相手、その言葉に俺は驚いて顔を上げる。
「俺、平気だし」
口元だけを僅かに上げて、彼は微笑む。
それは彼らしくない、作り上げられた微笑み方。
はた、と気付く……彼は、こういう事を強制させられていたのだろうか?
彼もまた、人に使われる者なのだろうか?
だとすれば似ている、俺に……。
「フリオニール、お前に触れていいのか?」
そう尋ねると、彼は無言で、でも笑顔のままで頷いた。
彼の肉体は、思わず触れてみたくなる程に、瑞々しく張りがある。
「ふぁ…ん」
触れれば、彼の体は小刻みに震える。
敏感になっている体、熱く、心地よい早い鼓動を感じ取る。
「緊張してるのか?」
「……ん、久しぶり…だし」
体を固くする彼にそう尋ねると、僅かに目を開いて俺を見るとそう答えた。
慣れた体ならば、直ぐにでも繋がってしまおうかと思ったが、彼の緊張を解く様に体に触れる。
掌で撫で上げ、また唇で触れると段々と強張った体から力が抜けていく。
持ち上げられた腕が、俺の背中へと回る。
ぎゅっと縋りつく腕の力に、コレが生きている体なのだと俺は思う。
繋がりたくて指を伸ばした彼の内側は、酷く熱くうねり俺を誘う。
中に押し込んだ指で固い蕾を解す間、彼は慣れた様に力を抜いて指の感覚に耐えている。
少し、その反応が残念だと思っている自分に気付き、俺はそれが何故かを自分に問う。
彼が未だ誰も知らない体であったなら良かったと、俺はそう思っているのだろうか?
クチュッと音を立てて彼の内側を引っ掻く。
「ふぁっ!ぁあ!!」
ビクンと大きく痙攣する体、喉を仰け反らせて喘ぐ彼の蠱惑的な表情に、ドクドクと脈打つ体は俺の内側、自分も酷く興奮しているのだ。
もういいだろうか?充分に解れた彼の蕾から指を引き抜くと、ヒクッと押し広げた穴がひくついた。
誘われる様に彼の穴へと、自分の質量を持った熱を押し込む。
「ぅっ!、くぁ…ぁあ」
一気に半分近くまで押し込んだのは、流石に答えたのか荒く息を吐く相手。
「すまない」
「ん……だい、じょうぶ」
そう言うと、彼は息を吐き俺の背中へと腕を回した。
口では大丈夫だと言っていても、きっと本当は無理しているのだろう彼を気遣い、ゆっくりとその中へと押し入る。
俺を包む肉体の鼓動、俺の間近で息を吐く彼の激しく高鳴る胸の中心。
心地良い熱に、目を閉じる。
そんな俺の鼻先に、そっと柔らかい物が触れる、ちゅっと音を立てたそれは直ぐに離れる。
それが彼の唇の感触だと気付いた俺は、彼の柔らかかった感触をもう一度、今度は自分の唇でもって感じる。
優しく触れて、徐々に深く絡めて行く舌と互いの粘膜。
酸素を求めて離れれば、俺と彼の間を銀糸が繋いでいた。
「はっ!ぁあ……」
とろんとした彼の瞳を、俺が与えた熱で埋め尽くしたいとそう思い激しく責め立てる。
彼の一番良い所を見つけそこばかりを突き上げれば、俺を求める様に彼の内部がきゅっと締めつける。
「いぁっ!……はぁ、う…ん、んん!」
逃したくないと締めつける、その体の熱に反応してか彼は震え涙を流した。
その涙が美しく、もっとそれを見ていたくて彼を揺さぶる。
「ぁ、激し……」
ギュッと俺に掴まる彼に、心の中が満たされて行く。
満たされたのは心だけではなく、体の方も同じだ。
彼の中へ白い欲を吐き出せば、彼も俺と同じ様に絶頂を迎え、白い欲を吐き出し力なくしなだれた。
「ぁ…はぁ……」
呼吸を整える彼の中から俺を引き抜くと、緩慢な動きで彼の隣りに寝転ぶ。
「も……いいのか?」
とろんとした金色の瞳が、俺に向けてそう尋ねる。
「無理させたくない」
「別に無理はしてない、俺…タダで養ってもらってるから、こんな事でも恩返しできればそれでいいんだ」
彼はそう言うと目を閉じた。
そんな相手に、俺はそっと手を伸ばす。
彼の鎖骨の形を、柔らかい首筋を、赤く染まった頬を、閉じた瞼の上をゆっくりと撫でる。
最後に、俺の指先が彼の唇に触れる。
ふわりと触れる人の熱、柔らかさ。
俺には馴染まないその温度に、どうしてか俺はとても触れていたかった。
「どうした?」
薄く目を開けると、彼は俺の指を唇に乗せたままそう尋ねた。
「アンタに触れたい」と、俺はその問い掛けに答える。
今だって触れているだろう、と呆れられても仕方ないと思った。
「なら、好きなだけ触っていいよ……俺で良ければ」
彼は抵抗する事もなく、俺を受け入れる。
どうして彼は俺を受け入れてくれるのだろうか?
「怖くないのか?」
彼の唇から手を離し、俺はそう尋ねる。
「何が?」
「俺の事が」
そう尋ねると、彼は首を横に振った。
何故、怖がらないのか。
俺は彼の首に両手の指を絡める、合わせられた親指の下にゴリッとした感触がある。
「俺は人殺しだ」
「知ってる」
彼は俺が人を殺す所を目の前で見ている。
「今だって、アンタの事を殺せる」
「そうだな」
俺がその気になれば、この指に力を込めてこの首をへし折る事も、器官を締めつけて彼の呼吸を塞ぐ事もできる。
「何でアンタは、俺の事を怖がらない?」
どうしてこんな人間に、笑顔を向ける事ができる?
人の熱を貪る事よりも、人の熱を奪う事が得意な俺に。
感情なんてとっくに忘れてしまった俺に、愛情なんて誰からも与えてもらえなかった俺に。
どうして、彼は拒絶する事もなく、無償でそれ等を与えてくれるのか?
「クラウドが、寂しそうだから」
「俺が?」
それは同情?
「俺も寂しいんだよ、いや、悲しいのかな?……なんか上手く言えないな。俺、頭悪いからさ、上手く言葉が出てこないんだけど」
彼はそう言って笑う。
「俺、誰かの側に居たいんだ」
「誰でもいいのか?」
「ううん、良くない……俺の事をただそこにある“物”だって、そう思ってる奴は嫌いだ。それこそ、性欲処理にしか使えないなんて思ってる奴は」
そこにある為に、機械の様に使われる。
俺と彼の共通点……だけど。
「俺も、そんな奴等と同じだろう?」
「クラウドは違うだろう?」
俺の質問に彼は質問で返す。
違う?俺が?
どう違うのだろうか?
「クラウドは俺の事、人間だって思ってるだろ?優しい言葉で気遣ってくれるし、俺の事助けてくれたし、俺がいいって言わなければ、手出したりしなかっただろ?」
「分からないぞ、演技かもしれない」
脅す様に彼の首に巻いた指に少し力を込める、だがそんな俺を彼は平然と見返す。
「クラウドは俺を殺さない」
少し潰れた苦しそうな声で、彼はそう言った。
「何でそう言い切れる?」
「俺の事を、クラウドは人だって思ってる」
確かにその通り、彼は人だ。
俺の事を“人”と接する人だ。
「人は人を殺せない、殺す相手が人じゃないと思ってないと、獣や何かだと思ってないと、人は人を殺せない」
真っ直ぐに真剣な目で俺を見つめる彼が、そう言う。
俺は無言で彼の首から指を離した、途端に咳き込む彼に手を伸ばす。
優しく彼の体をさすってやれば、彼は俺を見て涙交じりの笑顔を向けた。
「クラウドは、本当は優しいんだろう?」
「そんな事、ないぞ」
「少なくとも俺には優しい。クラウドだけが俺を人として扱ってくれるから、俺は、クラウドの事が怖くない」
俺はその言葉に震える。
俺と彼は、物であるかのように扱われてきた。
人を想う気持ちが、俺の中にまだあったのだと……俺は彼を見て思った。
彼が居れば、俺は人に戻れる気がした。
呼吸が落ち着いたらしい彼の胸へ、指を伸ばす。
脈を刻む彼の、生きている体を感じて俺は涙が出てきた。
「アンタに触れて居たい」
ずっと求めていたのだ、この指は。
こうやって俺を認めてくれる、人の温もりを……。
「側に居て欲しいんだ」
そう言う俺に、彼は無言で頷いてくれる。
そんな相手に俺はとても安堵した、その後で、俺もやっぱり人だったんだと思った。
指先に感じる彼の熱が、酷く愛おしく肌に馴染んだ。
以前からずっと…もう、かなり長い間温めていた殺し屋パロディのクラフリ。
今年こそはなんとか、と思いつつ…シリーズ始める訳にもいかないし、って思っていたんですけどね、初めから短編で考えれば良かったんですよね。
フリオがこういう行為に初心な反応を見せないキャラで出すのは、新鮮で楽しかったです。
2010/12/20