「君の側に居ると、心が安らぐ」
俺の腕にある傷跡を撫でて、彼は言う
「ずっと、私の側に居て欲しいんだ」
何度も何度も、彼はそう言うのだ

それは、俺が最も求める事だというのに……

大きな愛・抱擁

今日は随分と寒いな、と思いながら俺は上着の前をしっかりと合わせて歩く。
バイト帰り、右手の買い物袋には買いだされたばかりの食材が詰まっている、寒いし鍋にでもしたいな…と思うものの、一人で食べるとするとそれは止めた方が良いだろうか、と思い直す。
体は温まるものの、一人で取る食事はなんだか寂しい。彼が早く帰ってくるのなら、一緒に囲んで食べたいのだが……そんな願望を持つも、俺はすぐにそれを払い落す。

変に我儘を言って、彼を困らせたくないと思うのは、出会った頃から変わらない。
もっと一緒に居たいなんて言ったら、多忙な彼の迷惑になってしまう。
それに、彼だって本当はそれを望んでくれていると、俺は知ってるから…それでいいのだ。
小さく溜息を吐き、俺は家路を急ごうとした。


「フリオニール」
赤信号を待つ俺の背中へと、かけられた声に驚いて振り返ると、人混みの中近付いてくる背の高い男性が見えた。
「奇遇だな、今帰りなのか?」
「あっ、はい」
俺がそう頷くと、彼はちょっと微笑んだ。
「今日は、仕事が早く終わったんだ」

警察官であるウォーリアの仕事は、定時に終る事なんてほぼ稀だ。
最近はこれといった大きな事件もなかったから、そこそこ早くに帰って来ていたけれど、まさかこんな時間に会うなんて思ってもみなかった。
信じられないが、とても嬉しい。

「それにしても、君はこの寒いのにちょっと薄着なんじゃないか?風邪でも引いたらどうする?」
そう言うと、自分の首に巻いていたマフラーを外して俺の首へと巻きつける。
「あのウォーリアさん、俺寒いのとか平気なんで…それに、貴方が風邪引いた方がずっと問題ですし」
「君に倒れられた方が、私の仕事がはかどらない」
俺の言葉にピシャリとそう言いつけると、右手に提げていた買い物袋を取られた。

「ちょっと、ウォーリアさん」
「普段、家事を任せきりなんだ……偶には自分の奥さんの為に働かせてくれ」
「なっ……誰が、奥さんですか」
「君だ」
そう断言して微笑む彼に、俺は顔が熱くなるのを感じて巻かれたばかりのマフラーへと、赤くなった頬を隠す。
だが鼻をくすぐる彼の香りに、俺は余計に頬が熱くなった。


ただいまとおかえりの声が、双方からかけられる。
くすぐったい感覚に僅かに微笑み、俺は彼と暮らす部屋へと足を踏み入れる。
今日の夕飯は、やっぱり温かい鍋物にしようか……なんて考えると、心が弾んできた。
そんな俺の背後へと、人の気配を感じて振り返らずに「どうかしたのか?」と相手に尋ねる。
そろりと黙って伸ばされた手が、俺を背中から抱きしめた。

「ウォーリアさん?」
「やっぱり冷えているな、明日からはしっかりした冬の装いで外を歩くんだぞ」
ぎゅっと抱き締められ、そう言う彼に俺は小さく頷く。
冷蔵庫へと食材は仕舞う事ができた、だがこの状態ではまともに料理ができない。

「ウォーリアさん、夕飯の用意……できないんですけど」
「そうだな……だけど、今日はいつもより少し時間が早いだろう?」
そう言う彼の腕が、より強く俺を抱き寄せた。首筋に寄せられる彼の唇の感触に、俺はフルリと震える。
「あの……ウォーリアさん」
「冷えた君を一度温めてからでも、夕飯は遅くないと思うんだ。フリオニール」
どうする?と尋ねる彼に、俺は何と返そうか迷う。


これがこの人なりの甘え方なのだ、という事は最近知った。
大人っぽい様に見えるが、その実、正直に自分の感情を表さない少々卑怯な方法である。
余裕がある様に見せている、そうと気付いた時に、俺はこの人が少し可愛いと思った。

そんな貴方が愛おしいと思う、俺をこんなにも想ってくれる貴方が。
愛してくれる貴方が…愛おしい。


ぎゅっと彼の腕を握り、小さく頷いた俺を見て、彼は後ろで微笑んだ。


「ふぁ……ぁ」
体の奥で相手の熱を感じ、俺は深く息を吐く。
ぎゅっと彼の背中に回した手に力を込めれば、俺を見下ろす彼の顔が満足そうに微笑む。
彼のそういう表情を見るのが好きだ。


「フリオニール、もっと私を……」
「ん……」
ぎゅっと更に強く抱きつくと、彼は俺の唇にキスしてくれた。
何度も何度も顔にキスを落とされ、彼の優しさを全身に感じる。

「ウォー、リア…さん」
熱から解放して欲しくて、耳元で名前を呼ぶと、彼は了承したのか律動を早める。
奥底でうねる彼の熱が、俺の内側を擦る。
彼が俺を愛してくれている……ああ、嬉しい。


「ウォーリアさん…すき」
抱きつく彼の耳元でそう言うと、ピクリと彼の体が震えた。
「ああ、君の事が大好きだ」
俺の腰を掴むと、彼はグッと最奥へと熱を打ちつける。
「ひゃんっ!!ぁあ、あ……」
ビクビクと痙攣した様に震える俺の体を抱き締める彼、その腕の力に安心する。
「愛してる、愛してるよフリオニール」

俺の言葉に、彼はそれ以上の言葉を返してくれる。
好きだと言えば、大好きだって…愛してるって……。
ああ……彼は俺を愛してくれている。


「ウォ、ーリア…さぁん、好きです」
快楽の頂点に上り詰めた時、呟いたその言葉に、彼は満足そうに微笑み「愛してる」と言った。


ほぅ……と息を吐く俺の体を、温かい大きな手が撫でる。
「無理をさせてしまったかな?」
「いえ……大丈夫、です」
一度だけ交わり後始末も終え、気だるい空気の流れるベッドの上で俺は彼の温もりに身を委ねている。

「本当にすまない、だけど、君の側に居たかったものだから」
彼の言葉が嬉しいとは思うけれど、面と向かって言われると、流石に恥ずかしい。
少し彼から距離を取ろうとしたが、それは彼の伸ばした腕に防がれた。


「どうした?」
「いえ……夕飯にしませんか?」
少し、夜も遅くなってしまった、今から作るとなると時間のかからないメニューになってしまう。

「私が作ろう、君に無理させたくはない」
「大丈夫ですよ、これくらい……」
そっと上半身を起こす、腰に鈍痛があるものの動けない程ではない。
「大丈夫か?」と彼はまた優しく尋ねるが、俺はそれに首を縦に振る。
脱いだ衣服を探そうと手を伸ばすと、彼は直ぐにそれを拾い上げて、着るのを手伝ってくれた。
そこまでしなくても良いのに、と思うけれども、彼の手の温もりが嬉しいので、恥ずかしいけれども黙っていた。
袖を通し、前のボタンを止めているとそっと後ろから彼の腕が俺を抱きしめた。

「ウォーリアさん?」
「君が側に居ると、幸せなんだ」
首筋に埋められる彼の顔、近くに感じる吐息に、小さく体が震える。

「ずっと、私の側に居て欲しい……これからもずっと」
ぎゅっと強く抱きつく彼の腕に、俺は優しく触れる。
「俺も同じ事を思ってますから」
ずっと貴方と一緒に居たい。
そう願っている、望んでいる。

「永久に共に……」

永遠なんて、誰もが約束されたものではないけれど……でも。
彼が繋いでくれた絆が、永遠に切られる事がない事を、俺は願う。

いつまでも、この大きな愛に包まれていたい…。

あとがき

夫婦の日記念、11/22って、日付的にも1と2をかけるべき日付じゃないですか。
『琥珀』本編終了後の二人のイメージで書いているのですが……本編はいつになったら終了するのでしょうね。

タイトルの『大きな愛・抱擁』は、アンバー(琥珀)の石言葉です。
他にも『静と動』(琥珀)、『夢の実現』(アンバー透明)等、ちょっとした違いでそれぞれ石言葉が存在するのですが…。
偶然か私の頭のフィルターの所為か、どれもフリオorWOLフリっぽく見えてしまったのです。
2010/11/22

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