先生、貴方はこんな私を否定しますか?

貴方への拘束

「はぁー……」
家に帰って食事も取らず、着替えもせずに自分のベッドの上に倒れ込む。
自分の口から零れた深い溜息は、今日あった衝撃の出来事の所為だ。

「先生、好きです」

真剣な目でそう語る彼の姿が、俺の記憶に焼き付いて離れてくれない。
文武両道で容姿に優れ、礼儀も弁えている完璧な生徒。
……の、想い人が自分だなんて。
考えれば考えるだけ鬱になる、有り得ない事だ。

確かに男子校に身を置いていた自分としては、男同士でそういう関係になった生徒の話は聞いているが、まさか卒業してから、自分がそんな相手として見られているとは思ってもみなかった。
しかも、共学で他にも女生徒が居る環境で、どうして俺を好きになったのだろうか、信じられない。
彼はきっと盛大な勘違いをしているのだ、と思う。
あんなに真剣に悩んでいる相手に悪いとは思うけれど、それ以外に考え付く事はない。
中学を卒業して間もない高校生、まだまだ精神的には幼く発達途中である。
多感な時期である、ちょっとした事でも深く思い悩んでしまう事だろう。
彼の心に巣食っている、重い疑問を解決してあげられる術を俺は持っているだろうか?
「はぁ……」


「先生、おはようございます」
「ぁっ……おはよう」
何事も無かったかの様に、今朝も彼は俺に向けてにこやかに挨拶する。

平然としている彼とは反対に、俺は酷く緊張している。
昨日の今日で、どうして彼はこんなにも平然としていられるのだろうか?
いや、それよりも一つ気になる事がある。

「ウォーリア君、今日は随分と早いね」
彼が朝早くに登校して来る事は前々からだが、今日はいつもより大分早い。
「先生に会いたかったので」
ふっと微笑んでそんな事を言うので、俺は溜息を吐く。
これが彼の計画なのか、それとも素でしているのかは知らないが、どちらにしても俺にとって有効に働いているのは間違いない。
「それで、わざわざ校門の前で待ってたのか?」
「駄目ですか?」
いや、駄目とは言わないけれども。
そんな俺の隣りについて、彼は一緒に学校へと入る。

「あのさ、ウォーリア君……昨日の君の」
「本気ですよ先生」
「いや……その、そう……」
真顔で返された返答に、俺はどもってしまう。
それを見て笑いかけたウォーリア君が、ちょっと俺へと近付く。
「先生、顔が赤いです」
俺の耳元で囁く彼、心臓が大きく跳ねる。
そんな俺の反応を楽しむ様に、彼が喉を鳴らして笑った。
「俺の事、からかってる?」
ムッとした顔で俺がそう言うと、彼はゆるゆると首を振る。
「だから、本気ですとそう言ってるじゃないですか。でも、貴方の反応が可愛らしいから」
「年下に可愛いなんて言われたくないんだけどな……」
「でも先生、本当に可愛いんですよ」
余裕の笑みを向ける彼に、俺は溜息を吐く。
これは強敵だ。


その日、一日をどう過ごすのかなんて人の自由だ。
別に何かしなければいけないなんて、決められている訳じゃないんだから、なんだったら学校や仕事をサボッても本来は構わないだろう。
その後の自分に何か弊害があるかもしれない、というだけで。

「ウォーリア君、友達とお弁当食べたりしないの?」
「貴方と食べたいと思ったから、ここまで来たんですけれど駄目ですか?」
駄目じゃないさ、君がまさか俺の机のある社会科準備室までやって来るなんて思ってもみなかっただけだよ。

「どなたかと、約束でもされていましたか?」
ちょっと真面目な顔になってそう尋ねる相手に、俺は首を横に振る。
別に約束もしていないし、一人で落ち着いて食べられるから時々だけど、この準備室で食事を取る事はある。
不定期であるというのに、どうして彼が今日俺がここに居るという事が分かったのか、それが分からない。
「貴方の事が分かりますから」
「はぁ……もういいから、ご飯にしようか」
俺の隣りの机を開けて、彼の為にイスを出して手招きする。
「はい」
笑顔で答えると、彼は俺の隣りへとやって来る。

「先生のお弁当、美味しそうですね」
「そうかな?一人暮らしの男の料理なんだけど……」
「中身が充実してます、凄く凝っているし」
そうやって褒められると、悪い気はしない。
対する彼の昼食は購買の弁当だった、そういえば前の家庭訪問では両親が仕事の関係で家に居ない事が多いと言っていた。
もしかしたら、家庭の味というのが恋しいのかもしれない。

「良かったら、何か食べる?」
彼の前へと俺の弁当箱を差し出すと、「いいんですか?」と眼鏡越しに彼の瞳が俺を見つめ、そう尋ねる。
俺はそれに「構わないよ」と答えると、彼はニッコリと微笑んで「頂きます」と言って俺の弁当へ箸を伸ばした。
「どうかな?」
俺の作った卵焼きを頬張る彼にそう尋ねると、穏やかな笑顔で俺を見るウォーリア君。
「優しい味がします」
「そう?」
「ええ……甘いのが好きなんですか?」
確かに俺の作る卵焼きは砂糖で味付けするから甘い、彼はそれを気に入ってくれたのか「美味しい」と褒めてくれた。
「お嫁さんに欲しいです」
「また、そういう事を言う……」
ニコニコと笑顔を向ける彼の視線から逃げる様に、俺はそっぽを向き食事に専念する。
そんな俺を見つめる彼の視線が痛い、気まずいと感じているのは俺だけなのか?
無言の俺に対し、彼はクスリと笑いかけて自分も食事をする。

「先生、明日も来ていいですか?」
昼食後にそう尋ねる彼に、俺は何と答えるべきか迷う。
「君の方は、友達と食べなくていいの?」
「ええ、貴方と一緒なら」
そんな事を笑顔で告げるものだから、俺は返答に詰まる。
それを了承と取ったのか、彼は俺に向けて笑顔で「ありがとうございます」と告げる。
「何で、俺と一緒がいいんだ?」
そう小さく呟いた俺に対し、彼はふと真剣な表情になって俺を見る。
「貴方を私に拘束しておけるなら、何でもしますよ」
眼鏡越しでも強い意思の持った目が、俺に向けてそう言う。
駄目だ、重症だ……多分。


「どうして、彼は俺が好きなんだ?」
分からない、意味が分からない……そう呟く俺に対して、答えてくれる声はない。
帰って来てから昨日と同じ様にベッドにダイブした俺は、今日の彼の対応を思い返して溜息を吐く。
駄目だって、そう言わなければいけないのに……どうして俺が、やり込められる?

気付けば、思い出している彼の余裕な笑み、俺に告げる言葉の端々。
俺を拘束したいと告げた彼、成程……確かに俺は、彼に拘束されている。
正さなければいけないと、そう思う俺の方が、ズルズルと彼の引力に引き寄せられている。
俺の思考を支配している、彼の告げた言葉。

「ああ、もう」
思い通りに自分の感情の統制が取れない、俺は手元の枕を殴る。
それで気分が多少治まっても、問題は何も解決していない。
どうして彼を思う俺の心は、こんなにも騒ぎ立っているんだ?


to be continude …

あとがき

委員長WOL×教師フリオ、続編。
このWOLさんはかなり猛攻派です、先生の側に居る為ならばどこにでも一緒に行こうとする人です。
続きます…先生を早く口説き堕とすんだ委員長!
2010/12/6

close
横書き 縦書き