「何か、笑えない理由でもあるのか?」
「えっ?」
「アンタの笑顔は綺麗だが、ぎこちないから…笑えない理由でもあるのかと思った」
「別に…そういう訳じゃ」
「アンタは、嘘を吐くのは下手だ……無理して言い訳しなくていい。
聞かれたくない事は、深入りしないから」

琥珀

客足も途絶えた微妙な時刻、ゆったりとした時間が店内に流れている。
マスターは、俺がこうやって店の客と話をする事に対して、何も文句を言わない。
むしろ、自分ではできない接客だから……と、俺の事を推奨してくれている感じすらある。

手の空いた時間、俺は喫茶店のテーブルに腰かけていた。
隣りには金髪の青年。
ここの常連だという、クラウドさんだ。


「アンタは人が苦手か?」
「……はい」
「俺も苦手だ、昔も今も、周囲の人間関係が煩わしく感じられる事が多くて。他人の事には、できるだけ興味を抱かない様にしてきた」
そう言うクラウドさんはコーヒーカップを持ち上げて、俺におかわりを、とそいう言った。


昼のランチタイムを少し過ぎた時間。
平日なのに私服で現れた彼に「仕事はどうしたんですか?」と尋ねると、「今日は休みなんだ」と彼は答えた。
休日出勤した為に、振替で休みになったらしい。
「だから、アンタの顔を見に来た」
平日の為に、他の友人は皆仕事だから…一人の時間ができたんだ、と彼。
料理はできない事もないが、自分の食事を用意するのが面倒だからというのも、この店に来た理由の一つらしいが。


「不思議だけど、アンタは俺の友達に似てる」
「友達に、ですか?」
どうしてだろう?ここに来てから、俺は色んな人に似ていると言われる。
ウォーリアさんは自分に似ていると言っていたし。
俺が誰かに似ているなんて、想像が付かない。
できるだけ、誰かの邪魔にならない様に生きて来たのに。

「容姿とか性格じゃなくて、何かもっと根本的な部分だと思うんだ。アンタがアイツと似てるのは」
「どういう事なんですか?」
「それが分からない、だけど、これだけは言える。
アンタは側に居たいと思う、そんな人間だ」
そう言ってふっと微笑む彼に、俺は少し照れくささを覚えて視線を逸らす。
「そういう、生きた表情が良い」
「えっ?」
「アンタが無理して居ない表情、それをどうやって見るか……それに俺は苦心している」
「どうして?」
「アンタに近付きたいからだ」
そう言うと、彼の手がふと伸びて俺の頭を撫でた。
その優しい手つきに、ふと誰かの姿が重なる。
温かく、俺の事を包み込んでくれる誰か……。
ポケットに入れたままの携帯に、自分の手が無意識に伸びていた。

俺に優しさを与えてくれる人…ウォーリアさん。

ポケットの中の携帯は震えてくれない、あの人は今、何をしているのだろうか?
あの人の仕事は忙しい、連絡なんて中々できないのは分かっている。
だけど……少し、欲しくなる。
あの人の声。

「どうした?」
「えっ?」
「ボーとしてた」
「あっ、いえ……別に何もないんです」
そう言うと、彼は小さく溜息を吐いた。
「俺が隣に居るのに、なんだか寂しそうだ」
「そんな事ないです」
首を横に振る俺に、彼は溜息を吐くと俺の頭を少し小突いた。
「そんな顔をされると、コッチが当たりたくなる」
「ごめんなさい」
ムッとした様にそう言う彼に、俺は罪悪感を感じて謝るも、それを見た彼は首を横に振る。
「俺と話てるのに、相手が他の誰かを思っているようじゃ、俺に対して余程興味がないのかと思った」
「ごめんなさい」
「謝らなくていい」
表情を緩めて小さく微笑みを作ると、彼はまた俺の頭を撫でた。
「フリオニール、お前の気を引きたいだけだ」
「はい?」
マスターの言葉に首を傾げる俺に、クラウドさんは「そういう事は言うな」とカウンター越しにマスターにそう言う。

「アンタの事が気になるんだ」
俺へと向き直ると、彼はそう言った。 少し真剣な顔でそう言う彼に、俺は一体どうしたのだろうか?と思うものの、少し居住まいを正した。
「俺の友達は……俺を置いて死んでしまった」
「えっ……」
彼の目に影が差す、それは嫌な影だ。
悲しい影だ。
「アンタはそんなアイツに似てる、直接どうか…と言われたら分からない、分からないけれど……そうだな、ある日突然に居なくなってしまう様な、そんな人間に見える」
俺は思わず、自分の腕を握り締めた。

居なくなってしまう、俺がこの世から居なくなってしまう……。
それは、何度も考えた事だ。
実行しようとして、何度も失敗してしまっていた事柄だ。
ギリギリと締めつけられる自分の腕、痛いと感じるのも、痛めつけるのも自分自身だ。
「そうなって欲しくない、と思う」
「…………どうして?」
他人の事なのに、と言うと彼は俺を真っ直ぐに見つめて溜息を吐く。
「残念ながら、アンタと俺はもう他人じゃないな……俺が関わりたいと、思った時点で」
「どうして気にかけてくれるんです?」
「アイツを助けられなかったから、俺は……罪滅ぼしじゃないが、アンタには何かしたい。
アンタには笑ってて欲しいと、そう思うんだ」
そう言って、彼は俺の頭をまた撫でると立ち上がった。

「アンタは何か好きな物はあるか?」
そう尋ねる彼に、俺は以前ウォーリアさんにもそう答えた様に「花が好きなんだ」とそう答える。
「そうか、なら今度は花を持って来よう、アンタの為に」
「なっ……そんな、いいですよ、俺は」
「そう約束してたら、アンタは居てくれるだろ?絶対に」
そう言って笑う彼に、俺はどんな表情を返せば良いのだろうか?
困ってしまっている俺を余所に、クラウドさんはお勘定を済ませて、俺の前に再びやって来る。
「またな」
「…………はい」
頷く俺に、彼はまた笑いかけてくれた。


俺の手の中には、小ぶりな赤い花の鉢植えがある。
クラウドさんがプレゼントしてくれたものだ。
俺と会いたいから、と彼が俺を繋ぎ止める為にくれたもの。
こうやって気にかけてくれる人が居るのは、嬉しい。
日中はベランダに並べて、ウォーリアさんと一緒に見に行った花達と一緒に陽に当てていたのだが、今日は玄関に飾ってみようか、と思った。
人からの貰い物だけど、彼に気付いて欲しかったから。
少しでも、彼から疲れが取れるのならば……微笑んでくれるのならば。
そう思って俺は、彼の帰って来る玄関に花を飾った。

控え目な挨拶と共に、彼が見せてくれる微笑みに、喜びを感じた。
だけど、しばらくしてから彼は俺の前で溜息を吐いた。
もしかして気に入らなかったのか、と思ったけれどそうではなく疲れているだけらしい。
そんな彼に俺は風呂を勧めて、自分は今日の夕飯の準備を整える。
そうだ、着替え出しておかないと……と思った所で、ふと考えた。
俺は彼に依存していないだろうか?
優しくしてくれるから、といって……依存して、捨てられたりしないだろうか。
そう思うと、自分の中を酷く冷たい何かが一気に通り抜けて行った様な、そんな気がした。


「ウォーリアさん」
風呂場の向こう、ドア越しに声をかけると、風呂場で反響する彼の声が「どうしたんだ?」と問い返して来た。
聞いていいだろうか?
彼の事を考える俺を、煩わしいと思わないか。
俺を繋ぎとめておいてくれる、太い繋がりを持つ貴方に、聞いても良いだろうか?
嫌いになったりしないのだろうか、と。

だけどそんな事を聞く勇気は持てず、俺は結局、彼に着替えを持って来たから…と用件だけを告げて、その場を去ってしまった。


to be continued …

あとがき

警察官と家出少年続編。
気持ち、フリオが気付きかけてるかんじで…クラウドさんがフリオに猛攻ですね。
行優しい人=ウォーリア、と思ってるフリオは基本的に何でもウォーリアと繋げてしまうとか…そういう事があったら、可愛いなあと思いまして。
前回から結構久しぶりに書きました、ちょっと間を置くと展開を忘れてしまう……。
2010/11/15

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