陽炎

じりじりと照りつける陽の光。
「暑いッスね」
「そうだな」
話かけた相手も、ふっと息を吐くと、オレと同じ様に空を、照りつける太陽を見上げた。

この世界の気候、というのはどうも掴めない。
暑くなったと思ったら寒くなる、そういう事もままある事だから、体温調節にはことさら気を使っている。
だけど、今日は特に暑い。
真夏、と称してもいいくらいに暑い陽の光が照りつけている。
熱せられた地面からは、陽炎が立ち昇っている。
ユラユラと揺れるソレは、見ているだけで暑さを感じさせる。

こういう日は、特に水場が恋しい。

競技用のプール…とまでいかなくていい。湖でも海でも、そこら辺を流れる小川でも構わない。
水に浸かった時の清涼感は、きっと素晴らしいものだろう。
そう思わないだろうか?
同意を求めようとした相手からは、何も返事がない。

「フリオ?」
不審に思って振り返ってみると、自分よりも体の大きな青年は、汗をかき酷く荒い息をしている。
その足取りが、どこか覚束ないようで…まさか、と思っている内に、自分の目の前で彼の体が崩れ落ちていく。
「フリオニール!!」
ビックリして駆けよってみると、赤い顔に玉の汗を噴き出した仲間。
どうすればいいか。
頭で考えるよりも先に、まず先に体が動き出していた。




暑い、という事と…揺れる。
視界が、頭が揺れてる。
ユラユラと……陽炎みたいに。

気付いた時には、揺れていた視界は真っ暗だし、体は動かなかった。
呼吸をしようと口を開ける、水揚げされた魚のような気持ち。
上手く、呼吸ができない。
暑い……。
そう感じる体。

ふと、その額に冷たく濡れた感触が落ちてきた。
冷たい、心地よい感触。
ひんやりと、体を撫でて行く風…その心地よさの正体を知ろうとして、重たい瞼を開けた。


「大丈夫ッスか?フリオニール?」
目を開けたその先、心配そうに俺を覗き込む青色があった。
「ほら、コレ水ッス。飲んで」
彼の手が差しだした瓶を受け取る。ひんやりしたガラスの温度が心地良い。
見上げれば、太陽の光は大きな木に遮られている。
目の前には川が流れ、水の涼やかな音と、その水を撫でる風によって空気が冷やされている。
肌の温度で温められてしまう前に、瓶の蓋を開けて中身を口にする。
体の中を水が通って行く感覚。その冷たい液体は、直接、俺の体の内側からを冷やしていくような気がした。

「熱中症ッスね」
「ね、ちゅう…しょう?」
上手く回らない舌、まだ体も少々ダルイ。
体だけじゃない、頭もボーとしている。
回復、しきれてないんだろう。
それを見て取ったのか、俺に横になるように指示するティーダ。
反論する気にはならなかったので、水を飲んで横になる。

「暑い日に、長く外に居ると起こるんッスよ。体の体温が上がって、眩暈がしたり意識がなくなったりするッス。日射病とか言ったりもするッス」
「……ああ」
その名称は聞いた事があった。
「あと、体から水分が抜けてる事が多いか。水、絶対飲まなきゃダメッスよ」
何で、こんなにも彼はこの症状について詳しいのか、と考えてみて。そういえば、彼はスポーツをしていたんだと思い出す。
スポーツ中は、こういう症状には気をつけないといけないんだろう。対処法も知ってたんだろう。
体の向きを変えようとしてみて気付いた。
自分の身に付けている鎧や武器が無い。

「ティーダ…俺の、装備品は?」
「武器背負ったままで寝かせられる訳ないッスよ。それに、鎧着たままだと熱が籠って体温が下がらないッス。ちゃんと装備品は片付けておいたッスよ」
彼の話に納得し、俺は頷く。
横になった状態で、ティーダの方を見ると。気が付いた事で落ち着いたのか、彼が微笑みかけてくれた。
その笑顔に、俺も少しだけ微笑み返す。

「ありがとう……そういえば、俺を運んだのは?」
「オレ以外に、誰が居るんッスか?フリオ、めちゃくちゃ重かったんッスよ」
確かに、自分よりも小柄な彼が俺を運ぶのは大変苦労した事だろう。
「でも……フリオ、鎧と武器外したら。そうでもなかったッス」
「…え?」
「フリオが重いの、装備品の所為ッスよ。それ、少し減らしたらもっと身軽に動けるようになると思うッス」
素早さをウリにする彼からすると、自分の素早さを殺しているのは。考えられない事なのかもしれない。
彼が言う事は、最もな事だ。
早く動ける事、それによる利点は大きい。
だけど……。


「装備品…減らす事は、多分できないな」
「どうして?」
どうして、その疑問に俺は少しだけ考える。
「やっぱり、自分の戦う時のスタイルってあるから……それに」
「それに?」
続きを促す彼が、俺をじっと見下ろしている。

真っ直ぐな青い目に見つめられているのは、不思議な気分だ。
普段は、この視線は俺よりも下にあるから…慣れてないのかもしれない。
それとも……そうだ。
彼が、凄く真面目な顔をしているから。


「それに…どうしたんッスか?」
「ああ……。守ってくれてる、気がするんだ」
俺の返答に、彼は拍子抜けした顔をした。
「守るって、そりゃそうだろうけど」
「違う。ただ、自分の装備品としてだけじゃなくて…さ」

守ってくれているんだ。

ゆらりと、脳内で何かが揺れる。
ユラユラと立ち昇る、陽炎みたいに。
形も実態もなく、ただ揺れている。
何か……。
そう、これは。


「俺の仲間が、託したものだから」
俺を守ってくれている。
彼等の思いが、意思が、夢が…。
描いた未来。
俺が、引き継いできたもの……。

手放す事なんて考えられない。
彼等の思いが、宿っているから……。


「大切な、物なんッスね」
「うん……大事な物だ…仲間が、俺に託した思いも…そこにあるから」
だから、外す事なんて考えられない。
彼等の為に、俺は……。


「フリオニール……何、背負ってるんッスか?」
ふと、俺を見下ろす彼が真剣な顔をしてそう尋ねる。
「背負ってる?」
「うん……なんか、説明できないッスけど。フリオニールは、その武器以上のモノを背負ってるような、そんな感じがするッス」
「背負う……」

負わなければいけない、ものなんだ。
俺が…しないといけない。
継がないといけない。
皆の思いを、繋がないと…。

俺が……。


「背負い込み過ぎッスよ」
彼はそう言うと、俺の額を冷やしていた布を取り上げた。
水で洗い、絞ると、もう一度俺の額へとそれを戻す。
冷たさが心地いい。
その額の布に重ねられた、彼の手。
冷たい布が、どんどん温められていく。


陽炎を起こす、太陽とは違う。
人の温もり。
幻や蜃気楼などではなく、現実に、今この場に居る。
現実にある、温もり。


「フリオニールは、何でも一人で背負い込み過ぎるんッスよ。もっと頼ってくれていいのに」
ぎゅっと俺の額の上で、彼の手が握り拳を作る。
「誰かの為だって、大切な事だけど…フリオニールはもっと、自分の事、大事にしないと。

思った以上に、軽かったもん……装備外したフリオニール。
必要以上に抱え込んで、自分を重くする事ないッスよ。
もっと、身軽に生きないと…ただ辛いだけッス」
俺を見下ろす、悲痛な彼の表情。


俺は、大人になり過ぎているらしい。
いつか……誰かが、俺に向けてそう言ったのだ。
それは、目の前の少年だったのかもしれない。

だけど……お前だって、人の事言えないじゃないか。
俺を見下ろす少年の、大人の表情…。

そっと、額の上の手に触れる。
やっぱり、暖かい。
生きている、暖かさだ。
一度触れたら、離れたくなくなってしまう暖かさ。


無くしたくない…そう思うのは、彼が大切な人だからだ。
守りたい、どうしても。
その命、俺が繋いでいけるように……。


「それでも、俺は。誰かの為に居たいよ…ティーダ」
成せなかった人が、居るから。
残して消えた人の為に、より多くの人へ繋がないと。


「フリオニール…オレは、折れかかった背中に寄りかかる気は無いッスよ」
彼の手が、額から移動する。
俺の胸の上へと、下りて来た彼の手。
ドクドクと、鼓動を打つ俺の体の中心に、彼は触れる。

「頼っていいんッスよ、もっとオレを……。
フリオニールを守ってあげられるのは、アンタの背負ってる過去じゃない。目の前に居る、オレだよ」
「ティーダ……」
そう言う彼は微笑む。
俺の胸の上で、彼の手が握られる。
決して離さないというように、握りしめられる。

ああ、揺れる…俺の心が揺れる。
決意が、意思が…。
だけど、嬉しいんだ。
一緒に居てくれる、温もりが、優しいから。

でも、怖いんだ。
ふいにそれが、離れて行く時が……。
俺が背負わなければいけない、遺志が、命が…また一つ、増えるのが。

消えて欲しくないのだ。
ゆらりと揺れて、消える陽炎みたいに。


オレは、彼に笑顔を向ける。
普段は見せない笑顔だ。
だって、彼が…フリオニールが、オレが居るのに他人の影ばかりに捕らわれているから。
オレも本気で、口説き落とさないといけない。
そうしないと……彼は、オレの知らない何かに捕らわれたまま、戻って来てくれなさそうだから。


「フリオニールの背負ってる、目に見えない重いモノは…オレが全部取り除いてあげる」
“折れてほしくないなんて、建前”

「一緒に居て欲しいんッス」
“オレ以外がアンタを守る事も、オレ以外を頼るアンタも許せないだけ”

「オレ、フリオニールの事が好きだから」
“誰かの影なんて、全部落として…オレだけのものに、したいだけ”

そんなオレの心境なんて知らない、彼。
胸の上、彼の鼓動を感じる手に、暖かい彼の手が重ねられる。
「ティーダは優しいな」
ありがとう、と言って力なく微笑む彼に、オレの心が揺れる。
優しいなんて言われる筋合い、ないのに。
彼は本当に、オレよりも純粋だなって……思う。
必要無いところは、ずっと大人のクセに。
強いんだか弱いんだか、判断に困るっつうの。

捕まえておかないと、消えてしまいそうだから。
ゆらりと揺れて、どこかへ消えてしまいそうで…。
だから離したくない。


ああ、子供なんだか大人なんだか……。
よく分からないな、オレ達。


小さく溜息を吐くオレの手を取る彼の熱が、オレの心を揺らしていた。

あとがき

ティフリWEBアンソロに提出した小説です。
夏が暑かった所為か、熱中症ネタが思い浮かんでしまいまして。そういえばフリオは結構着込んでそうだし、暑いのには弱そうだなと思ったんですね。

年相応に見えますけれど、ティーダは何だかんだでやっぱり大人なんだろうと思うんです。
ただなんというか、大人になりきれていない部分があって、こうグラグラしてる…そんな子だと思います。

ティフリはやっぱり、青春真っ盛りな二人がウダウダやってるのが可愛いと思うんです。
2010/9/19

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