人と接する上で、大切な事

挨拶をする事
人の言葉に耳を傾ける事
自分の意見を言う事

笑顔を……向ける事

琥珀

喫茶店に、様々な人が出入りするのは当たり前の事。

「なぁスコール、頼む!これ以上分かんないッス」
降参だ、というジェスチャーをして目の前の友人にノートを差し出す高校生。
それを見た相手は、小さく溜息をした後で彼のノートを受け取る。
制服に身を包んだ学生の、そんな光景を眺めつつ、俺は少し休憩している。


店内の客は今は少なく、注文の声もかからないので暇なのである。
マスターも、自分で淹れたコーヒーを片手に新聞を読んでる。
手持無沙汰の俺は、店内に置いてあった料理本に手を伸ばす。
料理は嫌いではなかったし、今までお世話になって来た家では、必要とあらば自分が台所に立つ事はままあった。
それは、今の家主の元では毎日の仕事なのだ。別に嫌な訳ではないのだが、問題は…彼の口に合う食事を作れるかどうか。

好き嫌いはない、大抵のモノは食べられる。
そう言う彼は、俺の作った料理を高評価してくれているけれど……本心はどう思っているのか、怖くて聞けない。
料理のレパートリーだって、そもそもそんなに多くある訳でもないし。少しは勉強しないと、飽きられてしまいそうなのだ。


「オ二ィさん」
本の内容を必死で読んでいた俺の前で、そんな声がしてハッとなって顔を上げる。
そこに立っていたのは、さっきお手上げだと言っていた学生。

「…お水、貰っていいッスか?」
「あっ…ぁあ、はい!少々お待ち下さい」
慌てて立ち上がると、カウンターの奥へと入る。
グラスに入った水をお盆に乗せて戻って、少年の待つテーブルへと運んで行くと。彼は「ありがとう」と言って、俺に満面の笑顔を見せた。

「すみません、気付かなくって…」
「良いんッスよ……ところでオニィさん、バイトなんッスよね?いつから来てるんッスか?」
「…………昨日から、ですけど」
「へぇ…あっ、オレはティーダッス!こっちの気難しそうな顔してんのがスコール」
自分の友人を指して、気難しそうと言うのはどうかと思ったが。眉間に皺を寄せて、参考書と向かい合っている高校生は、言われてみれば気難しそうに見えてくる。

「オレ等、家がこの近所なんッス」
「そうなんですか」
そう答える俺を見つめる彼。覗きこむようなその視線に、何かマズイ事でも言っただろうか?と、自分の内側で考える。

「…………ねえ、オニィさんは何ていう名前なんッスか?」
彼は、どうやら俺が名乗りをあげてくれるのを、待っていたようだ。
「フリオニール、です」
「フリオニール……分かった、フリオッスね!」
「フリオ……」
どういう訳か、早速アダ名をつけられてしまっている俺は、ティーダという青年の輝かしいばかりの笑顔を見返す。

「俺とアイツ、家が近所だからさ…良くココに来るんッスよ、フリオは家どこなんッスか?」
「えっと…俺は。まだ…この辺りに来たばかりだから…地理とか、上手く説明できないんです」
正直に告げると、彼はへぇ…と言う。
「じゃあ、案内してあげようか?」
笑顔で彼は俺に話しかける、その人としてのコミュニケーションを取る近さに、どうしても自分は慣れない。

「ティーダ、いい加減にしろ…相手が困っている」
そんな俺に助け舟を寄越してくれたのは、ティーダの向かいに座って居る少年。
「大体、お前は人の事の前に…まずは自分の事をなんとかしろ」
テストが危ないのはお前だろう、とティーダにノートを返却するスコールという少年。
彼の宣告は本当の事のようで、ティーダはノートを恨めしそうに睨みつける。

「……すみません」
「いえ……」
笑顔の少年を見て思った。
俺も、あんな風に笑う事ができるのならば……もう少し、人に好かれるのだろうか…と。
できるものだろうか?


「なぁなぁフリオ、また会いに来ていい?」
「いいですけど…どうして?」
そんな事を聞くんだろう?
すると、ティーダは俺を見つめて首を傾けた。

「別に深い意味は無いッスよ…ただ、アンタと友達になってみたいなぁ……と、思っただけ」
「友達……」
その言葉に、自分の中で、どこかむず痒い気持ちが沸き起こる。

そうか…友達か。


「……そんな事がありました」
夕飯の席、今日、ウォーリアさんは居ない。
その代わり、彼からかかって来た電話。
今日あった事について、同居人である彼に俺は簡素に説明する。

『そうか、良かったな…年も近いんだろう?その少年とは』
「はい」
17歳だと言っていた、高校生の笑顔が印象的な少年。
「明るくて、とても人懐っこいかんじの…良い子です」
『知り合いは多く居た方がいい。私の様に年の離れた人間よりも、年の近い者同士の方が、色々と話も合うだろうし』
「………そう…」

そうでもない、と俺は思った。
だって貴方は俺に、こんなにも優しく語りかけてくれる。
落ち着くのだ、貴方の声を聞くと。

「俺、貴方の声……好きです」
ふいに口にした言葉に、彼は驚いた様に『えっ』と言う。
だが追及はせずに『そうか、ありがとう』と、機械越しの声が優しく礼を言った。
その声に、自然と自分も少しだけ口角が上がる。
『新しい友達ができて良かった。今度、一緒にでかけておいで』
「はい……約束しました」
約束した、というよりは約束を取り付けられた、と言った方が正しいのだが。

「だけど、不安です。俺と一緒でもいいのか、って」
『大丈夫だ無理しなくていい、自分の事を素直に話してごらん…相手に合わせる必要も、何もないから』
「そうですか?」
『挨拶をする事、人の言葉に耳を傾ける事、自分の意見を言う事、笑顔を向ける事』
「はい?」
『人と付き合う上で大切な事らしい。私は、よく注意されるがな』
そう言うと、彼は自嘲気味に笑った様だ。
ふっとした息使いが、電話口の向こうから聞こえた。

『大丈夫だ、そのままの君でいなさい』
「はい」
力強く返事すると、彼も向こうで笑ってくれているようだ。

『すまないな、フリオニール。今日は、帰れそうにないんだ』
向こうで謝る彼に、俺は頷く。
「そうですか……分かりました」
『戸締りをして、遅くならない内に休みなさい…明日も、仕事だろう?』
「はい」

貴方の方こそ、ちゃんと休んで欲しい。
どうか、無理をしないで。
そう伝えると、彼の優しい声が『ありがとう』と告げた。

『おやすみ、フリオニール』
「おやすみなさい」
そう返答して、通話を切る。
ギュッと握りしめる、彼と繋がっていると感じられる唯一のモノ。

一人でだって平気だろう?
そう、一人でだって俺は生きていける、そう思ったから家を出て来たのに。
誰にも関わらずに、そうすれば、俺を恐怖に陥れるモノから逃げられると思ったのに。
どうして、側に居ないと不安なんだろう?


『君を信じよう』


無償で捧げられる優しさ。
彼は俺を拒絶しない、怒らない、否定しない。
どうしてそんな事ができるんだろう?
どうして、受け入れてくれるんだろう?
知らない人間のハズなのに。
貴方の優しさが、嬉しい。

ざわざわと、心の中が落ち着かない。
体を巡る血液の動きが騒がしい、落ち着かない。

不安に揺れる自分の腕へと、爪を立てる。
強く強く、プツッと皮膚を裂く感触と共に、小さな痛み。
痛い、痛いんだ…凄く。
どこが痛いのか、分からないけど。
でも平気だ。
これで大丈夫、落ち着いた。
きっと……。

「大丈夫……きっと」
貴方が居なくたって、俺は大丈夫。
平気だ、平気でないと……駄目だ。

「ウォーリアさん、痛いです」
そっと腕を話して俺は、血の付いた自分の爪と傷付いた自分の腕を舐める。
貴方との繋がりを握り締めて眠った。


to be continued …

あとがき

警察官と家出少年続編。
17歳コンビは二人で勉強してそう、というかスコールに「教えて!」ってかんじで、ティーダがくっ付いてるイメージ。
でも、ティーダはどっちかというとファーストフードの方が好きそうですね。
喫茶店をよく利用してるのは絶対スコールの方ですよ、これからティーダはくっ付いて来そうですが。

フリオがWOLに、思ったより懐いている事について…。
早く恋愛にならないか…という作者の願望の表れです。
2010/8/24

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