君が笑顔で話してくれる
緩んできている彼の警戒心
嬉しい、もっと君の笑顔を見ていたい
君の事をもっと知りたい、もっと…君と一緒に居たい
琥珀
行き付けの喫茶店の前を通りかかった。
職務中で現場に向かう最中なので寄る事はできないけれど、そっと外から店内の様子を伺う。
彼が勤め始めて二週間程、少しずつ店の雰囲気にも慣れてきているようだ。
可愛らしい笑顔の彼が、客と対話している姿。
「どうした?」
「……いや」
少し立ち止まった私を、不審に思ったのか上司がそう声をかけて来た。
「…顔が少し二ヤけているぞ」
「二ヤけている?」
そんなイヤらしい顔をしていただろうか?
「ふむ……少し違うな」
「どう違うんだ?」
そう尋ねれば、上司であるガーランドの顔には、困った様な皺が刻まれる。
「そうだな……まるで、想い人を影から見守る少女か」
「なんだそれは」
まず、私を少女と例えるのには無理があり過ぎる。
そして、この鎧の様な厳つい顔をした上司が、そんな可愛らしい台詞を口にする事も無理があり過ぎる。
「お前が聞いたのであろう……だが、儂のこの言葉は言い得てそんなに的を外してもおらんと思うがな」
「どういう事だ?」
「それだけお前の視線は、特別なモノへ向けられたものだった…と、そう言っているのだ」
まあ、彼の言葉は理解できる。
私が彼へ向けている視線、それは確かに特別な人間へ向けてのものだ。
だが……恋慕うような、そんな強く熱い視線を、私は送っているだろうか?
「まあ、大事な友人…いや家族みたいなものなんだが、な」
一緒に暮らす彼は、既に私にとってはなくてはならない存在になりつつある。
時間が取れずに蔑ろにされがちな、家の家事一切を肩代わりしてくれて、とても助かってる。
そんな利己的な理由ではなくて、彼が私を想ってくれている事、慕ってくれている事。
だが、彼が少しずつでも私を頼ってくれている事、それが嬉しくて仕方ない。
メールを打てば、必ず彼からの返信が来る。
私を気遣う内容がほとんどであるが。そうやって、誰かから励ましてくれる声があるというのは、とても嬉しい。
疲れて帰ってくれば、彼は奥から顔を覗かせて私を出迎えてくれる。
「おかえりなさい」と控え目な笑顔で挨拶する彼に、私も笑いかけて挨拶を返す。
遅くなった時でも、彼は私を待ってくれている事の方が多い。
自分が彼を心に巣食う闇から救ってあげたい、そう思っているというのに…私の方が、彼に救われているような気さえもする。
彼は、愛らしい。
綺麗な子なのだ、容姿の問題ではない。心優しく、本来ならば多くの人から好かれるハズ。
それが嫌われる理由は、彼の抱えている闇にあると思う。
人は闇を嫌う。
見えないモノに、救われないモノに…巻き込まれたくは無い。
救いの手を差し伸べるよりは、触らずに関係せずに、遠まわしにして生きていたい。
自分だけでも平和に……そう望む人間社会の、冷たさ。
彼が冷えているのは、それの所為だ。
私は……少しでも、彼の心を温める事をできるだろうか?
「職務中に考え事はするな」
「分かっている、支障はきたさないようにしているつもりだ」
あくまで、つもりなのだが……。
携帯に向かった自分の手、その指は、彼に向けて何を問いかけようとしていたのだろう?
「おかえりなさい」
帰って来た玄関先、彼は今日も控え目な笑顔で出迎えてくれる。
「ただいま」
笑ってそう言う私は、ふと玄関先に飾られた花を見つけた。
赤い花弁に包まれた、小ぶりの薔薇の鉢植え。
「どうしたんだ、コレ?」
「ああ……喫茶店のお客さんがくれたんだ。花が好きなんだって話をしたらさ…知人が花屋をしてるから分けてもらおうか、って」
いらないって、断ったのに…と彼は申し訳なさそうにそう言う。
「折角の好意だからな…女の人?」
「ううん、男の人。クラウドさんっていうんだ」
「そうか……親しくしてもらっているんだな」
「うん、何時も来ると話しかけてくれるんだ」
良い人だよ、と言って笑う彼の言葉に、私は少し頷く。
「そうか」
彼も、私以外にもこうやって気にかけてもらている人ができたのか。
そう言えば、近所の高校生からは友達になりたい…なんて声をかけられていたんだったな。
彼も、こうやって人に好かれているんだ。
笑顔も、少し柔らかくなった様な気がする。
自然と零れるようになってきたんだろうか?
彼と関わった人の、お陰で……。
ズキッ……と、体の内に走る痛み。
どうしたんだろうか?不満だ。
彼が、私の知らない所でどんな人と関わっているのか、彼と違う時間を生きる私は。それを知る事ができない。
側に居たいと、思うのに。
彼の変化は、私だけの楽しみなのに。
そこまで考えた自分を、一度振り払う。
何を考えているんだ、私は。
それでは彼の自由も何も、あったものではない。
私は彼を、一人占めしたいとでも考えているのか?
「はぁ……」
溜息を吐く私に、フリオニールが不安そうな表情を見せる。
「あ、あの…気に入りませんか?」
「えっ?」
「花、勝手に飾ったの」
「いや、疲れてるんだ…済まない」
彼に笑いかけて頭を撫でれば、「そうですか」と彼は曖昧に頷く。
「お風呂、良かったら入って下さい。ご飯の用意もできてますから」
「ああ、ありがとう」
私の鞄を受け取ると、奥へと引き返して行くフリオニール。
少し頭を冷やした方がいい、そう思った私は彼の入れてくれた熱い湯に体を浸した。
誰も居ない空間、一人になって考える。
何故、彼を拾ったのか。
昔の自分に似ていた、それは勿論ある。
見捨てる事ができなかった、確かにそうだ。
離れがたい、目を離してはいけないと思うのは、そんな親近感からか?
初めて会った時の、彼の瞳。
光を当てればきっと綺麗に輝くだろう、美しい色の瞳。その奥にひしめく、何かの闇…それを照らしたいと思った。
私は彼の飲まれそうになっている光に惹かれた、それは、ただの親近感とは、訳が違う。
今日の、上司の言葉を思い出す。
特別なモノへ向けられた感情…。
親近感だけでは、説明のつかない強いソレに、名前を付けるのならば。
「本当にあるものなんだな…………一目惚れなんて」
自嘲気味に呟いて、天井を見つめる。
ああ、成程…私は一瞬で彼に捉えられた訳だ。
だから、手放せなくなってここまで連れてきてしまった。
手元に置く事で安心してるんだ、だけど、彼をこのままでは駄目にする事は分かっている。
闇に飲まれそうな光を、救い出したいから。
だから、彼を外へと連れだしたのに。
変化していく彼に、嫉妬をするとは……自分も情けない。
彼に触れたいと思うのは、その所為か。
その心も、肉体も、冷えたソレ等を温めてやりたいと思うのは。
「恋慕なんて、した事ないんだが……」
恐れていた、誰かを愛する事を。
人と向きあえるようになった今だって、変わらない。
人は人に愛情を注ぐ事ができる、それは理解した。
誰しも、一人では生きていけないように、誰かを頼りにしたがっている事も分かった。
他人の感情は、自分が恐れている程に、怖いモノではない……という事を感じ取った。
それでも。
誰か一人に愛情を注ぐ、そんな真似ができない。
自分が父親になる、なんて…考えたくもない。
私は人に与えられる愛情など、持ち合わせてはいない。
そう思っていたから。
だから、気付くのが遅いのか……いや、気付けただけ良かった。
私は感情に疎い。
それは、子供の頃に愛情を与えられなかったから……らしい。
正直、私は覚えていないのだ。
ある朝。
目覚めたその時、私には何も無かった。
何にも。
「はぁ……」
思い出したくない事だ、再び、記憶の底に蓋をする。
「ウォーリアさん」
風呂のガラス戸の向こうから、私を呼ぶ彼の声がした。
「どうしたんだ?」
「あっ、いえ……その。着替え、持ってきましたから」
そう言うと、彼の足音が遠のいて行く。
それだけ、じゃないんだろうな。
何を言いたかったんだろう、彼は?
風呂上がりの食事の席で、彼は私に笑顔を向ける。
友達の話を聞けば、どうやら私の忠告は上手くいったようで。その高校生とは、仲良くなれたそうだ。
もう一人、花をくれたという客の事を聞けば、随分と彼の事を気にかけてくれるらしい。
「友達に似てるんだそうです…亡くした友達に似てるって、そう」
どんな友達だったんだろうか?その人は。
輝く彼の世界を見て、私は嫉妬をした。
だけど、ゆっくりとそれを向き合えば、なんて事は無い。
彼はここに帰って来てくれる、私の事を…必要としてくれている。
幸せだ、それだけで。
きゅうっと胸を締め付ける、ほろ苦い苦しみと、甘酢っぽいような幸福。
ああ、これが……初恋というものか。
頭の隅で、冷静な自分がそう答えた。
to be continued …
警察官と家出少年続編。
WOLさん自覚編、一目惚れです、初恋です。
このWOLは、愛情とかそういうモノは与えられてなさそうだな、という設定です。
だって、フリオと自分が似てるって言ってるんですからね…。
このWOLの過去話は、いつか絶対に書くぞ!!と心に決めてますので、詳しい事はまた後日。
2010/9/4