誰かの声を、幸せと感じる
誰かの温度を、嬉しいと感じる

そんな小さな事が、とても幸せに思う

琥珀

渡された制服は、紺色のエプロン。
服装には対して決まりはないんだそうだ。
「これを向こうのテーブルまで」
「はい」

朝の店内は思っていたよりも人が居る、モーニングの時間だし当たり前かもしれない。
店のマスターは、昨日と同じ無表情を崩す事はないが。店内の客もそれが当たり前だと感じているのか、誰もそんな事は気に留めていない。
むしろ……気にかけられているのは、俺の事のようだ。
さっきから人の視線を感じる、この背中に、ひしひしと刺さるくらい感じる。
接客なんて慣れなくて、顔が少し引きつっている……というか、表情が固い事くらいはまざまざと感じるけれども…俺はこれをしなければいけないのだ。

「新入りさん?」
「あっ……はい」
頷くと、銀髪に柔らかな表情を見せるスーツ姿の、中性的なその男性は微笑んでくれた。
「そうか。美人さんだね…って、彼が言ってたんだ」
「はぁ…っえ?」
困惑する俺に、男性はクスクスと笑いを零す。
「セシル、余計な事は言うな」
向かいに座る金髪にスーツを着た青年は、溜息と一緒にそう呟く。
「でも、本当の事でしょ?入って来た時から、彼の事目で追ってたし」
「見てない」
「あの……」
盆に載せていた皿は全て置けたのだが、引き止められて戻るタイミングを掴み損ねている。
「すまない……困らせて」
「い、いえ」
ペコリとお辞儀をしてカウンターの内側へと戻る。
恥ずかしい、対人コミュニケーションはあまり得意ではないのだ。

お勘定をすませる人達を見送る、「ありがとうございました」という必死の笑顔。
ふと、俺の前で立ち止まったのはさっきの金髪の青年。
「…………あの?」
「もう少し、自信を持って笑って大丈夫だ…アンタは、笑顔が綺麗だと思う」
「えっ……」
それは、記憶に残っている言葉と重なる。

『そうやって笑っている方が、君は似合うよ』

「ありがとうございます」
無理せずに零れた微笑み。
それを見た相手が、ふと表情を緩める。
「やっぱり、笑顔がいい」
「あっ……」
「俺はクラウド」
また来るから、とその人は待たせていた相手と一緒に店を出て行く。
ふと去り際に銀髪の男性と目が合って、交わされた会釈に自分も慌てて会釈を返した。


「疲れるか?接客業は」
昼のランチタイムまでに時間の余裕があり、店の客もまばらになった頃。マスターがそう声をかけてくれた。
「そう、ですね……。慣れてないんで」
「大丈夫だ、俺よりもずっと向いている」
笑っているからな、と彼はマスターはそう言った。
「多分、無理してるって事、バレてると思うんですけど」 「それでも努力しているだけいい、俺は努力をする事もしていない。それに、言われてただろう?笑っている顔が似合うと」
どうやら聞かれていたらしい。まあ狭い店だから仕方ないだろうし、別段、恥ずかしい事でもないからいいけれど。
その時、ふとジーンズのポケットの中から振動音が響いた。
「出てもいいぞ」
「えっ…でも、勤務時間」
「どうせ暇だ」
店主にそう言われてしまえば否定もできない。相手に「すみません」と一言謝って、携帯の画面を確認する。

今、この携帯のアドレスを知っている人はこの世に一人しかいない。
連絡をくれる相手は、たった一人だけだ。
新着メールと記された画面、慣れない手で操作して内容を確認する。

『頑張っているか?』

件名も何もない、僅か一行しかないメール。
「……それだけ?」
だが、自分の頬が自然と笑みを形作っているのを感じた。
気にかけてくれている、俺の事を。

『接客業は慣れませんが、頑張ってます。
ウォーリアさんも、お仕事頑張って下さい』

送信のボタンを押して、短いメールを送り返す。
彼も勤務中である事は同じなのだろうが、迷惑ではないだろうか?
そう思ったけれど、送ってしまったものはどうしようもない…まあ、邪魔にはならないだろう。
そう自分に言い聞かせて、カウンターへと戻る。
気にかけてもらえている、それが…とても嬉しい。

それだけでも、嬉しかったのに。


「頑張っている、みたいだな」
「ウォーリアさん!」
いらっしゃいませ、というお決まりの挨拶をする為に顔を上げれば、そこに居たのは見知った人で。
「丁度昼休みだから、様子を見に来た」
ふっと微笑みかけてくれる彼に、俺も笑顔を作る。
いや……作っているんじゃないんだ、今までの接客に対する無理な笑顔ではない。
自分の意思で作りだしたわけではなく、自然と形成されてきた笑顔。
「ランチセット、お願いできるかな?」
「はい」
返事をしてカウンターへと向かい、マスターへと注文を告げる。

「分かった……。しかし、随分とアイツの事を好いているんだな」
「えっ……?」
「今日一番の、笑顔だ」
そう言われて、自分の今の笑顔が一番自然だった、という事に気付いた。
彼にならば、笑顔を見せられるのか?俺は……。
確かに、彼は信用できそうな人だと思う。
まだ分からないけれど。
ああ、だけど……俺はもう、きっと彼を頼りにしようとしているんだろうな、と思う。
分かるんだ、自分が望んでいる事くらい。
差しのべられた優しさには、喰いついてしまう。

「大丈夫だ、アイツは多分想像以上にお前を大事にしてくれる」
「えっ?」
黙り込んでしまっていた俺に、マスターの一言が驚く。
「お前達は似てるよ、とても」
「あの…何が?」
「昔のアイツとお前は似てる、そう思った。そしてアイツは、そういう人間には優しい」
保障する、と言うマスターは手際よく料理を作っている。
「自分が苦しんだ事、それと似た状況にある人間に、人は辛くは当たれない」
「…………」
この人は、どうしてそんな事を言うんだろうか?
そんな、人の心を真っ直ぐに切り込んでくる様な言葉を。
「フリオニール…皿、下げてコーヒーを」
3番テーブル、という細切れな言葉を貰って、ハッと気付いた俺は「はい」と大きく返事をして、急いで皿を下げに向かう。
駄目だ、ぼぅっとしてた。

「大丈夫か?」
「はい……まだ、慣れてなくて」
戻って来た時に、カウンター席に腰かけていたウォーリアさんに声をかけられた。
済まない気持ちで居る他に、恥ずかしい気持ちがふつふつと浮かぶ。

「そうみたいだな…だけど、大丈夫だ」
そう言って笑って慰めてくれる彼が、本当に嬉しい。

「彼をどう思う?」
俺から視線を外し、カウンターのマスターを見てそう尋ねるウォーリアさん。
「俺よりも、接客には向いてるだろうな…客からの反応が良い」
「ほら、大丈夫だ」
笑顔でそう言われて、俺はやっぱり恥ずかしくなって下を向く。
「そ、う…ですか?」
なんだろう、恥ずかしい。
赤くなる俺に、ウォーリアさんは笑っているようだ。

「可愛いな、君は」
ポンッと優しく肩を叩かれる。
「えっ…かわいい?かわ……」
彼の言った言葉の意味が、俺の頭の中でゆっくりと理解されていく。
「なっ!!に、言ってるんですか!?俺みたいなデカい男に対して」
真っ赤になってそう反論すれば、彼は笑って「そういう所が可愛い」とそう言う。

ドキドキと早鐘を打つ心臓。
本当に、この人の言葉は時々とても心臓に悪い冗談を言う。
困った人だ、本当に。
だけど……。

「やっぱり、君は笑っている方が似合うな…そんな風に」
「えっ……」 そんな彼に、笑顔を見せられる様になっている自分に気付いて驚く。

彼は俺にどれ程の愛情を注いでくれているんだろう?
こんなにも簡単に……人を信じないと誓っている俺が、受け入れてしまえる程に。
俺は、彼を頼りたいんだ……。


「おまちどう」
カウンターに座るウォーリアさんの元に、マスターが注文したプレートを持ってやって来た。
自分の仕事を疎かにしていたと、また気付いて俺はマスターに謝るが。彼は「別に構わない」と首を振った。

「フリオニール、お前も昼休憩にするか?」
まかないは用意してる、と言うマスター……何時の間に。
「えっ……でも」
「先に休め、ソイツと一緒に昼食を取ればいい」
問答無用、とでも言う様に俺の目の前に差し出される皿。
「冷めない内に、食べなさい」
「……分かりました」
お先に失礼します、と言ってウォーリアさんの隣りへと座る俺。それに対し、マスターは無言でカウンターの内側へと戻って行く。

「相変わらず、無愛想だな……心遣いはできるのに、不器用な男だ」
そんなマスターを見て、ウォーリアさんが小さな声でそう呟くのが聞こえた。
俺はマスターに聞こえてしまっているんじゃないのか、と心配になったが。言った本人はそんな事は気にも留めていないし、マスターも聞こえていなかった様で、普通に仕事を続けている。

それを見て安心した俺は、マスターから渡された皿の中身に取りかかる。
薄く焼かれた卵の黄色に、赤いトマトソースの色が可愛らしい、オムライスである。
どこか子供っぽい配色のその料理は、どこか懐かしい味がする。

「上手くやっていけそうか?」
「分かりません…でも、なんだか頑張れそうな気がします」
そう答えると、彼は「良かった」と言ってくれた。
「君が頑張ってくれると嬉しい、ここの雰囲気を良くする為にも」
「嫌味は程々にしろ」
チラリとコチラを見てそう言うマスター。
やっぱり、最初のウォーリアさんの呟きも聞こえていたんだろう。
どこか申し訳ない気持ちでオムライスを粗食していく俺に、ウォーリアさんは「気にするな」とそう言った。
貴方がこの気持ちの元凶でしょう?
ムッとした表情を見せれば、彼は俺に笑いかけて頭を撫でる。
そんな彼の温もりを感じて、俺は目を細める。


彼を想うと…俺は、笑えるんだって知った。


to be continued …

あとがき

警察官WOL×家出少年フリオ、続編。
このフリオはツンデレだとよく言われますが、今回のフリオはちょっとデレ過ぎている……と、書いている本人が思いました。
前の晩に添い寝してもらったんで、何か連帯意識でも生まれたんじゃないですかね。

クラウドとセシルは常連さんです。他に17歳コンビとか玉ちゃんとティナも出したかったんですが…尺として一話に収まらないので次回以降に。

ところで、ガブラスがオムライスを作る図…というのは、とってもシュールだと思うのです。
いや、オッサンが無愛想な無表情でオムライスの皿を持っているというのは、本当に似合わないなぁ…と。
2010/8/21

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