目が覚めた時、俺は見た事もない場所へと迷い込んでいた
ここは一体どこなのか?
帰り道が、分からない……
さぁ、狂ったお茶会を
起き上がったそこは、芝生の上。
だが、そこは俺の知っている場所ではなかった。
見知らぬ場所という事ではない、待ったく違う世界に居るんだ。
その理由は何て事は無い、見たことも無い取りが飛んでいる…どうして鳥に魚の様な硬質な鱗があるんだ?
倒れている場所を見渡して見たものの、そこが、城であるんだろう事は分かった。
芝生から離れて、中央の道に立ってみると、その城が左右対称に造られている事が分かる、庭の木々まで綺麗に左右対称に駆り揃えられている。
だけど、何かがおかしい。
窓やドアの大きさ、形…形は綺麗に整えられている、だけど何かが明らかにおかしい。
ピッタリとハマらない。
首を傾ける俺は、そっと庭の中を歩いて行く。
とにかく……ここから出ないといけない、そう思っていた時だった。
「何をしていたんだ、待ちくたびれてしまったぞ」
俺へと向けてそんな声がかけられて、後ろを振り返るも誰も居ない、勿論前も左右もどこにも人は居ない…一体どこから?
「こちらだ、上だよ」
そう言う男は、間近に迫っていた城の二階のテラスから、俺を見下ろしていた。
「早くこちらに上がって来なさい、お茶会が始まってしまう」
男性はそう言うと、自分の居るテラスへと俺を手招きする。
「あの……俺は、貴方に招待された覚えはありません、誰かと人違いをしているんです」
シルクハットを被った、おそらくはこの城の城主なのだろう男は、そんな俺に向けて「何を言っているんだ」と静かに言う。
「今、君を招待しただろう。さあ、早く此方へおいで……いや、こんなに良い天気なんだ、外でお茶会を開くのもいいな。待っていたまえ、直ぐに行こう」
そう言うと、彼はなんとそのテラスから飛び降りて来た。
慌てる俺の前で、なんて事は無い様にストンと直立のまま降り立つと、ニッコリと微笑んで彼は恭しくお辞儀した。
その男性は、遠くから見てもとても綺麗な整った顔立ちをしている、そう思ったのだが。近くで見ると、よりその美しさが感じられる。
白い肌に輝く銀の髪、青く澄んだ瞳、黒い燕尾服に蝶ネクタイ、シルクハットを被った完璧な正装。
その立ち姿から感じられる凛とした空気…それはまるで、彫刻の様に計算された美しさだ。
「私はウォーリア・オブ・ライトという、この城の主だ…君の名は?」
「俺は、フリオニールです」
そう答えると、正装の紳士は俺の手を取って庭を歩き出した。
「さあお茶会を始めようかフリオニール、君の為にとっておきのお持て成しをしてあげるから」
彼は俺の手を取って、どんどん奥へと歩いて行く。
「赤の女王と白の女王が、今は休戦中だからな…だから我々も平和に暮らしていられる。私だって年中お茶会を開いて楽しんでいられるんだ」
俺が尋ねてもいないのにそう語る紳士は、城の中庭に用意された大きなテーブルへと俺を連れて来た。
一体誰が用意したんだろうか?豪華な陶磁器のカップやティーポットや砂糖壺、ケーキやパン等のお菓子が沢山並べられたテーブル。
彼はその中央に俺を案内し、自分はその向かいに腰かけた。
「こんなに沢山のお客様が来るんですか?」
用意されている椅子を見つめそう尋ねると、彼は被りを振った。
「いいや、今日は私と君だけだ。永遠に君と私の二人かもしれない……さあ、お茶をおどうぞ」
白い陶磁器に赤い花の模様が美しいカップに、彼は紅茶を注ぎ入れると俺へと渡した。
自分のカップへも同じ紅茶を注ぎ入れる、その綺麗な手つきに、俺はしばし見とれる。
「私のお茶会に、こうやってお客が来たのは何年ぶりだろうな?いや、昨日は兎が来た様な気がする。まあどうでもいい、肝心の今日のお客様は君なのだから」
「はぁ……」
綺麗で静かな微笑で俺を見つめる相手は、「砂糖はいるかな?」と、角砂糖を取り上げて尋ねる。
「あっ…はい、一つ下さい」
そう答える俺のカップへではなく、俺の口の中へとその砂糖を押し入れた。
「んっ!」
咥内に広がる甘ったるい味に、思わず咽そうになって、淹れてもらった紅茶を口にする。
広がる甘い味が、消えてくれない。
「何するんですか!?」
「砂糖は一つと言っただろう?」
違うか?と尋ねる彼は、確かに間違った事を言っていない。
俺は砂糖を一つ下さいと言った、どこにとは言わなかったけれど…でも、常識的に考えると、何に入れて欲しいのか…それは分かりそうなものなのだが。
「私が思うに、君の言う常識に何の意味がある?」
目の前の紳士は、俺にそう尋ね返す。
貴族の様な雰囲気を持つ相手は、ティーカップを持ち上げて、それは優雅な動きで中のお茶を飲んだ。
「君が言う常識というのは、誰から貰ったものなんだ?どこの世界に、これこそが正しいというものが存在するんだ?狂った時計はそれでも時間を刻んでいる、自分の思う時間が正しいと、何故決まっている?」
分からないなぁ…という呟きと一緒に、長い溜息が彼の口から零れた。
「でも、誰かが常識を定めないと…世界はどんどん狂ってしまうでしょう?」
「そうだろうか?全員が全員狂ってしまえば、それで世界は正常に動くとは思わないだろうか?誰か一人が他の一人に自分の自我を押し付けるから、相手の世界は狂ってしまうのではないだろうか?」
「それは……」
「君はそれでも、誰かが作り上げて来た常識というモノを求めるのかい?」
彼の言葉は一理ある。
全員が全員持てる共通の認識なんて、存在しないのだ。
種族なり、文化なり、それぞれが対立してしまうから。
だけど、それでもある一定以上の集団があれば、そこに規律が必要になる。
そうしなければ、成り立っていかない世界がある。
それが、俺達の生きる世界の常識。
彼は常識が理解できないと言う…それは何故?
彼は狂っているのか……。
「そうだ、私は狂っているんだ」
俺の心を見透かした様に、彼はそう言った。
「人は私を狂っていると言う、だが、私はどうしても分からないのだ。私は何が狂っているんだろうな?世界の常識とは一体何なのだろうな?彼等が主張する言葉、それが私には理解できないんだ……君は理解できるのかな?」
「はぁ……」
「理解できるなら教えてくれ、君は常識を持っているのだろう?ならば、答えられるのではないか?私のどこが狂っている?」
俺はその質問に答えられず、思わず口を紡ぐ。
「常識が無いと、世界は混乱します」
「その混乱から抜け出せるくらい、自由に生きればいいだろう?」
それが嫌なのか?と彼は俺に尋ねる。
「そんな常識に捕らわれて、一体、何ができるというんだ?」
彼は別の丸いポットから、別のカップへと新しいお茶を注ぎ入れながらそう尋ねる。
「君は可哀想な人だ、そんな訳の分からない何かに縛られてしまって、こんな自由な世界が見えていないんだ。
それとも、ああ…そうか。君は被虐趣味があるのか、縛られたりするのが好きなのかな?」
変わった趣味の持ち主だ、と彼はうんうん頷いて勝手に一人納得している。
「なっ!違います!!そんな趣向なんて持ち合わせてなんて居ないです!!」
「そうか?今の話を聞くと、君は誰かに支配されるのが好きなのかと思ったのだが……まあいい。お茶はどうかな?」
彼は俺の返答を待たずに、近くにあった丸いティーポットを取り上げると別のカップへとお茶を注ぎ入れ。更に、テーブルに置かれた瓶から、たっぷりと蜂蜜を加えてから、俺へと差し出す。
一口飲むと、それは酷く甘ったるい味がしたものの…何故だろう、なんだかクセになりそうな味だ。
「君はもっともっと甘いモノを取った方がいい、そうすれば、もっと自由な人間になれるハズだ」
そう言うと、彼は俺へとクリームのたっぷり乗ったケーキを取り分けて差し出した。
一口食べると、それも甘い味がしたものの、今まで食べたどんな菓子よりも美味しくて、なんだか幸せな気分になる。
「美味しいです」
素直に感想を言うと、彼は嬉しそうに目を細めた。
「どうだ?自由になりたくないか?」
私と一緒に……と、彼は俺へと手を差し出す。
その手に自分の手を伸ばしかけて、俺は引っ込める。
「ごめんなさい、俺は貴方の様にはなれない」
「…………どうして?」
残念そうに俺を見つめて、彼はそう言う。
彼はきっと自由なんだろう、確かに俺とは違って、自由で幸せなんだろう。
だけど、俺は彼の様になれない。
「……お茶はどうだ?」
彼はそう言うと、飲みかけの俺のカップを取り上げて、新しいカップに紅茶を注ぎ入れた。
今度はそこに、真っ赤なジャムを入れて俺へと差し出した。
「ほら、もっと甘いモノを食べなさい、こんなに幸せな味がする」
そう言う彼が、俺の前へと可愛い色をしたマカロンの山を差し出す。
彼の差し出した皿から菓子を取らない俺を見て、彼はその皿をテーブルへ置くと。一つピンク色の物を取り上げて、俺の口元へと持って来た。
口先へと差し出されたソレをどうするか、しばらく迷うものの。そっと口を開けた。
俺の咥内へと押し込まれる甘い菓子。
「どうかな?」
「美味しいです…」
「そうか、良かった」
彼はそう言って微笑み、俺の一口かじったその菓子を、自分でたいらげてしまった。
「確かに、美味しいな」
彼の微笑みに俺は耐えきれず、俯き加減に紅茶を頂く。
柔らかな甘みと酸味は苺だろうか?と考えていると、目の前に苺が差しだされた。
フォークに刺さったソレを持つ手の主は、勿論、目の前の紳士しか居ない。
「ほら、口を開けて……」
どうして、そんな恥ずかしい事を…そう言って拒否する事もできるだろう、だが、どういう訳か俺はその言葉に従ってしまう。
甘くて美味しい。
トクトクと、胸の鼓動が速くなっていく音を聞きながら、俺は目の前に居る彼を見た。
ああ、なんて幸せそうな顔をしているんだ……。
「あの…ウォーリアさん、どうしてこんな事を?」
俺に向けて、焼き菓子を差し出す彼を見つめそう尋ねる。
「君は大事なお客様だ、ちゃんとお持て成ししてあげたい」
これは、彼なりの俺へと気持ちの表れの様だ。
「嫌なのか?」
「あっ……恥ずかしいです」
正直に答えると、彼はふっと溜息を吐く。
「可愛らしいな、君は」
正統な反応を“可愛らしい”と言われたって、コチラも困る。
だが彼は、そんな俺の事なんて気にも留めず、自分のカップへと紅茶を注ぐ。
「ウォーリアさん、ここはどこなんですか?」
ずっと疑問に思っていた事を、ようやく口にできた。
勿論、彼からまともな返答があるかどうか、それは分からないのだが。
「それを知ってどうするんだ?」
彼は俺を見つめてそう尋ねる。
「俺、帰らないといけないんで」
知らない場所にはいつまでもいられない、特に、この世界は俺が知っている世界とは、どうやら違うみたいだから。
元の世界に帰りたい。
それが、俺の基準に合った場所なのだ。
「いいじゃないか、ここに居れば」
「えっ……」
静かに、彼は俺の目の前でカップへとお茶を注ぎながらそう言う。
「帰らなくてもいいだろう?ずっと、ここに居ればいい」
「でも……それじゃあ迷惑でしょうし、帰らないと、大切な人も居ますから」
「それは、君の言う常識がそう思わせているだけなんじゃないか?」
彼は、真っ直ぐな視線を俺に向けてそう言う。
「何を言うんですか!ウォーリアさん、俺は……」
「君は帰らなければいけない、そう思っているだけなんんじゃないのか?大切だとか、そういう言葉で君は勝手に自由を縛られているだけだろう?」
「縛られてる……俺が?」
そんな事はない。
「貴方だって大切な人が居るだろう?なら、その人の元へ帰りたいと思うハズだ、違うか?」
「そんなに大切ならば、君がここに来るハズがないだろう」
「えっ……」
彼は俺を見つめてそう言う。
その意味が分からず、沈黙する俺へ、彼は気付いていなかったのか…とそう呟いた。
「ここは不思議の世界。君の言う日常なり常識なり、そんなモノからは解放された世界だ。
そんなモノはここでは意味を成さない、ここに足を踏み入れられた余所者は、つまりはそこから抜け出したかった人間だ」
俺の前に、彼は青いカップを置く。
ロイヤルミルクティーの入れられた、カップの水面が揺れた。
「世界に溢れる様々な型、それを狭苦しく感じないか?決められた常識なんて、面白味もなんともない…つまらない人間模様。
それに飽きてはいないか?それを壊してしまいたくはならないか?
狂っていると言われようとも、己の幸せを、楽しみを…快楽を……貫き通してみたくないか?」
「俺は…そんな事思ってない……貴方とは違うんだ、俺は帰りたい」
「まだそんな事を言うのか…だが、君はもう帰れない」
彼はカップの取っ手を掴もうとした俺の手を取り、そこに指を絡める。
ギュッとしっかり繋がれる、彼と俺の指。
「君は、強引な方が好きそうだ…強要される事の方が好きそうだ」
「ウォーリアさん?」
「抜け出したいと思う世界の事を、そんなにも必死で想うのだから。
やっぱり、君は何かに屈せられるのが好きなんだ。
それを嫌悪しつつも受け入れてしまう…ならば、私もそうすればいいんだな」
彼はそっと俺の手を離し、目の前にあった食器類を薙ぎ払った。
ガチャンという、食器類の落ちて割れる音が響く。
何か怒らせたのだろうかと、叱られる子供の様に、怖くなって目を閉じていたのだが…そっと目を開けると、俺の目の前に彼は居なかった。
ビックリして立ち上がる俺の後ろ、ふいに誰かの気配がして振り返ろうとした。
「強引なのが好きかな?」
ガタンという大きな音と一緒に、テーブルの上へと縫い留められる俺の体。
どこにそんな力があるのか、彼の腕の力は酷く強い。
「ここに居るんだ、君は…このまま一緒に、一緒に幸せに過ごそう」
ニッコリと彼は微笑みかける。
「君を私は幸せにしたい、このまま二人で一緒に居たい、いいだろう?そうすれば、君はこのままここで幸せになれるんだから」
「な……にを?」
「永久に共に居よう、ここに居て一緒にお茶会をしよう。そうすれば問題はない、幸せなままだ……。
常識も日常も捨ててしまえ、それで全て問題解決だ」
永久に幸せに居ようと、彼はそう言う。
どうして俺なんだ?
どうして、俺でなければいけないんだ?
そう尋ねると、彼は当たり前の様な顔をして言う。
「君の事を、私は待って居たんだ」
そんな訳はない、俺はこの人の事なんて初めて知ったんだから。
だけど、彼は俺を待っていたと言う。
狂っているんだ、狂っている。
どうしてそんな事を、彼は誓えるんだろう。
「君は私の花嫁になる」
「は?」
何を言っているんだ?
やっぱり、彼は狂っているんだ…そう、そうに違いない。
まともに受け入れてはいけない。
なのに、どうして俺は動けないんだ?
彼をしっかりと見上げて、その言葉を受けて。
ほぅ……と、聞き入れてしまっているのか。
「花嫁…?」
「そう、花嫁……私の花嫁だ、ここで君は私と生涯を共にする。寂しくは無い、大切な人は私になればいい」
彼は俺にそう言う。
生涯を誓う、本当の愛を囁く。
どうして、彼はそんな事を言えるのだろうか?
狂ってる?
ねぇ……彼は狂ってるんだろうか?
じゃあ、彼の言葉に聞き入っている俺はどうなんだろう?
強い力で繋ぎ止められて、抗う事もなく。
彼が二コリと笑って、覆いかぶさってくるのを見ている。
ゆっくりと触れてていく、彼の唇。
嫌だ、嫌だ…嫌なハズだ。
なのに、抗う事をしない。
「甘いな…君は。とても美味しい」
そう言う相手の方こそ、とっても甘く頭が痺れるくらいだ。
これは毒だ…毒だったんだ。
「さあ、狂ってしまえばいい…ここでなら、それも許される」
ああ、毒されているんだ…俺は。
この男に、狂わされてしまう……。
助けて欲しい。
その声はどこにも届かず。
俺は帰る場所を閉ざされた。
WOL×フリオ…アリスパロ、だったものです。
映画『アリス・イン・ワンダーランド』を見た時に思いついたネタでした、途中でアリス的な雰囲気だけになってしまったという。
WOLにマッドハッター的な立場になって欲しかったけれど、なんかそこまで狂ってそうな気分ではなかったので。
あの世界にも貴族さんとかは居るでしょうね…という事で、どっかの城持ち貴族って設定で。
まあ、雰囲気です雰囲気。
あの世界の人は狂った感じのばかりですから、ありそうですよね。
2010/8/11