古来、人は人以上の力を持つ者を二つに分けた
人に善をもたらす、善なる者と
人に害をもたらす、悪なる者に
異形のモノは善も悪も恐れられる
彼等と関わりを持つのは、畏れ多い事なのだ
朱門の内で
今日も、都会の空を見上げて溜息を吐く。
高層ビルの立ち並ぶ世界は、すぐそこにまで迫って来ている…というのに、この一角はいつまで経っても時代が止まったままなのだ。
朱色に塗られた居並ぶ鳥居と清明桔梗のあしらわれた提灯。
周囲を鎮守の森に囲まれて、居並ぶ街のアスファルトから一転、奥まった場所にある神社にまで辿り着くには、清浄な空気の漂う参道をしばらくの時間、歩く必要がある。
都会の中で、開発される事を拒む一角。
陰陽師の血筋を受け継ぐ我が家は、代々この神社を守って来た。
守らなければいけない…と、言った方が正しい。
この地を治めている神が、そうさせているのだ。
少しでも危害を加えようものならば、たちまち、相手に対して呪術をかけて倍以上の苦しみを与えかねない、怒れる土地神。
その神の気を沈められるのは、俺達一族のだけだからだ。
ヒタヒタと、月明かりと提灯に照らされた道を歩く。
十八歳というのは、俺達一族の中ではとても特別な年齢だそうだ。
曰く、俺達が祀る神様と思いを通わせあえる事ができる年だとか……。
だから、十八になった次期神主である子息は、十八歳の誕生日、一晩を社の本殿で過ごさなければいけない。
一人で。
今夜一晩は、俺以外はこの中に入ってはいけないのだ。
一応…家が家だから、陰陽道は昔から精通してる訳だが…しかし、それでもこういう場所というのは君悪く感じる。
まあ、人よりも慣れているのは確かなのだろうが。
そもそも、この本殿の中に入る事を認められているのも俺達一族だけだそうだから、この土地神がどれ程までに人々に恐れられているのかが分かる。
まあ、都心の中に今も昔のままに残されているものの、近年ではオカルトファンや、流行りのパワースポット巡りを特集した本に、一切に姿を変えず残り続けているこの神社には凄い御利益がある…等と知らない内に紹介され、そうやって観光に来る人々以外で、ここを訪れる者は少ない。
本当に神様の存在を信じているのかすらも、怪しいくらいだ。
本殿に入りたい…そんな声は聞かれるものの……入ってはいけない、という掟は守られている。
実際に入って、後に祟られた…等という話も聞くからだ、しかも幾つも。
そういう神秘的な部分、恐ろしい部分が更にオカルトファンの心をくすぐるらしい。
俺には全く理解できないけれど……。
しかし……一晩か。
「長いなぁ……」
そう呟いた俺が辿り着いたのは、神社の本殿。
本殿の鍵を開けて、その中へと足を踏み入れる。
身はちゃんと清めてきている、所定の方法やら順序やら…色々と仕来たりがあるのは、それだけの伝統があるという事だろうか?
しかし…土地に住まう神様か。
まさか……本当に会える訳、ないよな。
そう思っていた俺は、酷く驚く事になる。
軋む社の戸を開けて中に入り、しっかりと鍵を閉める。
深呼吸して、誰も居ない本殿の中央へ進む。
ご神体と向かい合って座る俺、この神社のご神体は狐が宿るとされている大きな石だ。
この目で見るのは初めてだ、いや、生まれた時には報告として父親に抱かれて入ったそうだが、その時の記憶なんて残って居ない。
とても綺麗だと思った。
ただの石ではない、どんな鉱物が含まれているのかは知らないけれど、ご神体である巨石は白く輝き、その中には二つだけ青く透き通った鉱物がついている。
狐の形をしていると聞いていたのだが…確かに、見ればそういう風に見えない事もないだろう、あの青い鉱石なんて丁度、狐の目の様だ。
等と見惚れている場合ではない、俺だってただやって来た訳ではないのだ。
懐から渡された祝詞の言葉が書かれた紙の束を取り出して、詠唱する。
決められた言葉を語れば、選ばれた者は神様に会えるという…が。
祝詞の言葉を永久にも感じられる程の長い時間をかけ詠唱し、目を閉じて呼吸を整える。
「待っていたぞ、君に会える日を…」
ゆっくりと、俺が目を開けると同時に返って来た言葉。
驚いて正面を見据えれば、そこには俺へと微笑みかける男が一人。
いや、それはただの男ではない。
俺と同じ様な白の羽織りに青い袴姿であるが、彼は絶対に人間ではない。
人型を取ってはいるものの、彼の耳はその髪と同じ銀色の毛並みの尖がった形をしており、それらと同じ色のふさふさとした尾も持っている。
しかも……九つも。
「ぁっ……」
この社に住まう、この地を治める土地神様、それは幼い頃から何度も何度も話に聞いていた。
美しい銀色の毛を湛えた、銀狐…九つの尾を宿した九尾。
それはたいそうに美しい、青年の姿を取って人々の前に現れるという…。
「まさか…本当に、貴方はここの…?」
「私がここの主だ、君の事は知っているぞ…フリオニール」
そう言って微笑む彼が、ここへ来るようにと手招きをするので、畏れ多くも彼の側へと近づく。
そっとその目の前に腰を下ろすと、俺に向けてとても綺麗な微笑みを見せる彼。
「済まない、灯りは消してくれないか?」
俺の傍らにあった提灯から移した蜀台の火、神様がそう言うのならば…とふっと吹き消すと、一気に室内は暗くなる。
しかし、不思議な事に彼の周囲は仄かな青い光に照らされている様で、やはり、彼は人間ではないのだ…と思った。
「それでいい…これで、君の顔が良く見える」
暗くなったというのに、彼はそう語り俺の頬へ手を伸ばす。
触れる彼の手は熱く、触れた場所から肌を焼かれていくような、そんな奇妙な感覚を覚える。
何だ……コレ?
ああ、まるで…焦がれるような、そんな感覚。
ドクドクと脈打つ心臓から、全身に向けて強く早い力で血が送り出されていく。
「何百年振りの邂逅だろう?……ずっとずっと待っていたぞ、君を」
そう言って細められる、彼の綺麗な碧眼の瞳。
ああ…やはり、あの青い鉱物は彼の目だったんだ…と、その透き通った目を見て思った。
「あの……何を?」
「私はウォーリア・オブ・ライト…この地を治める主、その私に、君達一族は…かつて一人の人間を捧げた。
その人は、生涯その魂を私だけに捧げる事を誓った…そして、私はその人を生涯でただ一人、愛している」
トロリとした甘い言葉、だが真剣味のあるとても強い声。
「その人物は言った、『この魂は貴方への愛を生涯にわたって誓う。
何度も何度も、輪廻の渦を繰り返しても…私はこの血が流れる限り、貴方の元へ帰ろう…』と。
約束通り、彼は何度も私の元へと帰って来てくれた…愛する君は必ず…」
俺の頬に触れていた手が、すっと首筋を滑って落ちて行く。
そして、俺の手をぎゅっと握った。
「おかえり、フリオニール…私の愛する人」
「えっ……」
微笑む相手の胸の中へ、抱き寄せられる。
ドクンと、飛び跳ねる心臓。
驚きのあまり、息が詰まる。
「こら…ちゃんと息をしなさい」
耳元でそう呟かれ、思い出したかの様に俺の体は呼吸を再開した。
透ける様に白い肌は、思っている以上に温度が高く…とても暖かい。
ビリビリと、全身に感じる痺れ。
知らずに彼の衣服をぎゅと握りしめていた自分の手、それを酷くいとおしむように、俺の体を撫でる彼の手。
「愛している、ずっとずっと…君だけを」
初めて会ったというのに、耳元で囁かれる愛の言葉は熱を持っているかの様に、酷く熱っぽい。
なんて綺麗なんだろう…だけど。
「あの…俺は、貴方の求める人じゃ…」
違うんだと、そう伝えようとするも…彼は首を横に振る。
俺を見つめる彼の、全てを見透かす様な青い瞳。
彼は全て知っているのだ。
俺だけなのだろうか?知らないのは。
俺は、本当に彼の愛する人の魂を…引き継いでるのか?
「だって…君の心臓は、こんなにも私に出会えて喜んでいる」
俺の胸に彼の手が触れて、その強く高い鼓動が彼へと伝わる。
ドクドクと、早く強く刻んでいく心音。
彼の言葉通り、俺の体…いや、無意識の内に俺の魂が、彼に出会えた事を喜んでいる。
久方ぶりに、恋人に会えて喜んでいる様な…そんなキュウッと胸が締め付けられる様な、そんな感覚。
「君は何も覚えていないだろう、以前の輪廻の事だから。だけど…きっと思い出すよ」
俺の頭を撫でて、耳元で囁かれる相手の言葉。
とても、自信に満ちた彼の声。
「私が、必ず思い出させてあげよう…君の想いと、私の君への想いを……」
俺の顎に彼の長い指が伸び、少し上を向かせると、微笑みかける彼の唇が俺の唇を塞いだ。
「……ん…」
小さく漏れる、俺の声。
とても柔らかく、暖かい唇。
俺にとって、それは初めての出来事で。
でも、それが突然に奪われたというのに…全然嫌じゃない。
トクトクと、耳元で鳴る心音。
彼の熱をもっと、俺の側へ…と、そう欲する気持ちが高まっていく。
ああ……俺は、俺は彼が好きなんだ。
そう理解した俺の唇から、離れてふっと息を吐く彼。
彼の熱が移ったかのように、暖かくなる体。
「さぁ…君に思い出させてあげよう、私と君の交わした想いを」
ニッコリと口角を上げて微笑む彼が、優しく俺の体をその場へと押し倒した。
人々が恐れる人ならざるモノ達……。
彼等と関わりを持つこと…それは畏れ多い事だ。
それと好んで関わる者、それを人は“魅入られた”と言う。
俺は…狐に騙されているんだろうか?
to be continude …
狐WOL×陰陽師フリオ、という妖怪パロ!!前回チャットで、なんか狐なWOLに萌えたんです。
いいじゃないか、夏だし!……って事で、萌えたら涼しくなるより熱くなりますが。
陰陽師・阿倍清明を祀る神社もありますし、清明のお母さんは白狐だったとかいう話もあるんで、陰陽師が稲荷神社の神主やってたって、多分、大丈夫ですよね。
…と自分で自分を騙して書きました、神社とか寺とか…宗教関連は難しいですよね。
でも好きなんです、和モノ…フリオとWOLの袴姿とか、超絶美しいと思います。
次回は狐さんに喰われる話です、主な内容はそれだけです。
2010/7/26