あの人の手は、暖かい
でも、それだけじゃない
触れられた場所から、その熱がどんどん広がっていって…俺の体を、覆ってしまうようだ
琥珀
彼が案内してくれる街は、初めて来た時とは打って変わってとても輝いて見えた。
なんだろう?初めて見た時には、冷たそうでどこにでもありそうな風景でしかなかったのに、彼と一緒に歩くと、なんだか特別な場所の様に感じられる。
きっと、特別なのは彼の方だと思う。
一緒に帰る途中、見つけたスーパーで食材を買い出しに向かう。
二・三日程は俺が台所に立っていたから分かるが、あんまり彼は料理をしないのだろう、冷蔵庫やその他の戸棚の中には、料理を作って食べるのに、ギリギリの物しか収められていなかった。
買い出しをする俺の姿を見つめつつ、彼は本気で関心した様に俺を見つめる。
「君が居てくれると、助かるな」
「そうですか?」
「外食が多かったからな」
栄養が偏る…と苦笑いしてみせる彼に、俺も苦笑いしか返せない。
「少しは、君を見習わないといけないな」
「そんな!俺に出来る事なんて本当に、大した事じゃないんで……」
これくらいで大丈夫だろう、そう判断した程度に食材の詰まった籠を手にレジへ向かう俺を見て、彼は「本当にそう思ってるぞ」とそう言った。
また冗談だろうと、そう言われる前に釘を刺したつもりなのだろう。
荷物を二人で分けて持ち、彼の家へと帰る。
彼の隣りを歩く、今この瞬間。
それがどういう訳か、懐かしい光景の様に感じられるのは…あの喫茶店のマスターの言葉の所為か?
『お前の弟か?』
“家族”というものを意識させる言葉。
似ているんだと、そう言った彼。
俺にとって無くしてしまった家族、一度失って、他に求めた血の繋がりは悉く俺を裏切っていった。
俺が無くしたモノを、再び与えられた様な、そんな気分。
だというのに、血の繋がりなんて一切無い彼に対し、どうしてこんな気持ちを抱けるんだろう?
弟かぁ…。
もし…………この人が、本当に俺の兄だったとしたら。
俺は、こんなにも寂しい思いをしなかっただろう。
なんて…そんな絶対に可能性の無い“もしも”の話なんて、何の意味もない。
「どうした?」
「えっ…いえ、別に」
彼は首を少し傾けると、俺の手を取って微笑んだ。
優しい、俺を気遣ってくれているのであろう、彼の笑顔。
「早く帰ろう、雨が降りそうだ」
少し強い力で腕を引かれ、俺はそれに従い足早に歩き出す。
ポツポツと降り出した雨から逃げる様に、家路を急いだ。
ただいま、と誰も居ない室内に向けて挨拶をする彼の隣りで、小さく俺も同じ言葉を繰り返す。
生物は痛むのが早いから、急いで台所へと直行し買い出した品物を仕舞う。
片付けを進めて行く俺の頭に、ふわりと何かが被せられた。
「しっかり拭かないと、風邪をひくぞ」
かけられたタオルを押し上げてみると、少し呆れた表情のウォーリアさんが立っていた。
雨に濡れた俺の髪は、少し湿って水が滴り落ちそうになっている。
「すみません…でも」
大丈夫です、と言おうとしたものの、彼が俺の頭をガシガシと拭く振動の中にその言葉は飲み込まれた。
「ああ、すまない髪が乱れてきたな…解いてもいいか?」
ほつれてしまうから、と言われて否定もできず、黙って頷く。
優しい手つきで彼は俺の髪を解き、そしてゆっくり梳いてくれる。
背中に流れる俺の髪を撫でつつ、彼はフッと笑った。
「君の髪、凄く綺麗だ」
穏やかに笑う彼の表情に、見惚れそうになる。
「そっ…そんな事ないですよ、ウォーリアさんだって同じ色ですし……」
それに綺麗だというなら、それは貴方の方だ。
口には出さないが、そう思った。
「そうだな…同じ色だ」
頷く彼が、俺の頭を撫でる。
雨で冷えた体には、その手は少し熱いくらいに感じる。
「君みたいな弟がいれば、良かったな」
「えっ……」
それはさっき俺が思った事だ。
同じ事を考えていたんだろうか?
目の前に立つ彼の手が、俺の肩へと落ちる。
「きっと寂しくなかっただろうな」
「…………ウォーリアさん」
寂しいと呟く彼の声が、本当に重く固く、俺の内側へ響く。
陰った彼の瞳が、どこか温度を無くしてしまったみたいだ。
こんなに暖かく優しいのに……。
「そんな事を言っても、君を困らせるだけか」
苦笑いしてそう言う彼の表情が、少し痛々しい。
そっと、俺から離れていく彼の手を掴んだ。
「俺も…」
「フリオニール?」
「俺も、同じ事思いました」
もし貴方と家族だったなら、貴方が俺の、兄であったなら…。
俺も、寂しくはなかっただろう。
必死になって相手に思った事を伝えようとする俺に、彼は柔らかく微笑みかえしてくれる。
「そうか」
優しい彼の手が、俺の頭を撫でる。
その手の感触に目を細め、彼の優しさを全身で感じ取る。
「思ったよりも濡れているな、寒いだろう?」
「あっ…大丈夫です、これくらい直ぐに乾くでしょうし…俺、寒いのは平気なんで」
その返答に、彼が怪訝な表情を見せる。
何か変な事を言っただろうか?と首を傾ける俺に、「フリオニール」と一段声のトーンを落として、俺の名前を呼ぶ彼。
「君は……寒がりじゃなかったか?」
「えっ?」
「最初に会った時に言っただろう?長袖なのは、寒がりだからだ、と…」
あっ…と思った時には、もう手遅れだと感じた。
自分が咄嗟に口にした言い訳。
現実を繕う嘘は、思わぬところからボロを出す。
それを、自分から出してしまった。
俺は嘘を吐くのが下手だ。
どうしても、自分の嘘を隠し通せるだけの力を持っていない。
だからバレる。
簡単に。
俺を見つめる彼の視線が、どこか厳しいものに変わったのを感じて、俺は視線を下に移す。
そんな事をすれば、余計に自分の非を認めてしまう事になるというのに、でも…彼の視線が余りにも真っ直ぐで、ブレなくて、嘘を吐いていた俺を…責め立てている様に感じたから。
怖い。
俺はまた、手に入れられると思った温もりから…離れてしまうのか?
「フリオニール」
俺の名を呼ぶ彼、その声は低く冷たく聞こえて…。
「ご、め…んなさい」
俺の口から出たのは、そんな小さな謝罪の言葉だ。
何度も何度も口にしたから、自然と口をついて出てくる様になった言葉。
「ごめんなさい、ごめんなさい…」
何に対して謝っているのか、途中で自分でも分からなくなってしまう…それでも、口から出る言葉は止まらない。
目を閉じて、現実から逃げる様に、何度も何度も同じ言葉を繰り返す。
まるで、呪いの言葉の様に連なっていく謝罪。
何度も繰り返せば、それで効果が上がると信じているのだ。
そんな俺の前で、彼は大きな溜息を吐いた。
ああ…呆れられている、俺はまた…見捨てられるのか……。
「謝らなくていい、何も…君は悪くない」
「でも、ごめんなさい俺…あの」
込み上げてくる熱い何かを押しとどめ、彼に更なる言い訳と謝罪をぶつけようとした俺に、伸びて来た腕が絡まる。
ぎゅっと、強く抱きしめられる感覚、彼の暖かい胸の中に埋もれている体。
抱き締められている?
「今日は…君を泣かせてばかりだ」
すまない、と静かな声で謝る彼に、俺は首を振る。
嘘を吐いていたのは、俺の方なのに…。
なのにどうして、貴方が謝るのか?
「私は君を責め立てるつもりはない、ましたや謝って欲しいわけでもない」
優しい声で、俺にそう訴える彼。
そんな彼の手が、俺の頭を撫でる。
「君が嫌なら、言わなくてもいい…だけど、もしも君が辛いと思うのなら、誰かに頼りたいと少しでも思うのなら。
君が話してもいいと、そう思った時に教えてくれ」
待っているから…という彼の言葉に、俺は顔を上げる。
涙で滲んだ視界、全部全部ぐちゃぐちゃに濡れて潰れてしまいそうな世界。
彼の言葉と抱き締められた腕から感じる優しさが、そんな俺を救いあげてくれる。
「ありがとう、ございます」
きゅっと掴んだ彼の衣服、小さな声で呟いた謝罪とは違う言葉に、彼は笑って頭を撫でてくれた。
to be continuded …
警察官と家出少年続編。
いや、家出少年を抱き締めろ…というお言葉を頂きましたんで、抱き締めさせてみましたよ。
恋人なのか家族なのか、凄く扱いが微妙な二人。
フリオは絶対に嘘を吐くのは苦手でしょうね、取り繕ったのはいいけれど、後でその嘘を忘れてしまう様なそんなタイプっぽいです。
人の事を騙せない、本当に良い子です。
WOLの優しさで、フリオがちょっとずつデレてきてるのが楽しいのです。
2010/7/24