先生、教えて欲しい事が…あるんです
貴方への拘束
新生活、という言葉は何度も聞いたけれども…ここまで緊張を感じた始まりは、今までに無かったかもしれない。
自分が教師として、初めて赴任した学校。
一学期、始業式。
「初めまして皆、1年D組の担任になったフリオニールです、担当の科目は世界史。
俺は今年大学を卒業したばかりの、教師一年生です、だから皆が初めての俺の生徒になります。
色々と至らない部分もあるかもしれませんが、皆と協力して、思い出に残る三年間にしたいと思います、宜しくお願いします」
そう言う俺に対し、クラスから拍手が起こる。
俺以上に緊張した面持ちの生徒達を見て、俺は微笑みかける。
そんな心地いい緊張感と、期待感に満ち溢れた季節から2か月……。
「フリオ先生!先生って彼女居るんッスか?」
「ちょっ!いきなり何だよ?」
廊下の向こうから走って来た生徒を、注意しようとした瞬間に向けられた質問。
「いいから答えて下さいよ、フリオ先生」
「そうですよ!どうなんです?」
クラスの中でも、明るく人懐っこい三人に掴まってしまった自分の、ちょっとした運の悪さに頭をかく。
「彼女って……」
「だから彼女、どうなんッスか?」
「どうって…別に、そんな人は居ない…けど」
「へぇ」
「そうなんだぁ」
ニヤリと笑いかける生徒の表情に、俺は溜息。
「何だよ、悪かったなぁ」
「いやいや、この学校で先生が一番若い訳じゃないですかぁ…だから、女子から人気高いんッスよ」
「はっ!え……」
「あっ先生、顔真っ赤ですよぉ」
「本当だ」
俺をからかいニコニコと笑顔を向ける彼等に、確かに顔に熱を感じる俺は、どうやって彼等から逃げようかと考えていた。
「もうその辺で止めなさい、先生が困っている」
そんな一言と一緒に、彼等の笑い声が止まる。
「あー、もう委員長がそう言うなら仕方ないな」
「ちぇ…面白かったのに」
そう文句を言いつつも、彼等は笑顔のままでどこかへと向かって行く。
「ごめんな、ウォーリア君」
「いえ……でも、先生の顔、本当に赤いですよ」
そう指摘されて、ますます自分の頬が赤くなっていくのを感じた。
ウチのクラスの学級委員長、それが目の前の少年。
文武両道に秀でた少年、落ち着きのある大人びた雰囲気の美少年は、俺に対し静かな微笑みを見せてくれる。
「先生が、女生徒に人気があるのは本当ですよ」
「君までそんな事を……大体、君の方がモテるだろう?」
そう言うと、彼は今度は苦笑を見せた。
「私は、そういう事にはあまり興味が無いんで」
彼はそう淡々と返答した。
あまり、嬉しくない言葉だったのだろうか?彼が別段女性を苦手としていた様なイメージは無いのだが。
「先生、今日の放課後は時間がありますか?」
「今日?大丈夫だけど、何か?」
「教えて欲しい事があるんです」
「なら、今でも…」
「落ち着いて、話がしたいんで…時間が欲しいんです、だから」
俺に必死に訴えかける彼。
何か相談事でもあるのだろうか?
「分かった、静かな所の方がいいかな?」
「はい、できるなら人には聞かれたくないんで」
「なら放課後に社会科準備室に来てくれるかな?」
「はい……手伝います」
世界地図を取り上げて、彼は再び俺に微笑みかけてくれる。
眼鏡の奥にある透き通った青い瞳は、本当に綺麗だ。
彼が一体、どんな悩みを抱えているというのだろうか?
自分を頼ってくれる、それが嬉しくて、だけど不安でもあった。
「先生、居ますか?」
控えめなノックと共に、ドアの向こうからそう尋ねる彼に、俺は「居るよ」と答えて、ドアを開ける。
「すみません、先生」
「いや、いいんだ…とりあえず、座って」
棚に囲まれた部屋の中央、机の並ぶそこを指して言うと、彼は居住まい正しく「失礼します」と言ってから腰かけた。
そうしてから、ゆっくりと自分の眼鏡を取った。
「実はコレ…伊達なんです」
「あ……そうなんだ」
そういえば、彼は視力検診では問題は無かったな…という事を思い出す。
普段ずっと眼鏡をかけているから、彼の眼鏡を取った表情というのは、初めて見る。
「じゃあ、どうして眼鏡なんて…」
「女性避けです、一応…」
彼は淡々とそう答えた。
やはり、彼は女性が苦手なんだろうか?
「先生……教えて欲しい事があるんです」
「うん、何かな?」
じっと、俺を真っ直ぐに見つめる瞳。
綺麗な瞳だ、真っ直ぐで、力強くて……俺は、少したじろぐ。
直接見つめられる彼の瞳には、とても、力がある。
人を引き付けるだけの、強い力が。
「先生…今までに、誰かを想い慕った事は、ありますか?」
「えっ……あの」
彼の予想もしなかった発言に驚く。
成績だとか…進路がどうした…とか、そういうモノを想定していただけに、面喰ってしまった俺は何度も瞬きを繰り返す。
「私は、人が恋人を欲する気持ちというのが、全く理解できないんです」
周囲の人間が、誰かが好きだとか嫌いだとか、そうやって騒ぎ立てて、恋人を欲して躍起になっている姿。
それが彼には、どうにも異様に見えるらしい。
「恋慕う人間が居るからこそ、想いを共有したいのではないのか…そう、思うんですが」
真面目な表情でそう言う彼に、俺はちょっと頷く。
「……確かに、その通りだと思うよ」
だが、まあそれは時期というものもある。
恋愛に憧れを抱く時期、そういう時に、自分に相手が居ないと思うと、少しどころではなく不安になってくる…だから、皆こぞって恋人を獲得しようと己の恋愛に躍起になっていく。
「でも、やはりそういう姿はおかしい、そうは思いませんか?」
ただ一人、自分の最も好きな相手というものを心の底から愛する事、それが恋愛ではないのか?
求める順序が、求めるモノがおかしいのではないか?
真面目な彼らしい、そんな疑問。
「それで、教えて欲しい事って?」
「最初に聞きました、先生には今までに恋慕った相手は居ますか?」
真っ直ぐに俺に向けてそう尋ねる相手に、俺は少し視線を避ける様に下を向いて、ゆっくりと黙って首を横に振った。
「俺……ずっと男子校だったから、その…女性と付き合う機会とか、恋愛とか…結構苦手、だったんだよ」
語尾になればなる程に、小さくなっていく返答。
「そうですか」
しかし、彼の声は別段気落ちした雰囲気はなく、ただ俺を見つめる瞳が、真っ直ぐに向けられる。
「先生、好きです」
その瞬間、俺の頭は真っ白で、まともに働いていなかった。
「は…えっ?」
「先生、貴方が好きです」
俺の手を取り、彼は再び俺を真っ直ぐ見てそう言った。
彼の手の温もりと、気が付くと触れそうな位に目の前にある、彼の整った顔。
「初めて会った時から、貴方の事しか見えません、先生。
貴方が好きです、初めてなんです、こんな感情を抱いたのは。
恋愛に対する憧れなんて、全く理解できません、でも貴方を想う気持ちは本物です、遊びではありません。
たったこの2か月の間に、貴方は私の全てです、先生。
貴方を、私のモノにしたくて仕方ないんです、先生。
……どうしたら、いいですか?」
「どう…したら?」
「はい、どうしたらいいですか?」
真剣にそう尋ねられ、俺は彼にどう答えたらいいのか、全く分からない。
こんな深い愛の言葉なんて、かけられたの、初めてだから。
俺の頭の中は、真っ白で…それでも頬に熱を感じて。
ほぅ…と蕩けてしまいそうな、この感覚。
このまま宙に浮いてしまうのではないか、そんな浮遊感すらも感じる。
彼の、どこまでも真っ直ぐな瞳、酷く力の感じられる魅力のある青い目。
心臓の鼓動が、早くなっていく。
「先生、教えて下さい」
止めてくれ、そんな、強い瞳で、俺を…。
「ウォーリア、君」
俺は、どうしたらいいんだろう?
to be continued …
先日のチャットで萌えた、委員長WOL×教師フリオ。
書きかけの小説あるというのに、どうしても抑えられなかった萌え…委員長なWOL、いいと思います!!
しかし、続いてしまいました…委員長WOLはとにかく押せ押せどんどん、という方針であってほしいです。
2010/7/4