凍えそうな空気の中に居ると、僅かな温もりでも…とても暖かく感じてしまう
人の優しさだって、同じだ
一度触れたら…そこへ依存してしまう
だから……途中で、その手を離してはいけない
それは、温もりを求める人を、より冷たい世界へと落としてしまう……
琥珀
彼の笑顔が、少し自然になった。
私の隣りを歩く少年は、町の風景を珍しそうに見つめている。
その瞳にどこか輝きが見られるので、嬉しくなった。
「昼食も、外で食べて行こうか」
「えっ……」
「家に帰るのも面倒だろう?折角外に出たんだし、もう少し君と一緒に歩きたい」
そう言われて、彼は黙って思案していたものの、ゆっくりと頷いた。
彼の同意を得て私は微笑み、行き付けになっている喫茶店へと足を伸ばした。
「いらっしゃい」
古いドアベルの音がした後しばらくしてから、店内の奥から響く店主の、どちらかというと愛想の無い声。
照明の暗い店内には、茶髪で体格の良い店主が、珈琲豆を挽いていた。
「どうも」
「ああ」
それだけの短い会話を交わし、店内に入ると普段座るカウンターではなく、窓際の二人掛けのテーブルへ向かう。
「お前が他に人を連れているのは、珍しいな」
店主がそう言うので、振り返り「そうでもないだろう?」と否定する。
「仕事以外で、という話だ」
ああ、見抜かれているな……と思った。
「いつも通り、ランチセットでいいのか?」
「ああ、君は?」
「あっ…じゃあ、同じので……」
そう言う彼に対し、店主は小さく頷き返すと、カウンターの向こうで早速準備を始めた。
居心地が悪いのか、背中を丸めて小さくなっている彼に、私は笑いかける。
「安心しなさい、店主の愛想は悪いが、味は保証する」
「は……はぁ…」
そんな私の言葉に、どう反応するべきか迷いを見せる彼が、笑顔を作ろうとして失敗した様な微妙な表情を見せる。
廃れた雰囲気の漂うこの店が、どうも彼には異空間に感じるらしい。
「愛想が悪くて、悪かったな」
そう言う店主は、しかし怒った口調ではなく、普段の平たんな言葉遣いである。
「しかし、本当の話だろう?」
私の返答に、彼はしかし無言のまま作業を続けた。
「知り合い、なんですか?」
「勿論、行き付けの喫茶店の店主だ」
「それ以上でも、以下でもないな…」
苦笑いを見せる店主に、私は逆に笑いかける。
「お待ちどう」
ぶっきら棒な声と共に出された昼食、だが、彼がそうなのは何時もの事だ。
だが、それを知らないフリオニールは、機嫌を損ねたのではないか?と思ったのだろうか、オドオドした表情を見せる。
「大丈夫だ、彼はアレが素だ」
「そう……ですか?」
信じているのかいないのか、彼は委縮した様に体は縮めたままだ。
「取りあえず頂きなさい、冷めない内に」
「はい」
そう促すと、彼は運ばれてきた料理に手を付ける。
ホットサンドと野菜スープ…等という、少々ありきたりな料理であるが、一口食べた彼の表情が和らぐのを見た。
「……美味しい」
「言っただろう、味は保証すると」
そんな彼に私も微笑みかけると、料理を口に運ぶ。
「その子は、お前の弟か?」
店主が私に向けてそう尋ねる。
「いや、故あって私の家に住んでいる…友人だ」
「そうか…」
質問をする時でさえ、彼はそんなに表情を変えない。
そもそも、そんなに興味があってした質問でもないのかもしれない。
「弟、ですか…」
店主の言葉に、どう反応したものか…微妙な表情を見せる。
「そんなに似ていたかな?」
「似ているというのもあるが。お前が、誰かを連れて来るのは珍しい…それも、休みの日となれば、随分と大事な人なんだろうと、思っただけだ」
淡々とそう語る店主に、私は笑いかける。
「そうか」
大事な人…確かにそうかもしれない。
昔の私と、どこか似た雰囲気を持つ彼。
見ていて放っておけない、そんな雰囲気。
未だに、私を心から信じてくれている…とは言い難いが。
「そうだ、仕事を探さないといけないんだったな」
「あっ…はい」
食後のコーヒーを飲んでいた時、ふと思い出してそう言うと、カウンター奥に居た店主が顔を上げた。
「職を探してるのか?」
静かな声で尋ねられる質問。
「ああ、彼の」
彼への質問であったのだろうが、彼に代わって私が答えた。
「そうか…家事はこなせるのか?」
店主の質問に、彼は「一応は」と控えめに答える。
そんな彼を、店主は真っ直ぐに見つめる。
「なら、ここに来ないか?」
「え……」
「慢性的な人手不足だ」
そう語る彼が、カウンターの向こうからコチラへと歩いて来る。
「バイトでもいいから、来てみるか?」
「あの…いいんですか?」
「言っただろう?慢性的人手不足だ」
彼にそう言い、ふぅっと溜息を吐く店主。
店主の人柄に慣れずに、辞めていく人間が多いのではないか?と個人的には思っているのだが。
彼がここに来るのならば、それは嬉しい事かもしれない。
様子を、見に来る事もできるし、な。
「じゃあ、その……宜しくお願いします」
「ああ……名前は?」
「あっ、フリオニールです」
「ガブラスだ」
短くそう名乗ると、明日からでも来れるかどうかを尋ねる。
「大丈夫、ですけど…でも、いいんですか?」
「何が?」
「その…初めて会った人を、そんな簡単に雇っても……」
どういう素姓かも分からないのに、と彼はそう言いたいのだろう。
それを受けて、店主は真っ直ぐ彼を見つめる。
「真面目で誠実そうな人柄だと思ったからな、それに、コイツが信用している人間だ、悪い奴ではないだろう…と思った」
「やはり、人を見る目があるな」
私が微笑みかけてそう言うと、彼はそれでも表情を変えずに、「そうか?」とだけ答えた。
「あの子は、良い子の様だが…何か抱えているだろう?」
代金は払うから、と何とか彼を言い含めて先に店の外に出すと、コッソリと店主は私にそう言った。
「何故、そう思うんだ?」
「昔のお前にそっくりだ、だから、お前も自分の手元に置いている、違うか?」
その質問に、私は違わないさ…と首を横に振る。
「お前は、あの子をどうするつもりだ?」
「どうするも何も、私は彼の手を取った…その時点で、離すなんて選択肢は無い」
受け入れるだけだ、ただ。
それが、人から偽善だと言われようとも。
それで救われる相手が居るのならば…偽善だって役に立つ。
「彼の根に巣食っているものは、中々に深い…そう簡単に、取り払えないかもしれない」
そう話す彼の表情が、どこか暗い。
相変わらずの無表情ではあるが、その表面に色濃く表れる影。
彼も、昔の出来事を、思い出しているのだろうか?
「それは、地獄を見た君だから言える事かな?」
「……ただの、負け犬の意見だ」
自嘲気味に彼はそう言った。
「君は、様々な人を見て来たからな…見る目、いや、見抜く目がある」
彼の事を任せても、大丈夫かもしれない。
そう思ったのだ。
「だから、今日ここに連れて来たのか?」
「さあな?」
そう言って微笑む私に、彼は小さく溜息を吐く。
「宜しく頼む」
「分かっている」
ぶっきら棒に返す店主に、私はそれでも笑いかけて店を出た。
「あの…何の話してたんですか?」
「ん?いや、職場の上司が私の愚痴を言っていたそうだ」
出てくるのが遅かった私を、少し不安そうに見つめた彼に、私は微笑みかけてそう返答する。
「愚痴?」
「現場の刑事とキャリアの指揮官の間には、溝があるものだ」
そう話すと、彼は「はぁ…」と曖昧な返事をする。
「警察も大変なんですね」
「大変じゃない仕事はないだろう?何にしたって、そうだ」
「そうですね」
「ガブラスは気難しい奴ではあるが、悪い人間ではない…だが、気苦労はするだろうから覚悟しなさい」
「は……はい」
私の言葉に不安を感じたのか、そう答える相手の頭をそっと撫でる。
「大丈夫だ、心配無い」
「そう…ですか?」
撫でられる事に慣れていないのか、くすぐったそうに私を見る彼に、微笑んで頷く。
「ああ」
強く頷く私に、彼も少しだけ微笑み返してくれた。
to be continuede …
警察官と家出少年続編。
喫茶店の店主を誰にするのかで、物凄く迷ったのです。
なんか無口で無愛想っぽい、色んな過去背負ってそうな奴という事でスコールかクラウドにしようかと思っていたんですが、この二人だと若過ぎて、背中から哀愁は感じられないな…という事で、迷っていたらガブラスになっていたという。
よく考えると、ウチのサイトでガブラスをまともに出したのって、これが初めてなのでは……?
あと、WOLが喫茶店に連れて行ったのは、勿論ですが核心犯です。
2010/6/21