見かけだけの優しさなんて…いらない
でも…
貴方は、どうしてこんなに暖かいんだろう?

俺の心の奥深くまで、貴方の言葉が…染み込んでくるようだ……

琥珀

「貴方は、とても優しい……」
その言葉は、俺の本心から出た言葉だ。
信じたくなるくらい、とても…俺の頭を撫でる、彼の手は暖かく優しい。
人の痛みを知っているからこそ、彼は、それを宥める術を知っているのだろうか?

「ありがとう」
そう礼を言う彼の、どこか穏やかな口調に…俺の心が揺れる。

この人を、頼ってもいいだろうか?
“俺”という重荷を…少しだけ、ほんの少しだけでいい……彼に傾けてもいいだろうか?
彼ならば、あるいは受け入れてくれるんじゃないのか?という考えが頭を過る。


「ウォーリアさん…」
「何だ?」
そう尋ねる彼に、俺は何と言おうか迷う。

昨晩、彼に言おうとした事……。
様々な事。
俺、どうしたらいいんだろう?
そんな…弱音。


「俺……貴方の連絡先、知らないです」
頭の中では色々と複雑に考えていたのに、口から出たのはそんな言葉だった。
「連絡先か…そう言えば教えてなかったな、済まない」
そう言って立ち上がると、彼は部屋を出て行く。
しばらくして、直ぐに戻って来た彼の手には一枚の紙切れがあった。

「私の名刺だ、裏の番号が私の携帯の電話とメールアドレスになってる」
俺の目の前に差し出されたソレを受け取り、形式的で簡素な紹介文と、彼の名前が書かれたその小さな紙を裏返すと、そこには手書きの綺麗な字で彼の言った通り、番号とアドレスが記入されていた。
「君は…そういえば、携帯は持っているんだったか?」
彼からの当然の質問に、俺はハッとなる。
そういえば…俺の携帯は……。


「無くしたんです…一昨日、ここに来た後で気付いたんですけれど……多分、アイツ等に絡まれた時に落としたんじゃないかと……」
俺の少ない荷物の中からは、俺の持っていたハズの携帯が消えていた。
形だけの“家族”の名前が登録されていた、俺の携帯。
友人と呼べる人間は、ほとんど居なかったので…誰か、変な人間の手に渡らない事を祈るだけである。


「そうか…それは不便だな」
「いえ、俺…今は何もしていないので、不便ではないですけど…」
そうだ、この家に居る分には、何にも不便な事なんてない。 連絡を取らなければいけない相手なんて、今の俺には…一人も居ないし。

「しかし、これから職を探すのに、連絡が付かないのは問題だろう?そうだな…今日、これから買いに行こうか?」
「え……」
状況の飲み込めない俺に対し、相手はさっさとコーヒーを飲んでしまうと、立ち上がって再び部屋を出て行く。

「あの…ウォーリアさん、買いに行く…って?」
彼の後を追って部屋を出ると、自分の部屋のクローゼットから衣服を取り出していたウォーリアさんが、俺の方も見ずに答える。
「だから、君の携帯を。
一緒に来るだろう?君の物なんだし」
「でも……」
「もし、君が金銭的な部分の問題を私にここで尋ねようというのなら、私はそんな事は気にしない」
俺の言おうとした事を予想したかの様に、先に回りこんでそう言うと、彼は俺の方を見る。
だが、そこは俺だって譲れない。

「貴方に、そこまでお世話になる訳にはいきません」
しっかりした口調で彼に反論すると、着替えの衣服を持ったウォーリアさんは俺を見て、しばらく思案を巡らせた。
「そうか……じゃあ、出世払いという事で、どうだ?」
そう言って笑う彼に、俺は2・3度、瞬きをする。

「出世払い……」
「貸し、という言葉は好きじゃないからな…君がいつか、何かの形で私に返してくれればいい」
それでいいだろう?と俺に問いかける瞳は、どこか強い力を持っていて。
俺はその瞳に、首を横に触れなかった。


真新しい青い携帯を手に、何度も彼に礼を言えば「そこまでかしこまらなくていいから」と、彼に苦笑されてしまった。
しかし、俺としては何度礼を言っても足りないくらいだ。


「メールアドレスは設定し終ったかな?」
「はい」
「じゃあ、赤外線通信で送ってくれ、登録しておくから」
持ったばかりで、まだ少し慣れない新しい携帯のアドレスを、彼の携帯へと送信する。
あっという間に交換が済み、同じ方法で彼の連絡先を登録する。
フルネームで登録されている、彼の名前。
メモリの一番は、そんな優しい人の名前だ。
そして、俺には今…この人以外に登録する相手が居ない。
「ウォーリアさん、ありがとうございます」
「全く…君は、本当に礼儀正しいというか、何と言うか……」
くしゃりと俺の頭を撫でると、彼は微笑んでくれた。


「携帯のお礼…何かしたいんで、俺に出来る事…無いですか?」
「出世払いで、と最初に言ったと思うんだが」
「それじゃ、やっぱり俺の気が収まらないんで…本当に、簡単な事で」
申し出てみるものの、彼は苦笑いする。
「貸し借りという言葉は嫌いだって、そう言っただろう?」
「貸し借りとかじゃなく、これは俺の貴方への……気持ち、です」
「気持ち……か」
俺の言葉を繰り返し、ふと笑顔を深める彼に、俺は首を傾ける。

「君の口から、自分の気持ちについて言ってくれた事が嬉しいと、そう思って」
「えっ……」
「少し、私を信用してくれたかな?」
柔らかい微笑みと一緒にそう尋ねられて、俺は答えに困る。
信用…か。
確かにそうかもしれない、俺はこの人を信じたいと思ってる。

「どうやら、まだまだ信じてくれてはいないみたいだな」
黙りこくったままの俺を見て、彼は溜息と一緒にそう言った。
そんな彼へ、俺はどうやって弁明しようかと考えたが…しかし、考えてもいい返事は出てこなかった。

「ごめんなさい」
結局、俺の口から出たのはそんな謝罪の言葉。
「謝らなくてもいい、人の信用を得るのは難しい事は良く知ってる」
「はい」
本当に、その通りだ。

「今回は、君の気持ちをありがたく受け取らせてくれ。
どうだ?どうせ出て来たんだから、適当に歩いて回ろうか?昨日は、花屋に行っただけだし…何か見たい場所は?」
そう尋ねられ、別段何か行きたい場所があった訳ではない俺は首を横に振る。
「休日なのに、無理させたくないんで」
それにこれ以上、貴方に迷惑をかけたくもない。

「年上の男性とデートするのは、やはり嫌かな?」
「なっ!!デー……」
彼の言葉に顔が赤くなる俺、それとは反対に、彼は少し意地の悪い笑みを見せる。

「冗談はやめて下さいよ、貴方は…そういう悪い冗談を言う様には、見えないんですから……」
ムッとした表情で相手を見返すと、ふと表情の柔らかくなった彼が「私だって、冗談くらいは言える」と、そう言った。
「そうじゃなくて、冗談が冗談に聞こえないんです!」
見た目にも態度にも、本当に真面目で…言い変えれば、固い人かもしれない。
そんな人が、こんな悪い冗談なんて突然に言うなんて思わないだろう?普通は。

「いいだろう別に、それに、別に間違いではない」
「何が、ですか?」
「だから、二人でデートというのは間違いではないだろう?」
俺を見て首を傾けるその表情は、また酷く真面目な表情で…。

「また、そんな顔で悪い冗談を……」
「そうか?だが、君は本当に美人だからな」
「えっ?」
今、彼は何と言っただろうか?
俺が美人?……俺が?
「えっ!?あっ……えっ!!ちょっ、何言ってるんですか!悪い冗談もいい加減にして下さいよ」
「冗談じゃなく、本心からの言葉だ」
「はっ?」
真面目にそう言う彼に、俺は頭に血が一気に昇っていくのを感じた。
真っ赤になって俯く俺に対し、彼は優しく頭を撫でてくれた。
「もう少し、自分に自信を持ちなさい」
「…………はい」
そう小さく頷くと、彼はふと笑みを零すと、頭を撫でていたその手で、今度は俺の手を取った。

「ぁ……」
「嫌かな?」
そう尋ね返す彼に、俺は首を縦に触れない。


こんな子供っぽい事、止めて欲しいんだとか…周囲から、どんな風に見られるだろう…なんて思うと、恥ずかしくて仕方ないんだが。
ぎゅっと、優しく触れる彼の手は……本当に暖かい。
離してほしくない…と思う、暖かさ。


「嫌……じゃ、ないです。でも……」
「でも?」
「恥ずかしいです!」
「そうか、済まない」
そう言うと、彼はそっと手を離した。
離れていく手の温もりが、なんだか寂しくて。
どうにかして、もう一度触れてみたいと思うのだけれど、そんな力は俺にはなく。
また、彼に触れて欲しいと思っている自分が居る事に、酷く驚く。


自分は、この人をもう信じようとしてる。
裏切られるかもしれないのに…でも。


「どこへ行きたい?」
優しく言ってくれるこの人を、俺は…信じたい。
信じたいんだけど……。


永久に続くコール音の中に感じた孤独。
それから、貴方は救い出してくれるだろうか?

いつでも連絡していい…って、その言葉は、社交辞令じゃ……無いですよね?


to be continuede …

あとがき

警察官と家出少年続編。
細かい説明を抜きにしてさっさと言ってしまうと、フリオの持っていた携帯は無くしてしまった方が、姿は隠せるだろうね…ってなったんです。
しかし、この刑事のWOLさんは何だかんだでかなり冗談言ってるんですよね、ブレない人・真っ直ぐなWOLさんがね…。
WOLがデートしないか?とか言ってますけど、アレは本当に冗談ですよ、まだフリオをそういう視点では見てないですよ、彼は。
フリオの方は、好きになりかけてればいいなぁ…みたいなかんじ、で……なんて、説明が必要なのは駄目な証拠なのですね。
2010/6/15

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