生きてるのは、どうしてこんなに不便なのか?
自分では決して抜け出せない“何か”が、俺の体を覆っている…
だけど……そんな俺は、本当に生きてるんだろうか?


俺を“信じる”と言ったあの人は…俺を、本当に信じてくれるんだろうか?

琥珀

必要無いとか、どうでもいいとか…そう、価値が無いとか。
もう、聞き飽きたかな?
見捨てられない様に、ちゃんと周囲に認めてもらえる様に必死で、努力して、迷惑をかけないようにしてきたつもりだったんだけど……。
そもそも、俺自身が、俺自体の存在が、周囲にとっては迷惑だった。


できるならば、見たくないし…居て欲しくない。
そんな人間が、自分達の普通だった場所に放り込まれてきたら…誰だって嫌だろう。
俺はそういう人間だったんだ。
周囲の人達にとって、居るだけで迷惑…そういう存在。

初めは、そんな事には気づかない。
皆、俺に気を使って傷付けない様に遠巻きに、優しい言葉で接してくれるから。
だから自分は受け入れられているんだと、そんな錯覚を起こして安心してしまう。
それが大きな間違いだ。

一度、俺の姿が消えてしまえば…皆、俺が居なくなればいいと、そういう風に思ってる事なんて知ってる。
君自身は何も悪くないんだ……なんて言って、皆、俺と別れて行った。

どんどん、行く場所が変わっていく。
そんな人間が、周囲のその他の人間関係に馴染める訳がない。
段々、俺は一人になっていく。
それを…初めこそ寂しいと思っていたけれど、最近はもう慣れた。
俺は、迷惑でしかないんだから…。

そんな自分が嫌いだ。
だけど、俺は俺で生きていく他に方法が無い。
なら、一人で居るしかないだろう……。


そう…俺には大した利用価値なんて、無いんだ。
あの男が言った事は正しい。
もう一生、顔も見たくないけれど…でも、正しい。
俺は存在した所で、誰の役にも立っていないんだから。


あまり、素行が良くなさそうな奴等に囲まれた時だって、不安なんてそんなに感じてはいなかった。
ただ、問題を起こすのは不味いだろうな…とか思ったくらいで。 自分が痛めつけられても、俺自身はそんなに悲しむ様な事でもない。


「そこ、何をしている!!」
第三者の介入に驚いて、彼等は蜘蛛の子を散らす様に、あっと言う間に消えてしまった。
残された俺は、通りの向こうから現れたその男を見た。

「大丈夫か、君?」
俺を見つめてそう言うと、そっと手を貸してくれるその人を、ただ俺は見上げた。
青い綺麗な瞳と、透き通る様に白い肌、青みを帯びた銀の髪…。
どことなく、清廉な何かを感じさせる佇まい。

「あの……ありがとうございます」
手を借りて立ち上がり、礼を言って…それで、もうお別れだと思った。

彼の前から立ち去ろうとした俺の腕を、男のしっかりした手が掴んだ。
「待ちなさい、君は…もしかしてまだ未成年なんじゃないのか?」
「は…い?」
「こんな時間に外をうろつくものじゃない、君の家はどこだ?送って行こう」
真っ直ぐ俺を見返す視線は、全くブレない。
その行動の意図が読めない俺の前に、彼は思い出したかの様にジャケットの内ポケットから何かを取り出して、俺の前へ差し出した。
それは、テレビドラマ等でしか見た事のない…身分証明書。

「警察官、ですか…」
「一応な…まあ、先に言っておくとこういう事は私の管轄外なんだ、だから、今君を引きとめているのは私の独断だ…嫌なら、振り切って逃げても構わないが」
そんな怪しい行動を、取れる訳がなかった。


できれば、こんな相手になんて捕まりたくはなかった。
だけど……声をかけてくれた時は、嬉しかった。
俺の話を聞いてくれて、安心した。
俺を受け入れてくれると、そう申し出てくれた事が、どれくらい俺を驚かせ、また…安堵させてくれたか、分からない。
だけど、それ以上に怖い。


落ち着いたその人は、俺とどう対応しようか…随分と考えてくれている。
食事が終わってから、これからどうしたらいいのか分からなくなっていた俺を呼び、居間のソファの隣りに座る様に言ってから…もう30分近く経つ。
無言の空間というのは、時間が経つにつれてどんどんと体に重荷を乗せていく。
何の用も無いのなら、何で隣りに座っていなければいけないのか?
そういう疑問を感じ始め、彼の方をチラリと見れば透き通る様な彼の青い目と目が合った。

「ぁ……」
「どうした?」
どうした?そう聞きたいのは、むしろ俺の方だ。

もしかして、この人は無言で居続ける事によって、俺を喋らせようとしているのだろうか?
だとしたら……何を語ればいいんだろう?


何も、言わない方が良い気もする。


あまりにも、この人の視線は真っ直ぐだ。
心の奥底まで見透かせるんじゃないか?と思うくらい、この男から発せられている“何か”は、全て真っ直ぐなのだ。
だから、必要無い事まで喋ってしまいそうになる。
出会った時の会話で…なんとなく、そう感じた。
後になって思ったのだ、何で自分はあんな事まで喋ってしまったんだろう…って、少しだけ後悔した。
勿論、後悔というのは、いつだって遅過ぎて取り返しのつかないモノの為にするものだ。
だけど、この人の前では仕方ないかもしれない…とも思う。
やっぱりそれは、警察官というこの人の職業柄、必要な特性なのかもしれない。
だから……変な事は、言わない方がいい。
ちょっとでも、嫌われてしまえば…俺はまた、どこにも行く場所が無くなってしまう。

「何でも、ないです?」
「そうか……暑くないのか?そんな長袖で」
彼の質問に、肩が跳ねる。
「平気です…寒がり、なんで」
「そうか」
そう返答すれば、彼はまた何も無かったかの様に黙り込む。
俺はそんな彼の横で、自分の右腕を自分の左手で抑えつけた。
ギュッと力を込めると、キュッと締まる腕。
その奥に流れている血管の動きまで、何だか分かる様な気がした…一瞬だけ。


「あの、どうして俺の事を、信用できるんですか?」
もし…俺が悪意のある人間なら、どうするつもりなのか?
彼は、防犯を呼び掛ける立場の人間じゃないのか?
それが…いくら「信じている」と言ったって、無防備にも程がある。

「君が悪意のある人間なら、この家に入っている時点で…防犯なんて、もう意味を成さないだろう?」
防犯とは、犯罪を未然に防ぐからこそ意味があるのだ。
悪意のある者が内に居れば、何も防ぐ事なんてできない。
確かに……その通りだ。

「どうして、そんなに簡単に人を信じれるんですか?」
警察官は、人を疑う職業だろう?
「確かにそれはその通りかもしれない、だが、いつも人を疑って……生きていけるものか」
そう言う彼の言葉が、俺の体に痛いくらい刺さる。
分かってるよ、そんな事。
だけど、俺は……。
「俺は…そんなに簡単に、人を信用できません」
「私の事も?」
「…………はい」
しばらく間を置いて、そう返答すれば…彼は苦笑してみせた。
あっ…俺はまた、余計な事を言ってしまった。
後悔なんて遅すぎるので、俺は黙って下を向く。

嘘を吐くのは昔から苦手なのに、この人の前では余計に、自分の本心を見せても良いような気がしてしまう。
それは、相手が見知らぬ他人だからだろうか?
自分を知られても、構わない。
どこかですれ違う程度の人。
または、同じ場所に居るのに…永遠に、邂逅する事の叶わないような隔たりのある関係。
何億年も前から、地中深くに埋まっている様な鉱物と一緒。
そこに居るけれど、絶対に会えない。


「そんなに寂しい事は言わないで欲しいんだが、普通はそうだろうな」
「貴方が俺を信じられる理由が、分かりません」
そう小さく呟いた俺に、彼は直ぐに「理由なんて無い」と返答した。
「えっ……」
驚いて顔を上げる俺に、彼はさもそれが当たり前かの様に「理由なんてある訳がないだろう」と、再度言う。

「誰かを疑う理由はいくらだって上げられる、だが、信じる為の理由は、中々真っ当なものが見つからない…なら、理由なんて考えない方がいい」
「そんなんだと、いつか騙されますよ」
皆、優しい事を言うから。
信じていい様な、そんな気がしてくるのだ。
だから、裏切られた時にショックを受ける。
誰も、俺の事なんて見てくれてないから。
そう心の中だけで呟く俺の頭に、そっと彼の手が乗せられる。
ポンポンと優しい手つきに、恥ずかしさと僅かな嬉しさを感じる。
「論理的に、説明できる理由は無い」
「論理的に?」
「君は良い子だろう」
自信を持ってそう言う彼に、俺は首を傾ける。
一体どこから、そんな自信が湧いてくるのか?
「勘だ」
「…………勘?」
「そう、刑事の勘だ」
そう言うと、俺の頭をぐしゃぐしゃと乱し、悪戯っぽく彼は笑った。
「何ですか、ソレ……」
彼の言葉に呆れる俺に、「一度言ってみたかったんだ」と彼は言った。
「だが、勘というのは本当だ」
自信満々だったのに、帰って来た言葉がそんな根拠のない返答だった為に、俺は力が抜けた気がした。
「だから言っただろう、論理的じゃないって」
「本当にその通りですね」
「そこは、否定してくれないんだな」
苦笑いする彼に、俺は逆に少し微笑む。
少しだけ、心の中が暖かくなる。
だけど……彼が、俺を騙そうとしているんじゃないのか?なんて、そんな考えたくもない事が頭の中に浮かんできた。
どこからか入り込んだその考えは、あっという間に俺の体の中を巡る。
嘘は、優しく綺麗じゃないといけないんだ。
そうじゃないと、誰も喰い付いてはくれない。
信じた後に裏切られるのは、もうゴメンだ。


なら…誰も信じなければいい。


そう頭の中で声がして、途端に、暖かくなった心が一気に冷えた。
自分を守る為なんだ。
誰も……信じるな。
急に表情が曇った俺を、不審に思ったのか「どうした?」と尋ねる相手に、俺は黙って首を振る。
彼の様に、無条件に自分の勘だけで相手を信じられる様な事は、もう俺にはできないんだ。


「お風呂沸かしたんだが、先に入るといい」
その一言に、俺の中で警戒音が鳴る。
彼はそんな俺に苦笑いして、「何もしないさ」と見透かした様にそう言った。
俺は、無駄な気を張り過ぎてるのかもしれない。
「すみません…」
「いや。着替えは…私の物でも構わないか?」
「あ……ええ」
小さく頷けば、彼はニッコリと笑って「コッチだ」と案内してくれる。


一人、脱衣所で衣服を脱ぎながら、俺は自分の右腕を見る。
「やっぱり……こういうの、バレるのは不味いよな?」
長袖の衣服を脱ぎ、手首に現れる自傷の痕に一人、溜息を吐いた。


to be continude …

あとがき

警察官と家出少年続編。
拾われた方の心境はどうなのか?喜んでるのと安堵感と、めちゃくちゃな不信感に挟まれて、なんかとっても窮屈な感じじゃないかと。
早くも反響があって嬉しかったのです、結構設定は気に入ってるんですが…なにぶん、フリオが人間不信というのは、どう感じられるのかとビクブルしております。
あと、今回はⅡの方々の設定なんかは一切切り捨ててます、フリオの孤独な青年を貫き通す為です。
彼等は一切出てきませんね、っていうか、基本フリオとWOLしか居ない話になりそうな予感がします。
いいんです、これWOLフリなんで……。
2010/6/1

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