人の夢は“儚い”
だが、その幸福は何よりも眩しい
夢で逢えたら…
「何だか、今日は機嫌が好さそうだね」
私に向けてそう言うセシルに、私は短く「そうだろうか?」と尋ね返した。
自分ではそれ程意識していなかったのだが、それ程に、顔に現れているのだろうか?
「うん、何か良い事でもあった?」
「いや…………ただ、夢見が良かっただけだ」
正直に答えると、彼はふっと微笑んだ。
「そっか……どんな夢?」
「悪いが、それは秘密だ」
そんな私の答えに、セシルは意外そうな顔をした。
だが、それは一瞬の事で、直ぐに私に向けて柔らかい…どこか、からかいを帯びた笑みを浮かべる。
「独り占めしたくなるくらい、良い夢だった?」
「確かに、私だけのものであってほしいな」
彼の問いにまた、正直に答えると「貴方は正直だなぁ」と、彼は落ち着いた声で言った。
「でも、貴方の様な人が独占支度なる様な夢なんて、余程良い夢だっただね」
彼の言葉に頷くものの、私の内部では溜息が洩れた。
あの夢は、確かに良い夢だった。
今の現実よりずっと眩しく…そして、恐らくは、瞼の裏でしか見る事の叶わない景色。
この闘争の果てに、彼が思い描いていた平和な世界。
木々は逞しく茂り、空は透き通った青。
水辺に咲く赤い花を見つめる彼の名前を呼べば、私の方を見て微笑みかけてくれた。
穏やかなその表情に、私の胸が跳ねる。
「良い所だ、平和で穏やかな気分になれる」
「本当だな」
嬉しそうな彼の表情に、私の頬も自然と緩む。
平和な世界と、彼の幸せそうな笑顔。
夢のようだと、彼に言えば彼も同じ事を思っていたらしく、同じ言葉を返す。
そして、それは正にその通りなんだと思う。
私は夢の中で、これは夢なんだと分かっていた。
私の見ている、私が望む世界。
闘争から解放され、君の隣りで君の望んだ平和な世界を眺めたい…。
それは、闘う事の先にただ一つ思い描いた、終結後の楽園の姿だ。
だがそれは、叶わぬ願いなのだと分かっている。
彼と私は、住む世界が違うのだから。
だから、私と彼はいつか永久に分かれる時が来るだろう。
その時を恐れて、だから、私は夢を見たのだろう。
永久に共に居れる世界を……。
「フリオニール、君が好きだ」
そう口にすれば、彼は一瞬大きく瞳を見開くと、頬を少し染めて私を見つめ返し「俺も貴方が好きです」と、素直に口にした。
それは、私が決して彼の口から聞く事のできないだろう、と思っていた言葉。
この目の前で頬を染める彼は、決して現実の彼ではない。
私の浅ましい心が生みだした、幻想でしかない。
それでも、私は…この目の前の彼が、私が生みだした幻想であると分かっていながらも、それが故に望んでしまう。
現実に、叶う事が無い…幸せ。
君が、こんなにも近くに居る。
逸らせない様に重ねた視線の先に、不安と期待に揺れる彼の目。
視線だけでなく、ゆっくりと彼の唇に己のモノを重ねる。
甘く、優しく…私を受け入れてくれる、彼。
「ずっと、君とこうしたかったんだ」
キスから解放し、まだ触れ合いそうな位置で、彼に向けてそう囁く。
指の触れた赤い頬の柔らかさまで、感じられてしまいそうだ。
「君とこうしていられれば、それでいい…ここならば、それも叶うだろう?」
夢の中で、夢の住人に対して「これは夢だ」なんて、暗に示す様な言葉を口にしても大丈夫なものか?
私は、自分の幸福に自分で水を差したのではないか…と思ったのだが、しかし、彼は何も意に介しては居ないようだ。
その愛らしい姿に見惚れ、抱き締める腕に力を込めて、ゆっくりと頬を寄せれば…これが現実なのではないか?などという風に、思えてしまう。
そんな訳はない…と、否定する自分は、私の中に居る。
だが、これ以上は浮上してこないだろう。
ここでは何でも叶うのだ。
幸福な世界の幸福な住人である彼は、まるで、私の願いを叶える為にそこに存在しているようだ。
そんな世界に、これ以上、水を差してはいけない…。
私の背中へと、ゆっくりと回される彼の腕。
私を受け入れてくれる彼の、肌の温もりを感じる。
そんな感覚など、あるハズが無いのに…。
全ては錯覚だし、まやかしだ、だが……。
「君と、こうしていたい…できるなら、ずっと」
そう話す私の言葉に、彼はゆっくりと頷いた。
そんな夢を見た…誰にも、言えない夢だ。
胸の内に仕舞って、誰にも秘密にしておこう…そう思った私の耳に、ティーダの良く通る声が聞こえて来た。
野営地全体に響き渡るんじゃないか?そう思えてしまう程に、彼の声は大きかった、だから自然とその返答になる声も大きくなってしまうのだろう。
「平和になった世界で、大切な人と一緒に居る夢」という彼の言葉に、私は驚きを隠せなかった。
それは、言葉で表せば…私の見た夢と変わらない。
だが、彼の隣りに居た相手は一体誰だったのか?
「…と、思うのだが、君はどう思う?」
そう尋ねれば、私の瞳を真っ直ぐ見返して彼、フリオニールは頷いた。
「俺も、それでいいと思うよ」
強い意志のある視線、そして私の言葉をしっかり吟味した上での返答、それに満足して私も頷く。
「君がそう言ってくれるなら、大丈夫そうだな」
そう言う私に、彼は少し不安そうな面持ちになると「俺なんかの意見でいいのか?」と、そう尋ねる。
「君は頼りになるからな、発言に迷いが無い」
「そんな事無いんだけど…」
「そうでもないさ、君はもう少し自分を信じた方がいい」
照れたのか、少し頬を染めて私から視線を外す彼の表情は、夢の中の彼と通じる所を感じる。
そう、夢の事と言えば…。
「ところで、フリオニール」
「ん?何だ?」
呼びかければ、再び私の目を見つめる彼。
悪意の無い、琥珀の瞳が真っ直ぐに私を見つめる。
「君には、恋慕う人が居るのか?」
そう尋ねれば、彼の表情は見る見る内に真っ赤になる。
答えなど聞かなくても、直ぐに解答は判明した。
そうか……やはり、彼には…。
「あ、あの……」
「済まない、君を困らせるつもりは決して無いんだが…ティーダの会話が聞こえてきて、な」
そう言えば、照れて俯いたまま視線を彷徨わせる彼。
何と答えるべきなのか、どうやら困っている彼に、私はゆっくりと自分の手を伸ばす。
前にある彼の頭をそっと撫でれば、少し気分が落ち着いたのか、ゆっくりと私の方へと再び視線を戻した。
「その人が、どういう人なのかは知らないが…君にとては特別な人なんだろう?」
悲痛に感じる自分の胸を抑え込み、私は彼にそう尋ねると…彼は小さく「はい」と答えた。
ああ、やはりそうか…。
彼には、彼の世界で、幸せにしてあげたい人が居るのだろう。
だから彼は、平和な世界を思い描く。
彼の思う、その人の為に…輝きを放つ、平穏な世界を。
彼の思い描く幸福な世界で、彼は、私の為には…微笑んではくれない。
「大事にしてあげなさい…その人の事を」
「……はい」
決して本心ではない言葉を、ぎこちない笑顔と共に彼に送れば、彼は小さく返事をした。
邪魔してはいけない、と心の中で呟く。
彼の幸せを、私の様な者が邪魔してはいけないのだ。
胸の奥が痛みを訴えかけるものの、それでも私は平常心を装い「引きとめて済まない」と彼に一言謝って、その場から立ち去った。
彼の優しい微笑みが、どうしてこうも胸の痛みを刺激するのか……。
忘れなければいけないのだ、と自分に言う。
元々…叶う訳などなかったのだから。
君を困らせる訳には、いかないのだ…。
優しい君は、こんな気持ちを知った日には…私を傷つけまいと大いに悩む事だろう。
私は君の幸福を願っているだけで、君を困らせたいわけではない。
ならば、胸中の痛みなんて…訴えかけるべきではない。
だが…どうか許してほしい。
せめて夢の中だけは、私のモノであって欲しいなんて願う、私を。
「私は、随分と自分勝手な人間だ……」
to be continude …
WOL→←フリオ第二話…久々更新。
華麗なるスレ違い、二人共同じ夢を見ていてお互いにお互いの事を好きなのに、勘違い生じて現実は上手くいっていません。
という事で、タイトルの『夢で逢えたら』は二人の共通の考えになる訳です。
……という、解説を入れなければいけないというのは、小説としては失格ですね、全くです。
まあ、そういう事なのでまだ続きます。
視点は今のところ、フリオとWOLの交互に変わる様に考えてますが、話の進展具合で何とも…だけど、次回はフリオで書く予定です。
2010/5/29