性的な行為というのは、悪だ
それは不浄なモノなのだ、忌むべき行為なのだ…
背徳的で冒涜的なモノなのだ
「だが、それを行わなければ、この世で人が生み栄える事はない」
それは……生産性があればコソ、だろう?
Nocturnus 〜 good dream or nightmare 〜
白いシーツを敷いたベッドの上、横たえられている俺の上ではそんな俺の姿を見て微笑む別の影。
室内は薄暗くこれといった灯りはない、だが直ぐ側に居る相手の表情の微細な変化は、肌で感じ取れる。
サラリと、垂れた髪が俺の頬を掠めて行く。
再び重なり合う唇をよそに、俺の衣服のボタンを外していく相手の手つき、それを不快に思わない…むしろ好意的に受け入れている自分を、不思議に思う。
何してるんだろう俺?何で、こんな事平気で。
「愛してるからだろう?」
そう俺へ向けて言う相手の言葉が、素直にすっと俺の胸に落ちる。
そうか……相手を愛する行為であるから、不快でも冒涜でもないわけだ…。
納得した俺を、笑って見返す相手の手が俺の肌を撫でて行く。
ボー…とする頭で相手を見つめ返す俺。
そういえば…どうして相手は男なんだろう?男同士でって、おかしいよな?
俺を見つめ返し嬉しそうに微笑む相手。
それはそうか、俺の服は前が開けられ、俺自身も抵抗する意思が無い。
獣の前で“食べてくれ”といってる兎のようなものだ。
そう思いつつも、俺は抵抗する意思も無く…ただ、相手の前で頬を染めるだけだ。
受け入れられる、不思議な程に。
首筋に這わされる舌が、ゆっくりと俺の肌の上を滑っていく。
「んっ……」
震える俺に対し、彼はその反応を楽しんでいるようだ。
前を開いた服を更に大きく開け、そして、俺の体を撫でまわして行く彼の手。
「ぅあ!」
悪戯な指が、胸の突起に触れ思わず上がる甘い声に、相手が嬉しそうに笑みを深める。
だけど、それだけで止めてはくれない。
「ん、っあ…ヤダ、止め……」
グリグリと指の腹で弄られ、思わず上がる否定的な声も、甘さを含めばただ相手を煽るだけで。
相手に翻弄される俺は相手を涙目で見上げ、至極楽しそうな相手は俺へ向けて何かを言おうと口を開いた、その瞬間だった…。
「貴様、何をしている…」
地の底から響くような声がして、世界が反転する。
視界に広がっていた薄暗い空間が、真の暗闇の中へと落ちる、その割に克明に浮かび上がる自分の姿。
そんな俺を抱きかかえる、低い体温。
「マティウス?」
俺を抱きしめる相手は、酷く不機嫌な表情で俺を睨み返す。
どういう事だ?疑問を投げかける俺の元に、「イッテー…」という少年の声が届く。
「いきなり何するんッスか!酷いッス!!」
俺とマティウスから数メートル離れた先、頭を摩りながら金髪の少年が立ち上がると、マティウスへ向けてそう怒鳴った。
「人のモノに断りも無く手を出す不届き者が、何を偉そうな口を利く」
「人の物ってね……なら、あんなトコで昼寝なんてさせんじゃねえよ!喰ってくれって言わんばかりじゃないッスか」
「…………昼寝?」
少年の言葉に、俺の記憶がようやく蘇って来る。
そういえば、天気が良かったから庭に出て…そう、園芸の本を見つけたから丁度良いと思ってこの庭の植物について見てる内に、なんだか眠くなってきたから、ちょっとだけ…と思って、庭に置いてあったベンチに横になって少し昼寝してたんだ。
そう…それで、気付いたら知らない部屋で…って事は。
「さっきのは…夢?」
「ようやく気付いたのか、この馬鹿者」
人に向けていきなり罵り言葉というのはどうかと思うのだが、この我儘かつ自分が一番だと豪語するであろう男の前では、俺くらい簡単に馬鹿者扱いされてしまうようだ。
「フン、淫魔の誘いにノコノコ引っ掛かりおって」
「……淫魔?」
「なっ!!誰が淫魔ッスか!あんな低俗な奴等と一緒にしないで欲しいッス!!」
マティウスの言葉に対し、少年は剣幕になって怒る。
どうやら、二人の中で見解の相違が生まれているようだ…というより。
「君は、誰?」
ようやく発する事のできた俺の質問に、少年はマティウスへの怒りをスッと引き、俺に向けて笑顔を作る。
「ああ、紹介してなかったッスね、オレはティーダっていうッス!まあ、夢魔の仲間と考えてくれていいッスよ」
軽い言葉でそう言う相手に対し、俺は「はぁ…」という気の抜けた返事を返す。
夢魔といえば、人に悪夢を見せる悪魔の事だった…ハズだ、そして彼等のもう一つの仕事と言えば。
「フン、夢魔だろうが淫魔だろうがする事は一緒だろうが」
「失礼ッスね!俺は淫魔みたいに相手誰でもいいわけじゃないッスよ!俺の本業は人に悪夢を見せる事だし!!」
そういえば…淫魔と夢魔は、一応は同じ種の悪魔って言われてるんだっけ?
しかし、そんな俺の呟きに対して、少年は一生懸命になってその言葉を否定する。
「あんな低俗な奴等と一緒にしないで欲しいッス!オレ、これでも血統はいいんッスよ、伝説の夢喰いの魔物・獏の血を引き継いで…」
「人に淫夢を見せてそれを餌にしている時点で、貴様も充分低俗だろうが」
ティーダの弁解をバッサリと切って捨てる皇帝、残念ながらその台詞は否定はできない。
「だって、そのお兄さんめちゃくちゃ美味しそうな匂いがするんッスもん!」
むしろ開き直ったかのようにそう言うティーダに、俺も、多分マティウスも、内心呆れたに違いない。
「あっ…今オレの事を馬鹿にしただろ!でも、アンタだって人の事言えないだろ?そのお兄さんに魅力を感じたからこそ、アンタはその人を手元に置いてる…人じゃない奴等が好む美味しそうな匂いが、そのお兄さんからするし」
それって血筋?とティーダは俺に向かって尋ねるが、俺はそれに対する答えを持っていない。
血筋なのかもしれないが、それを確かめようにも俺は俺と血の繋がった家族の顔を知らない。
そして、生まれてこの方ずっと教会の孤児院で過ごして来た為に、魔物が寄りつくような事は無かったのだ。
「フーン…だから性行為は冒涜だ、なんて言った訳ッスか」
「あっ……あの時の夢の相手って…………」
そうだ、この少年が見せていた夢ならば、勿論相手はこの少年でしかないだろう。
「オレは夢を見せてただけで、相手だったわけじゃないッス…。
っていうか…そもそも事の発端はお兄さんが見てた夢が美味しそうだったから、ちょっとご馳走させて貰おうと思って忍び込んだだけッス。
オレ自身は夢に手は加えてないッスよ」
ヒラヒラと手を振って無罪を主張する相手、悪夢を見せるのが本業だ…というのならば、確かにそれは嘘じゃないんだろう。
「じゃあ…マティウスは何で怒って」
「恋人が男に取り疲れて、怒らん男は居ないな」
平然を人を恋人呼ばわりしてくれているが、別にお前の恋人になったつもりは無いぞ。
「ああもう!折角の夢を喰い逃しちゃうし、淫魔呼ばわりされるし、ツイて無いッスよ…あの悪夢、あとちょっとで美味しくなる所だったのに……」
「待ってくれよ、アレは悪夢なのか?」
確かに目覚めてしまえば悪夢であるが…夢の中の自分がうなされていた覚えは無い。
マティウス自身が相手を“淫魔”と称したように、あの夢はどちらかといえば“淫夢”と呼ばれる類のハズなのだが……。
「夢の続きがどうなってたのか、それは分からないッスけどね…でも、アレは悪夢ッスよ間違いなく、暗くて重くて物悲しくて、陰惨な雰囲気漂う香りは間違いなく悪夢ッス」
夢魔のお墨付きまで頂いてしまったとなると、悪夢なのか?
一体どこが?
あの夢の先に、何かもっと別の展開があった…という事なんだろうか?
「そんな事はどうでもいい、貴様無断で私の城に忍び込んでおいて詫びの一つも入れんのだな」
「この城の中の住人なんて、皆無断で住み着いてる奴等なんだろ?人間界は最近住み難いからさ、人間の世界から隔離された魔界の貴族様達のお家には魔物が集まってくるもんじゃないッスか、アンタだってそれ承知の上なんだろ?今更何言ってるんッスか」
ついでだから、オレも住もうかな?なんて気楽な事を言う少年に、マティウスは盛大な溜息を吐く。
「私のモノに手を出したら、命は無いと思え」
「夢喰うのは許してほしいけどね…まあ、我慢できる内は我慢するッスよ、保障はしないッスけどね。
お兄さん、名前は?」
「フリオニール、だけど…」
「OKフリオ、これから宜しくッス」
そう言い残し、ふと手を上げると闇の中へと消えて行く少年。
「…忌々しい、二度と関わるな」
俺に向けて苦々しい顔をしてそう言うと、次の瞬間、真っ暗な空間がいつもの寝室へと戻る。
そして、俺ごと愛用のベッドに横になる。
「ちょっ…マティウス、離せ」
「断る……」
俺の提案を却下する声に、どこか面倒そうな雰囲気が混ざる。
ああ…そういえば、まだコイツが活動する時間じゃないんだった。
「昼間でも活動できるのか?」
「陽の光の下はあるけん、光が届かんように遮るのならば…活動できん事もない」
長くは出られんがな、と付けくわえられる億劫そうな声。
「なあマティウス、俺は今が活動時間な訳なんだけど…はな」
「断る。昼寝していたんだろう?なら、ココでお前も寝ろ」
何で昼間から、お前に抱きかかえられて添い寝しないといけないんだよ!
「ちょっ、マティウス離せ!マティウス……お前、どこ触ってるんだよ!!」
モゾモゾと俺の服の中へと入り込んでくる冷たい手が、俺の体をイヤらしく撫でまわして行く。
ツーと胸の上を撫でて行く手が、胸の突起を摘まみ上げられる。
「ひっ!……ぁ、ちょっといい加減にしろよ、マティウス…お前、寝るんだろ?」
「淫魔にやる体があるなら、私の相手をしろ」
俺の体を撫でていた手が止まった…と思うと、マティウスが俺の上へと圧し掛かる。
俺を見下ろす紫の瞳。
俺の背中には白いシーツの広がったベッド。
フラッシュバックする、さっきまで見ていた夢。
そういえば、あの相手は一体誰だったんだろう?
顔を…思いだそうとしても思い出せない。
夢は覚めたら霞んでいく、だからそれは仕方ないんだろうけれど……でも。
あんな事をする相手は、今目の前で俺を組み敷いている男以外、考えられない。
「あの…マティウス?」
怒っているのか、それともただ真顔なのか…この男の表情の変化は読み難い。
故に、何を考えているのか見ただけでは分からない。
「マティウス……」
名前を呼ぶ俺の声が、思っていた以上にか細く小さいモノへと変わる。
今、この全身に感じているのは、一体何だ?
恐怖か?それとも……期待なのか?
前者だ、絶対前者だ。
押さえつける腕から逃げ出そうと身を捩るものの、見た目以上に力のある腕に縫い留められて動けない。
するりと俺へと近付く、マティウスの顔。
俺の頬へと垂れる、マティウスの長い金色の髪。
さっきと同じだ…同じ。
俺の唇を、マティウスの冷たい唇が塞ぐ。
柔らかい感触。
侵入してくる相手の舌を押しとどめようとしても、そんな抵抗は無駄に終る。
俺よりも持っている体温は低いのに、どうして咥内を荒らして行く舌はこんなに熱いんだ?
「ん…んん……」
クチュクチュと鳴り響く水音が恥ずかしく、体温が上がる。
抵抗しようとする俺の動きを押さえつけられ、深く深く口付けるマティウス。
存分に味わうと、俺から離れていくマティウス。
俺を見下ろして、捕食獣のように笑う。
「あ……」
その可逆的な目に、どこか見覚えがあるような気がした。
一体誰だ?
いつ、見たんだろう?
記憶に無いけれど、でも……多分、怖かった。
それだけは覚えてる。
鮮明な記憶ではない、何か濁った水の奥から覗いているように不鮮明。
俺のシャツの合わせ目にマティウスの手がかかり、勢い良く引き裂かれる。
飛んだボタンと、破れたシャツから覗く肌へとマティウスの舌が伸びる。
胸の中心へ唇を寄せ、時々じゃれ付くように甘噛みする。
早くなっていく心臓、体温が上がる肌の上を血を吸う為にある彼の鋭い牙が、俺の肌を突き刺しそうになって体に力が籠るものの…微妙な力具合で裂かれる事なく、その感覚が酷く歯痒い。
肌を掠めていく牙が、くすぐったい。
「はぅ……な、マティウス…も、止めて」
相手の頭に指を絡め必死で訴えかけると、彼は顔を上げて俺を見返した。
のんびりした動きで俺の首筋に顔を寄せると、いつも吸い付くそこへ強く噛み付いた。
「ひぅあ!」
ピリッという痛みと一緒に、グラッと一瞬揺れる意識。
「お前は私が支配する…その証を、いくらでも刻んでやる」
首筋に深々と開いた牙の痕。
零れ落ちる血を舐め上げ、俺の耳元でそう囁く男。
胸の紋章を、冷たい指が撫でて行き……そして。
糸が切れたように、彼の動きは止まった。
「…………マティウス?おい、なあマティウス?」
呼びかけるが反応は無い、まさかとか思うが……。
「寝てるし」
その事実を知った瞬間に、強張っていた体から力が一気に抜けた。
何だよコイツ…まさかとは思うけど、寝惚けてたのか?
寝惚けて人を襲えるって、どれだけ欲望に忠実なんだこの男!!
しかし、怒りの矛先を向けようにも相手は完全に旅立ってしまった後だ。
チャンスかと思い、その腕の中から逃れようと身を捩るものの…どんな力を持っているのか?この男の腕は俺を決して離す気は無いようだ。
よくよく考えると、吸血鬼と人間じゃ持ってる基礎体力というモノが違うんだろう、マティウスは細見の割に俺の事軽々と持ち上げるし。
という事は…この男の力がこれから緩んでくれない限り、俺はここから抜け出せないという事か……。
やり場の無い怒りと、微妙な体勢のまま身動きの取れなくなってしまった自分の、余りにも笑えない状況に…本気で苦笑い。
「あの夢…何だったんだろうな?」
そんな疑問を呟いてみるも、確かめる術なんて持っていない。
とりあえず…俺にとってあの夢が良い夢ではない事だけは確かだろう。
記憶としても、そして…今の状況を作り出した事を考えても。
自分を抱きしめたまま眠る吸血鬼が、今夜目を覚ました際には、まずは一発殴らせて貰おう。
そう心に決め、仕方なく俺も半強制的に昼寝の続きを続行する事にした。
最近サボり気味な吸血鬼パロ本編、番外は何本か制作してますけれども。
ティーダの登場をずっと考えてたんです、夢想だから夢魔という安易なキャスティングはツッコまないで下さい。
予定よりもペースが遅い、もう17話目突破ですからね……いい加減、拾わないといけない伏線が増えてきました。
全部回収して完結するのが一体いつになるのか…全く先が見えないですが、設定は好きで書くのは楽しいんです吸血鬼パロ。
2010/3/25