恋人達に、幸あれ!!
White Day
この国で、何故この日がホワイトデーと呼ばれているのか…。
それは、かつてバレンタインデーのお返しに翌月の14日マシュマロを贈ろう…という、某所の洋菓子店の発案により全国へと広がったものらしい。
その際にマシュマロの白から、“ホワイト”という名前が、付けられたそうだ。
「……それがどうしたんだ?」
バイト仲間が披露した知識を聞きつつも、俺は心の中でこう思った。
だからどうした?
「お前は、ホワイトデーにかまけて何か企んでいそうだ」
そう言うスコールに、俺はニヤリと笑いかける。
「何で分かったんだよ?」
「分かり易い」
何だよ、またまた俺の性欲が抑え切れてないとでもいうのか?
そう呟くと、彼は小さく頷いた。
マジで?何なの俺、そんなに肉食系でガッツいてそうなの!!
「恋人に対して、無理を強いるような事をさせるな。
お前と恋人の関係が悪化して愚痴を聞かされる、俺の身になれ」
毎度毎度、ご迷惑おかけしてます。
そう思いつつも、止めるつもりは一切無いんだけどね。
「そういうのは止めてやれ…お前の恋人は、話を聞く限り落ち着いた雰囲気の大人しい子なんだろう?お前の性欲に付き合わせるのは酷だ」
「そうでも無いって、愉しんでくれてるよ」
「……」
「そう思ってるのはお前だけ、って?」
「……」
頼むから、無言・無表情で見つめ返すの止めてくれないか?お前がそれやると、凄い威圧感あるんだぞ。
それでも威圧感を放出し続けるスコールに、俺は小さく溜息を吐く。
「大丈夫だって…ホワイトデーはそんな事しないし」
「…………」
「何?」
驚いたような表情(といっても、そんなに大した変化はないんだが)を見せるスコール。
「見え透いた嘘は止めろ」
「いや、嘘じゃないから!!」
バレンタインデーの日に、チョコレートと美味しく恋人を頂いてしまったわけなんだけど…その後、あまりにもヤリ過ぎだという事で、翌朝、兄貴は大変なご立腹だった。
夜が激しすぎて怒られるのは、まあ偶にある事なのだが…しかし、今回は酷かった。
何があったのかは知らないが、ホワイトデーのお返しはいらないからイベントにかまけて手は出すな!!と朝から怒られた。
朝から何を叫んでいるんだと思ったが、内容が内容だけに俺が反省しなければいけないのは確かなもので…。
ホワイトデーは手を出さないから、その代わりお返しはさせてくれ…と言って、平身低頭謝ったのだ。
「……という事で、ホワイトデーは名前の通り、白く清潔な関係で過ごさせて貰います」
「…………大人しく従うんだな、そういう所は」
「怒らせると怖いからね、惚れた弱みかな?」
…あのさ、お前の無言・無表情は何か人を呪う時の表情なの?
「惚気は、壁にでも向かって言ってくれ」
酷く悩むような表情でそう言うと、はぁ…とスコールは盛大に溜息を吐いた。
「兄貴おはよう!」
「ああ、おはよう」
朝食に起きて来た兄貴に爽やかに挨拶すれば、はにかんだ様に挨拶を返してくれる兄貴。
今回の俺からのお返しというのが、はっちゃけ過ぎた俺へのペナルティというか…それで、ここ一カ月は俺が家事をすると約束している。
それでを許してもらえるならば、安いというものだ。
プラス、一週間禁欲くらったけどさ……過ぎた事なんて忘れよう。
焼いたトースト・サラダ・ソーセージ・目玉焼きという、簡単な料理をテーブルに並べつつ、過去の辛い記憶を頭の端に追いやる。
二人揃って「いただきます」と両手を合わせて挨拶するのは、幼少時から続く習慣だ。
「今日で、俺の家事生活も終わりな訳だ」
目玉焼きを食べながら、清々した気分でそう言うと兄貴は苦笑いする。
「お前もちゃんと家事ができるんだから、これからは分担制でお願いしたいんだけどな」
嫌だよ、俺よりも兄貴の方が隅々までちゃんとできるクセに。
この一カ月、俺がどれくらい苦心して家事をこなしていたと思ってるんだ!
「そんな事を言うなら、お前はもう少し俺の事を尊敬してくれ」
いや、兄貴の事はちゃんと尊敬しているし、毎日感謝もしているし、それに加えて多大なる好意も寄せてもらってますよ。
「お前の多大なる好意に関しては、そのまま返却したい気分なんだけど」
「いや返却しないでよ俺の兄貴への愛!!」
まったく、朝から酷いよ兄貴。
こういう恋人の心へ刺さる酷い一言にも、涙を飲んで耐えてる俺って凄い偉いんじゃない?
まあ、兄貴は素直じゃないだけだ…………って、できれば思いたいけどさ。
巷で流行りのツンデレキャラって奴ですか、分かります。
「…お前、何考えてるんだよ?」
「えっ!?何が?」
「いや、顔二ヤけてるぞ…不気味に」
不気味って何!?そんなに顔に出てたのかよ俺!!
「兄貴は今日も可愛いな、とか思ってただけなんだけど」
ニッコリ笑ってそう言うと、兄貴は少し息を吐いて。
「俺はそろそろ、お前を精神科に連れて行くべきか考えてるんだけど、今日こそ電話しようか」
「何で可愛い弟を精神科送りにしようとすんの!!」
っていうか、先月から内容が更に酷くなってるんですけど!
俺の扱いがどんどん酷くなってない?ねえ、何で俺って兄貴と血の繋がった世界で一人の可愛い弟でしょ?
「いや、お前は別に可愛くないから」
「酷いよ兄貴!!」
半泣き状態でそう言う俺に、兄貴は笑いかけて「冗談だよ」と優しい声で言う。
落差のある言葉に安心しつつ、綺麗な笑顔に癒される。
俺って、兄貴の一挙一動に振り回され過ぎかな?
しかし、その一挙一動に注目していたくなるくらい魅力ある兄貴の方が、俺にとっては問題なんだ!うん、きっとそうだ!
…という事で、俺は悪くはない。
「それで、今日はどこに行くんだよ?」
兄貴からの質問に、ちゃんと約束の事覚えててくれたんだなっと嬉しくってまた顔がニヤけそうになるのを抑えて、俺はちょっと考える。
ホワイトデーのお返しは、実はまだ用意していない。
兄貴にあげる物なんだから、兄貴が欲しがる物をあげたくて…それなら本人を連れて行くのが一番じゃないか…と、俺の中で簡単な図式が成り立ってしまったのだ。
「今日一日は大丈夫なんでしょう?」
「お前がどうしても、っていうからわざわざバイト休みにしてもらったんだぞ、それでどこに連れて行く気なんだ?」
呆れたようにそう言うものの、俺は兄貴との突然のデートに心が晴れ渡った。
自分だけじゃなく、兄貴の全身コーディネートを整えて、可愛く仕上げてあげた後、一緒に揃って家を出る。
手を引いて歩き出せば、苦笑いしつつもそれに従う兄貴。
「ねえ兄貴、何が欲しい?」
「何が欲しい…って、ホワイトデーのお返しだろ?普通はお菓子とかじゃないのか?」
「まあ、そうなんだけどね」
兄貴が喜んでくれる物をあげたいのだ。
今までにも何度か贈り物はしているものの、そのほとんどが身につけられるアクセサリーの類だ。
身につけてくれているから凄く嬉しいな、とは思うものの。普段はあまり装飾品に大して興味を示さない兄貴が、アクセサリーを身につけているのは…少し違和感を感じない事もないのだ。
だから、今回は兄貴が欲しがる物をあげようと思ったのだ。
「たかだか百円の板チョコのお返しに、少し大袈裟過ぎるぞ」
「兄貴の愛情分のお返しだと思ってよ、ね?」
ニッコリ笑ってそう言えば、相手は照れたように赤くなって「恥ずかしいから止めろ」と呟いた。
そういう反応が可愛いいうのに、本人は気付いていないんだろう。
街中を散策しながら、彼方此方の店を見て回る。
「とくに、今欲しい物は無いんだ」と言い張る兄貴でも、品物がアレば興味を示してくれる。
服飾や装飾関係の物に興味を示す俺とは違って、兄貴の興味は日用雑貨等の方面に大して向きやすい。
これも、普段から家事をずっとやってる所為なのかな?と思いつつ、綺麗なグラスを眺めている兄貴を見つめる。
「この間、落として割っちゃっただろ?」
そういえばそんな事もあったな、と思いつつ…しかし欲しいのかと問えば、「別に不便はしてないし」と曖昧な答えが返って来る。
じゃあ、何で見てるんだ?と思うものの、欲しい物が無いだけかもしれないと、直ぐに思い直す。
料理を作る人は、器へのこだわりというものを持っていたりする…らしい。
少なからず、兄貴にもそういう傾向があるのかもしれない。
あと、何気に可愛いものが好きだったりもする。
雑貨店に行って店内を楽しそうに見て回る女子は多いが、どういう訳か兄貴も彼女達と同じ傾向を持っていたりする。
生活を豊かに…という意味では、この人も女性的意見を持っているのは間違いないのだが……。
やっぱり、将来良い嫁になれるよ、兄貴は。
「兄貴って、本当に欲無いよな…」
「そうか?」
そうか…って本当にそうだろ!?
どうするんだろうこの人?このまま今日一日、ウィンドウショッピングで潰す気なの!?っていうくらいの勢いで、俺の問い掛けに対して首を横に振るんだけど。
いや、最初から「欲しい物は特に無い」とは言っていたけどさ、それでもここまで「欲しい」の問い掛けに「要らない」って言う人も珍しいんじゃないのか?
「本屋、寄ってもいい?」
「うん、いいよ」
俺が頷くのを見て、兄貴はすっと書店の中へと足を踏み入れた。
兄貴は勉強家だからね、サボり気味な俺とは違って色んな本読んでるみたいだし。
昔から小説とか好きだったしね。
こういう場所では暇を持て余してしまう俺は、近くにあった週刊誌をパラパラと見ながら時々、兄貴の様子をチラ見する。
ふとどこかで立ち止まった兄貴を見つめ、手にしていた週刊誌を元の場所へと戻して近寄ってみる。
料理本のコーナーで、料理のレシピブックを選んでいる兄貴の姿を見つけ…やっぱり、兄貴は主婦だな、と感じて脱力する。
「兄貴さ…心配しなくっても、充分料理上手いよ」
呆れて声をかける俺に、兄貴は顔をあげて「居たのか」なんて、ちょっと俺の存在感に関わる発言。
「居たのか、じゃなくってさ…まだ料理上手くなりたいの?」
「まあな、俺の料理も少しずつ身に付けたものだからさ…そんなに良い物が作れるわけでもないし」
母さんの味には、程遠いかな…なんて寂しそうに呟く兄貴に、俺は胸が締め付けられる。
「お前にも、料理作れるようになって欲しいし」
続いて兄貴の口から発せられた言葉に、俺はその場でこけそうになった。
「兄貴……もしかしてだけどさ、ここ一カ月の俺の料理って…そんなに不味かった?」
おかしいな?自分では悪くないと思ってたんだけど……。
それでも兄貴には敵わないとは思ってたさ、でも不味い物では無かったハズなんだけど!
っていうか、我慢してないでハッキリそう言ってよ、むしろ兄貴褒めてくれなかったっけ?
「いや、確かにお前の料理は美味しいよ、美味しいけどさ…」
「けど……何?」
「お前、そんなにレパートリー無いんだろ?」
兄貴の指摘に、言い返す言葉は…無かった。
立て続けに同じメニューを出す事は、流石にしなかったけどさ…でも、似通ってくるのは仕方ないだろう。
「いや、仕方ないって…お前。海軍じゃないんだから、週一でカレーは止めろよ」
「だって楽でいいじゃんか!アレは九割は失敗しない料理だぜ」
そう言い返してみるものの、自分でもその言い訳が苦しいのは分かってる。
そりゃ、兄貴に料理をほとんど一任してしまっている為に、俺の作れる料理は小学生レベルと言っても過言ではないかもしれない。
つまり、誰でもできる基礎的なものしか作れないのだ。
煮物なんてなってきたら、それこそ何をどうしたらいいのか分からなくなってくる。
兄貴は俺のレパートリーの無さを、簡単に見破ってくれたようだ。
それで黙ってるんだから、何て言うか…人が悪いな。
いや、作ってくれてるから文句を言わなかったのかな?兄貴、真面目だから。
「はぁ……それで、兄貴…その本、欲しいの?」
兄貴が手にしている料理本を差して尋ねると、彼は今日初めてその質問に「欲しいかもな」と返答した。
「…お返し、それでいいの?」
「お返しとか、そういうのにこだわらなくっていいだろ?お前だって何でもいいって言ったんだしさ…だけど、そうだな……」
何だよ、この期に及んでまだ迷うの?
そんな兄貴へもどかしさを感じていた俺の方へ、兄貴の視線が向く。
「何?」
「この本買ったらさ、お前も一緒に料理作ろうよ…俺が教えてあげるからさ」
「っ……」
この人は本当に、無意識の内に俺を惚れさせてくれるよね……。
そんな可愛い事をさ、ハニカミ笑顔で言ってみろよ。
「…分かったよ、俺も料理すればいいんだろ!」
俺は、了承するより他に選択肢が無いだろう?
笑顔の兄貴から本を受け取って、レジに持って行って代金を支払う。
可愛げのある物をお願いできないものなのかな?でも……まあ、いいか。
「ありがとうな、シャドウ」
笑顔でお礼を言われて、少し照れくさくなる。
人が何を貰って喜んでくれるかは、人それぞれだからさ。
「…兄貴って、欲無いよな」
そういう所は俺とは大違いだ…自分で思ってたら世話ないなぁ……なんて思う俺の隣りで、兄貴は嬉しそうに顔を綻ばせる。
「前々から思ってたんだけどさ、家族でキッチンに立って料理するのって…凄く楽しそうじゃないか?」
憧れてたんだよ、そういうのに…という兄貴の呟きに、俺は兄貴の方を見る。
そんな憧れがあるなら、言えば良かったのに。
違うか…言っても、今までの俺はそんな事に耳を傾けはしなかったんだもんな、兄貴の作った料理が食べたいから。
でも、そうだな……恋人同士でキッチンに立つって、それもまぁ…悪くないかな?
新婚さんみたいな気分でさ。
「今日の夕飯は、何がいい?」
嬉しそうな兄貴を眺めつつ、早速そう尋ねてみると、兄貴は笑って「これから買い出しに行くか?」と持ちかける。
「今日は俺も一緒に立つよ」
そう言う兄貴の、久々のエプロン姿を見れるとなって俺のテンションも上がる。
とりあえず、早く買い出しに行こう。
ついでに、この日を祝うために、白いマシュマロでも買って帰ろうか。
ホワイトデー小説、アナザー×ノーマルフリオ…ですが。
バレンタイン企画の後日編を全員分…は流石がに作者が血を吐くので、代表アナザーでやらせてみました。
途中、一切ホワイトデー関係無いし…という展開になってしまって、どうしようとなりましたが…まあいいでしょう、完全に自己完結ですが…。
3月14日をホワイトデーとして祝うのは日本だけなんですね、韓国だとブラックデーと言ってフリ—の人達が黒い麺類を啜るイベントの日なんだとか…。
どんな形であれ、恋人達に幸あれ!……って事で。
2010/3/14