「お前さ、性欲とかないの?」
青少年の疑問
唐突に聞かれた質問に、飲みかけていたコーヒーが器官に入って咽た。
何で、俺がこんなにも盛大にブレないといけない?
折角、彼に淹れて貰ったというのに、なんて事をしてくれるんだ…。
「大丈夫かスコール?」
「…………突然なんだ?」
心配する盗賊に、俺はそう尋ね返す。
一体どういう了見なのか?そもそも、そんな事を聞いて一体何をしたいのか。
いぶかしむ俺に対し、ジタンは小さく溜息を吐くともう少し俺の近くへと寄って来て、ちょいちょいと手で顔を近付けるように差したので、それに従う。
「スコールはさ、フリオニールと付き合ってるんだろ?」
「……まあ」
一応は、親しい付き合いをさせてもらっている。
お前はその過程をよく知ってるだろう?何しか、俺の背中を押し続けた人間だ。
「でもさ、お前とフリオニールは、なんか清く正しいお付き合いじゃんか。
フリオニールが初心で奥手なのは分かるけどさ…お前はどうなの?そういう欲は?」
「そういう欲?」
「だから、男として健康的な欲望」
つまりは、性欲だろう。
「……ジタン、それを聞いてお前は一体どうするんだ?」
そう、この質問の理由が全く見えてこない。
そんな俺を前に、ジタンは一瞬キョトンとした表情になり、その後、難しそうな顔をする。
「うーん…まあ、意味は無いんだけどさ…ちょっと考えてたんだよな」
「何を?」
「同性同士だとさ、恋愛感情でもプラトニックラブになるものなのかな…って」
ああ、そういう事か。
つまりは、完全に青少年の恋愛への興味だったわけだ。
しかし、よくよく考えてみると、ノーマルな恋愛を主とする彼が抱く疑問としては正統な気もする。
同性相手に性欲を感じるというのは、確かに生物としては問題なのだろう…だが、精神的な繋がりを求めるというのならば、それは性別を超えても生物としての失陥には陥らないのかもしれない。
どこかの魚の様に、群れに雌が居なければ雄が雌に変わるような、そんな雌雄の入れ替えは人間では行えないのだ。
恋愛とは個人の自由だとか何だとか言うものの、一般的な物から外れた場合には流石に白い目を向けられるのは当たり前の事で。
だが、状況が一般的ではない状況ならば、そういう偏見の目は適用範囲外になるのではないだろうか?
しかし精神的な繋がりだけを求め、愛情と性欲を分けて考えるのだとすれば…それは何ら問題はないのではないだろうか?
それとも、そう考えてしまうだけで異常なのか…。
まあ恋愛は個人の自由だ、本人が一番望まれる形であるのならば、そこに性欲を求めようとも精神的な愛情だけを追求しようにも、自由なのだ。
「…そういう難しい事はまた別の機会に発表してもらうとして、お前は理性で押しとどめてるのか?それとも性的魅力は無い?」
「アイツは魅力的だ、それに俺は理性で押しとどめてもない」
「へぇ……でも、ヤってるわけでもない、と?」
「…………」
「ノーコメントか、まあオレもそれ以上追及するつもりはないけどさ、お前も言った通り恋愛は個人の自由だし?」
ニッと歯を見せて笑うジタンに、俺は小さく溜息を吐く。
「ゴメンって。たださ…そういう関係ってしんどくないのか?俺達健康な青少年だろ?」
「俺は平気だ」
「相手も平気とは、限らないんじゃないの?」
「…………」
「あっ、痛い所突いた?」
「…………」
返す言葉もない、いや、言葉を返すのが億劫になったと言った方が正しいか。
俺が彼に返せる返事は、もう溜息しかない気がする。
「人の恋愛に、とやかく首突っ込むのはよく無いのは分かるけど…何か、お前達見てるとじれったくてしょうがないんだよな。
健全だけど不健康みたいな?」
余計なお世話だ。
「あー…スコール。もしかしなくとも、怒ってる?」
苦笑いする相手に、俺は小さく溜息を吐いた。
俺も確かに健康な青少年だ、理性云々のゴチャゴチャした理由は置いておいて、健康上は必ずそういう壁にはぶち当たる。
それは…彼だって同じ事なのだ。
そんな事は重々承知している、だから…ジタンの言葉は酷く俺の心に刺さった。
だが、別に我慢を強いているつもりは無い。
「ん…ふぅ……ん」
俺の腕の中、熱く荒い吐息を吐く相手を見やり、その汗に濡れた額にゆっくりと口付ける。
壁を背にし、建物の中でも死角となる場所を選んで、人目を忍んで及ぶ行為。
相手を押し倒す俺の背中には、特徴的な彼の青く長いマント。
互いの体を覆い隠す様に…というのは建前で、俺の腕の中に相手を閉じ込めたいという欲求があるからだ。
薄い区切りかもしれないが、一枚の布だけでその欲求は随分と満たされるものだ。
随分と近くに感じる彼の熱い呼吸に、俺はふっと息を吐く。
「っ…スコール、も…駄目」
ギュッと俺の腕を掴み、限界を訴えかけるフリオニール。
そんな彼の涙に濡れた瞳を見つめ、俺は熱い息を吐く。
俺の欲を煽りたてる、その表情。
綺麗だ、と思う。
胸の中に満ちるのは、相手を満足させたい、そしてもっと俺を求めて欲しいという欲求。
「ん、んん!」
ギュウッと俺の腕を掴んで、必死で声を押しとどめる彼。
恥ずかしいと言って頬を赤らめる彼の姿を見ていると、どうも自分よりも年上だとは思えない。
どこか幼さを感じさせる、純粋な心。
だが、その無知が酷く性的に映る瞬間があるのだから不思議だ。
「ふぁっ、あっ!」
手の中で爆ぜた彼の熱い欲に、ふっ…と小さく息が吐かれる。
「ゴメン、スコール」
腕の中で俺に向けて謝る彼に、ゆっくりと首を振り「大丈夫だ」と一言告げる。
荒い息を整えつつ、俺の言葉に彼は頷いて瞳を閉じる。
その表情が、どこか安堵したような穏やかなモノへ変わるのを見て、俺も小さく息を吐く。
精神の繋がりというのはどんな関係でも大事だろう。
だが、それ以上を求められる関係にある、俺達は。
今回、求めて来たのは彼だった。
彼が言いださなければ、俺から申し出ていたと思う…多分。
汚れた手を拭い、相手の頬にキスを送ればくすぐったそうに身を捩る。
そんな彼の上から退き、その体を綺麗に整え直してやっていると、ふと「スコール…」と小さな声で、俺の名前が呼ばれた。
「なぁ、スコール」
「……どうした?」
熱っぽい視線が絡んでそう尋ねれば、彼は俺を仰ぎみて「一つ聞いてもいいか?」と小さく呟く。
その質問で、彼の一つは終っているのだが…彼が何か知りたいのならば、と思い俺は無言で頷く。
「スコールは、これで満足…なのか?」
これ、というのが今まで自分達が行っていた行為を指すんだろう事は、簡単に推測できた。
これで満足という事は、この行為で俺の欲は満たされているのか?という質問だろう。
「勿論だ」
その返答に、フリオニールは納得いかない…と言いたげな表情で、しかし「そうか……」と歯切れ悪く答えた。
自分達の欲を満たしたいとは思う。
だが、それが須らく性行為に繋がる…というわけではない。
そう……俺と彼は、未だに体を繋げた事はない。
人目を忍んで、お互いの熱を慰め合うだけだ。
「嫌か?……こういう関係は?」
そう尋ねると、フリオニールはゆるゆると首を横に振った。
「嫌ってわけじゃないんだけどさ…何て言うか、無理してないか?」
彼は再び俺にそう尋ねた。
何を無理しているんだろうか?と俺が考えを巡らせるよりも早く、彼は小さく溜息を吐いて語り出した。
「その…さ、付き合ってたらこういう事になるだろう…とは思ってたよ、俺も」
「ああ」
「…その、どちらかが……そういう役になるんだろうな、とも…さ」
真っ赤になって俯き、徐々に小さくなっていく彼の声。
余程恥ずかしいんだろう、言葉にするのも大変だ、というのがその様子から伺える。
そして彼の言葉から、推測して導き出した解答は…。
「俺を、抱きたいのか?」
「そっ!!そういう訳じゃなくって!!」
あっさりと、顔を赤らめた彼の大きな声で否定された。
じゃあ、一体何なんだ?
「その…俺は、今でも充分平気だけど、さ…お前も平気なのか?」
「平気だと、さっき答えた」
「あの、本当にそうか?……無理、とか…してない、か?」
そう尋ねる彼を、俺は真っ直ぐに見つめ返す。
「その、男だったらそういう事をシたいと思うのは、ある事だと…思うんだよ、っていうか当たり前…なんだよな?」
そこは疑問形ではなく、確実に肯定されるべき所だな。
俺はそう思うし、彼だってきっとその意見には賛成だろう。
「だけどお前、優しいからさ…俺に無理させないようにって、変に我慢してないか…と思って」
チラチラと俺の顔色を伺いつつそう言うフリオニールに、俺は小さく溜息を吐いた。
「……アンタ、どうしてそんな事言うんだ?」
「えっ?」
キョトンとした様に俺を見返すフリオニールに、俺は少し距離を詰める。
さっきまで触れ合っていた肌が、酷く恋しく、また…暖かい。
「俺はアンタに触れるのが、幸せだと、そう思う」
「……うん」
頬をゆっくりと指で撫でてやると、彼はくすぐったそうに震えて、頷いた。
「俺も、スコールの側に居るのは嬉しいよ、だけど…お前が」
「俺はアンタに触れられるだけで、今は充分に満たされている…それ以上を望まない訳じゃないが、何が何でも、必要としてるわけじゃない」
「それは、我慢とは違うのか?」
「違うな……」
そして、アンタを想いやっているという訳でもない。
そう違う、これは思い遣りというものではない。
「俺はアンタの恋人だ」
「うん」
恥ずかしそうに頷く彼に、俺は続ける。
「“恋人”という関係に、上下の立場はないな」
「まあ、そうだろうな…」
「だけど、どちらが主導権を握るのか…となると、否応無く突きつけられなければいけない、立場の違いを」
どちらかが征服され、どちらかが征服する。
この意見には否定される事もあるだろう。
それはお互いを知る為の好意であって、どちらかが被征服者になる事等はあり得ない、そんな意見だって聞かれるかもしれない。
だけど…現状を鑑みて、この意見が罷り通らないとは言わせない。
攻める者と攻められる者。
残念ながら、この公式は外せない。
さて……ここで問題になるのは、俺はこの相手を征服したいと思うのか?
痛みに耐え、俺に縋りつく姿…というのも見てみたい気がしないでもない。
だが……俺はこの人には幸せであってほしいと思う。
俺の腕の中では、特に。
痛みなんて、できれば感じて欲しくないのだ。
こうやって薄い布の内側に隠して、自分の腕の中に閉じ込めたい…とは思うのにな。
自分の意見がどこか矛盾しているような気がしてならないのは確かなのだが、人というのは得てして矛盾を孕んだ生き物だろう?ならば、それを肯定するしかないだろう。
だから、俺は自分の意見を胸を張って通す。
あくまでも、アンタとは対等でありたいのだ…と。
「そう思う俺は…駄目だろうか?」
腕の中の彼にそう尋ねると、彼はそっと微笑んだ。
「いや……いいと思うぞ。少なくとも、俺はそれで嬉しい」
そう言う彼の返答に、俺は安心した。
ただ…言っておかないといけない事もある。
「アンタが我慢できないなら、俺は別にもっと先の行為へ進む事は構わない」
「それは…さっきの俺の台詞だ」
「強要させたくないし、我慢させたくもない…それだけだ」
「理性的だな、スコールは」
理性的か…。
彼の言葉を心の中で反復し、その後に付け加える。
俺はただ…アンタに嫌われるのが怖いだけだ、と…。
「そろそろ帰ろうか」
「ああ」
相手へ向けててを差し出せば、それを握り返してくれる暖かい手の感触。
それを感じて、ゆっくりと立ち上がらせる。
その為に差し出したのだが…目的を果たした後も、その手を離せない。
握ったままの手を見て彼は微笑み、そして、ゆっくりと歩き出した。
このままでいいのか?という疑問と、まだいいんじゃないか…という小さな答え。
自分で答えが出るならば、疑問なんて浮かばないだろうに……。
答えの出ない疑問を前に、青少年は溜息を吐いた。
スコール×フリオで、エロを書く…という宣言をしまして、ようやく完成しました!
…が、遅くなった上に温いという、救いようの無い状態になりました、大変申し訳ないのです。
考えれば考えるほど、スコールってそういうタイプに見えなくなってきまして…何て言うか、奥手過ぎるにも程があるのです。
いや、ここまで来ると、スコールは奥手じゃなくヘタレなのではないか?という疑惑がかかっています。
スコール・ジタン・フリオの中で、一番大人かつ男前なのは多分、最年少のジタンです。
2010/3/19