恋人達に、幸あれ!!
St. Valentine's Day【体育教師編】
「今日も頑張ってるな」
そんな声に顔を上げれば、ジャージ姿の男が俺の方へと近づいて来ていた。
「……で、お前は何時になったらウチの部に入るつもりなんだ?」
「俺は園芸部なんで、他の部に入るつもりはない…って、何度言わせるつもりですか、先生?」
苦笑いしてそう言えば、彼は豪快に笑う。
「お前みたいに体格が良くて、運動神経も良い奴が、ジャージ着て泥にまみれてるのにやってるのが花の世話……なんて、もったいないだろう?」
「もったいないとか、そういうのはいいんですよ…俺はやりたい事やってますから」
入学以来、何度も繰り返された会話は、そろそろ挨拶代わりになって来ている。
色々な部から勧誘は受けたものの、結局、俺が選んだのは園芸部。
……部員が一ケタの極小部ではあるものの、その分部員同士の中はいいので、居心地はいい。
立ち上がって、ぐぅっと大きく伸びをする。
「一人か?」
「見ての通りですよ、皆風邪とか熱とかで休んでるんで……」
寒い季節だし、クラスでも風邪が流行っている…気を付けろとは確かに言われているけれども、それでも体調を崩す事は仕方ない。
「健康なのはお前だけか」
「馬鹿は風邪引かない、とか言わないで下さいよ」
「おう、正に今言おうと思った所だ」
そう言って笑う先生に、俺は小さく溜息。
「まあ、俺よりかはずっと頭良いだろうけどよ」
「はぁ……そうですか」
「そうですか…って、お前そこは否定しろよ!」
そう言って俺の背中を叩くので、思いっきり前につんのめる。
力の加減くらいして欲しい。
それを見て「悪い悪い」と悪びれもせずにそう言う。
まったく……大人とは思えない人懐っこい笑顔…これで何だかんだ言って、許してしまう。
「それで一体何の用なんです?」
腰に手を当てつつ、彼にそう尋ねるとニッコリと笑って「別に、大して用はねぇよ」っと言った。
「用も無いのに、こんな所フラついてていいんですか?部活の様子見に行った方がいいんじゃないですか?」
「いいんだよ、っていうか様子見に行ったら嫌がられるんだよ…ウチの馬鹿息子に」
「……そうでしたね」
そう返答して俺も彼の隣りへ座る。
使っていた軍手をバケツの中に突っ込み、息を吐く。
「ここは落ち着くんですか?」
「おう……お前が居るしな」
ニッと微笑んで言うもんだから、ついつい顔が赤くなる。
「そういう、人たらしな所…直した方がいいですよ」
ふいっと視線を逸らしてそう言うと、隣に座っていた彼はそんな俺を見て笑う。
「たらしで何が悪いんだよ?お前が手に入るなら、それで満足だ」
だから!そういう所を直せと言っているのだ。
そんな俺の心境も知らないで、彼はニッコリと笑って俺の頭をガシガシと撫でる。
雑な手つきで撫でて行くジェクト先生に、俺は小さく溜息。
「こんな中庭で腐ってる男に、恋人の一人でもできるものなのか?」
「そりゃ、こんな所に来るのなんて、中年の体育教師だけですよ」
口を尖らせて言うと、彼は苦笑いして「そんなに怒るなよ」と言った。
だが、彼の言葉にも一理ある…。
どうせ、こういう中庭で活動している極小部なんて大して注目はされない…。
恋愛の様な展開に関しては、中々出会いがない。
お陰で高校に入ってから、浮ついた話題なんて一切無い…まあ、興味が無いと言えば嘘にはなるが、そういう事は苦手なの気にしなければそれでも構わないか…と思っていた。
だが、それを思い出させる男が居る。
隣りに居る、体育教師だ。
どういう訳か、この人は園芸部の活動場所である中庭がお気に入りなのだ。
その理由は一体何なのか?
「お前が好きなんだって、前から言ってるだろ?」
隣りに座る俺の腰へと手を伸ばす教師の、その手をピシャリと叩く。
「教師が生徒にセクハラしないで下さいよ」
「セクハラとか言うなよ、れっきとしたスキンシップだろ?」
「相手が嫌がってたらセクハラなんです!」
そう言って相手から距離を取れば、その分だけ距離を詰められる。
いつもこういう事の繰り返しだ。
この人も本当に飽きないな…と、関心しいてしまう。
俺みたいなデカイ男子生徒の何がいいんだか……大体、アンタ女子生徒からも人気あるんだろ?どういうわけか……。
それならいいじゃないか、俺何かの元に来なくったって誰か可愛い女の子と付き合えば。
「そうヘソ曲げんなよ、俺はお前がいいんだって」
笑顔で近付き、肩を抱く相手の手を…今度は払い退けなかった。
そんな気力が無かったのだ。
「そういえば、今日は何日か分かってるだろうな?」
思い出したかのようにそう言うジェクト。
その表情から察するに、間違いなく…今日が何の日かを知って、そして何か魂胆があって俺にそう尋ねているんだろう。
残念ならが俺だって今日が何の日かくらいは知っている。
こんなにも日付に簡単に気付ける日というのも、早々無いに違いないくらい、今日という日にかけている世間のお祭り騒ぎには勘弁して欲しいと思っている。
クラスの女子の騒ぎ方、それは間違いなく恋愛に関するピンク色が似合う日の事だ。
「沢山貰えたんじゃないんですか?チョコレート」
嫌味っぽく言ってみるものの、彼は笑って「俺様は人気者なんだよ」と言い退ける。
それがまた真実である為に、同性である俺は溜息しか出てこないわけで……。
「それで、どうしたんです?俺が一つも貰えてない事に関して、嫌味を言いに来た以外に理由があるんですか?」
今日、ウチの部が俺一人で活動している、もう一つの理由がそこにあるのだ。
つまりは、バレンタインデーだから…他に予定を入れたいという部員が居たのだ。
まあ、どうせ何か大きな作業をしなければいけなかったわけでもないし、普段の活動よりもこの時期は早く終れるのであっさりと了承したら…結果、俺一人で活動する事になったわけだ。
人望の無い自分に、多少嫌気が差したぞ……。
「そうカッカするなって、可愛い顔が台無しだぞ」
「可愛くなんか無いですよ元々」
「可愛いって言ってるだろ?俺様が一目惚れしたんだぞ、可愛くない訳がない」
耳元でそう囁かれ、ビクリと肩が震える。
「止めて下さいよ……」
グッと相手を押し返し、俯いてそう言えば「ほら、可愛いじゃねえの」なんて、呑気な声が返って来る。
いい加減にして欲しい。
「で……俺に何を求めてるんですか?」
「何だよ?俺様が何か求めてるように見えるのか?」
「下心丸見えですよ、先生」
呆れながらそう言うと、彼は表情を消した。
「オイオイ、そりゃ一体どういう意味だ?」
「はい?あの……」
答えようとした俺の体が引き寄せられて、彼の膝の上に無理矢理乗せられる。
俺よりもずっと強い力で引きよせられたその腕から、逃れられない。
「俺様が、お前に手を出すのは…そういう欲求の為だと、そういう意味か?」
「……からかうのは、止めて下さいよ…先生」
彼の強く低い声にいは、俺を問い詰める圧力がある。
体に回されている強い腕の力、それが酷く怖くなる。
どういう事なんだろう?
「何を勘違いしてるのかは知らねえけどよ……教師が生徒に恋しちゃ駄目だってよ、どこの誰が決めたんだ?」
「あの……先生?」
じっと俺を見つめる彼の視線が、強く真っ直ぐに俺を射抜くように見つめる。
揺らがない。
迷いがない。
強い力を持って俺を留めるその目から、目が離せない。
「言っとくが、俺は本気だぞ」
「先生?」
「遊びでもからかいでもなく、俺はお前に惚れてる」
するりと彼の伸ばした手が俺の頬に触れる。
その手が、ガタガタと震えている…?
違う、震えているのは俺の方だ。
そういうのは苦手だ。
駆け引きなんて、俺には出来ない。
そんな事に慣れているのだろう、相手の本気の瞳が怖い。
「信じろって…言うんですか?」
「馬鹿だとか何だとか、好きに言えよ…俺は本気だ。アンタの事、愛してんだよ」
引きよせられ、近くで囁かれた言葉に、ビクッと体が震える。
ドクドクと早鐘を打つ心臓。
その振動は、寄り添っている彼にも触れた体から伝わっているのではないか…と、そう思ってしまう。
そのままで、しばらく時間が過ぎる。
どう答えたらいいのか分からない。
いつもの様に、冗談めかして言ってくれるのならば…いくらでも返答できるというのに。
「…………はぁ、すまねえな、困らせちまってよ」
そう言うと、彼は俺から手を離し膝の上から下す。
「あ……」
何かを言おうとして、言葉が出てこなくなる。
そもそも、俺は何を言おうとしていたんだろうか?
「そんな怯えんなよ、別に取って食うつもりはないからよ…ただ、普通男なんて下心しか持ってないっての」
「なっ……!そっちに開き直らないでくれません?」
彼の言葉に言い返した俺を見て、彼は満足そうに微笑む。
「それだよ、そういう勢いが無いとな」
らしくないんだよ、と彼は俺の頭を撫でる。
頬に触れた時とは違う、乱雑な何時もの彼の手つきだ。
それに安心するものの、されるがままである彼の腕をようやく払い退ける。
「止めて下さい、髪の毛ぼさぼさになるじゃないですか」
「そんなにこだわってもないんだろう?ならいいじゃねえかよ、減るもんでもなし」
そういう問題じゃないだろう。
まったく……さっきのあの大人びた表情はどこへ消えたんだ?
むくれる俺に対し、先生は笑う。
「俺はたらしだけど、一途なんだぞ…ヘタなお子様よりもずっと、恋愛には詳しいしな」
「そりゃ、それだけの年数生きてればそうでしょうけれど…言い返せば、そのヘタなお子様を騙せる訳でしょう?」
「信用できねぇか?」
「当たり前です」
再び伸ばされてきていた手を払い、俺は立ち上がる。
「ん?どうした?」
「どこかの中年教師が邪魔してくるんで、今日はもう活動切り上げて帰ります」
「そうかよ、もうちょっとゆっくりしていけばいいのに」
「遠慮します、それにここ寒いんですよ」
中庭の一角に置かれたベンチは、当たり前だが風が吹き付けてくるわけで…こんな場所に長居しようものならば、今度は俺が風邪をひく。
「よし、じゃあ体育教官室にでも来るか?暖めてやるぞ」
「もっと遠慮します!!」
それこそ、下心が見え透いてるんだよ。
しかし……この人もいい加減に飽きないんだろうか?諦めるって言葉を知らないんだろうか?
「諦めが悪いとも何とでも言えばいいよ、俺様はな、一度目を付けたら最後まで離す気は無いんだ」
「しつこい男は嫌われますよ」
「オイオイ、生徒に恋愛の駆け引きについて何か助言されるような覚えはないなぁ」
ニッコリ笑ってそう言う相手に、なんだかもう俺は苛立ちすらも覚え始めた。
「それじゃあ、失礼します先生」
「おう、気をつけて帰れよ」
ペコリと相手に一応お辞儀をして、作業で使っていたバケツを手に部室へ帰ろうと踵を返す。
そんな俺の背中へ向けて「ああ、それから」と、彼の呼びとめる声がしたので少し立ち止まって振り返る。
「ありがとうな」
手の中にある小さな箱を振って、真剣な表情でそう言う相手に、心臓が少し高鳴る。
「俺……騙されませんからね」
去り際に置いたそれを、受け取って貰えて素直に喜べばいいものの…そういう訳にもいかず、ついついそんな事を言ってしまう。
それを餌に、またからかわれるんだろう事は分かっているのに、だ……。
「世間のお祭り騒ぎに、便乗してみただけですよ」
そう呟いてみたものの…あの教師相手に、その言い訳が一体どこまで通じる事やら……。
遅くなってきているバレンタイン企画、ジェクト×フリオバージョン。
ジェクトを体育教師にする意味があったのか、ただの教師で良かったのではないか…設定を生かしきれてない感がバリバリですね。
そして、何故にフリオがツンデレ(?)なのか……書いていた作者が一番疑問に思ってます。
気が付いた時には言動がツンデレで、後に引けなくなったのです。
二月も終わりかけですが……最後、あと一話…ギリギリでいいから間に合って欲しいです。
2010/2/24